軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

八十五話 リクという男

「……〝 凍ル(ニヴル) 、 世界(ヘイム) 〟……ッ」

「〝 暴風騒めく(テンペスト) 〟!!」

「……〝 加速術式(スペルブースト) 〟」

辛うじて残っていた〝リミテッドブレイク〟効果時間。

這い出てくる鎖を凍らせるべく発動。

続くようにローザも魔法を行使。

術者を止めるべく、ヴォガンが身体強化魔法を重ね掛け。移動を開始。肉薄。

ノイズの目の前にまで躍り出た。

鎖は魔法で封じ、ノイズはヴォガンが。

そう思っていた。

そう思っていたのに。

「……は?」

現実が嘘を吐いた。

どうしてか、這い出る鎖は魔法を、陣ごと喰らうように破壊を始める。

魔法を無力化されたならば、まだ分かる。

だが、陣そのものを壊す魔法は聞いた事が無かった。故に、信じられなかった。

一瞬の攻防。

だが一瞬故に、たった一つの要素で全てが決する。

「ま、ず……!!」

ノイズは、俺達の中の誰が魔法師で。

誰が魔法師ではなくて。

それらの情報を得ていた。

オーネストが、手負いである事も。

刹那。思い起こされる。ノイズの言葉。

思考が猛烈に加速する。

……どうしてあいつは、少女と呼んだ?

リクに向けての言葉ならば、少女なんて言葉は本来、出てこない筈だ。

なのに、どうして。

わからない。

でも、だからこそ────うご、け。

うごけ。動け。動け。動け。動け。

「……くそったれが……ッ!!」

オーネストが叫んだ。

弾く。斬る。弾く。

瞬時に割り込んだオーネストが鎖をどうにか対処しようと試みる。

そして、片手でほぼ全ての鎖の対処をしてみせる。だが、それも「ほぼ」。

全てでは無い。

その中で、嵐を思わせる物量で襲い来ていた鎖に紛れて異様な動きを見せていた鎖が、俺の視界に映り込む。

それは、俺ではなく。

オーネストでもなく。

リクにでもなく、狙いを何故か─────ヨルハに定めていて。

「そこから逃げろヨルハ!!!!」

「え」

手にしていた〝 星屑の祈杖(ステラティオ) 〟を身体を支える杖代わりに。

地面に打ちつけ、ふらつく身体をどうにかねじ伏せて俺は肉薄をする。

気づいたオーネストが、慌ててヨルハを庇おうと動く。

だけど、それでもあと一歩間に合わなくて。

「────どけ」

しかし、平坦な声音が呟かれると同時。

何が起こっているのか分からないとばかりに呆けていたヨルハは、突き出されるように転がった。

そして、何かが貫かれる音が響き、水が跳ねる音が聞こえてきた。

むせ返るような死臭と称すべき、鉄錆の香りが鼻腔をくすぐる。

「なん、で」

「……成る程。実に二流劇作家が考えそうな事だ。趣味の悪い、テオドールが考えそうな事だ」

ヨルハがいた場所には、何故かリクがいた。

程なく、かふ、と再度吐血する音が響く。

まるでヨルハを庇うように割り込んだリクの身体は、複数の鎖に貫かれていた。

だから、分からなかった。

どうして。

どうして、リクはヨルハを庇った……?

「……勘、違いするな。テオドールの思い通りに事が運ぶのが気に食わなかった。これは、ただ、それだけ、だ」

「……やはり、こうなりますかあ。しかし、流石にヴォガン・フォルネウス。強いですねえ」

忌々しそうに呟くノイズは、鎖に意識を割き過ぎていたのか。

ヴォガンの魔法なのだろう。

十字架に輝く光によって肢体を拘束されていた。

宮廷魔法師として〝闇ギルド〟の人間を相手にする事も少なく無かったヴォガンは、拘束して情報を吐かせる事はリスクが高過ぎる。

そう判断をして、生成した〝 魔力剣(ソード) 〟で、そのまま躊躇いなくノイズの首を刎ねた。

そして、ノイズは死んだ────筈だった。

「くふふふふ。ふふふふははは、やはり強い。片手間に相手をして勝てる程甘くはありませんか」

転がった生首が、嗤い出す。

その異様過ぎる光景に、リクを除いて誰もが息を呑んだ。

まるで時間を遡るように、飛び散らかった血液がノイズの身体へと戻ってゆく。

これは、断じて魔法などではない。

禁術でも、〝 古代魔法(ロストマジック) 〟によるものでもなかった。

「……人体実験の、成れの果て。あいつは、不死性のある魔物の因子を組み込んだ人間と魔物のキメラだ。もっとも、再生能力が高いとは聞いていたがあそこまで、とは知らなかった」

リクが答える。

味方になってくれた。

そうは思っていないが、少なくとも、ノイズやテオドールの思い通りに事を運ばせたくないのだろう。

「何より、この場所でもその再生能力が十全に発揮されるとは思っていなかった」

「……回復魔法が効きにくいと思ったら、やっぱりそういう仕掛けだったのね」

普段ならば、即座に治っている筈の傷。

クラシアが回復魔法をひたすら掛けているにもかかわらず、それらは多少回復してはいるが万全とは程遠い。

それもあって、クラシアが回復以外のサポートに回れていなかった。

「……だが、安心しろ。私が死ねば効果は消える。それと、不死程度は恐るるに足らん。ノイズ程度なら、今の私でも────」

そこで、言葉が止まった。

否、ここは 止められた(、、、、、) が正解か。

ノイズの動きも含めて、俺達を除いた周囲の光景全てがひどく緩慢になる。

そして何処からともなく風が吹き。

視界いっぱいに光の粒子が出現した。

海の底から浮上する泡のように。

次第に速度を増し、それは全てを包み込んでゆく。

「……なんだ。これは」

ローザの疑問は、誰もが抱く疑問そのものだった。

しかし、この光景に覚えがあるのか。

リクと、ヨルハだけは違う反応を見せていた。

「これっ、て、あの時の」

「……ここで介入してくるのか」

「介入、だと? 一体、どういう事だ」

「その、反応。グランの妹は、見た事があるか。決まってる。これは、 神(クソ) どもが住まう地────〝 楽園(エデン) 〟への招待だ」

そして世界は移り変わり────見た事もない景色が顕現した。

そこには樹があった。

大樹と形容すべき、大きな大きな樹が。

緑あふれる、庭のような場所。

恐らく、この場所の主たる人物は少年のような風貌の彼────。

そんな彼は。

『……すまなかった』

どうしてか、頭を下げていた。

『謝って、赦される事ではないと分かっている。けれども。それでも。それでも、言わせてくれ。すまなかった』

周囲には、ノイズを除いた全員がいた。

どういう基準で招待をされたのか。

そもそも、〝 楽園(エデン) 〟と呼ばれたこの場所は、一体何なのか。

分からない事だらけ。

だがそんな中、憤った様子でリクは呟く。

「……やはり、ここは別世界のようなものか。テオドールの言う通り、招待を された(、、、) 場合は殺せそうにも無いな」

致命傷を負っていた筈のリクは、何故か何事もなかったかのように歩き出す。

身体の具合を俺も確認する。

原理は分からないが、〝リミテッドブレイク〟で満足に動けなかった筈の身体はどうしてか、何事もなかったかのように動けた。

やがて、この世界の主たる少年との距離を詰めたリクが彼に向けて口を開いた。

「そうやって、誠意を見せるフリをすれば、私を利用出来るとでも思ったか? 私がお前の妄言に操られて死ぬとでも思ったか?」

『……それは違う。僕は本当に、君に謝りたかったから。君を、助けたかったから。君達に、 全てを話す(、、、、、) と決めたから』

────だから、こうして此処へ呼んだんだ。

紡がれる言葉、その一つ一つに力がなかった。まるで、病人のそれに近いと思った。

恐らくここは、思念世界のようなものだ。

そうでなければ、身体の痛みを感じない事に説明がつかない。

「たす、けたかった? 謝り、たかった? 全てを、話す為に? ハ、ハハ……ハハハハハ!! ハハハハハハハハハハッ!!! ふざけるなよ……クソ神がァッ!!!」

そして、胸ぐらを掴み上げた。

「掴めてしまった」という事実にリク自身が驚いているようであった。

だが、それも一瞬。

構わずリクは、叫び散らす。

「お前のせいで、どれだけの人間が苦しんだと思う。泣いたと思う。死んだと思う。なのに。なのに、今更助けるだと? 私を一人、助けるだと? だったらどうして初めからそれをしなかった!?」

『……たかった。助けたかったさ。でも、僕にそれは出来なかった』

リクが神と呼ぶ存在の視線は、何故か俺に向いた。

『十七年前に行われた〝神降ろし〟。あの時に漸く、僕は僕の行いが間違っていた事に気付いた』

ベスケットから聞いた言葉通りだった。

『だから介入した。介入して、どうにか止めた。だけど、力を使ったせいで、十七年間眠り続ける事になっていた』

「……でも、ボクはあの時、」

『あれは通過儀礼だ。〝適正〟を持った人間に対して行われる、通過儀礼。だからあの時、僕の顔を見る事も、身体を動かす事も出来なかった筈だ』

何かを知っていたヨルハは、黙り込んだ。

『僕一人でどうにかすべきだった。〝望む者〟という仕組みを作るのではなく、僕一人で 家族(イヴ) を助けられる方法を探すべきだった』

全てを話すと彼は言っていた。

それは、だからこその言葉だったのだろう。

しかし、律儀に紡がれたその言葉は、ことこの場においてリクを踏み躙る言葉でしかない。

怒りを増幅させる言葉でしかない。

何故なら、リクの家族はもう何処にもいないのだから。それ故の、これまでの狂行だったのだから。

「家族を、助けたかっただ? ハ、家族一人助けられない奴が、願いを叶えると吹聴しているのか。とんだ詐欺師だな」

『……そう捉えられるのも、仕方がない事だと思う。現に僕は、イヴを助ける事は出来なかった。助ける事 だけ(、、) は出来なかった』

まるで、その他であるならば出来るような物言いであった。

『何度も試したさ。何度も。何度も。それこそ、気が遠くなる程、何度も。でも、だめだった』

見た目は俺より幼い少年の筈なのに、そう口にする彼は、人生に倦み疲れた老人のように見えた。

万能で知られる神とは程遠い、俺達のような人間にしか見えなかった。

『……だから信じて貰えないだろうが、でも、君たちの〝願い〟を叶える事は出来る。それこそ、人を生き返らせる事だって、出来る』

それは、リクに向けられた言葉だった。

故人を生き返らせる。

とても甘美な色を帯びた言葉だった。

『君の大切だった家族だって────』

だけど、その一言でリクの中の怒りを堰き止めていた堤防は決壊した。

「……冗談、じゃない」

ぽつりと。

一滴の言葉から、次が止めどなく溢れ出る。

家族と、親友との思い出を胸に、今回の狂行に走った一人の男は、その言葉に誰よりも怒りを覚えていた。

「お前は、それを言う為に私を呼び出したのか? 謝って。失った家族を、友を生き返らせてやると言う為に? そして、私がそれに頷き、笑顔を見せて赦すとでも思ったのか……? 冗談じゃない。大概に、しろよ。人の命を虚仮にするのも、大概にしろよアダムッ!!」

目を血走らせ。

身体を瘧のように震わせて。

未だかつてない程の怒りの発露を見せて、リクは脇目も振らず叫び散らす。

「嗚呼、クソッタレな人生だったとも。夢らしい夢を見つけられずに死んだ奴がいた。小さな幸せすら得られず、誰かの都合で死んだ奴もいた。誰もが、己の生を呪っていた。でも、それでも、人生ってやつはたった一つしかない。たった一度しかあり得ないものだ!! だから、誰もが足掻いて、泣いて、後悔して、悔いだらけの人生だろうと、最期に笑って想いを託し託されるんだよ……!! どれだけクソで消したい過去だらけだろうと、それが私達の人生だ。お前に。お前にだけは同情される筋合いはない……!!」

だからそれを虚仮にする事は許さないし、それを虚仮にする気はないとリクは言う。

まるで血を吐くような叫びだった。

「……嗚呼、もう一度、会いたいさ。会えるものなら会いたいさ。でも、あいつらの死に報いる方法は、そんな事でじゃない。あいつらの死に報いれるとすれば、それは私がこの世界を壊した時だ!!! 私達のような人間がもう二度と生まれないで済む世界にするか、この世界そのものを壊す。それ以外にあり得ない。そしてそれは、私の手で行う。だから、お前に願う事もないし、お前を赦す事もない」

誰も、言葉を挟まなかった。

挟めなかった。

俺も、オーネストも、クラシアも、ヨルハも。居合わせたローザやヴォガンでさえも、口を開かずにリクの叫び声を聞いていた。

「だから、お前に助けられる義理もない」

それを最後に、リクはアダムと呼んだ少年の胸ぐらから手を離し、背を向けた。

……この状況下であるから忘れかけているが、元の世界でリクは瀕死の重傷を負っている。こうしてリクの言う招待を受けた理由の一つは、彼を死なせない為のものだったのかもしれない。

己自身を殺そうとする人間をあえて助ける理由は────贖罪、だろうか。

『……僕を、殺さないのかい』

その一言に、リクは足を止めた。

「殺すつもりだったさ。お前や、テオドールを殺す事が私に出来る唯一の手向けだったから。それが、正しいと信じて疑っていなかった。たとえそれが間違いだろうと、私にとっては正しい道だ。その考えを変えるつもりは毛頭ない」

なのに、リクは発言とは真逆の行動を取っていた。

どうしてなのかと疑問を覚えた俺達に答えるように。

「……ただ、お前の思い通りに事が運んでしまうのは気に食わない。それだけだ」

リクはヨルハを庇った時と同じ言葉を零した。

「それに、私のような人間を懐に本気で入れてしまおうとする奴なぞ、私が手を下すまでもないと判断した。お前のようなクソは勝手に破滅する。悪いが、私も暇じゃないんだ」

何処かへと向かってリクは歩き出した。

「なあ、リク」

「……。なんだ」

「俺、リクに黙ってた事があるんだ」

「…………」

「リクが探してたペンダント、なんだけどさ。何処にあるのか、俺知ってる。でも勘違いしないでくれよ。俺は、それがグラン・アイゼンツの物だと思ってたからリクの物じゃないって思い込んでただけだから」

「……なら、ペンダントはヨルハ・アイゼンツに渡しておけ」

会話が終わる。

どうしようもなく、続かなかった。

リクは、敵だ。

先程まで、殺し合っていた相手だ。

そこに変わりはないし、彼はレッドローグどころか世界を壊そうとしていたとんでもない人間だ。だけど俺は、その足を止めさせようと試行錯誤していた。

「なあ、リク。あんた、甘っちょろいってよく言われてただろ。結局、最後の最後まで一度もヨルハにだけは攻撃が向いてなかったぞ」

「……………」

「俺からすれば、あんたの方がよっぽど甘っちょろい」

その代わり、俺には正真正銘殺す気で向かって来ていたけれども。

「ヨルハには、よく分からんリングまでいつの間にか持たせてて。攻撃はするとか言っといて、結局しねえし。何より、守ってくれたし」

「……言った筈だ。私は、テオドールの思い通りに事が運ぶのが気に食わないと」

何一つとして認めてくれない。

……いや、俺達の関係を考えれば、これが正解なのか。

「だが、一つだけ私もお前らに黙っていた事がある。特に、ヨルハ・アイゼンツ」

「……ボク?」

「飯屋で語ってやったあの昔話。アレは本当は私の話ではない。それと、あの辛い物体も本当は好きじゃない。まぁ、嫌いでもないがな」

「え」

「あれは、あの辛い物体をふんだんに使ったサンドを人に押し付けてくるお人好しの話だ。悩んでる時は、辛い物を食え。なんてよく分からん理論を振りかざすお前の兄の話だ。被害者からの文句のようなものだ」

文句にしては、似つかわしくない感情がこもり過ぎていた気がする。何より、時折見せていた破顔するあの表情は文句とは程遠いものだった筈だ。

「ただ、お前の兄は良い奴だったよ。救えない部分があるとすれば、度し難いシスコンだったところか。ああ、それと。グランは死んだと言っていたが……それは厳密には違う」

「……それって、どういう事」

「恐らく、死んだ。これが正解だ。私は、グランが死にかけている姿こそ見たが、あいつの死体を見た訳ではない。あのグランの事だ。もしかすると、どこかで生きてるかもな」

「だったらどうして」

こんな事をしたのかとヨルハは責め立てる。

俺達の目から見ても、リクとグランの関係が特別なものである事は一目瞭然だった。

生きている可能性があるのなら、こんな事をするのではなく、探せばよかった。

ならば、誰も不幸にならずに済んだのに。

「……ま。色々あるんだ。復讐をせずにのうのうと生きられる程、私は賢い頭をしていなかった。それだけの話だ」

止まっていたリクの足が、再び動き出す。

「お前ら、〝魔神教〟の連中には気をつけろ。特に、テオドールと名持ちの人間。〝嫉妬〟と〝怠惰〟には特にな。テオドールについては一応、私の方でも殺すつもりで色々とやってやったが……恐らく死んでいまい。あいつもあいつで不死身のような奴だからな。テオドール自身は、『神に呪われた』と言っていたが真偽の程はどうなのやら」

アダムならば、何か知っているかもな。と、意味深な言葉をリクは残す。

「さてと。ノイズの方は私がどうにかしてやる。だから、お前らはその隙にダンジョンから出て行け」

「……信用していいのか」

「さあな?」

ローザが問うていた。

先程まで殺し合いをしていた相手からの言葉だ。鵜呑みにできないのは当然であった。

「と、言いたいところだが、ヨルハ・アイゼンツを死なせたとあっては、グランから殺人パンチが飛んでくる。一応、私に魔法を始めとした全てを叩き込んだのはグランだ。それがトラウマなんだよ私は」

戯けた様子で、リクは笑う。

「だから、特別に助けてやる。まぁ、全ての元凶は私にあるんだがな」

笑うに笑えないジョークだった。

「それではな」

それが最後だった。

リクの姿は薄らと透けてゆき、やがて粒子となって消え失せた。

「じゃあ、俺達は」

『待って欲しい』

アダムから、待ったがかかる。

『君達にも、話しておきたい事がある。君には、特に』

射抜いてくるアダムの視線は、俺に向いていた。

『彼が口にしていたテオドールの事と、〝望む者〟というシステムについて。それと、十七年前に起こった〝神降ろし〟の真相を────』