軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.祝福を  END

石畳の上で靴音が静かに響き、周囲の緊張した空気から切り離されるようだった。

中庭に出ると、柔らかな光が花々に反射し、葉先を揺らす風が心地よく頬を撫でる。やはり気を張っていたのか、肩の力がふっと抜け、呼吸も少し楽になる。

「皆、一体どうしたのかしら? 王配、そんなに意外だったかしら」

私が小さく首をかしげると、ユリウスは穏やかに笑った。お祖父様には事前に伝えていたのに――そのお祖父様まで、なぜか慌てていた。

「きっと“違う”意味ですよ」

少し笑いながら、ユリウスは控えめに言葉を添える。

「ルシアーナ様は、私が王配でよかったのですか?」

「ええ、もちろんよ。元々そのつもりでこの国に誘ったのよ」

「そうでしたか。……光栄です」

ユリウスの声が、少しだけ低く響いた。私は穏やかな表情に安心しつつ、ふと尋ねる。

「ユリウスも、特に悩んでいた様子は見えなかったけど……よかったの? 宰相じゃなくて」

「はい。私はずっと考えていましたから」

「王配になろうと?」

思わず笑ってしまう。ユリウスも口元を緩めたあと、少し真剣な顔になる。

「いいえ。以前も言いましたが、ただ、すでに心に決めていたのです。何があっても、あなたが決めたことを、支えていこうと」

彼はいつもそうだ。穏やかに、迷いなく、私の選んだ道を肯定してくれる。私は、ほんの少しだけ目を伏せて言葉を探す。

「ルシアーナ様……あなたがまだ王太子の婚約者だった頃から、私はずっとそばで見てきました。忙しい日々の中で、資料を抱えてあなたの部屋に訪れるのが、私の日課のようなものだったのです」

そうだったわね。

「忙しい理由が私が持って行く書類の数々だとしても、いつしかそれを楽しみにしていたのです」

ユリウスの声が静かに、柔らかく響く。

「仕事を始めるといつも真剣で。でも、あなたが眉間にしわを寄せて考え込む顔を、かわいいと思っていたのです」

「なに、それ。恥ずかしいわ」

私は思わず笑う。私も同じだった。忙しい日々の中で、彼が資料を抱えて部屋に現れるのは、いつの間にか私の楽しみのひとつになっていた。

「……もっとも、私はあなたよりずっと年上で、あなたは王太子の婚約者で。身分もありましたので口には出しませんでしたが」

言葉のひとつひとつが、胸の奥にそっと染み込む。

あの頃、仕事に慣れず考え込む私の姿を、彼は無言で見守り、時折わずかに笑みを浮かべていた。それを私は知っていた。

夜遅くまで書類に目を通していた日には、そっとお茶を淹れてくれた。

「お疲れのようですね。アンヌのように上手ではないですが、どうぞ」

ベールで半分顔が隠れていたのに疲れ切った表情に気付かれたことが、なぜか嬉しかった。

いつしか目は彼を追いかけていた。私が過労で倒れたときには、宰相に抗議してくれた。淡い憧れと、守られる安心感。ふと目が合うだけで、世界が少し柔らかく見えた。

私は彼に恋をしていたのだ。

彼の穏やかさに触れるたび、私は少しずつ勇気をもらっていたのだと分かる。だから、どうしても、共に歩んでほしい、そう思っていた。

「王配、断れない雰囲気だったかしら、と思っていたの。いえ、正確に言えば、断れないようにした、と言ってもいいかもしれないわね」

私の冗談めいた言葉に、ユリウスは目を細めて微笑んだ。

「ああ、なるほど。少し間違えましたね」

「間違えた?」

彼の静かな声に、私は顔を上げた。

「先ほどの言い方では、私が王配を選んだ決定の責任をあなたに負わせてしまう」

「どういう意味?」

もちろん責任を負うつもりだけど。

「私を選んでくださったこと、感謝しています。けれど――」

ユリウスは私の方へ一歩、静かに近づく。その瞳の色が光を受け、柔らかく揺れた。

「私は、私の意思であなたの夫になりたい。どうか、あなたにも“王”としてではなく、一人の女性として、私を選んでほしい。ルシアーナ様、私の妻になってくれますか」

一瞬、時間が止まったように感じた。見たことのない彼の真剣なまなざしが、私の心の奥をそっと射抜いた。私は息を吸い込む。

「もちろんよ」

自然と笑みがこぼれた。

ユリウスは、ほっとしたかのように小さく息をつき、いつもの穏やかな表情に戻った。その目元には、先ほどの緊張がまだ微かに残っていて、頬にうっすら紅が差している。

彼はわずかに照れたように微笑むと、そっと私の手に触れ、握り直した。

「そろそろ、皆のところへ戻りましょうか。きっと心配しながら、待っていますよ」

「そうね。ふふ、皆があんなに慌てていた理由も、察したわ。このままエスコートして部屋まで戻りましょう。きっと皆、満足するはずよ」

「ええ、それがいいですね」

言葉少なに、でも確かな呼吸を合わせて歩き始めた。

中庭に差し込むの光は、柔らかく花々を照らした。石畳の上に響く靴音は、周囲の空気から切り離され、二人だけの世界を静かに作っていた。

ふと視線を上げると、窓から慌てて離れる皆の姿が見えた。その様子を見て、思わず微笑む。

ユリウスの手にそっと触れ返し、軽く握り直す。

『真の愛を選ぶ者に、祝福を』

思わず、そんな言葉が口を衝いて出た。女神からのお祝いだろうか。

光が一層強く差し込み、花々の色を鮮やかに輝かせ、風が優しく揺らす。二人の間に、静かで温かな祝福の余韻が広がった。

END