軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第15話 嵐の前の静けさ

外から私達を見ていた二人に温室へ入ってくるように促すとヴィーはすぐに私に抱きついた。

「所構わずはやめてと言っているでしょう」

くっつく彼の頭を押しのけようとするが、寧ろ押し返されてしまう。

「だって、セルとくっついてただろ」

「くっつく?」

「温室へ向かう君達が窓から見えたみたいだよ」

「ああ……」

「あれはクロエが間に入っていた。俺もニコレット嬢も腕を引かれていただけだ」

「あり、そうなのか」

クロエを起こさないよう、声量に気を付けながら私とアンセルム様はヴィーの誤解を解く。

彼も別に本気で浮気を疑ったり、嫉妬をしている訳ではなかったのだろう。

すんなりとその言葉を受け入れていた。

「まあ、このままでいいか」

「どうして離れないのよ……」

誤解を解いてもくっついたままのヴィーに文句は零すけれど、まあ通常運転なので放っておく。

「その子がクロエ様かぁ」

私を抱いたまま、ヴィーはクロエ様を見やる。

「会った事ないの?」

「おう。セルの奴、過保護だからさぁ。殿下は何回かあるみたいだけど、俺はのけ者だった」

「そう」

「お前なんかに会わせて悪い事ばかり覚えたらどうするんだ」

「ひでぇ!」

(という事は……ヴィーもアンセルム様の悩みについては知らないのかしら)

先程アンセルム様が告げられないと話していた事情とやらが、幼馴染のヴィーにすら話せないようなものであるなら、よっぽどの機密事項なのだろう。

深く詮索してしまった事に少し申し訳なさを覚えた。

私達は暫く、そうして他愛もない話をして時間を潰す。

すると、ずっと眠っていたクロエ様が身動ぎをする。

「ん……」

「お」

ゆっくりと瞼が持ち上げられ、瞬きが繰り返される。

それからぼんやりとした彼女はやがて、見覚えのない顔を見つけてびくりと肩を震わせる。

「わー! ごめんごめん、怖がらせたか……!?」

「クロエ、大丈夫だ。彼も俺の友人だ。でかいけど取って食ったりはしないから安心してくれ」

「いや、身長は別にセルとそんな変わんねぇけど……ってかバケモン扱いするなよ! どっちかと言えば守る側だろ!」

どっちかと言わず、守る側であり続けて欲しいものである。

……というツッコミはさておき。

ヴィーはぶちぶちと文句を零しながらも、クロエ様に向き直り、彼女の前に跪く。

「グザヴィエ殿下の騎士の、ヴィクトル・アルナルディです。気軽にヴィーって呼んでください」

「ヴィー、さま」

「礼儀正しい子だなぁ」

挨拶と共に差し出された手をクロエは恐る恐る受ける。

ヴィーは握手を交わすと、満面の笑みを見せた。

「俺、こー見えて結構強いんですよ。何かあったらすぐ呼んでくださいね、必ずお守りしますんで!」

「……は、はい」

ぽっと、クロエ様の頬が赤くなる。

(……ん?)

僅かな違和感がある。

次いで感じたのはまさかという焦りだ。

「君がクロエ嬢を守りに行くと私の方が手薄になるのだけれども」

「あ、あー……そこは、あれですよ! 分身して頑張りま……」

何も気付いていないヴィーとグザヴィエ殿下は暢気に冗談を言い合っている。

しかしそんな彼等とは打って変わり、私とアンセルム様はいち早く行動を開始していた。

「クロエ、そいつだけはやめておけ!」

アンセルム様は慌ててクロエ様の肩を引き寄せ、その目を手で覆う。

私はというと……咄嗟にヴィーの服の裾を掴んでいた。

「おあっ! ……ん? ニコル?」

翡翠色の瞳を何度も瞬かせる。

これが計算なのか素なのかは分からない。

それに僅かなもやもやを感じながら、私は口を開く。

「わ」

「わ?」

「…………わたしの、婚約者でしょ」

シン、と急に周囲が静かになる。

何故かヴィーも何も言わなかった。

……何か不味い事を言っただろうか。

いやしかし、事実ではあるはず。間違った事は言っていない。

そんな考えが次々と過りながらも、何か言った方が良いのだろうかと焦っていたその時。

「え、ヤキモチ?」

そんな、問いが投げられる。

恥ずかしさから俯いていた顔を上げると、きょとんとしたヴィーの顔がある。

そこで漸く、自覚した。

この違和感……もやもやの正体がヤキモチである事に。

どうやら私は――八歳の女の子にヤキモチを焼いていたらしいという事に。

「っ、~~~~~っ!!」

……普段の芝居とは違う、本心からの嫉妬だった。

それに羞恥を覚えた途端、突然顔が爆発するかのような感覚を覚える。

火が吹くような熱さに耐えられず、私は即座にヴィーへ背中を向ける。

「……ちがう!」

「え、あ、ちょ……っ!」

その場から逃げ出そうとするけど、どう足掻いたって彼の身体能力に勝てるはずもなく。

走り出すより先に腕を掴まれる。

「はーい、つかまーえた」

あっという間に腕の中に閉じ込められた私は、何も言えずに無言でじたばたとする。

「ん、はははっ! か~わいいなぁ、俺の婚約者は」

「はいはい、よかったねぇ、ヴィー」

「こっち見るな。うざい」

グザヴィエ殿下やアンセルム様の声だけが聞こえてくる。

恐らくはヴィーが得意げな顔でもしていたのだろう。

一方で私の視界の中には……

「じゅ、ジュリエンヌ様……」

――にやけ顔を堪えきれないままサムズアップをしているジュリエンヌ様がこちらを見ているのだった。

「~~~もうっ、違いますからぁ!」

私の情けない声が、温室中へと響き渡った。

***

「 仮面舞踏会(マスカレード) ?」

クロエ様との出会いから二週間が経過した頃。

私は学友からある誘いを受けていた。

「ええ! お父様が主催なのだけれど、よければお友達も呼んでみなさいって」

「でも……仮面舞踏会って、素性を隠して行う夜遊びでしょう」

「ニコレット様、言い方、言い方」

昨今、仮面舞踏会が一部の界隈で流行っているのは知っている。

巷で流行りのロマンス小説の影響だ。

しかし素顔を隠して行う集まりなど、ロクなものではないのではというのが私の見解だった。

「大丈夫ですよ。お父様も仮面舞踏会がきっかけで痴情のもつれなんかに発展するのは避けたいって話なので、パーティーで出来た関係を外部まで持ち出すのは禁止として、対策も徹底するらしいです」

「……ううん」

「私実は他の仮面舞踏会にもお邪魔した事があるのですが、商人の方や学者の方など……色んなお話も伺えましたよ。上手くいけば上流階級の方のお話も聞けるかも……勿論、リヴァロル侯爵家以上のお家はそうそうないとは思うのですが」

「貴族の話……」

友人の話を聞きながら過ったのは――以前生徒会室で聞いた、暗躍する第二王子派の話だ。

話によれば、ベクレル男爵は既に捕縛されており、他の関係者の調査も順調に進んでいるとか。

「ニコレット様、最近あまりパーティーなどにも出ていらっしゃらないようですし、最近の社交界の動向や流行を探る上でもどうかな、と。……あ、勿論無理にとは言いませんが……!」

確かに私は最近、あまりパーティーに顔を出さない。

単純に面倒なのと、パートナーが必要なパーティーが圧倒的に多いというのが理由だった。

ヴィーは王太子従きの騎士。決して暇ではない。

夜も働いている事もあるし、仮に時間が合ったとしても、忙しいとわかっている相手をわざわざ誘うのも気が引けるというものだ。

けれど……確かに最近の政界の動きなどは探っておいて損はない。

……きな臭い話が出ている今ならば尚更。

グザヴィエ殿下が危険に晒されるという事は、ジュリエンヌ様も危険に晒される可能性があるという事。

それを回避する為に出来る事が少しでもあるなら、動くに越した事はない。

加えて……友人の家は中立派。王太子派でも第二王子派でもないというのも大きかった。

万が一にも、第二王子派と衝突したり、彼等の企てに巻き込まれるような事はないだろう。

(仮面舞踏会は基本的に個人での参加がメインでしょうし、私一人で参加しても悪目立ちもしない。……ダメ元で顔を出すのもいいのかもしれないわね)

あの襲撃の一件から周囲への警戒心が高まってしまっていたが、結果、安全圏ですら上手く動けなくなっては本末転倒というものだ。

「わかった。参加させて頂戴」

「っ、本当ですか! では招待状を送りますね! あ、もし心細かったら最初は一緒にいますから!」

「ありがとう。よろしくね」

(ないとは思うけれど、もし身の危険を感じる事があれば……すぐに身を引きましょう)

『無茶なことはするな』。

……ヴィーとの約束の事もある。

私は私にできる範囲で動こう。

そう心に決めるのだった。

***

「 仮面舞踏会(マスカレード) ?」

「そう。今度開催されるらしいパーティーの一つが、密会場所に利用される可能性がある」

生徒会室内。

グザヴィエの話にヴィーは耳を傾けていた。

「主催は?」

「中立派の伯爵だよ」

「中立派、ねぇ」

「本来ならこういうのは同じ派閥の貴族が開催するパーティーなどが選ばれるものだ」

「もしこの情報が正しいと考えるならば、主催者が第二王子派についたと推測するのが妥当だけれど……」

「――『夢の 香霞(こうか) 』」

グザヴィエとアンセルムの話を聞きながら顎をなぞっていたヴィーは静かに目を細める。

彼の言葉に、アンセルムとグザヴィエが頷きを返す。

「魔法器の一つ、か」

「君の推測が現実味を帯びて来たね。……残念だけれど」

「俺だって、外れててほしいですよ~。まーでも、最悪の事態に備えとくに越した事はありませんから」

ヴィーは深く息を吐いた。

「わかりました、いってきますよ」

口は緩く弧を描いているが、翡翠の瞳は冷たい色を孕んでいた。

「――仮面舞踏会へ」