作品タイトル不明
第25話 小悪魔は何でも知っている。
『いま、十撫ちゃんがすごい』『フルアーマー亜希ちゃんの方がすごいだろ』『日本の 迷宮(ダンジョン) って感じ』『ギミック型 迷宮(ダンジョン) ……!』『これ、お作法を外れたらどうなるんだ?』『神隠し事件で騒がれたところだよな』『一回、花見で行ったことあるぞ』『相沢パイセンって知識すごいよな』『三人で危なくないのか?』『亜希ちゃんのパワーがダンチ』『え、隠れた……? 待って待って、何だこいつ』『未登録の魔物!?』『気持ち悪いな。鹿? 猿?』『なんか喋ってる』『行ったと思ったら戻って来てる!!』『比較するとでけぇ! 軽自動車くらいあるんじゃね?』『え、鳴いた? 何かわからないけど、亜希ちゃん倒れちゃったぞ?』『やばいやばいやばい! 相沢パイセン頑張って』『え、マジでやばくない?』『あ、キター!』『ゆうた覚醒w目つきオカシイw』────。
……配信動画についたコメントを流し読みしながら、俺はネクタイの位置を確認する。
スーツに袖を通すのなんて、大学の入学式以来だ。
なんだかこの 紳士服(スーツ) というヤツは、着ているというよりも着られているという感覚が強くていけない。
新興企業だし、平服で良しとはならないだろうか。
「裕太さん、ネクタイ、曲がってる」
「何回やってもこうなるんだ。きっとネクタイそのものが曲がっているのでは?」
「そんなわけない、でしょ」
本日、俺の秘書役として同行する十撫が、小さく苦笑しつつ俺の首元に手を伸ばす。
細い指が俺のネクタイを引き延ばし、そのままするりと引き抜いた。
「じっと、してて、ね」
「まさか、結べるのか!?」
「お父さんのを、結んでたことがある。はい、座って」
俺を座らせた十撫が、ワイシャツの襟を立てる。
そして、するすると器用に俺の首にネクタイを巻き始めた。
「こうして、こうして、こうやって……はい、おわり」
「おお、真っすぐになった。やっぱり俺の巻き方が悪かったのか……」
「よそ見しながらやるから、だよ?」
タブレットに映る第二回目の『ピルグリム』の配信を指さして、小さくため息を吐く十撫。
その仕草がほんの少しだけ、藤一郎の秘書である洋子さんに似ていて、笑ってしまった。
「気を紛らわさないとやってられないよ。自分の就活だってやったことないのに、これから採用面接に参加するんだぞ? 採用サイドで」
「社長、だからね」
「しかも、大学側からも志望者が来てるんだよ……」
俺の気重の原因の半分くらいがコレだ。
何の因果か、西陶大学からの就職希望者がそこそこいたらしく、数名が最終面接まで進んでしまっていた。
しかも、その中に丸樹の名前まであったので、余計に胃が痛い。
数日前、電話がかかってきたのを無視して着信拒否した相手が、面接に来るなんて気まずいなんてもんじゃない。
とはいえ、まあ。
丸樹が 探索者(ダイバー) としてそれなりに優秀だということは、俺も知っている。
亜希と同じ、身体能力に大幅なブーストがかかるタイプの迷宮適応を持つ丸樹は、その気性も含めて先頭に立ってパーティを引っ張っていく人間だ。
俺とて、あんなことになるまでは丸樹のことを尊敬していたし、優秀なリーダーだと認めていた。
端的に言うと、仕事そのものはできる人材だと思う。
採用AIや二次面接を突破したっておかしくはない。
だからと言って、丸樹を『ピルグリム』のスタッフとして採用するかどうかというと、明確に「ノー」だ。
というか、配信も目にしているだろうに……俺が所属する会社に就職しようなんて厚顔無恥な発想がよくできるものだと、逆に感心すらする。もちろん、悪い方に。
「よし、よし」
十撫が、座ったままの俺の頭を撫でくる。
年下の女の子に慰められるなんて、何とも情けない。
「大学の人は、嫌い?」
「嫌いって言うより、信用できない……が、正しいかな。信用できない相手と 潜行(ダイブ) するのは、あんまり推奨される事じゃない」
「そう、だね。わたしとお姉ちゃんは、裕太の事、信じてるもん」
「ありがとう。そんな君達の背中も預ける相手だ。俺が信用できないと思った相手は、『ピルグリム』で採用するわけにはいかないよ」
書類審査の段階で「西陶大学の人間は撥ねてくれ」と伝えておくべきだった。
まさか、自分達で放逐した人間が 社長(インターン) してる会社に、学生を送り込んでくるなんて、大学側もどうかしてる。
もはや、嫌がらせのレベルだ。
「元気、だして」
「むぐ」
十撫が俺の頭を抱え込んで、ぎゅっと抱擁する。
柔らかな豊満に頭が沈み込んで、軽くパニックになる俺の頭を、十撫はゆっくりとさする。
「落ち着く?」
「落ち着かない」
「くすぐったい」
俺を解放した十撫が、悪戯っぽく笑う。
まったく、俺を安心安全だと思ってからかっているな?
「そういうことを軽々しくしちゃだめだぞ、十撫。コンプライアンス違反だ」
「同意があれば、ヨシ?」
「……そうだなぁ……いや、ダメだろ」
「お姉ちゃんはいいのに?」
首を傾げる十撫に、俺はギクリとして固まる。
いや、ここで動揺してはこの小悪魔系の思うつぼだ。
ただのかまかけに違いない。
「何のことだ?」
「誤魔化し方が、雑。わたし達、双子の姉妹、だよ?」
「な、なんのことだか、さっぱり……?」
「動揺、し過ぎ。顔に、出てるよ」
ずずい、っと寄ってくる十撫に椅子ごと後退る。
これはダメなパターンだ。バレてる。絶対バレてる。
「『飯森神宮 迷宮(ダンジョン) 』から、帰った日の、夜……でしょ?」
「はい、すみませんでした」
あの日の夜。
少しばかり 迷宮(ダンジョン) 適応の影響が残っていた俺は……間違いを犯した。
プライベートとはいえ、重大なコンプライアンス違反が起きてしまったのは事実だ。
ただ、そのことは当事者同士──亜希と、きちんと話し合って解決を見たはずなのだが……どうして、十撫が知っているのだろうか。
「ずるい。わたしは?」
「そう言うんじゃないんだよ、十撫。あれは、事故って言うか、お互いセーフっていうか」
「わたしも、セーフだよ? 明智のおじさんに、取って食っていいって、言われた、し」
あのバカは、妹分になんてことを言い含めてんだ。
いいわけないだろ!
と、思っていたら、本人がエレベーターから姿を現した。
「そろそろ時間ですぞー……っと? 何事ですかな?」
「取って食おうと、してた」
「これから面接ですし、日も高いので、続きは夜にしてはどうですかな?」
「ん。そう、する」
離れ際、そっと俺の頬を撫でた十撫が、悪戯っ子のように微笑む。
それはチャーミングなもので、俺は少しばかり胸が高鳴ってしまった。
俺というヤツの浮気者め。しっかりしろ。
「さぁ、裕太……行きますぞ! 面接会場は弊社10階。面接人数は13名。誰を取るかは、裕太の胸先三寸ですぞ!」
「……気は重いけど、行くしかないか。藤一郎、十撫、フォローをよろしく」
俺の言葉に二人が頷く。
「任せておくがよいですぞ!」
「ん。がんばる」
やる気十分な二人に、頷きを返して……俺もゆっくりと椅子から立ち上がった。