軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

九十二話 尊い犠牲者

* * * *

「────だから、ヴァネサ・アンネローゼに会いたいならコイツを探すと良いって言われてもな」

あの後、頼みの綱であった情報源、チェスターから話を聞いた俺達は、一枚の似顔絵を渡されそのままカジノを後にしていた。

どうにも、その人物の名前はチェスター自身も知らないようで、伝える手段が似顔絵くらいしかなかったらしい。

「子供の落書きよりひでえな。実は教える気ねえだろアイツ」

矯めつ眇めつ確認してみるが、オーネストの言うようにこれは子供の落書き以下の出来であった。

辛うじて身体的特徴である無精髭や、黒髪といった部分は分かるが、該当する人間は山ほどいるだろう。

「チェスターのやつ、昔っから絵心が致命的になかったからねえ。これでも、一応この絵が人であるって事が分かるだけ、成長はしてるみたいだけど」

ロキがしみじみといった様子で感想を口にしているが、チェスターから渡された直後に「何この落書き?」などと真っ先に貶していた人物こそ、ロキであった。

「いやいや。ここはハッキリビシッと言っちゃおう。てめえ、よくもこんなクソみてえな情報で千万ギル払わせやがったな! 慰謝料だ、慰謝料! 十倍にして返しやがれ! そのうちの半分はガネーシャさんに渡しとけ! ってな!」

「……前半も横暴過ぎてかなり意味分からないのに、後半部分は更に意味が分からないわね」

ひょこっと顔を出して話に混ざる緑髪の女性────ガネーシャはあの後、カジノから一時的に解放され、俺達と行動を共にしていた。

唆すように「慰謝料」「慰謝料」とクラシアの耳元で連呼するガネーシャだったが、呆れられるだけで真面に相手にされていなかった。

しかし、ガネーシャの見た目はどこからどう見ても男装の麗人にしか見えないのに、どうしてこうも中身が残念なのだろうか。

「というか、賭け事なんてせずに真っ当に稼げば良いじゃない。ガネーシャさんなら問題なく出来るでしょうに」

「分かってないねえ。重要なのは稼ぐ金額なんかじゃあない。どうやって楽して稼ぐか。それが大事なんだよ。というか、それ以外に重要な事ある?」

「……でも、それで弱味を握られる羽目になってたら世話ないと思うんだが」

「ぐっ。中々に痛いところを突くな君は」

年長者ぶりながらクラシアに、稼ぐ事のなんたるかを語るガネーシャだったが、その結果が弱みを握られる事に繋がっていたので本当に碌でもないとしか言いようがなかった。

ただ一応の自覚はあるのか、俺の指摘に対してガネーシャは顔を引き攣らせて気まずそうな表情を見せる。

「しかし相変わらず、てめえがクソ野郎で安心したぜ」

「やだなあ。風評被害はやめてよオーネストくん。僕ほどの紳士もそういないからね?」

「お金に困ってる人に対して、条件と引き換えにお金を渡す人を世間では『クソ野郎』って言うんだよ、ロキ」

カジノでオーネスト同様に儲けていたロキだったが、己の同僚とも言えるガネーシャの為にそのお金を────やはり使う訳がなかった。

ガネーシャの自由と引き換えに金を消費する対価として、何やらロキはガネーシャに約束を取り付けていた。

しかも、魔法で契約を縛るかなりエグイやつで。

唯一の抜け道として、ロキが肩代わりした分の金額をロキへ返せば契約は無効にするという条項があったらしいが、ガネーシャのこの性格からしてその条項が効力を発揮する機会には恵まれない事だろう。

「何はともあれ、取り敢えず飯にしないか? これから地道に足でこの似顔絵の人を探すにせよ、空腹じゃそれも出来ないだろうしさ」

チェスターから預かった似顔絵の人物を探すにせよ、どうしても足で探すしかない。

だったら、メイヤードに来てからまだ何も口にしていないし、情報の整理も兼ねてひとまず腹拵えをするのは決して悪い選択ではない筈だ。

「そう、ね。チェスターさんの言う事を信じるなら、今すぐにどうにかなる可能性は低いみたいだし」

別の空間に閉じ込められている仮説を信じるならば、手遅れである線は確かに存在する。

だが、そうでない場合、今すぐにどうにかなる可能性は極めて低い。

手段は不明であるが、閉じ込めたならば相応の理由────閉じ込めた人間がヴァネサになんらかの価値を見出した可能性が高い。

だから、今すぐどうにかしたところで事態が変化する事はない。

それがチェスターの言い分であった。

「僕は自他共に認める嘘吐きだけど、これだけは誓ってもいい。チェスター・アナスタシアは、何があっても嘘だけは吐かないよ。仮にそうする事で、己にとって親しい人間が危険に晒される事になろうと、何があってもあいつは嘘だけは吐かないからね」

「……そういえば、てめえとアイツは幼馴染かなんかなんだっけか」

「そうだよ。僕とチェスターは、メイヤードで一緒に育ったんだ。腐れ縁というか、悪友というか。まあ、そんな関係だね。性格は正反対だけど」

ロキは息を吐くように嘘を吐く嘘吐きで、チェスターは何があっても嘘は吐かない人間。

水と油のような性格の相性だろうに、よくもまあ幼馴染という関係で落ち着いたものだなと思えてしまう。

同時、チェスターの性格が生まれ育った環境によって培われたものだという彼の発言が不意に思い起こされる。

幼馴染ならば必然、ロキもそうであったのではないか。

軽薄な印象しかない「クソ野郎」呼ばわりされる彼は、どんな場所で育ったのだろうか。

そんな事を思った矢先、

「まあまあ、そういう訳であいつの事は信用出来るよ。そう言えばヨルハちゃん。メイヤードに〝ハバネロくん〟を使った料理をウリにしてるお店が一店舗あるらしいんだけど────」

「お昼ご飯決定! お昼ご飯は絶対にそこにする! そこにしよう!」

強制的に話を打ち切り、別の話題を持ち出すロキの言葉にヨルハが真っ先に食いついた。

大の辛い物好きヨルハが特に愛用している味覚兵器もとい、調味料。

通称、〝ハバネロくん〟。

今現在は、一号、二号、三号と様々な種類の辛い調味料として世に出回っている〝ハバネロくん〟シリーズ。

一体どこの味覚馬鹿がこんな物を作り出したんだ。などとも偶に言われる〝ハバネロくん〟愛用者である辛党のヨルハが、その言葉に食い付かない訳がなかった。

「……ヨルハの事はそれなりに分かってるつもりだけど、アレを美味しいと思う味覚だけは一生分かり合える気がしないな」

「違いねえ」

目に見えて上機嫌となったヨルハに、他の店が良いなどと言える訳もなく。

ただ、よくもまあというボヤきを俺はオーネストと二人で共有する。

「あたしは食べる気すら起きないけど、二人は何回か食べてるものね」

「……誰かさんのせいで、五回は食ってるな」

「……俺もそのくらい食った気がするなあ」

クラシアの指摘通り、俺とオーネストは決して食わず嫌いではない。

寧ろ、かなり食っている。

というか、食わされた。

勿論、それはダンジョンに潜る際に俺とオーネストの間で交わされる勝負事。

負けた奴は勝った奴の言う事を聞くアレで、罰ゲームの一環で食わされたというだけで、断じて進んで食べた訳ではない。

そしてその罰ゲームの内容を考案したのが何を隠そうクラシアだった。

「いやいやいや! 三人とも〝ハバネロくん〟の評価低過ぎるからね!? 絶対にそのお店一番の人気メニューになってるよ。うん、絶対」

────いや、それだけはあり得ない。

耳聡く俺達の会話を聞いていたヨルハからの一言に、俺達の心境は見事に一致した。

「ロキもそう思うよね!?」

やがて、ヨルハの言葉は諸悪の元凶であるロキへと向かう。

本人は既に会話は終わったものと捉えていたのか、話を振られた事に「へっ?」と素っ頓狂な声を漏らしていたが、捲し立てるように告げられるヨルハの言葉の数々に気圧されてか、「そ、そうだね」などと肯定してしまっていた。

「バカだ。あいつ肯定しやがった」

「バカだな、ここは絶対に拒否する場面だろうに」

「バカね。この後の未来が透けて見えるわ」

これまでの尊い犠牲もとい、被害者の数々を知っているだけに、オーネストと俺とクラシアの言葉はロキへの哀れみ一色に染まった。

「いいよーだ。ボクとロキが食べてるの羨ましがっても三人にわけてあげないからね」

「え? ちょ、僕は食べるとか一言も言って」

「あ! そうだ! ガネーシャさんも一緒に食べませんか? あの舌がピリッとするあの感じがすごく美味しくて。一度ハマったら抜け出せなくなると言うか、なんというか。あ、これボクが持ち歩いてる〝ハバネロくん一号〟なんですけど」

「ふむ。聞いた感じは美味しそうに思えるな」

「あ、あの、ヨルハちゃーん?」

「ですよね!? なのに、三人は味覚兵器呼ばわりするんですよ? 流石に言い過ぎですよね」

ロキが控えめに発言の訂正を試みようとしていたが、まるで相手にされていなかった。

そして、理由をつけて辞退を試みたとしても強制的にヨルハから食べさせられるというところまでがワンセット。

魔法学院時代に嫌と言うほど見てきた展開である。

「諦めろ。こうなったヨルハはもう人の話なんて聞きやしねえよ」

俺が不在だった四年の間でそれが変わっている筈もなく、諦めも肝心であるとオーネストがニタニタとした笑みを浮かべながらロキを諭していた。

更に面白いのが、ヨルハに気を遣い、いざ実食という時に「意外と美味しい」などと言おうものならば、これを掛けると更に美味しくなると言われ、ヨルハから追い〝ハバネロくん〟を投入されるという展開が待っているのだが、面白そうなので黙っておく事にした。

「まぁ、元はといえばロキが自分で蒔いた種だものね」

ロキが〝ハバネロくん〟の件を話題に出さなければ、何も起こっていなかった筈なのだ。

ゆえに、全ては自業自得であるとクラシアは暗に告げた。

それから、歩く事十数分。

ロキはロキなりに考えを巡らせ、〝ハバネロくん〟の店の場所を忘れちゃった────などという手段に走ろうとしたのだろうが、何故か場所を知らない筈のヨルハが向かう先にそれは存在していた。

獣の如き勘とでもいうべきか。

場所を知らない筈のヨルハだったが、こと、〝ハバネロくん〟に関して理屈が通じないのは今に始まった事ではない。

「普通、だな」

見た目は普通の飯屋だった。

だが、あの〝ハバネロくん〟を使った料理を提供するという狂気の沙汰としか思えない所業をしているお店である。

警戒をして損はないだろう。

「それに意外と繁盛してンのな」

料理のセンス的に寂れているのではと思っていたが、思いの外繁盛していた。

店の外にまで行列が並んでいる、という訳ではなかったが、五人がギリギリ入れる程度の空席しか残されていなかった。

「────しっかし、あのちょび髭野郎どこに消えやがったんだか」

「お主があの時、逃さなければもう既に解決しておったかもしれんな」

「うるっせえ。おれだって逃がしたくて逃した訳じゃねえんだよ。つうか、それよりも、だ。あんたでも あの子(、、、) の所在はまだ分からねえのかよ」

「完全に消えておる。微塵の痕跡すら残さず、忽然と。そうなっては流石に、妾でもお手上げよ」

案内された席の近くに座っていた二人組の声が聞こえてくる。

鼓膜を揺らすその声は、なんというか何処か聞いた事のあるものに思えた。

しかし、こんな場所に知り合いがいるとは思えないし、他人の空似だろう。

そう思い、俺は気にしないようにする。

「はい、〝ハバネロ丼〟お待ち」

そして、会話をする二人組の下に、明らかにそれと分かる物騒な名前のメニューが届く。

微かに鼻腔をくすぐる殺人臭。

〝ハバネロくん〟から出されるソレを前に、意外と人気メニューなのか? と思ってしまう。

「……そんな物を頼むとは、相変わらずお主の味覚はイカれておるな。流石はあのお転婆の旦那よな」

「おいおい、それ暗にアリアの事を貶してるだろ? あいつの料理は泣くほど美味えんだぜ? ったく、食わせてやれねえのが残念だ」

「確かにお主は泣きながら食っておったな。だがあれは妾の記憶が確かなら苦痛に堪えるような泣き顔だった気がするが」

「……き、記憶違いじゃねえかな」

「取り繕うなら最後まで取り繕わんか」

何というか、もう一人の声も聞いた事があるような気がしたが、これもやはり勘違いだろう。

やがて、注文を終えた俺はチェスターから受け取った似顔絵を今一度確認する。

「なんつーか、この特徴だけみたらよ。アレクの親父さんもこんな感じだったよな」

「あー……確かに親父も黒髪に無精髭生やしてたからな」

隣に座っていたオーネストが、不意にそんな事を口にした。

「そいやアレクの親父さん、今頃何してンだろうな?」

親父の動向は一切把握していない。

今何をやっているのか、俺は全く知らない。

「楽しく生きてるんじゃないか? こんな事を言うのは変だけど、色々と逞しい親父だから」

少なくとも、のたれ死んでいるという事だけはないだろう。

「しかも、得体が知れねえからな。……色んな意味で」

あえてオーネストがそんな物言いをした理由は、謎に剣が達者であったりした事も含めてだったのだろうが、一番は今現在の状況が関係していたのだろう。

「……アレクのお父さんも、味覚がアレだったものね」

何を隠そう、親父の味覚はヨルハ程ではないが俺が自炊を進んでする程度にはズレていた。

そのズレ具合は、ヨルハと軽く意気投合してしまう程、といえば分かりやすいだろう。

クラシアも昔を思い出してか、顔を若干引き攣らせていた。

「親父がいたら間違いなく、ヨルハと同じものを頼んでただろうな」

「かぁぁあ。ったく、〝魔女〟も一度食ってみたらいいのによ。アレクもそうだったが、どうしてこの美味さが分からないかね」

「で、そうそう。ちょうどこんな感じに、俺にも食え食えって勧めてきた────記憶、が?」

────そんな魔物の餌みたいなものを食うくらいなら、妾は餓死を選ぶわ。

付き添いだろう女性の侮蔑の声を聞きながら、反射的に肩越しに振り返ってしまう。

そこには俺のよく知る人物が二人もいた。

一人は、魔法学院学院長であるカルラ・アンナベル。そしてもう一人は、

「…………親父?」

「んあ? アレク?」

ヨハネス・ユグレット。

俺の親父だった。