作品タイトル不明
第212話 番外編7 リオン(妖精)の置き土産 前編
「おやアラバマ兄上。そのように難しいお顔をされて、どうなされたのですか?」
輸出品の相談をしようとアマルが温室へ足を向けると、そこには気難しそうな表情をしたアラバマが腕を組んでいた。
「昔から俺様はこの顔だ」
むっすりとした表情で、相変わらず愛想のない返事をする。
それに怒りを覚えるでもなく、このような対応にも慣れたものだと、アラバマに気付かれないようアマルはこっそりと笑った。
「ところで私にご相談とは、どういったご用件でしょうか? もしかして、この温室の野菜の出荷量を増やせることにでもなりましたか?」
温室で栽培されている瑞々しい野菜を眺めながら、アマルは問い掛けた。
人型に変容できるようになったカーバンクルが、それら野菜をせっせと収穫している姿が見られる。
今ではリオンが趣味で植えた野菜の多くが、サヘールの輸出品目になっていた。
問題はこの温室内でしか栽培できないし、希少性も高い上に高級野菜に分類されていることだ。
「無理を言うな。ここの野菜は何故か知らんが、この温室内でしか栽培できぬようになっておる。種や苗を他で育てようとしても、どういう訳か全て枯れてしまうのだ」
「それも不思議ですよね? 実(み) は持ち出せて食せても、種や苗となると途端に枯れてしまうなんて。これら野菜類は、まるでダンジョンのドロップ品みたいじゃありませんか?」
異空間となっている自然ダンジョンに生えている植物は外へは持ち出せない。
この温室で栽培されている野菜や果実類は環境が違うからか、何か別の力が働いているのかは判らないけれど、同じように環境を整えても何故か育たなかった。
「深く考えるな。考えるだけで頭が痛くなる」
「フェネックたちが時折あちこちに視線を彷徨わせているのも、怖いですよねぇ」
何もない空間をじっと見ていたと思えば、ふと何かを追いかけるように視線を彷徨わせる。それに飛びつこうと跳ねているのだが、何を追っているのか判らなかった。
「だから考えるな。空気中のチリを目で追っておるのだ。そういうことにしておけ」
「カーバンクルは何と?」
「――――人間の目では認識できない、光のようなものが舞っておるそうだ」
光に反射して舞うホコリと似たようなものだと決めつけ、アラバマは疑問に思わないよう思考を停止させた。
しかも幻獣であるカーバンクルにもよく判らない存在らしい。
だが確かにそこにはナニかが《《いる》》と言う。
「だが何も疑問に思うな。出荷量を増やしたければ、温室を拡大すればよいだけの話だ」
とはいえそれにも限界がある。
結局のところは、需要に対して供給が追い付かないという結論になるのだ。
この温室内で栽培されている瑞々しく美味しい野菜は、野菜嫌いな子供でも喜んで食べるということで、貴族などの富裕層に大変好評だった。
なので出荷量を増やして欲しいという要望が多く寄せられている。
しかもここから持ち出された野菜から種を取り出し、こっそりと栽培を試みようとする者もいたらしいが、どこも失敗しているという報告もされていた。
「ですからそれも不思議なのですよ。リオン様が最初に植えた場所から広げれば野菜や果実は育っても、ここから離れると途端に育たなくなると言うのが……」
「リオンが言うには、品種の盗難防止対策として育成者権を付与しておるということだ。それ以外は全く判らん」
「ではこの温室に付与魔法を掛けられているのですか?」
「似たようなモノらしいが、専門分野ではないからこれ以上聞くな」
アマルが疑問に思うのも理解できる。同じようにアラバマが疑問に思って訊ねたところ、品種改良された野菜や果実の知的財産権を守るためであるとディエゴから伝え聞いたからだ。
問題はその付与魔法を掛けられるのが、リオンしかいないということだった。
そしてリオン本人もよく判っていないという事実である。
「だが今はそんな話をしたくはない。お前を呼んだのは、王太子擁立の件だ」
「王太子の擁立ですか?」
「唐突な話ではないぞ。今後のことを考えて、我ら兄弟間である程度決めておかねばならん問題であろう?」
「まぁ、確かにそうですが……」
サヘール王国の国王の仕事は、精霊セラピアに祈る事である。
風の声を聴き、方向を指し示す。
だがそれはとても曖昧で、読み解くことが難しい言葉であり、直感や感覚にとても近い。
飛竜に乗って風を読むことは己のみ左右されることだが、精霊の声を聴き流れを読み解くことは国全体を左右する。
だからか、国王は司祭として人前で迂闊な発言も出来ず、かといって一部の者の声を聴くこともできない。惑わされず、惑わさず。精霊の声を聴く代表者として日々祭壇へ祈りを捧げる。非常に難しくも厳しい立場であった。
その傍に控える王妃たちは助祭となるので、こちらも厳しい規律や戒律がある。
「王太子になれば、国王となることは必然。資質が問われ、品格を求めらることになるからな。安易に決めるわけにはいかん」
そう言うと、アラバマはふんと鼻を鳴らした。
次期国王となる王太子は優秀な者であれば性別は関係ないが、最終的には精霊セラピアのお告げを最も重要視する。その精霊から告げられる前に選択肢を狭めようと、邪魔な王子王女を排除するべく奸臣が派閥争いを起こす原因となったのだ。
だがそんな奸臣らも、妖精の呪いによって根こそぎ駆逐された。
「既に我らが争う理由もない。俺様はカシムで良いと思っておる」
お前の考えはどうだとアマルに問い掛けた。
こちらの考えを既に知っているくせに、わざわざ聞くのもおかしなことだとアマルは思う。だがアラバマにも何か考えがあるに違いなく。ただ答えが欲しいだけのように思った。
「私は変わらずシエラ姉上ですよ」
「……お前はまだ、あ奴に王が務まると思っておるのか?」
精霊を祀る祭壇で、静かに祈りを捧げる苦行がシエラに出来るのかと、アラバマはアマルを睨みつけた。
「しかし、姉上も王の器であると私は信じております」
アマルは姉こそが王の器に相応しく、他の兄弟は全てクズだと思い込んでいた。
周りにそう思い込まされていたともいうけれど。
だがその考えは今でも変わらない。シエラこそが至上であり、至高の存在だった。
幼少期に家臣の変態に襲われそうになるのを、シエラに何度助けられたことか。
シエラがあのようになってしまったのも、見た目的に弱そうな自分の所為であるとアマルは悔いていた。
だがアラバマから見れば、シエラは元々ああいう性格であり、なるべくしてなったというだけだ。
「王になるということは、精霊に祈りを捧げる役目があろう? それがシエラに出来るとでも思っておるのか? カシムであれば、引き籠りの才能があるではないか」
上二人の争いに巻き込まれ、飛竜から落下した時の怪我が原因で視力が弱ったのを隠すため、暫く引き籠っていたことを差しているのだろう。
陰湿で根暗だった性格が、リオンと関わった後にまるで生まれ変わったかのように爽やかな好青年に変貌したのは驚いたけれど。
だからこそ、己の飛竜が年老いて飛べなくなれば、静かに引き籠れるとアラバマは確信していた。
「精霊に奉仕することを、引き籠りと言うのはどうかと思いますが……」
「実際、儀式以外で人と接することがないではないか。精神が強靭でなければ務まらぬし、かなりの苦行だぞ。シエラに堪えられると思うのか?」
「あ、姉上も、以前と変わって、身だしなみに気を遣うようになりましたし、品格も備えられていると思われますが?」
アマル的にはシエラの唯一の欠点は、王族として身だしなみに気を使わないところだった。
だがリオンの仲間であるアマンダやチェリッシュのお陰で、美しい肉体を更に際立たせるため、身だしなみに気を遣うようになったのである。
シエラの世話をしている侍女たちからも、そのことを大変感謝されていた。
「身だしなみが整ったところで、それは当たり前のことだ。性格そのものが変わった訳ではあるまいが」
シエラもカシムも両者共に劇的ビフォーアフターではあるが、見た目と中身の違いで比べれば、カシムの方が上だとアラバマは言い切った。
それにシエラは性格上、粛々と精霊に祈り続ける日々に堪えられないだろう。
後進の教育と称して生涯現役とばかりに表に出たがるに違いなく、逆にカシムは己の飛竜と共に静かな余生を過ごすような性格である。
心が弱く家臣に振り回されていたところはあれど、繊細過ぎるが故に利用されただけであって本来は真面目で勤勉なのだ。
今ではそんな過去の自分を恥じ、強くあろうと努力しているので、アラバマの中でカシムの評価は上がっていた。
「では、ファティナという選択は?」
カシムと同じくある意味引き籠り状態だったファティナだが、現在の彼女はコンプレックスから解放され光り輝いていた。
しかも大勢の者が見守る中、精霊から盛大に祝福を受けているのだ。
そのせいか、一部からは愛と美のカリスマとして崇められている。
「そのファティナだが、観光業の手伝いをしたいと申し出があった」
「――――はい?」
「国のために仕事をするのは王族の務めだからな。ファティナは飛竜ではなくサンドクーガーを従魔にしたであろう? 故にお前や俺様のように公務を与えねばならん」
「確かにそれはそうですが……」
飛竜を従魔にしたのであれば竜騎士となり、最も重要な国防の仕事を担う。
それ以外の道を選択したのならば、国益に繋がる公務を任される。
アラバマは農産業であり、アマルは外交関係だ。
「国民の声を聞くのも重要な仕事だが、ファティナには今後発展するであろう観光業を任せようと思ってな。本人もやる気はあるし、任せたいのだがどうだろう?」
「――――まぁ、向いてると言えば向いてますね。国民の団結を促す象徴的な存在としても適役ですし」
「今までは他の貴族共に任せておったが、それらを粛清してしまったのでな」
不正行為や不祥事を起こした者が多く、アラバマはそれらの人事をどうすべきか悩んでいた。
そこへファティナが王族として務めを果たしたいと名乗り出てくれたのである。
「なるべく信頼のおける者を宛がうつもりだが、それが無理であればカーバンクルを派遣するつもりだ」
「人間より信頼できるのが、幻獣というのも複雑ですね」
深く溜息を吐き、アマルは額に手を当て首を振った。
人材の育成には時間がかかる。その育てた人材が腐るのもあっという間だった。
国全体の利益より、個人の利益を求める者のなんと多いことか。
「仕方あるまい。互いに足を引っ張り合い、私腹を肥やしておったからな。国益を損なうようなことばかりに労力を費やして、腐った部分が多すぎたのだ」
アマルとアラバマがその立て直しに奔走することになったが、手足となって働いてくれたのがムスタファを中心とした幻獣のカーバンクルだ。
「おかげで私たちの仕事が増えましたからね」
「特にお前は信頼して仕事を任せていた者が多かったからな」
「信頼し過ぎて、長い間裏切られていたことに気付けませんでしたよ」
アラバマは逆に信頼できない者ばかりだった。
王になれない地属性の王子を後援する貴族が少なかったのもある。
その分苦労もしたが、他の王子や王女よりも労働者の立場として周りを見渡す視野が広げられたことは幸いだと思っていた。
「改革には痛みを伴う。やむを得まい。だがファティナであれば精霊の祝福を受けた者として、他の者も納得して受け入れるであろうしな」
「随分と派手な祝福だったようで……」
孵化の儀の準備に追われ、その現場を目の当たりにしてはいないが、騒ぎになったことは二人とも耳に入れている。
王族が飛竜ではなく、サンドクーガーと 従魔契約(エンゲージメント) をしたことも前代未聞だが、衆目のある場で盛大な祝福を受けたのもまた前代未聞であった。
「あの場にリオンが居たのも大きかろう」
「偶然にしては出来過ぎてますよね」
「カシムの問題も知らぬうちに解決しおったからな。お陰で多くの問題が解決されることになったが……」
「そのことなのですが、あの色覚補正メガネとやらは、商品化できませんか?」
「どうであろうな? 技術的にまだ無理そうだぞ?」
色盲は錐体細胞の誤作動が原因らしく、色覚補正眼鏡は重複する波長をフィルターでカットすることで色を区別できるようにする――――といった他にも詳しく説明を受けたが誰もそれを理解できなかった。
魔道具類は職人の手作業で作られているだけに、理解の及ばないモノは作ることが出来ない。いくら知識を与えられようと、内容を十分に把握し自分のものとして活用できるレベルにまで到達できないのである。
「まるで妖精の作るアイテムみたいですよね……」
「――――我々が理解できぬだけだ」
そうして二人の間に沈黙が訪れる。
「――――詮索は止めよう。嫌な予感がする」
アラバマは直感的に、リオンの正体に疑問を持つなと何者かに囁かれたような気がした。
謎の光を追うように、一斉にフェネックがこちらを見たのも原因だけれど。