軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 結婚式前夜

お祖父さま side

ラザフォードは、いつものように酒を抱えて現れた。まったく、今日は早く寝ようと思っていたのに。

杯を重ねるうち、話は自然とルシアーナの幼い頃の思い出へと移っていく。あの頃はよく泣いた、よく転んだ。そんな他愛もない話なのに、今夜はひどく胸に染みた。

「それにしても……皆、知っていたとはな」

ふと、思い出す。ルシアーナが王配としてユリウスを望んでいることを、内々に伝えたあの日のことを。

もっと驚かれると思っていた。

だが返ってきたのは、予想外に揃った反応だった。

――やはりな。

そう言わんばかりの、納得した顔。

「いや、分からぬわけがないだろう、大公よ」

ぽつりとこぼした私の言葉に、ラザフォードは不思議そうな顔もせずそう答えた。

「おぬしとて、前に言っていただろう。“ユリウスはどうだ、ルシアーナも案外そのつもりで連れてきたのではないか?”と。あのときは、まだ分かっていなかったのではないか?」

「ははは、耳が痛いな。いや、分かっていた。あれはな、大公の反応が見たかっただけだ。つい、な」

ラザフォードは杯を傾け、続ける。

「だが考えてもみろ。マルセルという、優秀な男がすでにいる。それを承知の上で、あえてユリウスを連れてきた。これから巻き込むことになるユリウスの家族のことまで、分かっていながらだぞ? ……あの冷静なルシアーナが、だ。その時点で、もう答えは出ていただろう」

言われて、ようやく腑に落ちた。

無駄を嫌い、決断を先延ばしにしないあの子が取る行動など、最初から一つしかなかったのだ。

ラザフォードは笑いながら、さらに言葉を重ねる。

「それにしても、さすがというか。ルシアーナが、あまりに淡々と告げ、淡々と話を進めようとしたあのときは、正直、崩れ落ちそうになった」

「確かにな。皆の視線が痛かった」

――これで終わり?

――嘘だろう?

そんな戸惑いが、部屋中を駆け巡ったのを覚えている。

皆の視線が痛くて、休憩を促したことも。

「まったくだ。照れているルシアーナを初めて見られると、少しは期待していたのだがな」

「まあ……戻ってきたあとの顔は、少女のようだったろう。それで皆、満足したのではないか?」

結局、その後も残った案件は淡々と片付けていったのだが。

しばらく沈黙が落ちたあと、ふと、胸の奥に引っかかっていた名前が浮かんだ。

「……マルセルには、悪いことをした」

「マルセル? なぜ、今マルセルの話が出る。ああ、あの若さで宰相になったことか?」

――ラザフォードは、知らなかったのか。

「違う。マルセルは……ルシアーナを想っていただろう? ユリウスも、そのことを気にしていた」

王配が決まった後、ユリウスと二人で酒を酌み交わした夜があった。あまり細かいことを教えてくれないルシアーナの“あの国”での暮らしも詳細に聞けた。そして、ユリウスがどれほど彼女を想い続けてきたか。

同時に、マルセルに対して抱いていた申し訳なさも。私とて同じ。

「は? マルセルが? ルシアーナを?」

「……やれやれ。ラザフォード、おぬしも人のことは言えんではないか」

マルセルは幼い頃、父に頼み込み、この地へ移り住んだ。たとえルシアーナに婚約者がいようとも、せめて傍にいたかったのだろう。

だがその願いは叶えられず、それでも国のために宰相として尽くせと命じている。

――あまりにも酷な役回りだ。

「……大公よ。本気か?」

「何がだ?」

「ああ……本気なのか。皆、知っていると思っていたがーー」

ラザフォードは、少し困ったように言った。

「あー、マルセルは、その……アンヌのことを、幼い頃から慕っている」

「アンヌ?」

思わず問い返す。何を言っているのだ。……ん? 皆? 幼い頃?

呆れたような顔で、ラザフォードはため息をついた。

「い、いやでも。ほら、あの日は、エミリアがマルセルを部屋から出しただろう。あれは王配になれなかった悲しみを整理させるため、中庭にいるルシアーナたちを見せないため、ではなかった……のか?」

「……いや、アンヌも一緒に外に出したではないか。それに、アンヌもマルセルを慕っている」

「なんと! アンヌはマルセルが妙な考えを起こさぬよう、監視につけたのかと……まさか、それも私以外、皆知っていたのか?」

大きく頷き、ラザフォードはまた深く息をつく。

私もまた、深く息を吐いた。

「……どうやら私は、肝心なところで鈍いらしい。まずい! ラザフォード。ユリウスが勘違いをしているやもしれない。説明を――」

「やめておけ。明日だぞ、結婚式。余計な波風を立てるものではない」

そう言って、ラザフォードは微笑む。

「それに、ルシアーナが何とかするさ。いや、もう、しているかもしれん」

確かに最近、二人の距離は自然と近い。

マルセルの前であろうと構わず、ユリウスの視線はルシアーナを追い、彼女が言葉を発すれば即座に耳を傾け、少しでも疲れた素振りを見せれば、さりげなく距離を詰める。

孫娘を想われるのは、喜ばしい。が、保護者としては、少々、気恥ずかしいと感じていた。

そうだな、きっと誤解は解けたのだろう。……やはり私だけが、最後まで知らなかった、ということか。

「ちなみにだが。マルセルはアンヌと婚約するらしい。エミリアが、ずいぶん喜んでいた」

「……いつの話だ。だから、なぜ私だけ知らない。それもまた、皆知っているのか? 仲間外れか?」

「ははは。まあ、いいではないか。皆、落ち着くところに落ち着いたということだ」

ラザフォードは杯を掲げる。

「余計なことを考えず、貴殿は、明日の結婚式で泣く心づもりだけしておればよい」

「……泣かん」

「泣かないのか? 私は泣くつもりだぞ。きっと皆そうだ。仲間外れは嫌だろう? 一緒に泣こうじゃないか」

「ま、まあ、そういうことなら」

笑いながら、酒を重ねる。

そうだ。今夜はたくさん飲もう。

そして明日は、飲んだ分、皆でたくさん泣くのだ。

END