軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

若鶏の唐揚げ(後篇)

ジュッ、という音を立て、鶏肉が油の中に沈められる。

小気味の良い音がさほど広くない店内に響くとベルトホルトは思わず生唾を飲み込んだ。

たっぷりの油を使って物を揚げるのは、結構な贅沢である。普通はフライパンの端に油を寄せて、揚げると焼くの中間くらいで済ませるものだ。

それが、この店ではどうだ。

鶏肉の塊が泳ぐほどの油で、ゆったりと揚げている。

「だが、味はどうだろうな」

ベルトホルトが呟くと、タイショーが目だけで笑いかけた。この料理によほど自信があるのだろう。

とは言え、材料は鶏だ。

腿肉にせよ、胸肉にせよ、古都の市場に出回っている廃鶏の肉は硬い。それを少しばかり何かに漬け込んで揚げてみたところで、どれほどの味になるというのだろうか。ベルトホルトの理性は、そう言っている。

しかし。

しかし、この音と香りは、卑怯だ。たまに油の爆ぜる音までが、胃袋を刺激する。

まだか、まだなのか。

祈りが通じたのか、タイショーは鶏肉を油から取り出し始めた。

が、皿には盛らない。

何だろうと見ていると、もう一度油に入れ始めたではないか。

「なんだ、揚げ足りなかったのか?」

「いや、お客さん。二度揚げ、っていう調理法なんです。さっきより、油の温度が高い」

カラカラカラカラカラ。

確かに、さっきとは音が違う。

どういう意味があるのかは、分からない。だが、料理に掛ける熱意は、伝わってくる。

ただ、食べられるようにする、というだけではない。

美味いものを食わせよう、という意識だ。

「はい、お待ち。若鶏の唐揚げだよ」

「ワカドリのカラアゲ、な」

鶏の揚げたものの横に、何かフルーツが添えてある。デザートだろうか。こういう細やかな気配りが嬉しい。きっと、脂っこいものを食べた客へのタイショーなりの配慮なのだろう、とベルトホルトと好意的に受け止めた。

さて、実食だ。

「熱いから、気を付けてな」

「ああ」

大ぶりな一個を、フォークで突き刺す。

カラリと揚がった衣からジワリと肉汁が溢れ出てきた。そのまま、口に運ぶ。

サクッ

一口齧った瞬間、ベルトホルトは己の敗北を悟った。

外はサクッと、中はふんわりと。

溢れ出て来る肉汁は濃厚で、鶏の旨みを余すことなく含んでいる。

「美味い!」

そのまま、ベルトホルトは次を口に運ぶ。

熱い。

だが、美味い。

口の中を少々火傷しても、構うものか。

廃鶏の硬さではない。柔らかく、それでいて軟弱ではない味わいだ。

そう言えばと思い出して、ベルトホルトはトリアエズナマに手を伸ばす。

タイショーに注文したのは、“エールに合う鶏料理”と注文したのだ。

これが、合わない筈がない。

カラアゲを一口齧り、そこにエールを流し込む。

……合う。

これは、出会いだ。

騎士物語の英雄と姫君が引かれ合うように、カラアゲとトリアエズナマはここで出会う運命だったのだ。

隣は、と見れば、ハンスもちゃっかりと唐揚げを食べている。

本当はハンスの分も食べてしまいたいが、そこまでするほど大人げないわけではない。

しかし、美味い。

これならば兵士の間で噂になるのも無理はない話だ。

一個、また一個とカラアゲを食べる内に、ベルトホルトの中に微かな戸惑いが生じる。

……あと、二個しかない。これを食べてしまえば、このカラアゲとの奇跡の出会いは終わってしまう。

寂寥感、と言ってもいい。

最後の一つを味わって食べ、余韻を満喫する。

美味かった。

言いしれない満足感が、歴戦のベルトホルトを包んでいる。

これが、これこそが、料理だ。

さて、タイショーの気遣いであるデザートを食べようと、半切りになった黄色い柑橘に手を伸ばした。が、ベルトホルトの戦場での経験が、危機を告げる。

何だ。何が、行けない?

ふと、ハンスの方を確かめる。と、ハンスはカラアゲを半分食べ、残りの半分に柑橘を搾ってかけているではないか。

「おい、ハンス」

「ああ、なんですか、中隊ちょ、じゃなかった、ベルトホルトさん」

「その果物、だが」

「レモン、ベルトホルトさんはかけなかったんですか?」

「……レモン? かける?」

戸惑うベルトホルトの前で、ハンスはレモンを絞って見せる。

「こうやってレモンをかけると、カラアゲがサッパリして食べやすくなるんです」

「な、なんだと……」

分かっていながら、自分の皿を見る。

当然、そこにカラアゲは無い。

「……ハンス」

「ベルトホルトさん、そんな地の底から響くような声出しても、分けてあげませんよ。これはオレの分です」

「しかし、だな」

「ベルトホルトさん、しっかり食べてたじゃないですか、一皿」

むむぅ、とベルトホルトが唸った所で、ただいま、とシノブが帰って来た。

「らっきょう、ありましたよー」

「おぉ、そうか。良かった。こっちも準備は大体出来てるよ」

少し身を乗り出してみると、タイショーはあろうことかあのサクサクとしたカラアゲを、何かどろりとしたものに漬け込んでいるではないか。あれでは、サクサク感が失われてしまう。

「タイショー、それは、何だ!」

「何だ、ってチキン南蛮ですよ。しのぶちゃんと、自分のまかないです」

チキンナンバン?

マカナイ?

何を言っているのかは分からないが、アレはどうやら客に出す為の料理ではない、ということはニュアンスで伝わる。

たぽん、と甘酸っぱい香りのする液体をくぐらせたカラアゲの上に、白く具だくさんのソースがかけられていく。

まるで、魔法。

あれだけ美味かったカラアゲだ。それだけで、一つの究極、完成を見ていた。

そこに、何かを加えることで、さらに、さらに美味そうに見えるというのは。

「タイショー…… 済まんが」

「お客さん、そんな地の底から響くような声出しても、分けてあげませんよ。これは自分の分です」

「では、シノブさん」

「駄目です。私、チキン南蛮、大好物なんです」

そう言ってシノブは、皿に盛り付けたチキンナンバンをひょいと指で掴んでかぶりついた。唇の端に、ソースがちょっと付いてしまうのは御愛嬌だ。

「はふ、うん。美味しい! 大将のチキン南蛮、最高!」

「でしょ? このらっきょうがまた、良い味を出しているんだよな」

ぺろり、と口元に付いたソースを行儀悪く舐め取るシノブを見て、ベルトホルトはここの常連になることを、静かに決めた。