軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

秋茄子と旧い神(後篇)

「ただいま戻りました!」

夜半も過ぎ、客足も引いてそろそろ暖簾かという時分に、エーファの元気な声が響いた。

楽し気な表情の彼女に続き、まだまだ元気いっぱいという風な、アードルフとアンゲリカが後に続く。

もちろん、手にした籠には艶々とした秋茄子が山盛りだ。

引率のイングリドとカミラも、袋にいっぱいの秋茄子を抱えている。

「お邪魔しますよ」

五人の後ろからひょいと顔を出したのは、司祭のトマスだ。

エトヴィン助祭と、他にも僧服の男が店へと入って来る。

茄子が好物のトマスが来たとなれば、信之も腕を振るわないわけにはいかないはずだ。

「いやいや、本当に助かりました」

湯冷ましの水を硝子杯で飲みながら、トマスが子供たちに労いを述べる。

「バッケスホーフが市参事会の議長をやっていた時代に潰されてしまった菜園を漸く作り直したのですが、とんでもないことを忘れておりまして」

言葉を継いだのは、エトヴィンだ。

「僧職たるもの、秋分の日までは粗食に勤めねばならんからのう」

カラカラと笑いながら冷酒の盃を開けるエトヴィンだが、しのぶは秋分の前も普通に店を訪れる彼を何度も目撃している。ここでは口に出さない方がよさそうだが。

秋茄子が大豊作で余る、というのはトマスも予想外だったらしい。

近所の人に分けて回っていたが、それでもまったくなくならないので、困っていたという。

「楽しかったね」

「うん、楽しかった!」

アードルフとアンゲリカも、ご満悦だ。

普段こんな時間まで起きていることなどないだろうから眠気があるかと心配したしのぶだったが、好奇心と特別な日ということで、元気いっぱいはしゃいでいる。

「はい、まずは茄子の漬物と、茄子の素揚げから」

トマスの註文に、信之が早速、茄子料理を振舞う。

店で元から用意していた茄子もあるから、どれだけ食べても茄子が尽きるということはない。

茄子の揚げ浸しに、肉詰め茄子。

天ぷらから茄子グラタン、茄子のチーズ焼き、茄子のしぎ焼きと茄子のフルコースだ。

「しかしトマスさんや、本当によかったのかい?」

漬物を肴にル・サケ・ナチュレルを冷酒で飲みながら、イングリドが尋ねる。

内容は、聞くまでもない。

異教の祭りに、教会が関わったということだ。

「教導聖省でも原点回帰派は少なくなってきていますからね」

異教との共存は絶対に出来ないという、原点回帰派。

緩やかな関係を作っていけば、いずれ人々は正しい教えに服するだろうという改革派。

トマスやエトヴィンは、改革派に属するのだという。

しのぶにはどちらが正しいのかは、分からない。

ただ、皆が幸せであればいいな、と思うだけだ。

「子供たちの笑顔が、邪悪であるはずがないからのう」

笑いながら、隣席の僧にも酒を注いでやる助祭のエトヴィン。

和やかな雰囲気が、のぶに満ちている。

「そう言えば、今頃ベッドには旧い神々が眠っているんですかね?」

イングリドに酌をしながらしのぶが尋ねると、銀髪の薬師は口元だけで微笑んだ。

「どうだろうねぇ。 精霊(アールヴ) たちと語らっているのかもしれないし……」

「案外、居酒屋で一杯傾けてるかもしれませんね」

エーファがそう言うと、皆が笑った。

そうならそうで、とても楽しいに違いない。

見知らぬ旧い神と、人々が一献交わしながら語らう。

そう言えば居酒屋のぶには、稲荷の御使いの狐が訪れたこともあった。

だとすれば……

「しかしこの肉詰め茄子は美味しいですね」

エトヴィンの隣の僧がうんうんと頷きながら、次の一つにフォークを伸ばした。

酒も肉もいける口らしく、さっきから随分と盃が進んでいる。

「私が丹精込めて育てた茄子ですからね」

胸を張るトマス。

大好物というところを越えて、トマスの秋茄子好きは凄まじい。

のぶを訪れた時にも、必ず茄子料理を註文するほどだ。

トマスと、秋茄子。

神学と教理問答では一廉の人物として知られる名僧の、知られざる一面だ。

宴の話題は次々と遷ろう。

「この辺りには昔、腕のいい狩人がいたんだけどねぇ。黄金色の毛皮の牡鹿を射ったせいで、末代まで祟られちゃったんだってさ」

僧が昔話を語れば、イングリドが応じる。

「そういう話ははじめて聞くねぇ。雪嵐の夜に亡霊の王が臣下を率いて狩りに出る、なんて話は聞いたことがあるけど」

「それは別の地方から伝わった話じゃな。かなり古い年代の大公国年代記に同じ話がある」

「さすがというかなんというか、エトヴィン先輩は博識だねぇ」

感心するイングリドに、トマスが続けた。

「そうですよね。私なんかよりもよほど司祭に……いや、司教でさえ務まりそうな見識をお持ちだというのに」

二人の高評価に、エトヴィンは渋面を作って酒杯を掲げる。

「 位階(ヒエラルキ) なんてどうでもいいんじゃよ。要は、酒が飲めるか飲めんかじゃ」

そう言ってかっかっかっと楽し気に笑って煙に巻くエトヴィン翁に、イングリドとトマスは顔を見合わせて溜息を吐く。

聖界での出世栄達になどから顔を背け、ただただ毎日を楽しく生きているエトヴィンの生き方は誰よりも僧らしくないが、誰よりも幸せそうだ。

話が進めば酒も進む。

ついでに今宵は、茄子も進む。

「お客さん、大した酒豪だねぇ」

リオンティーヌが驚くほどに、名も知らぬ僧は盃を干す。

「いやなに。こんなに楽しい酒は久しぶりでね」

指折り数え、ぼそりと呟く。

「ざっと、百年と少しくらいかな」

えっと大人たちが驚き、僧の方を見つめた。

意味の分かっていないアードルフとアンゲリカだけが、きょとんとしている。

「レープクーヘンの堅焼きも悪くはないが、アキナスってのも実にいい。 精霊(アールヴ) 達にも今度教えてやることにするよ」

「ちょっと待っておくれ、あんたそれじゃまるで」

素性を尋ねようとするイングリドの目前に、一迅の 旋風(つむじかぜ) が巻き起こった。

後には一つ、蒼く輝く石ころが残されているだけだ。

大きさは大人の握り拳より一回り大きいくらいだろうか。

柔らかい光沢は、見ていると吸い込まれそうだ。

「……行っちゃいましたね」

しのぶが呟くと、全員が呆然と頷く。

不思議なこともあるものだ。

だが、化かされたとかそういう後味の悪さは、全くない。

不思議な客と宴席を囲んだ、という高揚感だけが残っている。

「……こりゃ驚いた。星煌石じゃないか」

旧い神の遺していった石を手に取り、イングリドがしげしげと眺めた。

「珍しいものなんですか?」

信之が尋ねても、イングリドの視線は石に釘付けのままだ。

「珍しいというか珍しくないというか、私も人生で見たのは二回目だね」

首を竦めてリオンティーヌを見る。

「あ」

再会の護符。

あれに使われていたのもこの石だったのか。しかし、今回は大きさが違う。

古い文献には出てくるが、旧い神の記述が減っていくと共に、その目撃例も減っていくのだ、とトマスが注釈を加える。

「お代のつもりなんじゃろうし、ありがたく貰っておいたらどうじゃ」

「ピカピカだしね!」

「ピカピカ!」

アードルフとアンゲリカが小さな掌でべたべた触るのを見て、しのぶと信之はくすりと笑った。

少し不思議な、秋の夜。

双つの月の照らす〈馬丁宿〉通りを、柔らかな風が、森の方へと駆け抜けていった。