軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

七十二話 ハバネロくん一号

「凄く大事なものなんだな」

リクと名乗る青年と共に探し物を始めてから、何分、何時間が経過しただろうか。

黄昏に染まっていた空の色が更に色濃くなっていた。

時間帯は既に日暮れを過ぎており、星光もちらほらと見え隠れしている。

幾ら夜のない街とはいえ、目に優しい午後の光はローザからの頼まれた探し物は兎も角、落とし物を探すには適さない時間帯。

それ故に、そろそろ切り上げようかといったところで、俺は尋ねてみる事にした。

勿論、あえて聞かずとも答えが分かる質問だった。

肯定の返事を求めて聞いただけの何気ない問い。

けれど、返ってきたのは予想を真っ向から裏切る言葉であった。

「……どうだろうな」

リクの表情から、困惑の感情が見て取れる。

「大事な物だと 思うんだが(、、、、、) 、私にはその価値があまり分からない。ただ、幼少の頃に渡された〝大事な物〟としか分からないんだ。聞く限り、ペンダントは家族の形見らしいんだが……残念ながら、家族の記憶は全く持ち合わせていなくてな」

だから、〝大事な物〟であるけれど、記憶が満足にないせいで、心の奥底で〝大事〟であると思い切れない。

ただ、〝大事な物〟と認識しているだけで、それが嘘偽りのない己の本心であると分からない。

故に煮え切らない返事しか出来ない。

そう告げられて、思わず口籠ってしまう。

「口下手で申し訳ない。私は責めたい訳じゃない。ここまで親切にしてくれた人に、あまり嘘を吐きたくなかっただけなんだ」

気にしていないと言われ、ほっとする。

でも、土足でずかずかと踏み込むべき場所ではないところに足を踏み入れた事に対しての罪悪感が完全に消える訳もなくて。

謝罪の言葉を口にしようとしたところで、それを遮るようにリクが発言する。

「今日の、礼をさせてくれないか。目的が似通っていたとはいえ、礼の一つでもしないと私の気が済まない。どうか、私の顔を立てると思って」

その発言を前にして、ヨルハとクラシアと俺の三人で顔を見合わせる。

礼なら必要ない。そもそも、目当てだったペンダントも見つけられていないのに。

そう思って、固辞しようと思ったのだが、

「それと、貴殿らは冒険者なのだろう? もし良ければ、食べながらでも貴殿らの冒険話を聞いてみたいのだがな」

「そ、それじゃあ仕方ないですね。今日は折角なのでご馳走になっちゃおうかな」

優しげな笑みを浮かべながら告げられたその一言に、ヨルハが反応する。

緩んだ頬を見る限り、自分達────〝ラスティングピリオド〟の事を誰かに語りたいのだとすぐに分かった。

「ああ、ぜひそうしてくれ。あそこの飯屋が特に美味くてな」

ヨルハが応じるというのであれば、俺とクラシアがその決定に異を唱える気はなく。

リクが指を差した先にある飯屋へと、向かう事となった。

* * * *

「元々私は、研究者の身でな。用があってここレッドローグへやって来ただけだ。残念ながら、ここに居る理由は『武闘宴』絡みではない」

身なりからして、戦う人間というには無理があるだろう?

と言われ、それもそうかと納得する。

リクがそう口にする理由は、料理が運ばれて来るより先に俺が彼に『武闘宴』に出場するのかと問うていたから。

何というか。

足運びが心なしか、戦士のソレに似ているように思える時が偶にあったので、俺は興味本位で尋ねていた。

「へえ。研究者、ね」

クラシアが反応する。

「だが、研究者といっても大した事はしていない。それに、研究者なぞなるものではない」

珍しく興味を見せるように、声を上げたクラシアの内心を深読みしてか。

リクは「憧れがあるならやめておけ」と釘をさす。

「研究といえば聞こえはいいが、その中身は碌でもないものばかりだ。実際、私も嫌気が差して辞めた人間だからな」

説得力はあると思うぞ、と言葉が締め括られる。

「……憧れてなんかないわよ。ただ、身内に研究者がいたから、気になっただけ。ええ、それだけよ」

そういえば、クラシアには研究者をやっている身内がいるとかなんとか、昔聞いた事があった事を思い出す。

「ところで、その研究って何をしていたかとか聞いても良かったのかしら」

何気ない質問。

でも、その問い掛けに、少しだけリクの表情が険しくなる。

しかしそれも一瞬。

まるで何事も無かったかのように、穏やかな表情に戻る。

「人を救う為の研究だ。研究、だったな」

そこで丁度、店員からジョッキに注がれたエールが運ばれてくる。

それをグイッと呷った後に、リクは一息。

言いたくない事であれば無理に言う必要はない。そう言おうとしたけれど、告げるより先にリクの言葉が続けられた。

「いや、なに。生まれつき、私は魔力に聡くてな。それを活かせる場があると言われ、こんな私を拾ってくれた恩師に誘われて研究者になったのが始まりだった。探していたペンダントは、恩師から私の母が後生大事に持っていた物だと言われて渡された」

……少しだけ、親近感を覚える。

境遇は異なっていたものの、母を介しての知り合いという部分に、エルダスと俺のような関係と似ているのだろうか。

そう、思ってしまった。

「正直に言うと、後悔だらけだ。研究者になってしまったあの時から、今までずっと。だからこそ、研究者にはならない方がいい。なっても、損するだけだ」

きっと貴殿らとは交わる事のない道だろうが、今日の礼代わりといってはなんだが、覚えておいてくれと忠告を受ける。

「……でも、人を救う為の研究なんですよね。ボクはそれ、立派だと思うんですけど」

「上辺だけはな。それと、研究ってのは求めていた答えだけを得られる訳じゃない。知りたくもない事を、知る時だってある」

────これが、研究者の救えない『業』ってヤツでな。

自嘲気味な笑みと共に、また一度とリクはエールを呷る。

「研究者という生き物は、『異常』である事に何かしらの答えを求めたがる生き物なんだ」

「異常……?」

「例えばの話をしよう。我々にとって当たり前の存在でもあるダンジョン。これは、この世界に一体、どういう理由で存在していると思う?」

「……そんな事に、何の理由もないと思うが」

「ああ。それが普通の感性だ。だが、研究者は違う。そこに、何か理由がある筈だ。何か過程がある筈だ。答えがある筈だ。そう思って、己が持ち得る知識、価値観で以て無理矢理に答えを出そうとする。そして、出してしまう。そんな暇人連中でな。……ただ、その好奇心が時に碌でもない真実に繋がる事もある」

そうして、棚ぼたで得た情報ひとつのせいで命を狙われる研究者も少なくないと、冗談めかした様子でリクは笑うが、その内容は間違っても笑えるような内容ではなかった。

「そのせいで、怒りの矛先を見失って、世界そのものを恨み始める人間だっている。全く、研究者という生き物は度し難い連中さ」

様々な人間を見て来たのだろう。

倦み疲れた。

そう言わんばかりに、疲労感の滲む声音だった。

「……悪い。折角の飯なのに、下らない話をしてしまった。誰かに話せる機会なんてものが絶望的にないからか、つい長々と語ってしまう」

私の悪い癖だ。

自責するリクであるが、俺にはそれが下らない話とは思えなかった。

それと。

「話して少しでも楽になるなら、ここで話せばいい。旅は道連れ世は情けとも言うだろ」

「……優しいのだな、貴殿は」

「それは違う。俺がこの言葉を言える理由は、実際に、そうやって助けられた人間だから。救われた人間だから。ただそれだけだよ」

頼れる人がいる。

頼っていいと言ってくれる人がいる。

それだけのこと。

でもそれだけで救われる事があると、俺はこの身を以て知った。知ったというより、強引に知らしめられた、とでもいうべきか。

「もう一人、無遠慮なパーティーメンバーがいてな。無愛想で、多方面によく喧嘩を売るようなやつなんだが、それでも困ってる時は獣かよってぐらいの嗅覚で気付いて、土足でこっちの奥底にまで踏み込んでくるようなヤツなんだけど」

そこまでいったところで、随分とこき下ろしてしまったと自覚して言い詰まる。

側にいたクラシアは、「端的に言うと性格がゴミね」と罵倒し、ヨルハはフォローしようと言葉を探しあぐねていたが、「や、優しいよ! 偶に!」と、絶妙にフォロー出来ていない言葉を口にしていた。

「……それでも、根っこの部分は優しくてな。困った時があれば頼れって正面から言ってくれるヤツなんだ。だから、きっとあんたのその言葉は俺じゃなくて、 オーネスト(あいつ) に相応しい言葉だな」

そう言うと、少しだけ俺の言葉がリクにとって意外だったのか。

僅かに瞠目をした。

「……いや、やはり貴殿は優しい。貴殿だけじゃないな。貴殿ら、か」

そして、飲み物に続いて料理が運ばれてくる。魚。肉。野菜。

調理され、皿に盛り付けられた料理が、卓を囲む俺達の前へと並べられてゆく。

程なく並べ終わった料理達であったが、店員は何を思ってか。

最後にコトリ、と真っ赤に染まった容器を置き、その場を後にしてゆく。

その色合い。ラベル。容器。

それらに俺は、よく見覚えがあった。

「なら、つまらない話ではあるが、食べながら他愛ない話でもさせて貰うとするか。貴殿らの話はその後に聞かせてくれないか」

「それは構わないと思うんだけど……あの、それは?」

「うん?」

指を差しながら尋ねてみると、リクは呆けた表情を浮かべた。

「ハバネロくん一号だが、それが何か?」

ハバネロくん一号。

それは、辛い物好きの間では有名な、調味料のようであって全く調味料でないブツ。

味覚諸共ぶっ壊してしまう兵器とも言える産物であった。

だが、そんな兵器を俺がひと目で看破出来た事にはちゃんとした訳があった。

「……まさか、ヨルハ以外でそれを当たり前のように料理にぶっ掛けようとする人がいるなんて」

現在進行形でクラシアが驚愕に声を震わせているが、その通りで、ヨルハが大の辛い物好きなのだ。

その為、マイハバネロくん一号とかいって、持ち歩いていたりする程の辛党。

周囲を見回す限り、ハバネロくん一号を使っている客は他に見当たらない。

という事は、ハバネロくん一号を使えという店の方針はない事は明らか。

常連っぽいリクがあえてリクエストしていたのだろう。思い返せば、注文をする際に呪文のような言葉を口にしていた気もする。

「わ。このお店ってハバネロくん一号も用意してくれるんですね。サービスが良い! じゃあボクももーらおっと。すみませーん! ハバネロくん一号もう一つ下さーい!」

元気よく叫ぶヨルハには、俺とクラシアの人外を見るような恐れ慄く視線には気付いていないのか。にっこにこと上機嫌に笑っていた。