軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五十六話 〝ラメント・コフィン〟

* * * *

「何だありゃ———— えげつねえな(、、、、、、) 」

レヴィエル・スタンツは、信じられないと言わんばかりの調子で言葉を紡いでいた。

〝ラビリンス〟72層の床が何処もかしこも抜けているという異常事態に見舞われ、難なく73層にやって来ていた彼らは、周りの事など知らないとばかりに繰り広げられる轟音に誘われて、音の生まれていた場所へと足を運んでいた。

そんな彼の視線の先には、金属同士が軋み合う音と、忙しなく響く轟音を伴うやり取りが展開されている。しかし、レヴィエルが驚きの感情を言葉に含ませていたのはその一言まで。

「……はッ。成る程。成る程なあ? そういう事か。そういう事かよ。ここに来て謎が解けやがったぜ。あいつら、こんなもん隠してやがったのか」

アレク・ユグレットを始めとする〝 終わりなき日々を(ラスティングピリオド) 〟の面々に対して抱いていたレヴィエルの疑問が氷解されていくと共に、歓喜ここに極まれり。

といった様子でレヴィエルは口角を楽しげにつり上げ、破顔を始める。

王立魔法学院にて打ち立てられた伝説。

ダンジョン最高踏破記録————68層。

そのタネはこれであったのだと言わんばかりの光景が、助ける為にと急いで〝ラビリンス〟へと足を踏み入れていたレヴィエルの目の前に広がっていた。

それはまるで〝神話の再現〟とも言える馬鹿げた攻防。

たった一つの言葉すらなく、大技と知られる魔法を連続行使するアレク・ユグレットの姿がそこにはあった。

まるで無尽蔵に魔力があるかのように容赦なく逃げ道を塞いでゆくその姿は正しく圧巻の一言。更に、使う魔法の属性は色とりどりに変化しており、最早、人間技ではないとさえ言える。

そして、その猛攻を当たり前のように躱しては攻撃に転じつつも、愉しげに嗤うひとりの剣士————メレア・ディアルの腕もまた、尋常なものから程遠かった。

やがて。

「ルオルグ」

「何かな」

「あの場に、ヨルハの嬢ちゃんとクラシアの嬢ちゃんがいねえ。もしかすると、二人はオリビアを探してるのかもしれん。此処からは、二手に分かれようや。オレと、 ヒツギヤ(、、、、) の二人で此処はどうにかする」

「……おれっすか」

「おう。この場合はオレとヒツギヤの二人が適任なんでな」

唐突にレヴィエルからヒツギヤと、名を呼ばれた黒の棺を背負う男性は気怠そうに返事。

神父が着るキャソックに身を包んだ彼は、丸坊主に刈られた頭を面倒臭そうに掻きながらも、レヴィエルの言に反抗する気はないのか。

拒絶の言葉を口にする事はなかった。

そして、数瞬の沈黙を挟んだ後。

「……分かった。なら、アーくん達の事はお願いする」

レヴィエルの提案が最善であると判断してか、最低限の返事をしてから〝ラビリンス〟に連れてこられていたヒツギヤではないもう一人のメンバーを連れ、ルオルグ達はその場から駆け出した。

「しっかし、〝天才〟ねえ」

今はまだ、アレク達の加勢に向かうべきでは無いと判断していたレヴィエルは、遠間から彼らの戦闘を見詰めながら、ポツリと呟いていた。

思い返すは、酒場で眺めていた資料。

そこに書かれた内容だ。

「オレはてっきり、 あいつ(、、、) の身内贔屓か何かかと思ってたんだがな」

目の前に映り込む光景は最早、魔法や戦い方を習熟している、どころの話ではない。

まさしく圧倒的。

あの〝剣聖〟や〝闇ギルド〟の中でも上位に位置する〝名持ち〟らしき男————グロリアと、あの二人は各々が一対一で戦っていた。

そこに、力量の差は全く存在しないと言わんばかりに両者共に打ち合っている。

〝剣聖〟や、〝名持ち〟の人間の異常なまでの強さを立場上、よく知るレヴィエルだからこそ、それは何たる異常であるのか。

それを誰よりも理解していた。

思考を置き去りにして繰り広げられる戦闘は壮絶の一言に尽きる。

一瞬見ただけで、分かってしまう。

才のない人間であれば、極限の努力を積み重ねたとしてもあの領域にたどり着く事は不可能だろうと。

なればこそ、〝天才〟という二文字は言い得て妙とでも言うべきか。

「……そういえば、アンタはあの〝魔女〟と親交があったんでしたっけ」

ヒツギヤは、アレク達の事を全く知らない。

というより、一切の興味が無かったが為に全く知ろうともしていなかった。

だから知っている事といえば精々、彼らがつい最近まで三人でパーティーを組んでいた事と、ガルダナの魔法学院を卒業した後、わざわざフィーゼルにまでやって来た変わり者。

最後に、アレク・ユグレットという魔法師がつい先日加わったという誰もが知る情報くらい。

けれど、それだけの情報しかなくとも分かる事実はあった。

通称————〝魔女〟

そのような呼び名で知られる魔法学院の学長とレヴィエルが十数年前まで同じパーティーのメンバーであった事は知る人ぞ知る事実であったから。

「腐れ縁だ、腐れ縁。今じゃ殆ど会話すらしてねえよ。最後に顔合わせたのも何年前だ? 十年近えんじゃねえかな」

そう言って、あっけらかんと言い放つ。

「だが、漸くあいつが〝天才〟と呼んだ理由が分かった。あの歳で、〝剣聖〟や〝名持ち〟連中とタイマン張れるんなら、そりゃ〝天才〟だわ。それも、うんと極上のな」

傍から見れば、互角に見える程度には戦えている。果たして同じ状況下で、彼らと伍する事の出来る位置にいる人間は一体幾人か。

少なくとも、レヴィエルはそんな人間を数多く知っているとは口が裂けても言えなかった。

「が、それを差し置いてもあの〝 剣聖(クソヤロウ) 〟は別格のバケモンだ。みろよ、あの戦闘の中で笑ってやがる。予期せぬ好敵手を見つけたってか? これだから戦闘狂は得体が知れねえ」

ただ嗤っているだけならば良かった。

しかし、〝剣聖〟の浮かべる笑みは、瞳の輝きは、どこか空恐ろしいものを秘めているようで、それ故にただ、ただ得体が知れない。

故に————。

「〝 古代遺物(アーティファクト) 〟の準備しとけよ、ヒツギヤ」

彼が背負うどでかい棺を一瞥しながら、レヴィエルはそう一言。

通常、〝 古代遺物(アーティファクト) 〟は指輪やブレスレットと言った簡易的なものに置き換わっている場合が多くを占めているが、そんな〝 古代遺物(アーティファクト) 〟の中でも一部、例外が存在する。

そしてそれこそが、ちょうどヒツギヤが背負う黒の棺であった。

「〝剣聖〟は兎も角、〝闇ギルド〟の奴の方は逃すわけにゃいかねえ。オレのは一瞬で展開出来ちまうが、お前のはそうはいかねえだろ」

「……成る程。それでおれっすか。生死を考えなければ、逃がさない一点においてはおれ以上の適任者はいないと」

純粋な戦闘力でいえば、ヒツギヤよりルオルグの方が数段上であったにもかかわらず、ルオルグではなくヒツギヤに残れとレヴィエルが言い放った理由を理解。

「ですが、おれらが手を出すのはどうしようもなくなった時だけっすよ」

今すぐにでも加勢————をする気はレヴィエルにも流石になかったが、それでも〝剣聖〟か〝グロリア〟が隙を見せた瞬間に割って入るつもりでいた。

だからこそ、ヒツギヤのその一言に眉を顰めずにはいられない。

しかし。

「それにあの状態じゃあ、手の出しようもねえでしょうや」

乾いた笑い混じりに告げられたその一言のお陰で、「まぁ、それはそうなんだが」とレヴィエルも納得の意を示さざるを得なかった。

味方と敵。

二つの的がお互いに高速で動く中、味方の的を当てずに敵の的だけを射る事は出来るか。

現状は、言うなればそんな状態だ。

そして勿論、それに対する答えはノー。

なまじ、レベルが高いやり取り故に下手に手が出せない。それが紛れもない事実であった。

「何より、理由は知らねえっすけど、ああやって意地張ってる奴らの間に割って入るのは、無粋に過ぎるってもんす」

特に、アレク・ユグレットの方はまごう事なき意地のぶつかり合いだ。

剣戟に掻き消されはしているものの、断続的に怒声のような音が聞こえていた。

何が理由なのか。

それは分からない。

皆目見当がつかない。

しかし、何故か割って入ってはいけない。

そんな想いを否応なしに抱かせてくる攻防であった。

一対一の戦の美学なんてものを尊奉しているわけでもないのに、どうしてそんな感想を抱いているのかとヒツギヤ自身も十全に理解は出来ていなかった。

「ただ一つ言えるのは、〝剣聖〟が相手だからと言って彼らに勝てない道理はない——って事っすかね」

〝剣聖〟という名を、人間を知り過ぎている者ほど無謀であると思うだろうが、どれだけ強い相手であろうと絶対に勝てない道理は何処にもない。

「案外、おれらの 度肝を抜く(、、、、、) 結果に恵まれるやもしれねえっすねえ」

直後、大気が軋む程の雷撃が降り注ぐも、それを未来視のごとき挙動で当たり前のように躱し、懐へと踏み込んだ〝剣聖〟の剣と、アレクの剣が僅かな時間、鍔迫り合う。

ただし、一瞬の衝突によって生まれた隙を突いて、自傷も恐れぬ怒涛の魔法による連撃が颶風のように襲い来る。

身体に風を、雷を纏わせ、身体能力を極限まで上昇。

更には補助魔法も完璧に掛けられているか。

加えて、剣にまで魔法を纏わせ、足下には大きく広がる魔法陣。

ひたすらに。

ただひたすらに己が強くなりたいと願い、渇望する〝剣聖〟がこの状況を楽しめない訳がない。

が、しかし、それは同時、〝剣聖〟程の人間が楽しめてしまう状況にあるという事。

事実、〝剣聖〟の身体には、幾つか傷らしい傷が見受けられる。

それも、擦り傷とは言い難いレベルのものが。

故に、ヒツギヤは言っていたのだろう————勝てない道理は、ないのではないかと。

そして、赤黒い肌に、ボロ切れのようになった外套を目深に被り込むグロリアを単独で相手にしているオーネストも、また。

「とはいえ、ちゃんといざという時の為に準備はしとくんで大丈夫っすよ。一応これでも、助けに来た身ではあるんで」

背負っていた棺を盾にでもするかのように眼前に下ろし、手を添えながら続けて一言。

「————〝 死人の嘆き(ラメント・コフィン) 〟————」

呼応するように、閉じられていた蓋がゆっくりと地面に向かって落下。

先の見通せぬ闇に染まった洞の如く不安を煽る闇色の遠い黒が姿を覗かせ、言葉にならない泣き声のような、笑い声のような不気味な音が、棺の中から微かに響いた。