軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 策士の誤算

仮面舞踏会の会場へ足を踏み入れた私は、会場の隅で待っていた友人と落ち合う。

建物の二階のフロア全部を一室とした大ホールは既に多くの貴族で賑わっていた。

「お待たせ」

「……っ! こんばんは!」

「こんばんは。今日はどうぞよろしく」

私も友人もそれぞれ仮面をしたまま挨拶を交わす。

「来てくださってありがとうございます! 私、一人だと緊張してしまうので」

「やっぱりそういう事ね」

「あ、いや、でもニコレット様と参加したかったっていうのも本心ですよ!」

「いいのよ。私も誘っていただけて嬉しかったから。貴女が慣れるまでは一緒に行動しましょう。……ああ、でも、こういう場である意味がなくなってしまうから、私の名前は伏せて頂戴ね」

私が軽く注意をすると、友人はハッと口元を押さえてから頷いた。

それから私達は暫くの間、ホールの隅に備えられたテーブルと、そこに用意された軽食をつまみながら会話をする。

「それにしても……本当にお綺麗ですよね」

「……え?」

ふと、友人が私を見ながらそう呟く。

突然の話に驚いている間も友人はどこか興奮気味だった。

「だって! 仮面で目元を隠しているのにわかるほど整ったお顔立ちとか、黒く艶やかな髪、仮面の隙間から見える紫の瞳も上品さを感じさせますし……」

「ど、どうもありがとう」

「自覚がないのだろう事はわかっているんですけど……! いつもお美しいなと思っているんですよ!」

こういう時にどういう顔をすべきかが分からず、私は愛想笑いを浮かべる事しかできない。

ただ、自分の容姿が特別整っているとは思わないけれど……それでも褒めてくれる言葉自体は嬉しい。

「どうも、ありがとう」

私が彼女に礼を述べたその時だ。

友人が数歩後退った際、丁度後ろを通りかかった男性にぶつかってしまう。

「きゃ……っ!」

「……っ」

ぶつかられた男性は咄嗟に体勢を崩した友人の腰に手を回し、彼女が持っていたシャンパングラスが傾かないようにともう片方の手で支える。

「失礼」

その声が、やけに頭に残った。

柔らかく落ち着いた、耳馴染みの良い声だった。

「お怪我はございませんか」

「は……っ、はい……! 申し訳ありません……っ」

「いいえ。こちらこそ気付かず、申し訳ありませんでした」

友人を支えていた男性は彼女から手を離すとふと私を見る。

仮面越しに目が合った。

金色の瞳が私を映し、それから相手は穏やかな微笑を浮かべる。

軽く会釈をした彼につられて私も小さく頭を下げる。

そのまま彼は私達に背を向けると会場の人混みの中へと紛れて消えていくのだった。

***

ニコレットとその友人から離れた紺色の髪の青年は、穏やかな面持ちを保ったまま真っ直ぐと歩く。

しかし次の瞬間。

ドゴォッ!

と、あまりに痛々しい音と共に、近くに備えられたテーブルの足に脛を蹴りつける。

「キャアッ、ちょ、ちょっと、大丈夫ですの……!?」

「失礼。少々よそ見をしておりました」

近くで悲鳴を上げながらも気遣う夫人へ、何でもないように涼しい、爽やかな笑顔で受け答えをする。

「そ、そう……丈夫なのね……」

などと言いながら、夫人は若干引き気味で去っていく。

それを笑顔で見送ってから、青年は開放されたバルコニーの方へと向かう。

幸いにも、バルコニーに他の人影はない。

それを確認した直後、青年はがくっと膝を折ってしゃがみ込んだ。

「~~~~~ッ!!」

未だ往生際悪く、紳士たる笑顔だけは貼り付けたまま顔を青くさせてぷるぷると震えている。

しかし彼は耐えていた脛の痛みに悶えているものの、その意識は自身の脚の痛みとは別のところにあった。

「い、いや……いやいやいや」

(な…………ッ、ナンデ…………???)

仮面の下の目をぐるぐると回しながら青年は考えを巡らせる。

頭を埋め尽くすのは先程すれ違った黒髪の少女の姿。

彼女もまた、仮面を付けていたが……長年恋心を拗らせている男には一目でわかってしまった。

(に、ニコルさ――――んっ!?!?!?)

「うあ゙……あぁぁ~~~~~~…………」

青年――ヴィクトルはうずくまったまま頭を抱える。

声にならない声が漏れ出た。

確かに彼女は今日、パーティーに行くと言っていた。

しかし貴族の夜会など毎日のようにどこかで開催されているものだし、仮面舞踏会はその形式からして、いかにも彼女が避けそうな催しだったこともあり、彼女が参加する可能性を一切懸念していなかったのだ。

(確かに、主催の娘は確かに学園にも通っている。ジュリエンヌ様程ではないにせよ、ニコルがそこそこ友好的な関係を築いている相手でもあった。……そういう事か)

恐らくは友達付き合いの延長でやって来たというところだろう、と彼女が参加する理由に納得する反面、自分が気を配っていればこの場に彼女がやって来る事を未然に防げたかもしれないと、自分の詰めの甘さを恨む。

しかし起こってしまった事を悩み続けても仕方がない。

「はぁ…………落ち着け」

(ここには殿下の命で来ている。俺が最も優先しなければならないのは彼女ではなく、殿下から任された任務だ)

そう。騎士の家系であり、王太子直属の臣下であるヴィクトルにとっての最優先事項はあくまで王太子グザヴィエに絡んだ事柄だ。

そこに私情を挟む事は許されない。

ニコレットをこの場から遠ざけたいのならば未然に防ぐほかなかった。今となっては後の祭りだ。

(過ぎた事は仕方がない。切り替えろ)

幸いニコレットがヴィクトルの正体に気付いた気配はなかった。

任務に支障は来さないだろう。

ヴィクトルは脳裏をよぎるニコレットの姿を頭から追い出そうと、深呼吸を繰り返す。

(問題ない。仮面を付け替えるのは得意なはずだ)

今は彼女の事を忘れて。

任務を遂行する王太子の間者として最善を尽くす。

そういう、『最適な仮面』を付けて立ち回るのだ。

……これまでと同じように。

ヴィクトルは動揺を表情から消す。

瞼の裏、普段のニコレットの笑顔が焼き付いていたけれど、その事実からは目を逸らし――パーティー会場の中へと戻っていくのだった。