軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おもいでの味(弐)

夏の夕陽が<馬丁宿>通りを容赦なく照らす。

じりじりと照りつける中を物売りが声を嗄らしていた。

売り歩いているのは城壁のすぐ外で採れる赤身瓜だ。甘さが自慢という口上だが、それほどの甘みがあるわけではない。

それでも飛ぶように売れるのは、実の瑞々しさのお陰だ。一つ銅貨二枚。物売りから買い求めて井戸水で冷やせば、暑い盛りにこの上ないご馳走になる。

「親爺、こっちにも一つ貰おうか」

道往く男が一人、物売りに声を掛けた。

古都についてまだ間もないのか、旅装のままだ。

へぇ、と応じて物売りは売れ残りの小ぶりな瓜を一つ割って見せる。

こちらは売り物ではない。中がしっかり詰まっているということを見せるのと、買って貰った礼だった。身の四分一を、声を掛けた男へ寄越す。

しっかりと実の詰まった、良い瓜だ。

無造作に齧り付くと汁気が口の中に広がり、夏の味がした。

口の端から零れた汁を、腕で拭う。

はじめて食べる味だが、悪くない。むしろ今のコルムにはありがたい味わいだ。

「良い瓜だな」

銅貨を渡しながら礼を言うと物売りは気恥ずかしそうに歯のない口で笑い、へぇとだけ答えた。

ごろりとした赤身瓜を頭陀袋に放り込むと、コルムは貰った瓜の残りを綺麗に食べ尽くす。

喉の渇きは癒せたが、腹が減っていた。疲労も限界に達しつつある。

コルムは赤く染まる夕陽を見上げ、目を細めた。

故郷で輝く夕陽よりも、眩しい。

慣れぬ長旅の果てに辿り着いた古都だが、目当ての場所が分からない。迂闊に尋ねることもできないので、ほとほと困り果てている。

生まれてこの方、ずっと田舎で暮らしてきた。

コルムにとって古都は目も眩むような大都会だ。往来の真ん中を歩いていいのか端に寄ったほうが良いのかも人に尋ねたほどに、都会慣れしていない。

<馬丁宿>通りを行き交う人々の流れに、コルムは酔ってしまいそうだった。

この大都会から、たった一人の人間を見つけ出さないといけない。そう考えると気が遠くなりそうだが、コルムの決意は固かった。

どうしても、伝えなければならないことがある。

「しかし、 義父(おやじ) 殿は本当にここにおるんだろうな……」

路銀もそれほど潤沢ではないから、長逗留はできそうにない。

しかし、見つけるまでは故郷へ帰らないという固い意志で家を発ったのだ。いざとなれば野宿をしてでも滞在期間を延ばすつもりだった。

それにしても、人が多い。

探している人物は目立つ黒髪だ。

古都へ辿り着く前は探せばすぐに見つかるだろうと安易に考えていたコルムだったが、これほど人が多いと言うのは予想外の事態だった。

これだけの人がいては、黒髪だろうと赤髪だろうと大して目立ちはしない。

尋ね人の手がかりになるようなものでもあればいいのだが、と当て所なく歩いていると、一軒の風変わりな酒場が視界に飛び込んできた。

「……あの店だけ、他と雰囲気が違うな」

同じ並びの他の店とも明らかに佇まいが違う。

珍しい様式の建物だが、不思議と下品ではない。むしろ落ち着いた風格を感じる。

コルムにとって重要なのは、その看板だった。

帝国語とは全く違う見慣れぬ表記。しかしコルムにはその綴りの“の”に見覚えがある。

かつて妻に戯れに見せてもらったものと、よく似ていた。

「まさか、そんなことがな」

これほど大きな街で、こんなにすぐに目的のものが見つかるはずがない。

あったとすれば奇蹟のような話だ。しかし他に当てがあるわけでもない。

賭けてみる価値は、十分にありそうだった。

「いらっしゃいませ!」

「……らっしゃい」

硝子戸を引き開けると、店の中は不思議なほどの涼しさに満ちていた。

居酒屋ノブは昼間だというのに満席に近い。それでも暑苦しく感じないどころか心地よい涼を感じるというのは、まるで魔法か何かのようだ。

コルムは吸い寄せられるように、一席だけ開いたカウンター席に腰を下す。

オシボリという濡れ布を渡されたコルムは、驚いた。

黒髪だ。

女給仕も、料理人も、義父と同じ黒髪だった。

客の中にも黒髪の男がいる。金髪の放蕩息子風の客と一緒に揚げ物を美味そうに食べていた。

間違いない。この店だ。

コルムは田舎の農夫の純朴さで、そう信じた。

しかし、見回した限りでは店の中に義父の姿はない。どこか店の奥にいるのだろうか。

それとも、既に。

「ああ、すまない」

躊躇していても仕方がない。義父のことを尋ねようと黒髪の給仕に声を掛ける。

「はい、ご註文は何になさいますか」

「あ、では、エールを貰おう」

朗らかな笑顔を向けられ、思わずコルムはたじろいでしまった。

酒など家の外では<大きな足>亭で飲むくらいだ。

あの店の婆さんはコルムが生まれてくる前からずっと婆さんをやっていたような筋金入りの婆さんなので、妻以外のこういう笑顔には慣れていない。

「お待たせいたしました!」とすぐさま黄金色の液体が運ばれて来る。

透明な硝子のジョッキに注がれた液体に、コルムはそっと口を付けた。

冷たい!

程よい苦味と冷たさに、思わずグビグビと喉を鳴らしてしまう。

半分飲んだところで、勿体無さに気が付いて口から離す。

こいつは、素晴らしい。

一緒に出されたオトーシという料理も、いける。揚げた魚を 酢(ビネガー) に漬けた料理の酸味が、旅で疲れた身体に染み入るようだ。

これに揚げた馬鈴薯でも一緒に付いてくればコルムには大満足の一皿になる。

ついつい晩酌を楽しむ体勢になってしまっている自分に気付き、コルムは慌てた。

違う、そうじゃない。

自分は、義父を追って遥々連合王国の片田舎、ナ・ガルマンからやって来たのだ。店員でも捕まえて無理矢理にでも義父の行方を聞かねばならない。

しかし改めて考えるとまだ証拠が足りないという気がする。

果たして、義父の名を出していいものだろうか。何か事情があって、途中で義父を追い抜いているという可能性もあった。そうなると色々と具合が悪いかもしれない。

そう考えながらオトーシを食べていると、あっという間になくなってしまった。

エールだけで飲むのもいいが、少し口寂しい。

何か簡単なものを頼もうと思うのだが、壁にある品書きはどれもこれも読めなかった。

「すまない。あちらの客が食べているものと同じものを」

「はい、夏野菜の天ぷらですね。少々お待ちください」

先ほどの給仕に声を掛けると快く応じてくれた。やはりこの店は、良い。

カラカラと耳に心地の良い揚げ音が響いた。

油をこれほどたっぷり使えるというのは、さすが都会の店というだけのことはある。

「お待たせいたしました」

運ばれてきたテンプラは実に美味そうだ。

「塩か天つゆでお召し上がりください。こちらのいわしは醤油もお勧めです」

そう言って給仕の差し出したものを見て、コルムは驚いた。

ショーユだ!

やはりこの店は義父のヨダ・コーザが目指した店なのか。

尋ねようとした顔を上げた瞬間、店の裏口が控えめに敲かれた。