軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第90話 期待と焦燥の間(ギルマス視点)

執務室の扉をノックする音に、ギルマスは冷静を装いながら「入れ」と返答する。

「失礼します」と開くドアから顔を見せたのは、二ツ星ランクの草原エリアの入り口に配置しているギルド職員だった。

「本日も、アルケミスト様は、ご入場されませんでした……」

「……そうか。報告ご苦労だった」

「ですが、お仲間数人は、ダンジョンアタックに来られております」

「本人はいないんだろう?」

「そ、そうですが……。あの、どうなさっているか、お聞きするだけでも良いのではないでしょうか?」

「いや、余計なことをして、警戒されるのは困る。だが引き続き、確認を頼む」

「了解しました!」

職員がお辞儀をして退出していく姿を見送ると、ギルマスは深く溜息を吐いた。

「初日に入ったきりか……」

ギルドの職員をあちこちに配置し、アルケミストの情報を耳に入れるようにしているが、引き籠り体質なのか、本命のダンジョンには一度アタックしたきりだった。

それでもアルケミストというジョブが、低ランクの二ツ星の草原エリアにアタックしたと聞いた時は期待で胸が膨らんだものだ。

直ぐに出てくるかと思われたが、仲間と共に一日中草原エリアで狩りをしていた。

だから期待してしまったのだ。アントネストに来るのを、楽しみにしているという、ド田舎のギルマスの情報を鵜吞みにして。

アルケミストの興味を引くモノがあったのではないか? という、期待感が高まったのも仕方がないだろう。

「しかしそれ以降、二度目のアタックがない……とはな」

「他の職員の情報によれば、宿泊先からは時折出掛けてはいるようですよ?」

「それなんだがなぁ。商店街やダンジョン入り口前の屋台広場だけだろう?」

サブマスの仕入れた情報はただ街をぶらついているというだけで、何の意味もないモノでしかないと、ギルマスは拒否するように手を振った。

あからさまに接触する訳にはいかないが、せめて彼ら パーティ(スプリガン) の動向は逐一知らせるように職員らには命令している。

「誰にもぶつからずに、あの屋台広場を歩いているのが不思議でした」といった、意味不明な報告は上がったが、実際に見ていないので、何がどう不思議なのかまでは判らないけれど。

「パーティメンバーは実力者揃いだが、誰も四ツ星ランクのエリアにアタックしていないのも謎だ」

パーティメンバーが男女混合でありながら、五ツ星半から七ツ星というランクもかなり高い構成であるし、三ツ星半というもう少しで壁を越えられる有望な若手まで居るのだ。 指導者(メンター) として五ツ星が二人以上いれば四ツ星にアタックするのも難しくはないのだが、彼らがアタックするのは全て低ランクエリアだけだった。

冷やかしでアントネストに立ち寄るにしては、彼らパーティのランクはこんなところで遊ぶようなレベルではないのだ。

「それなのに、二ツ星と、三ツ星ランクのエリアばかりアタックし続けているのは、どういうことだと思う?」

「アルケミスト様が、安心して入れるかどうかを、調査している……といった理由じゃないですかね?」

「だったら既に草原エリアで、一日中狩りをしていただろう?」

二ツ星ランクのドロップ品はロクな物ではないし、何度も草原エリアに出入りする必要はない。普通の冒険者なら一度入れば十分なエリアだ。しかもそんな草原エリアに出たり入ったりを繰り返しているので、おかしな行動でしかなかった。

「あれは、どういうことなんだろうな?」

「何度も出入りすると、最強種のドラゴンフライにエンカウントし続けますからね。そこに意味を見出すとしたら、若手の実力を上げるためではないでしょうか?」

「いくら強いったって、初見で脅かす役目でしかないヤツだぞ?」

慣れてしまえばどうということはない。スピードはあるが、銀色のドラゴンフライに比べればそこまでのスピードではないのだ。

「しかも三ツ星エリアから、滅多にドロップしない皮革素材を売りに出していたことからも、ヤツラは二ツ星で実力を伸ばすにしてはおかしいのだが?」

「相当な数を熟さなければ、三ツ星で価値ある素材は手に入りませんからね」

何せ皮革素材のドロップ率が低すぎるのだ。落とすのは肉が多く、その肉も安価なので、高ランクの冒険者にとっては効率が悪い。

そしてその売りに出した素材以降、彼らは冒険者ギルドに出向くことはなかった。

素材の買取価格の低さに、ガッカリしたのだろうか? だとすれば、何度もアタックしているのもおかしな話なのだが。

「アクータートルの、ドロップ品の鑑定が出来なかったのが悔やまれますね」

「長年ここに居るが、あんな甲羅がドロップするなんて聞いたことがないぞ?!」

「だから正体が判らなかったんですがね」

「何もかもが謎過ぎる……っ!」

ギルマスは頭を抱えてデスクに突っ伏した。

聞けば聞くほど、調べれば調べる程に、おかしな行動しかしていない。

アントネストのダンジョンがつまらなすぎて、直ぐに出てくかと思えばそうでは無いようなのが救いではある。

かと言って本命のアルケミストは、兄である魔法使い(召喚士)と常に行動を共にしているようで、ダンジョンにはアタックしてはいない。

そんな二人は、ほぼ宿泊場所に引き籠っているとはいえ、屋台へは何度か足を運んでいるという。そしてその足を運んだ屋台も、人気がなかった屋台である。

それもおかしな話で、人気がなかった屋台なのに、最近はそうではないのだ。

「アントネストの隠れた名産品の爬虫類系の肉屋台が、最近はとても人気だそうで。ギルド職員が探りに行った際、とても美味かったという報告を受けています」

「別に隠しとらん」

「人気がないだけでしたね。でも今は人気の屋台だそうで、評判も上がってます」

いつもの肉であるのに、とても美味かったという情報だけでしかないが。

何がどうという感想はない。所詮はその程度の情報収集力ということだ。

物語に出てくるような、優秀な諜報活動をする人材など、このアントネストには存在してはいなかった。(必要なかったともいう)

「……俺の分も買ってきてくれ」

「了解しました。私も気になるので、一緒に購入してみましょう」

アルケミストが数回立ち寄った屋台が、いきなり人気の屋台になった。

これもまた謎の一つである。

安い爬虫類系の肉が売れるようになったというのは喜ばしいがしかし。

「本当に、どういうことなんだ?」

七ツ星の魔法使いである召喚士が、アルケミストの兄であるという情報があるので、高ランクの彼が常に側にいるのは判る。護衛の従魔も控えているし、外出時はそれらから気配を悟られないよう監視(観察)するだけで骨が折れるが。

大切にされているというのは本当なのだろう。

だが彼らを探っても、集まる情報や報告も、謎だらけで行動に一貫性がない。

他に気になることと言えば、この街でも珍しいアクセサリーショップに立ち寄ったという、最初の報告ぐらいだろうか?

しかし女性ではない、男性であるアルケミストと魔法使いが立ち寄ったのだ。

店主に話を聞こうにも今は熱心にアクセサリーを作っているらしく、客の相手は出来ないと断られ、店番の老婆に尋ねたところで、商品を勧められるだけだった。

だからパーティに居る女性メンバーに贈る土産の吟味でもしていたのだろうという結論に至っている。

「アルケミストとはいえ今は冒険者だから、強制依頼という形で彼らに依頼を出すこともできるが……」

「既に強制依頼を受けた後ですからね。無理です」

「くそっ! 護衛なんてどうでもいい依頼をしやがった奴が、今更だが憎くて仕方がないっ!!」

その護衛を依頼した商人は、今はアントネスト近辺の街で行商をしているらしい。一体その商人が何をしにアントネストまで来たのか。スプリガンに強制依頼をしてここまで護衛をさせておきながら、その後はしれっとどこかに行ってしまったせいで、詳しい話を聞くことも出来なかった。

「皮革素材を仕入れた後、どこかへ行商にでも向かったのでは?」

「他の商人仲間と一緒にか?」

「普通の行動ですけれど?」

「そりゃそうだが……」

商人だから、それが仕事である。何もおかしなことはしていない。少なくとも、スプリガンという、アルケミストと魔法使いをメンバーに加えるパーティに比べれば。

「つい先日は、ランダム発生するスティンクバグの異常発生時に、ダンジョンアタックしたそうです」

「他の冒険者なら入るのを止めるぞ。奴らは臭いからな……」

ダンジョン内に存在する物はドロップ品以外持ち出すことができないので、スティンクバグの悪臭も一旦外に出れば消える。

だがスティンクバグは斃す度に悪臭を放つので、なるべく接触しないか、発生時にはダンジョンに入らないのが暗黙のルールのようになっていた。

何せヤツラは温かい生き物に向かってくる習性があるので、体温の高い人間にやたらと近寄ってくるのだ。鬱陶しいことこの上ない。

「それでも、知り合いの冒険者パーティと一緒にアタックしてましたよ?」

「その冒険者ってのは、アレだろ? やたら荒稼ぎしているGGGっていう、五ツ星にしちゃぁ、異常な強さの連中だって話じゃないか」

超高級品として重宝されている巨大蛾の繭をドロップし、売りに出さずに服を作るためにだけに人数分の量を確保したと聞いた。

五ツ星も大概バケモノ一歩手前の連中が多いとはいえ、実力的には六ツ星でもいいぐらいの体力と強さを誇っているらしい。だとすれば、そろそろランクアップの打診をしなければならないだろう。

「この街のソロ冒険者というか、料理人も一緒です。最近は弟子を取ったということで、彼女たちも荒稼ぎしてますね」

「どちらも五ツ星ランクだったか。アントネストに居る冒険者は化け物一歩手前がやたらといるから、感覚がおかしくなるな」

「そのお陰で、少々強いだけでイキるような粗暴な者は、大人しくしてますけどね」

ある程度強くなると、相手の力量が判るようになる。そうすると、互いに尊重し合うようになるのだ。そうではない者もいるのでその限りではないが。

強者というのは、自らの力を誇示したりはしない。本能的に弱者に配慮するようになるからだろう。無駄な争いをしなくなるのは良いことではある。

「抑止力としての存在ばかりなのは有難いがな」

彼らは同じく五ツ星なので、一時的に協力するのは判るがしかし。

料理人の店に頻繁に通っているらしい件のパーティメンバーだらけで、スティンクバグが異常発生した森林エリアにアタックしたというのも、謎でしかない。

いくら昆虫好きなギルマスといえども、ヤツラが異常発生した時はダンジョンアタックは諦めたというのに。

何度かそのレストランにギルド職員を通わせているが、飯が美味いという情報しか手に入らない。特にデミドラゴンの肉が食べれたことに感動していたので、調査費用が掛かっただけで終わったのである。

「六ツ星にランクアップか……俺にとっちゃ夢で終わったがな」

「私は四ツ星で終わりましたよ」

「ド田舎のギルマスは六ツ星なのに、なんであんな寂れたギルドのマスターになったんだかな?」

毛生えに効果のある薬草目的ではあるが、彼らはそんな個人的な事情を知らないので首を傾げていた。

「そういうマスターも、アントネストなんて人気のないギルドのマスターをやっているじゃないですか」

「俺はまぁ、昆虫が嫌いじゃないからな」

「私も別に嫌いではありませんよ。面白いですし」

「ふん。だが、六ツ星か……あるんだよな、このダンジョンにも一応」

「ありますが、アタックできる冒険者は滅多に現れませんよ」

「ランク以前の問題があるからな……」

アントネストにも六ツ星エリアはある。だが二ツ星エリアとは別の理由で、アタックする冒険者はいなかった。

生息する魔物が強いのもあるが、海域エリアであることから、半端な実力ではアタックできないのだ。

せいぜい海岸付近で襲ってくる海生爬虫類(海竜・魚竜・巨大ウミガメ等)を待つしかない。だがヤツラは海に住んでいるので、滅多に海岸にやっては来ず、六ツ星エリアでありながら稼ぐことができないのである。

陸上の生き物である人間が水棲生物に勝つ方法など、高火力の魔法を放てる者以外いないのだから。それこそ人外認定である七ツ星ランクぐらいだろう。

「ランクアップの打診をしてみるか?」

「そうですねぇ。もしかすると、彼らならアタックできるかもしれませんし」

「七ツ星の魔法使いが居れば、アタックするのも容易いだろうになぁ?」

強制依頼の発動権があればと思うが、本当に今更なので悔しい限りだ。

何故アントネストに来る前に、護衛等というどうでもいい依頼に使った!? と、小一時間以上問い詰めたい。

こういう重要な案件があるから、滅多に発動されない強制依頼であるのに。

強制依頼とは、単純に☆を半分与えるためにある制度ではないのだ。

「その七ツ星ランクの魔法使いですが、たまに兄弟であちこちとフラフラするか、宿泊場所に引き籠ってますよ」

「遊んでいるなら、ダンジョンで稼げばいいのにな……」

「遊ぶと言えば、戦闘職ではないアルケミストも海岸付近なら入れますしね」

海岸付近であれば安全である海域エリアなので、低ランクでも海に入らないという条件で入場許可できるのだが。本人たちは海域エリア以前に、ダンジョンに一度入ったきりやってこないのである。

「だが何をドロップするのかが、判明していないんだよな」

「魔動船を持ち込むにしては、それだけの価値があるかも判明してませんしね」

壊されるかもしれないと考えれば、ドロップ品を確認するためだけにチャレンジするには費用が掛かり過ぎて、今まで誰もアタックしたことがないのだ。

高ランクの冒険者に調査を依頼したが、遠目で海竜や魚竜の確認をするだけで終わっていた。

ダンジョンではない海域に出没する、討伐対象となる海生爬虫類の強さを確認しているからこそ、断念したと言える。

ダンジョンのドロップ率を考えると、何度もアタックできるものでもない。

「本当に、どうにかならないものだろうか?」

「色々と、問題しかないですね。ここのダンジョンは」

「全くだ……」

頼みの綱のアルケミストは、兄である人外ランク魔法使いと共に引き籠りつつ、たまにふらっと街を散策しているし、仲間のパーティは低ランクエリアに何度も意味不明なアタックをし続けている。

滞在期間が延びていることを考えれば期待は高まるが、謎の行動に焦燥感も募るというものだった。

しかし徐々に恐怖のデスマーチが這い寄っているということに、ギルマスもサブマスもまだ気づいてはいなかった。

この嵐の前の静けさが、平穏な日常を満喫できる唯一の一時であることを実感するのは、後ほんの少しである。