軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とりあえずトリアエズナマ(後篇)

「……女性?」

手にしたハシを思わず取り落としそうになった。

意外、という言葉が口を突いて出そうになるが、鍛え上げられた自制心でベルトホルトはトリアエズナマと共に飲み下す。

真面目が服を着て歩いているようなイーゴンだが、考えてみれば年若い男なのだから、浮いた話の一つや二つあったところで何もおかしくない。

身を乗り出しそうになるのを堪え、ベルトホルトは話の先を促した。

「では、ここからは私が」

イーゴンの話を引き継いだのは、トリアエズナマで喉を潤していたヒエロニムスだ。

話が見えない。

どうしてイーゴンの女性に関する用件を、ヒエロニムスが引き継ぐのだろうか。

「ご存じの通り、現在の古都は運河開削に向けて、景気がとてもよい状態です」

ベルトホルトはクシカツの盛り合わせを註文しながら、ヒエロニムスの話に耳を傾ける。

ヒエロニムスの言う通り、古都は今、大いに景気がよい。

古都から海へ繋がる運河を掘ろうというのだ。

工事が終わりさえすれば、古都は大陸と海とを繋ぐ通商の結節点となるだろう。そうなれば、これまでよりも遙かに多くの物資が古都を通じて動くことになり、街は大きく発展するはずだ。

もちろん、古都を貫いて流れる大河は、今も昔も海へと繋がっている。

しかし、途中に領地を持つ貴族達が銘々勝手に莫大な通行税を掛けているので、大河を通じての大口の通商は廃れている。

そこを何とかしようというのだから、期待が高まるのも無理からぬことだ。

「元傭兵の中隊長には説明するまでもないことですが、景気がよくなると、募集を書けても衛兵の応募はほとんどなくなります」

うむ、とベルトホルトは頷いた。

古都に限らず、衛兵になるのは概ね都市や農村の二男坊や三男坊だ。

実家にいても家業を継ぐことができるわけではないから、とりあえず金を稼ごうというわけだ。

つまり、他に人気のある仕事があれば、彼らは衛兵ではなく、他の仕事を選ぶ。

衛兵というのは厳しい仕事だと見做されているし、勤め上げても手に職が付くわけではない。

居酒屋ノブで働いているハンスや水運ギルドに転職したニコラウスのように、いつかは再就職先を見つけて去って行くのが賢いやり方だと言える。

景気がよくなれば働き口は見つけやすいから、そもそも衛兵になろうという人数が減るのは仕方のないことだ。

「で、それがイーゴンの用件とどう繋がるんだ?」

「それです」

いつの間にか頼んでいたフロフキダイコンをハシで器用に割りながらイーゴンが身を乗り出す。

「衛兵隊で、女性を雇用しましょう」

「……は?」

間抜けな声を漏らしてしまってから、ベルトホルトは口に手を当てて考え込んだ。

女性を、衛兵に。

考えたことがなかった。

居酒屋ノブで働いているリオンティーヌは元傭兵だし、女だてらに戦場に立つ例が皆無というわけではない。

「伝説の〈槍姫〉ウルスラ・スネッフェルスの伝説もあります。女性が戦えないわけでは……」

「……イーゴンは少し黙っててくれ」

ヒエロニムスは空になったジョッキの汗を拭いながら、話を引き取る。

「運河が実際に開通するにせよ、しないにせよ、古都の人口はこれから大きく増えるでしょう。そうなると、衛兵隊の規模は大きくならざるを得ない」

それはそうだ、とベルトホルトは頷いた。

今でさえ、人数としてはかなりカツカツだ。街の警備と訓練、それに休養とを交互にとらせているが、人数が足りないのでどうしても変則的な勤務になる。

「そこで、ひとまずは現在兵站や後方の手伝いをしてもらっている人数を完全に警備の方へ回して貰おうかという話になりまして」

なるほど、段々と話が飲み込めてきた。

「つまり、ヒエロニムスの部下として、女性の募集もかけたいということだな」

そういうことです、とヒエロニムスは嬉しそうに頷く。

考えてみれば、内勤専門であれば、女性であって何の問題もない。

家で家事手伝いだけをしている女性や、それこそベルトホルトの妻が一時期ノブで働いていたように、外へ働きに出たい妻も古都には大勢いるだろう。

「いいんじゃないのか」

上司である連隊長や市参事会には、ベルトホルトから提案しようと請け負うと、ヒエロニムスはほっと胸を撫で下ろしたようだ。

募集をかけても人が来ないという状態で、どうにか人数を維持しなければならないという負担が、兵站の責任者であるヒエロニムスには掛かっていたのだろう。

聞けば、イーゴンは衛兵隊での不満を聞いて廻って、何とか解決しようと動いているらしい。

ヒエロニムスの件も、そうやって見つかった用件だった。

前々から、内勤と警備を掛け持ちしている衛兵については負担を何とかしないといけないとベルトホルトも考えていただけに、そういう意見が部下の方から汲み上げられてきたことは、素直に嬉しい。

将来を嘱望するイーゴンが周りの人間を気遣えるようになれば、衛兵隊の中にもきっといい空気が生まれるだろう。

「そして、ゆくゆくは警備部門にも女性の登用を……」

リオンティーヌの方に気付かれないように視線を走らせながら熱弁を振るうイーゴンの言葉を、ベルトホルトは咳払いで制した。

衛兵隊が衛兵として女性を雇用する未来はいずれくるのかもしれないが、今はまだ少し早い、という気がする。

自分から志願してくるものがあれば考えるとして、大々的に募集をかけることには、ベルトホルトとしては、抵抗があった。

「何にしても、中隊長に承認頂けてよかったです」

破顔するヒエロニムスの空のジョッキを見て、イーゴンが手を挙げる。

「リオンティーヌさん、とりあえずトリアエズナマを三つ……」

「あ、ちょっと待って」

二度も同じ手を食うベルトホルトではない。

リオンティーヌへの註文を取り消し、ベルトホルトはアツカンを、ヒエロニムスにも何か自分で酒を選ぶように促す。蜂蜜酒はないということで、何か甘い酒を頼んだようだ。

問い質してみると、イーゴンは完全に善意でやっているということが分かった。

註文が単純なら出てくるのも早いし、トリアエズナマは皆好きだろうという発想だ。

「註文を単純にできるのはいいことだが、自分で飲む分くらいは自分で選ばせてやらんとな」

なるほど、とイーゴンがしみじみと頷いた。

人の上に立てるようになるには、まだまだ教えなければならないことが多い。

「はいよ。センチュウハッサクのアツカンとトリアエズナマ、それにアオダニノウメだよ」

リオンティーヌの運んできたアツカンを、キュッと煽る。

辛口の旨さが、喉から腹に染み渡るようだ。

二人にはそのまま飲むように言って、ベルトホルトは会計に立つ。三人で一晩飲めるくらいの銀貨をシノブに渡すと、家路に就いた。

きっと、妻も子供も待ってくれているに違いない。

「あ」

註文したクシカツを食べ損なったことに気が付いた。

まぁ、そういう晩もあるかと空を見上げる。

空には古都を見下ろす双月に、叢雲。

風が止んだのか、さっきよりも寒さが和らいだらしい。

残してきた二人は、どんな会話をするのだろうか。そんなことを考えながら、ベルトホルトは家路を急いだ。