作品タイトル不明
百四十一話 リヴェットとアッシュと
〝魔剣の一族〟────アルフェリア。
それは〝 古代遺物(アーティファクト) 〟に唯一、指先が掠れる程度に届かせた鍛治師の一族の名。
神与天賦とすら謳われた人造の奇蹟を体現した所謂、ある意味で〝大陸十強〟以上に有名であった名であった。
しかし、それはあくまで一部の界隈でのみであり、廃れて久しいその名は既に過去のものと化していた。
現存する魔剣自体がごく僅かで、それ故に今や尾鰭のついた噂話と思われるようになっていた。
だから、魔剣の存在を知識程度ながら一応知っていた俺とオーネストだけが露骨に驚いた。
その存在は半信半疑どころか、十中八九単なる作り話だと思っていたから。
「…………本当に、存在したんですか」
「存在したから、こうして広く知れ渡ったんだよ。ただし、魔剣自体は噂ほど万能なものじゃないけどね」
〝 古代遺物(アーティファクト) 〟に、その上位に位置する〝 伝承遺物(ゴッズ) 〟。
あくまでそれらを目指したものが魔剣であり、それらは指先が掠れる程度にほんの僅か届いただけの代物。とどのつまりは最後まで及ばなかったものだ。
「あくまで魔剣とは、〝 古代遺物(アーティファクト) 〟を模そうとしたものだからさ」
その言葉を受けてオーネストは渋い顔を浮かべる。
仕方がないことは承知の上で、〝 古代遺物(アーティファクト) 〟の劣化品ともなれば間に合わせ程度にしかならないと思ったからだろう。
ただ、その内心を見透かしたかのようにノベレットは指摘する。
「だけど、及ばなかった模倣品が 原点(オリジナル) の単なる劣化に過ぎないとは一言も言ってない」
あくまで到達地点を〝 古代遺物(アーティファクト) 〟に定めていただけで、魔剣とそれはまるで別物だったと知る者は口にする。
そもそも、未知の力を有したダンジョンコアやダンジョンで見つかるそれと、鉄を鍛えた剣が同等になる訳がないのだ。
精々が、よく斬れる剣。丈夫な剣。
そこまでが限界である。
だから考えた。
人の手で一から作り出せるものには必然、限界がある。故に、鍛えた鉄に〝 古代遺物(アーティファクト) 〟に匹敵する力を内包させてはどうかと。
〝魔剣の一族〟アルフェリア。
彼らは、鍛えた鉄にフロアボスに匹敵する魔物の核を強引に埋め込み、その力の一部を借り受けられる剣を独自の製法で作り出した。
故にそれは、アルフェリアへの畏敬と称賛を込めて劣化品ではなく魔剣と呼ばれるようになった。
鞘に収められていた黒黒と輝く剣身を覗かせながら、ノベレットがすらりと抜剣。
「こいつの名は────〝 炎鬼残緋(アグニ) 〟。百数十年前に存在していたとあるダンジョンのフロアボス〝 燃ゆる骸炎鬼(アグニ) 〟を元に作られた剣で、恐らくは魔法使いにしか扱えない魔剣」
だからこそ、ワタシがこうして押し付けられた訳なんだろうけれど、と言葉を付け加える。
「使いようによっては、〝 古代遺物(アーティファクト) 〟すら凌駕する得物だとワタシは思ってるよ」
* * * *
「…………クソったれが」
ノベレットらと別れたルナディアは、案の定とでも言うべきか。
重傷を負った状態で碌に快復もしないままに出てきたせいで強引に【匣】に向かう道中で地面に倒れ込む羽目になっていた。
「もう、時間がないっていうのに……ッ」
身体の限界がとうの昔に迎えている事など承知の上。しかしそれでも諦める訳にはいかなかったから、騙し騙しでどうにかしてきた。
たとえその上で重傷を負ったとしても、この熱さえあればどうにかなると。病状の進行を甘んじて受け入れればどうにか出来ると信じて疑わなかった。
けれど、どうしようもない身体の限界はどうあがいてもやって来るものであった。
しかしその上で力を振り絞り、地面に爪を立てるように力を込めながら立ちあがろうとして、力が抜けて。転げて。ひたすら、その繰り返し。
やがて僅かな力すら入らなくなり、地面に倒れ伏すことになった数秒後。彼女に、影が落ちた。
次いで、声がかかる。
「あ、の。大丈夫、ですか……?」
どれだけ怪しい人物に見えたとしても、流石に見ていられなかったのだろう。
血の滲んだ包帯が身体の節々に残った明らかな怪我人。剣呑な雰囲気から、単なる一般人でないと分かった上でそれでもと怖ず怖ずと声を掛けたのはフルフェイスアーマーの男。
喋る骸骨こと、アッシュであった。
そして言葉を受けて、朦朧とする意識の中、ルナディアは目を少し細める。
値踏みをするようにじっと見つめた後、怒りでも、誰かがいたという安堵すらない感情の起伏を感じられない声音でたった一言。
「────〝瘴魔〟か」
的確なその言葉に、アッシュの身体はものの一瞬で硬直した。
フルフェイスアーマーで、身体の一部が見えている訳でもない。声も人間のそれだ。
気付ける余地はどこにも無かったはず。
なのにルナディアは一切の躊躇いなく言い切った。
また、アレクらの時と同様に何か致命的なやらかしでもしてしまったのだろうか。
そう慌てるアッシュであったが、続く言葉がそれを否定した。
「私の同類だ。少し見れば、大体分かるようになった」
アッシュを見つめるルナディアの瞳を、彼もまた見つめ返す。
黒黒とした瞳だった。
人間のものとは思えないソレは、まごうことなき魔人化が進行した迷宮病罹患者のソレ。
身体の状態からして────彼女が人間でいられる時間はあと何日だろうか。
思わずそんな心配をしてしまう程度には、ルナディアの状態は末期だった。
「あなたは、」
「言わなくていい。指摘を受けるまでもなく、自分の身体のことは自分が一番分かってる。テオドールの────〝呪術刻印〟の助けがあるからこそ、こうしてどうにか自我を保ててはいるが、既に限界を迎えている事くらい分かってる」
気遣う言葉が口にされるより先にルナディアは言葉を被せる。
「だが、少しでもこの身を憐んでくれるなら、肩を少し貸してくれないか」
「その、くらいなら。ですけど、」
〝瘴魔〟とはいえ、【特区】ならば最低限の治療を受ける事は出来る。
魔人に成り果てるより先に今のままでは間違いなく命を落とすだろう。
その確信があったからこそ、アッシュは食い下がろうと試みる。しかし、返ってくる答えはその気遣いを無にするものであった。
「このくらいなら、少し休めばマシになる」
あの場にいたくなかったからとはいえ、流石に無理が祟ったか。
ひとりごちるようにそんな言葉を残し、ルナディアは自虐するように笑った。
「…………」
ルナディアはこれ以上の助けを必要としていない。
彼女の現状も、自分自身が一番分かっていると既に口にしている。
どれだけ真っ当な言葉を投げかけたところで、ルナディアの意思は何一つとして変わらないだろう。
しかし、アッシュの良心はだからといってその場を後にする事を拒んでいる。
どうするべきなのか。
叱責をして納得をしてもらうのか。
はたまた、力尽くで彼女を治療出来る場所に連れて行くべきか。
そんなことを悩むアッシュを横目に、彼の葛藤を理解してか、ルナディアは言う。
「お前も〝瘴魔〟なら、分かるだろ」
アレクや、ノベレットと相対した時よりずっと優しい落ち着いた声音であった。
「〝瘴魔〟に成り果てた者として、私には果たすべきケジメがある」
一体それは、何なのか。
頓珍漢な答えを言うほどアッシュも事情を知らない者ではない上、瞳に宿る不退転の覚悟に知らぬ存ぜぬを決め込めるほど人でなしでもなかった。
「これ以上、私のような人間が増えないで済むように必ず、リヴェット・アウバを討たなければならない」
今、【特区】がどういう扱いを受けていて。
〝迷宮病〟に罹患した〝瘴魔〟がどんな立場にいるのか。外からの情報を得られないアッシュは、大局的な見方は出来ないものの、それ故に言いたい事は痛いほど分かってしまう。
正しい。正しいのだ。
やり方と、その苛烈さは兎も角、彼女の願いは正しいものだった。徹頭徹尾ルナディアは自分と同じ末路を辿る人間を一人でも減らす為に動いている。
望んだ結果を得る為に自分を駒として徹底的に使い潰すつもりでいた。自分の感情など誤差程度しか考慮せず、どこまでもひたむきに。
「少なくとも、リヴェットがいなければ苦しまずに済んだ者もいたかもしれないのだから」
その過ちを一刻も早く正す為に動かなければならない。そう告げるルナディアの言葉に、アッシュは声をあげて否定する事は出来なかった。彼はノベレットのようにリヴェットの事情を知らない。だから、仕方がない事であった。
しかし何故か、フルフェイスの内側でアッシュは存在しない筈の表情が歪むのを自覚していた。
「…………」
アッシュの当時の記憶は虫食いで、覚えている事の方が少ない。それこそ、自分の名前すら忘れかける程に酷いものだった。
アレクらにも伝えた記憶の混濁に嘘はない。
ただ当時のことで唯一記憶していることがあった。
見覚えのある、女性の顔。
ほとんど前も見えなくて、意識も途切れ途切れ。
思考の殆どが摩滅し、このまま死を迎えるのかという自覚の中、顔を覗き込むようにアッシュに駆け寄った小柄な女性。
その表情は、どこか悲しそうで。苦しそうで。悔しそうで。辛そうで。今にも泣き出してしまいそうで。
そんな女性────リヴェットが必死に、アッシュを始めとした冒険者らを助けようとしていた記憶だけが、未だに脳裏に焼き付いて離れなかった。
地獄の中にある微かな救いを喜び、助け、必死に奔走するその姿がどうしても悪人と思えなかった。
だから、骸骨の姿になっても尚、ルナディアのようにリヴェット憎しで行動する気にはなれなかった。
だから。
「……それは、違うと思いますよ」
掠れる声で被り物を外しながらアッシュは答える。
骸骨の姿は、ルナディアをして驚かずにはいられないものだった。
「少なくとも彼女は、僕らを救う為に行動していた。僕はそう思っています」
「その姿に、なったにもかかわらず、か?」
「ええ。僕は彼女を恨んでいません。勿論、貴女の言う同類を助けたいとも僕もまた願っていますが」
リヴェットの味方であり、ルナディアの味方でもある。そうとも取れる言葉を口にするアッシュを、ルナディアは酷く歪んだ表情で見つめた。
「それに、彼女が本気で害そうとしていたなら僕らにはどうにも出来なかった筈です」
〝大陸十強〟リヴェット・アウバ。
彼女が本気でどうにかしようと思っていたなら、今頃〝瘴魔〟と呼ばれる存在すら既に跡形もなく消え失せていただろうとアッシュは言う。
そうなっていない以上、彼女がこの状況を本気で望んでいたとは到底思えない。
アッシュはそう締め括る。
「……それ、は」
正論でもあった。
彼の言うように、それだけ隔絶した差があるとルナディア自身も分かっていたから。
けれど、頭でわかっていても感情までそれに追いついてくれるかどうかはまた別問題だ。
たとえアッシュの言う言葉が正しかったとしても、起きてしまった事実は変えようがない。
事実、多くの人間が苦しんだ。
それが現実じゃないか。
葛藤しながらも、それでもアッシュの言葉を素直に聞き入れたルナディアは怒鳴り散らす事はなく静かに口籠った。
ここまで二人の話をアレクらか。ノベレットが聞いていたらその棘のなさに耳を疑った事だろう。
少なくともルナディアは、自身と同じ境遇の────〝瘴魔〟と呼ばれる人間に敵意を向ける気は微塵もなく、その態度は温厚極まりないものだった。
「だったら、話してみたらいいじゃないですか」
彼女らの確執が取り返しのつかないものになっていると知ってか知らずか、何を当たり前のことをとばかりにアッシュは言う。
「すれ違いは仕方がありません。どうあっても起こり得るものです。大事なのはその後にどうするかです」
露骨にルナディアの顔に嫌悪が浮かぶ。
苦虫を噛み潰したような表情は、リヴェットの顔を思い出してしまっていたからなのだろう。
「……その上で、私がリヴェットを殺そうとしたら?」
ルナディアの中で、リヴェットを赦すわけにはいかないという結論がとうの昔に出ている。
最早それは変えようがないものだ。
その上で敢えて尋ねた理由は、アッシュの返事が気になったからだ。
リヴェットを庇いルナディアを責めるのか。
はたまた、ルナディアの行為を仕方がないと許容するのか。
しかし返ってきた答えはそのどちらでもなかった。
「その時は……どうしましょうか?」
「は」
へらりと笑ったような声音で首を傾げるアッシュに、ルナディアは毒気を抜かれたように間抜けに一音漏らしてしまう。
「僕としては、どちらも救いようがない悪人のようには思えませんから」
リヴェットの行為にも、ルナディアの行為にも、どちらにもお互い大義がある。
たとえそれが、〝スカー〟と呼ばれる戦争屋であったとしても、こうして話す限り普通の人間だ。
ただ、この理不尽な不幸に喘ぎ、それをどうにかしたいと願うだけの普通の人だ。
その認識が生まれてしまったからこそ、アッシュは悩む。どちらにも、死んで欲しくはないから。
しかし、現状維持で平和に終われるほど物事は単純なものではないとも分かっている。
二人きりにする訳にもいかないし、はてさてどうしたものか。黙考するアッシュはやがて、一つの案を思いつく。
「そうだ。僕を、リヴェットさんの下に連れて行ってくれませんか」
「……お前、を?」
「はい。どっちみち、貴女は彼女の下に向かうつもりじゃないんですか。 ルナディア(、、、、、) さん」
ルナディアの眉間に皺が寄る。
アッシュは、己がルナディアと知った上で、口上を垂れていたのか。
胸中が苛立ちの感情に上塗りされていく感覚に見舞われながら、どうにか押し殺した声で尋ねる。
「…………私の事を、知っていたのか」
「いいえ。話す中で、もしかするとそうなんじゃないかと思ったので言ってみたまでです」
僕みたいな小心者が、そう知りながら声を掛けられる訳がないじゃないかと引き攣りながら笑う。
「僕はこの外見なので【匣】から出る訳にはいきませんが、それでも貴女の噂は聞こえてきていましたから」
【特区】で戦争を起こし続ける〝スカー〟の名は、それ程までに有名なものだった。
ある程度事情を知る者なら、その怒りの矛先がリヴェットに向いているのではないかと予想する事は容易である。
「少なくとも僕は、あなた方は分かり合えるとそう思うんです」
その傷が、彼女との戦闘によって生まれたものだとしても、その根本にある願いはお互いに酷似したものだと僕は思うから。
そう締め括り、アッシュは肩を貸すようにルナディアの前でしゃがみ込んだ。
「なに、を、根拠にそんな事を」
「そんなもの、決まってます。手段は違えどあなた方はどちらも【匣】のせいで苦しむ人間を救いたいと願っていると、信じているからです」