軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ハンスの課題(後篇)

ペリメニは小麦の皮で、挽き肉や刻んだ野菜、を包む料理だ。

フーゴの母親、つまりローレンツの前妻の得意料理だったという話はずっと聞かされていた。

身体の弱かったハンスの母親では皮を捏ねるのが上手くいかなかったようで、あまり作って貰った記憶はないが、西の地へ旅した時に本場のものを食べたのはハンスも憶えている。

「何か思い付いたのかい?」

さすがに酒量を過ごしたのか、とろりとした目でリオンティーヌが尋ねた。

カウンターにだらしなくもたれかかりながら、グラスの中で琥珀色の液体に氷が解けてじわりと色の変わるのを見つめている。酒がよほど好きなのだろう。

「ちょっと今から試作してみますよ」

「今から? あたしは構わないけど……ハンス、アンタはいいのかい?」

「この思い付きは、今すぐ試したいんです」

豚肉を包丁で粗く挽き肉にし始めると、フーゴが立ち上がる。

「じゃあ、明日も仕事があるから、これで帰るよ。ハンス、粥美味かった」

「うん、兄貴も気を付けて」

フーゴの方も見ずにそう言うと、ハンスは野菜も刻み始めた。本当は色々試したいが、今はこの厨房にある野菜を使う。

白菜、キャベツ、ネギ、それと臭み消しに何か香料も入れてみてはどうだろうか。

刻んで混ぜるのと並行して沸かしておいた湯で小麦粉を捏ねる。

何だか、とても楽しい。記憶の中のペリメニとは随分違ってしまったけど、これなら美味しい料理になるだろうという直感がハンスを突き動かしているた。

いつの間にかリオンティーヌはカウンターで眠ってしまっている。元女傭兵の肩にバスタオルをかけてやり、ハンスは自分の課題の完成を目指した。

これなら、いける。ふつふつと湧き上がる自信のお陰で眠気もまるで気にならない。

気が付いた時には、もう夜が白み始めていた。

明けて翌日。

翌日の居酒屋ノブではトリアエズナマが記録的な売り上げを叩き出していた。

「こっちにトリアエズナマ! それとハンス二人前追加!」

「こっちもトリアエズナマ! ハンスは……三人前!」

「はいよー! 少々お待ちをー!」

フライパンでハンス流ペリメニがじゅうじゅうと美味そうな音を立てている。

ハンスの考えた品書きはその日の内に僅かな手直しだけで採用された。

シノブとタイショーが「餃子よね」「餃子だな」と呟いていたが、あちらの世界にも似たような料理があるのだろうか。

ニンニクをガツンと利かせたペリメニは、ハンス流ペリメニという正式名が憶えにくいと言うこともあって、「ハンスのアレ」とか「ハンス」と呼ばれている。

トリアエズナマに合うという課題は達成できたようで、物珍しさも相俟って人気は上々だった。

「よくやったじゃないか、ハンス」

「いえ、タイショー。兄さんのお陰なんですよ。手がかりをあそこでもらえてなければ、今晩もまだ厨房でうだうだと悩んでたと思います」

「その直感はお兄さんから貰ったものでも、完成させたのはハンス、お前だ。だからもっと自信を持っていい」

「……はい!」

蒸し焼きにしたペリメニには水で溶いたカタクリコが羽のように広がる。

そのパリパリとした部分をハシで押し割るようにして切り分けるのが何とも楽しいようだ。普段はハシを使わない客も、今日ばかりは見様見真似でハシを使っている。

「エーファちゃん、こっちにササリカ!」

「オレもササリカ貰おうかな。それとハンスのアレ追加!」

酒を飲まない客の中には、ササリカ米と一緒にペリメニを頼む客も多い。ビネガーとショーユで食べるペリメニは確かにササリカ米とよく合うだろう。

家で温め直せばいいので、持ち帰る客もいる。そういう客には小分けにしたタレも持たせることをシノブが決めた。そのシノブはさっきからずっと厨房に篭って皮を伸ばしている。

タイショーが捏ねたタネを皮に包みながらハンスは自然と口元が緩むのを抑え切れなかった。

自分の考えたものが店で出され、それを皆が食べて喜んでくれている。

これだ。これがハンスのやりたかったことだ。

今はまだタイショーの手伝いでしかないけれど、いつか必ず自分で考えた料理を自分で作って、お客さんを楽しませる。

まだ目標は遠いけれど、到達できないほど遠いわけではない。

「良かったじゃないかハンス。大人気だよ」

「ありがとう、リオンティーヌ」

店内の客の相手を一人で切り回すリオンティーヌの額にも汗が滲んでいる。これほど忙しいのは大市以来だ。

「兄さんにも食べさせてやらないといけないんじゃないかい?」

「そうだな。父さんと二人を招待したい」

ハンスが衛兵になると決めた辺りから、フーゴとローレンツの仲はずっとぎくしゃくしている。

理由はハンスにはよく分からない。ハンスから見れば兄のフーゴほど硝子職人向きの人材はいないと思うのだが、父はそう思っていないのかもしれない。誤解なら早く解けて欲しい。

「何にしても今夜は祝杯だね」

「いや、祝杯はもう少し先にとっておきたいな。それよりもしなくちゃいけないことがあるんだ」

「しなくちゃいけないこと?」

「ああ、今晩からペリメニを改良するんだ」

トリアエズナマに合うという課題としては、今店に出しているもので十分達成している。

でも、この料理をもっと多くの人に食べてもらうためにはまだまだ工夫を重ねることができるのではないか。

「改良ねぇ」

「だってリオンティーヌもペリメニ、食べてないだろ?」

「そりゃまぁ、接客の仕事だからね」

タイショーの加えたたっぷりのニンニクは、トリアエズナマに合わせるには正解だが、女性客には受けが悪い。リオンティーヌもシノブもエーファも食べられないのなら、それが居酒屋ノブにとっての正解ではないはずだ。

「努力家というか頑固というか。あんた、この仕事じゃなくても大成する器だね」

「今のオレには料理だけで手一杯ですよ」

おーいと呼ぶ声が掛かり、リオンティーヌがはーいと応じる。くるりと振り向く時に、長い髪が揺れてハンスの鼻先をくすぐった。

今晩も、リオンティーヌは晩酌をするのだろうか。

その前でペリメニの研究をするのが、今から楽しみだった。