軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 カルディア坊市

扉を開けると、ローシーが籠を手に待っていた。

「市場に行く。一緒に来てくれ」

ローシーが頷いた時、廊下の角から銀色の影が現れた。

エヴィル。

淡い紫のドレスを纏った銀髪の少女が、そこに立っていた。紫の瞳がレオンを捉え、一瞬驚いたように見開かれる。

たった一日会わなかっただけなのに——

少年の目が違う。

七年間ずっと曇っていた碧い瞳に、かすかな光が戻っている。まるで、長い冬眠から目覚めた湖のように。

「レオン兄さん、今日は機嫌がいいみたいですね」

「挫折を経験すれば、人は成長するものだろう?」

レオンは肩をすくめた。

「あの婚約者のお嬢様——」

エヴィルは唇の端を持ち上げた。

「きっと後悔しますわ」

レオンは笑い、何気なく少女の方へ歩み寄った。

近づいて、ようやく気づく。いつの間にか、自分とほとんど同じ背丈になっていた。昔はいつも静かに後ろをついてきた小さな女の子が、いつの間に——

考えるより先に、手が動いていた。

柔らかな頬をつまむ。

「エヴィルも大きくなったな」

少女の瞳が見開かれた。

心臓が、一拍跳ねた。

小さい頃、彼はよくこうしていた。宿題を手伝ってもらった後、一緒に遊んだ後、何かあるたびに、彼はこうして頬をつまんでくれた。

けれど七年前、魔力が衰退し始めてから、彼は全ての人を閉め出してしまった。

あの頃のエヴィルは、まだ幼かった。なぜレオン兄さんが変わってしまったのか、理解できなかった。どんなに近づこうとしても、あのよそよそしい目に傷ついて、離れていくしかなかった。

やがて、少しずつ分かるようになった。

天才と呼ばれた人が、その才能を失うということ。

周囲の期待が、一夜にして嘲笑に変わるということ。

自分の存在価値が、根底から崩れ落ちるということ。

それがどれほど残酷なことか——今のエヴィルには、痛いほど分かる。

だから、待った。

いつか、レオン兄さんが戻ってきてくれると信じて。

そして今——

——本当に、戻ってきた。

目の前にいるのは、あの頃の優しいレオン兄さんだ。

胸の奥が熱くなる。目頭がじんと痺れる。でも、泣いたら負けだ。

エヴィルは少し唇を尖らせた。

——でも、まだ私のこと、昔の小さな子分だと思ってる。

「エヴィル」

レオンが少し気まずそうに頭を掻いた。

「この七年間……すまなかった。あの頃は、自分でも生きた心地がしなくて」

七年分の寂しさが、その一言で溶けていく。

謝らなくていいのに。

ずっと待ってた。それだけでよかったのに。

エヴィルは微笑んだ。何も言わなかった。言葉にしたら、きっと涙が溢れてしまうから。

「市場に行くんだ。材料を買いにな」

レオンが言った。

「……私も一緒に行っていい?」

声が少し震えた。

「え?」

「市場」

紫の瞳が、まっすぐレオンを見つめた。

「久しぶりに……一緒に出かけてないから」

七年ぶりだ。

最後に一緒に出かけたのは、いつだっただろう。レオン兄さんが7歳で、自分が6歳だった頃。夏祭りの夜、手を繋いで屋台を回った。あの時買ってもらった小さな風車は、今でも部屋に飾ってある。

レオンは頷いた。

「ああ、行こう」

その言葉を聞いた瞬間、エヴィルの胸に温かいものが広がった。

◆◇◆

三人は屋敷を出た。

すれ違う一族の者たちが、奇妙な表情を浮かべる。あの「出来損ない」のレオンと、傍系の真珠と呼ばれるエヴィルが、並んで歩いている。

エヴィルは気にしなかった。

彼らの視線など、どうでもいい。今、隣にレオン兄さんがいる。それだけで十分だ。

領地を出ると、彼女は家族の中で纏っていた淡い距離感を脱ぎ捨てた。面白そうな露店を見つけると、そっとレオンの袖を引く。

昔みたいに。

「何の材料を買うの?」

「月光草、氷霜花、それから水系の魔晶」

「魔晶は安くないわね」

「ああ」

レオンは苦笑した。

「だから市場で運試しだ」

◆◇◆

ガタゴト、ガタゴト。

馬車が石畳の上を揺れながら進んでいく。

六人乗りのしっかりとした馬車だ。豪華とは言えないが、セレストーム家の傍系の乗り物としては、十分に体面を保てる造りだった。

窓から外を眺めると、街並みが徐々に賑やかになってきた。

木造の商店。石造りの鐘楼。道端で声を張り上げる露天商たち。時折、武器を背負った冒険者が三々五々と歩いているのが見える。

「……あれはラインハルトおじさんのお店ですね」

エヴィルの声が隣から聞こえた。

「町で唯一の錬金術士で、日用品の小物を作っているんですよ」

レオンは彼女の視線を追った。

店の中では、眼鏡をかけた中年の男が忙しそうにカウンターの後ろで働いている。作業台には、半分できあがった魔法蝋燭や錬金インクが並んでいた。

『あれが大半の錬金術士の現状だな』

オーグリの声が脳裏に響いた。少し嘲るような調子だ。

『最底辺に留まって、一生ああいう技術もクソもないものを作り続ける。哀れなもんだ』

……この爺さん、相変わらず口が悪い。

レオンは返事をせず、黙って視線を戻した。

◆◇◆

「坊ちゃま、着きましたよ」

御者の声が前から聞こえ、馬車がゆっくりと止まった。

レオンは扉を押し開け、真っ先に飛び降りた。エヴィルがその後に続く。銀色の長い髪が陽光の下で柔らかな光沢を放っていた。

目の前には、巨大な石造りの門がそびえ立っていた。

高さは五メートルほど。門柱には複雑な魔法の符文が刻まれ、淡い青白い光を放っている。坊市全体を覆う防護結界の起点だ。

門の両脇には、鎧を纏った衛兵が四人。胸には三大家族の紋章が並んで刻まれた特別なバッジがついている——坊市管理局の守衛隊だ。

アーチの上には、巨大な石板が掲げられている。

【カルディア坊市】

【帝国認可自由貿易特区・第七号】

オルハイム帝国中央で最大規模の自由貿易市場。

百年前、人間とエルフの大戦が終結した後、帝国皇室が辺境地域の経済復興のために設立した特区の一つだ。

管理体制も独特で、カルディア町の三大家族——セレストーム家、シルバークレスト家、ヴァルトシュタイン家——が五年ごとに輪番で管理している。今年はちょうどセレストーム家の当番年だった。

坊市内では厳格なルールが定められている。暴力行為は一切禁止、違反者は永久追放。詐欺や偽物の販売が発覚すれば、その名は帝国全土の坊市に通達される。

——要するに、ここでは金と信用がすべてだ。

「身分証の提示をお願いします」

門に近づくと、守衛の一人が手を挙げて呼び止めた。

レオンは懐から小さな金属板を取り出した。セレストーム家の紋章が刻まれた身分証だ。

守衛はそれを一瞥すると、表情が変わった。

「これは失礼しました、四坊ちゃま。どうぞ、お通りください」

「ああ」

レオンは軽く頷いた。

◆◇◆

門をくぐると、喧騒が一気に押し寄せてきた。

坊市は大きく四つの区画に分かれている。

誰でも出入りできる「外環区」。身分証明が必要な「内環区」。希少品を扱う「深層区」。そして——公には存在しないことになっている「灰色区」。

奴隷、禁制品、出所の怪しい品物。管理局は見て見ぬふりをしているが、法の保護は一切ない。

「坊ちゃま、魔法材料のお店は、この先を左に曲がったところに集まっています」

ローシーが小声で言った。

レオンは周囲を見回した。

内環区は外環区とは雰囲気が違う。露店は少なく、代わりにしっかりとした店舗が並んでいる。行き交う人々も、魔法師らしきローブ姿や革鎧を着た冒険者、高そうな服を着た商人——そして時折、尖った耳や獣の耳を持つ亜人の姿も見える。

「エルフ……?」

エヴィルが小さく呟いた。

「ああ、坊市では珍しくないよ。ここは自由貿易特区だからな」

もっとも——奴隷として連れてこられるエルフも少なくない。

レオンはその考えを振り払い、前を向いた。

「さて、まずは材料を探すか」

◆◇◆

三人が向かったのは、内環区でも一際目立つ大きな建物だった。

「グリフィン商会」

獅子の体に鷲の頭と翼を持つ魔獣——グリフィンの紋章が、店の入り口に大きく掲げられている。三階建ての立派な石造りの建物だ。

「ここが坊市で一番大きい材料商会です」

エヴィルが説明した。

「百年前からある老舗で、品質には定評がありますよ」

「魔晶は?」

「冒険者ギルドの委託販売所の方が安いかも」

「なるほど。じゃあ、まずはここで薬草を買って、それからギルドに行くか」

店に入ると、清潔で整然とした内装が目に入った。

店員に声をかけ、月光草と氷霜花を注文した。

「月光草は一束十五金貨、氷霜花は一輪三十金貨になります」

「じゃあ、月光草を二束と、氷霜花を三輪」

「かしこまりました。計百二十金貨ですね」

思ったより安い。品質も悪くなさそうだ。

『ふむ、この店はまともだな。こういう老舗は信用を大事にするからな』

オーグリが太鼓判を押した。

支払いを済ませ、材料を受け取る。残りは二百八十金貨。