軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百三十五話 【猜疑】の【アルカナダンジョン】

「────っ、ぐ。かくなる上は……!!」

当然ではあるが、俺達の協力を得られないと分かるや否や、骸骨は諦めてワームと相対し戦闘を試みようと下げていた剣を抜く。

その構えは意外な事にとてもサマになっていた。まるで熟練の騎士を思わせるようなお手本そのもので、剣身に魔力を乗せてゆく動きは端倪すべからざる手練れの技だ。

あのオーネストですら、その動きには目を見張るものがあったのだろう。

俺も、どうしてあんなに情けなく逃げ回る必要があったのかと心底疑問を抱き、これならばあの巨大ワームも倒せるのではないか。

「は、ぁぁああああああ────」

俺達4人の意見が一致したその瞬間だった。

意気揚々と剣を走らせようとする骸骨の足下から、天を突くように唐突に姿をあらわしたもう一匹の巨大ワームによってバクン、と飲み込まれ、声と共に骸骨の姿が消えた。

「………………。え?」

それはもう一瞬の出来事で、何が起こったのか分からずにいた。

けれど、それも刹那。

骸骨が丸呑みされた事実。

加えて、二匹のようで、骸骨を追い回していた巨大ワームのもう一つの頭によって呆気なく食べられたのだと理解する。

「く、クラシア! あの骸骨さん食べられちゃったんだけど! バクンって! 助けた方がいいんじゃ……!!」

「助けた方がいいんじゃって、ヨルハね。あれ、骸骨よ?」

「いやでも目の前で……! ってあれ、骸骨?」

慌てふためいていたヨルハは、クラシアに言われて我に返る。

あまりに人間臭く当たり前のように話していたから感覚がおかしくなっていたのだろう。

そもそも骸骨とは魔物の一種である。

助ける義理などそもそもなく、どころか、魔物同士で潰しあってくれたこの結果は寧ろ望むところ。

何を慌てる必要があるのかと諭すクラシアに、ヨルハは納得をさせられる。

「……とはいえ、事態は何も変わってないけどな。双頭のワームなんて聞いた事もないんだが、流石になんでもあり過ぎだろ……!」

聞いたことも見たこともない姿。

魔法が全く効かないことも含めて突然変異なのだろうが、あまりに無茶苦茶過ぎると叫ばずにはいられなかった。

骸骨が消えた事で、ワームの視界に残っているのは俺達だけ。故に、その標的に俺達が選ばれるのは必然であった。

「あの骸骨も食べられてしまったみたいだし、どうするの。アレク」

「どうするもこうするも、こうなったら迎え撃つしかないだろ」

アテにはそもそもしていなかったが、事態が好転する材料は何も無くなってしまった。

こうなってしまっては相対する他なく、優雅に骸骨を味わっているのか。

はたまた、逃げ回る相手を追い詰めたいのか、ゆらゆらと長い身体を左右に動かし、挑発めいた動きを見せる巨大ワームを前に俺達は足を止めた。

「まあ、そうなるわな。だが、魔法が効かねえンだろ。それでやれンのかよ」

いつも通り、前衛は俺とオーネストで。

反射的に並び立つ俺にオーネストはそんな声がけをしてくる。

その理由はあまりに明白なものだった。

「魔法が 基本的(、、、) に効かないんじゃ、これで何とかするしかないだろ」

オーネストの視線は、俺の手に握られる〝 古代遺物(アーティファクト) 〟にあった。

先のテオドールとの戦いで、〝 愚者の灰剣(ヴァルガ) 〟と呼ばれる得物によって破損した〝 天地斬り裂く(シュヴァルト) 〟は、辛うじて形を保ってこそいるが、剣身に大きな腐敗痕が痛々しい程に刻み込まれていた。

本来壊れない筈の〝 古代遺物(アーティファクト) 〟故に、その頑丈さは折り紙付き。

この状態であってもある程度の効果は望めるものの、目の前の巨大ワームに対しては心許ないとオーネストは判断したのだろう。

「だけど、そこまで心配する必要はないと思う」

「んぁ?」

「あくまで今回は、剣である程度の相手をしてやればいい話だ」

外部からの助けは望めない。

辺り一体は砂漠のようで、地形を活かせる訳でもない。故に時間稼ぎと口にした俺の言葉の意図をオーネストは測りかねていた。

「そりゃどういう」

「あいつの牙、見えるか? それと、口の中」

獰猛に覗く鋭利な牙は隠す事なく空気に晒されている。だが、そのうちの一本。

あの骸骨を丸呑みした頭の牙だけが、よくよく目を凝らすと変化があった。

「口の中も、殆ど塞がってるけど焼けたような痕がある。牙も、斬られたっていうより溶けたような痕があるだろ」

目を凝らしてぎりぎり見えるような痕跡。

あの骸骨を飲み込む寸前で出来たものだとすれば、剣に纏わせていた魔力が口内を傷つけた事になる。

厚い体皮に魔法は通じないものの、であればやりようはある。

少なくとも、剣で倒し切らなければならないという制限は消えた。

「つまり、魔法をぶち込む為の隙を作り出せって事か。あの骸骨も一応は役に立ったな」

なら、まあ────それでも十分か。

「ンじゃ、そうと決まれば本調子には程遠いが憂さ晴らしといくか」

そう言い残し、砂を蹴り上げる音と共にオーネストの姿が掻き消えた。

槍を携えたオーネストが、獰猛な笑みを浮かべながら言葉を吐き捨てる。

それが始動の合図だった。

「ここのところ、碌でもねえ奴らばっかり相手にしてたせいでこれでも自信喪失中なンだわ」

獣が如き敏捷性で以て槍を地面に強く叩き付ける事で虚空に身を躍らせながら飛び上がった。

テオドールを始めとした所謂、格上の化物ばかり相手にしていたからだろう。

威勢よく傲慢な態度を貫きこそしていたが、内心では歯噛みする事が多かったのかもしれない。事実、俺も同様に自分の力のなさを呪う事が多かったのだ。

なら、オーネストが感じる無力感と苛立ちはその比ではない筈だ。

「そンな訳で────本当はあまり気が乗らねえが、付き合ってくれや〝弱いもの虐め〟」

言葉は通じずとも、その言葉に乗せられた感情である嘲りは理解したのだろう。

オーネストの敏捷さに巨大ワームが気を取られていたのも束の間。

姿を見失おうとも、必ず近くにはいる。

その確信から身を捩らせ、暴れる事で始末しようと試みるワームの様子をせせら笑いながら、オーネストは駆け上がって行く。

その間にも、槍の穂先でワームの身体に傷をつけつつ、更に上へ上へと上昇を続けるオーネストは中腹あたりで叫び散らした。

「準備、しとけよォ、アレク────ッ!!」

轟音の中でも通るその声を受けて、俺はオーネストが上へ登る意図を察する。

「魔法を、降らせろってか」

ワームは今、オーネストしか見えていない。

加えて魔法に対して絶対の信頼がある事は、骸骨が追われている時に撃ち放った魔法を微塵も避ける素振りがなかった事で明白になっていた。故に、堂々と魔法陣を用意しようが警戒される事は殆どない筈である。

ただ────。

「……あのバカは何を考えてるのかしら」

クラシアが呆れる理由はただ一つ。

障害物らしい障害物すらなく、ひたすら登るオーネストの行動はワームの口を上に開かせようと考えているからだろう。

けれどその状態で頭上に巨大なワームを確実に倒せる程の物量で魔法を展開した場合、囮となるオーネストが無事で済む訳がない。

なのにその上でオーネストはやれと言っていた。とどのつまりだ。

「口の中だけを的確に狙えって事なんだろ」

「それはそうなんだけれど、そもそもの話よ。無鉄砲過ぎるでしょ。気持ちは分からない事もないけど」

狂乱するように暴れ回るワームの口の中を的確に狙えという無茶な注文はさておき、単身で飛び出したあの無鉄砲さはクラシアの言うように苦言を呈すべき部分が多かった。

「クラシアがオーネストに共感するなんて珍しいね?」

ヨルハが思わず疑問に思ってしまう程度には、珍しい出来事であった。

犬猿の仲である二人の性格を考えれば、そんな素直に認めるとは考え難かったから。

「だって、あれだけ散々にやられてたんだもの。憂さ晴らしをしたくなるのも分かるわ」

────てめえ、聞こえてっからな!?

「……これだから頭の中まで筋肉出てきてるようなやつは嫌なの。どんな耳してるのよあいつ」

遠く離れた場所で、轟音に紛れて聞こえてきたオーネストの怒号にクラシアは心底呆れた。

「とはいえ、あのバカが折角注意を引いてくれてるのだし、やれる事をやるわよ」

視線をヨルハへ移す。

「ぼ、ボク? 補助魔法はまだ効果切れてないだろうし、魔法が効かない以上、ボクにやれる事はもうないような……」

「魔法攻撃が効かないのであって、魔法自体が効かない訳ではないわ。なら、拘束だけするなり、やりようはあるでしょう?」

「…………あっ」

魔法が近づいた途端に霧散するなら兎も角、あくまで魔法による攻撃が通り難いというだけ。故に、三人で役割を分担すれば上手くいくと思わない────? という申し出であった。

「ヨルハが拘束をして、俺が魔法を当てる。までは分かるけど、じゃあ、クラシアは何を、」

「決まってるでしょ。あのバカを逃す役割よ」

そこまで言ったところで、ワームの頭頂付近にまで既に駆け上っていたオーネストの姿を目視して、慌ててヨルハは魔法を展開する。

「って、オーネストもうあんなところにいるし!? ────〝 拘束する毒鎖(バインド) 〟────っ!!」

這い出る毒色の鎖が、ワームの身体を絡め取って行く。けれど、ワームの膂力に押し負けているからなのだろう。

拘束も本来よりずっと効果は薄く、行動をある程度制限するくらいのものであった。

けれど、今はそれで十分であった。

ヨルハに続くように俺も魔法を展開。

瞬く間に広がるそれは、テオドールに向けて撃ち放った渾身の魔法であった。

それを横目に、ニィ、と喜悦に口角をあげるオーネストはワームの頭上を思い切り蹴り上げ、槍を手にしたまま身を宙に投げ捨てた。

格好の的でしかない状況が生まれ、ワームの双頭の視線が集まる。鋭利な牙を覗かせオーネストに殺到すると同時、槍を使って生み出した遠心力で以てぐるりと虚空で一回転。

そのまま膂力任せに、迫り来るワームの頭部を槍で迎え撃つ。

「────ぜ、りゃぁぁああああア────!!!」

生まれる凄絶な衝突音。

疲れはあるものの、勢いすら使って繰り出したその一撃は一瞬の拮抗の後、ワームの巨体がわずかに地面に陥没し、骸骨の時のように丸呑みしようとした顎が槍によって阻まれる。

カタカタと槍と牙による鍔迫り合いの音が断続的に響き渡ると同時、オーネストの力が勝った結果、押し返し始めていた。

「でけえ図体の割に、力、足りてねえンじゃねえの」

明らかな嘲笑を貼り付けるオーネストに対し、ムキになるようにそのままもう一方の頭が牙を剥く。恐るべき速度で肉薄するソレは、両の手が塞がってしまっているオーネストにとって致命的なものであった。

故にワームは何の疑いを持つこともなく、骸骨同様、丸呑みしようとした瞬間。

バチリ、と抑え切れなくなった帯電の音が響き渡る。天を覆うそれは、テオドールとの戦いで使ったとっておきの魔法。

魔法陣の上に、幾重もの魔法陣を重ね、威力を可能な限り増幅させた燃費無視の一撃決殺技。

それが牙を剥くと同時に、オーネストの足下に魔法陣が出現した。

「たぶん、こうすればいいのかしら」

タソガレと別れる際に目にした魔法。

転移魔法のソレがオーネストの身を包み、姿を掻き消す。

そして次の瞬間、オーネストが周囲に転移────する事はなく、何故か地上から二メートルほど離れた宙に転移し、唐突の出来事を前に彼は「いでっ!?」という悲鳴と共にケツを強打していた。

「宙に魔法陣を描くなんて発想はなかったけれど、案外出来るものね。盲点だったわ」

どうやら実験台に使われたらしい。

けれど、安全に逃げられたと思えば安い代償だろう。標的が忽然と消えた事実に硬直するワームを睥睨しながらオーネストの文句の言葉に構う事なく俺は叫ぶ。

「そら。存分に味わってくれよ────〝 神雷の一撃(ヴェルトール) 〟────ッッ!!!」

突き刺すような一撃は、凄絶な轟音を伴って砂漠と化した地面に大穴をあける形でワームの身体を駆け抜けた。

全身が焦げ、煙すら身体から漏れ出るワームは天を見上げる体勢のままぴくりとも動かなくなってしまう。

「……本来は、こうなるべきだったんだよな」

少なくともこれは、人に向ける魔法ではなかった。殺傷能力は言わずもがな。

魔法に対して強い耐性を持つワームの外皮でさえ、先の一撃の余波で火傷のような傷が生まれていた。

ならば一体、無防備の状態の生身で受け止めたにもかかわらず生きていたテオドールはなんだったのか。

当たり前のように喋りはじめ、あの状態でもなお戦闘が続行出来たであろうあの化物は、一体なんであったのか。

〝大陸十強〟の一人にして、〝魔神教〟の創設者。まごう事なき怪物。

もう二度と戦いたくはない相手だった。

「あれは特別だろ。あんなのが何人もいたら堪ったもンじゃねえよ」

ケツをさするオーネストから、声が飛んでくる。

「少なくとも、〝大陸十強〟って呼ばれる連中は、オレさま達とおんなじ生き物だと思わねえ方がいいだろ」

うん百年と生きてる奴らだ。

そもそも妖怪みてえな奴らだしな。

アレを基準で考えたら、頭が狂っちまう。

オーネストはそう締め括った。

「つぅか、だ。〝潔癖症〟てめえ、よくも人を実験台みたいに使ってくれたな!?」

「ここは助けた事実に感謝するべきでしょう?」

「なら、最後までちゃんと助けろ!? ケツが二つに割れるかと思ったわ!!」

言い合いをする二人をよそに、俺は動かなくなったワームに目を向ける。

魔物の中に存在する心臓たる核。

ここまでの変異した原因。

異様な耐久力をみせた厚皮。

【匣】で行動する上で、その原因若しくは、法則など得られるものがあればと思い検分する。

しかし、それらしいものが見つかる事はなく、やがて諦めてオーネスト達のもとへ戻ろうとしたその時だった。

「────」

動く筈のないワームの身体が、ぴくりと跳ねたような気がした。

だが、気のせいかと思ったのも束の間、腹部が唐突に膨張を始める。

自爆か何かか────?

そんな警戒をした瞬間、小さくワームの腹部が裂けると同時、気の抜けた声と共に見覚えのあるシルエットがあらわれる。

胃液に溶かされたのか、ほんの少し変化はしていたが、俺はその声の正体を知っていた。

「いやあ! 全く、危ないところでした。僕が骸骨じゃなかったら胃液に溶かされた挙句、雷に打たれて死んでましたね! 危ない危ない」

ふぅ。とまるで一仕事を終えたかのように咀嚼されワームのご飯になったとばかり思っていた骸骨が姿をあらわす。

「それもこれも、皆さんのおかげですよぉ。本当にありがとうございま────」

何事もなかったかのように礼を言い、頭を下げたところで漸く、骸骨は場の異様な空気に気付く。

オーネストとクラシアも言い合いをやめて骸骨にジト目を向けて黙り込んでいた。

「あれ。皆さん、どうかしました────?」

死んでしまったなら仕方がないと割り切っていたが、生きているならば話は別。

先のケジメをひとまずはつけようか。

そんな思いを胸に、背筋が凍るほどの冷ややかな満面の笑みを浮かべるクラシアと、憂さ晴らしの続きを試みるオーネストがじりじりと近づいてゆく。

これから起こるであろう出来事を理解した俺は、せめてもの情けとして無事であった事に喜ぶお人よしのヨルハと共に趨勢を見守る事にした。

哀れなり骸骨。

「取り敢えず、選ばせてあげる」

選択肢を与えるクラシアは、それはもう素敵な笑顔をしていた。

「死ぬほど痛い目をみるか。死にたくなる程痛い目をみるか。どっちがいいかしら」

「え? それ、どっちも変わらないような」

言い方をほんの少し変えているだけである。

待ち受ける未来は恐らく微塵も変わらないだろう。

「そうかそうか。両方か。さっきの戦闘でちっとばかし疲れてはいるんだが、てめえがそう言うなら仕方ねえ。オレさまもひと肌脱ぐとしよう」

握り拳をつくる様子から、その発言が冗談ではないと察したのだろう。

待ち受ける未来を悟り、骸骨は平和的解決を望みながら後退り。

途中、その制裁に加わる気のない俺とヨルハに助けを求めてきていたが、自業自得なので手を差し伸べるわけもなく。

「取り敢えず、もう二度とあんな舐めた真似は出来ねえようにしなきゃいけねえよなあ────?」

避けられないと思った骸骨が、そういう事なら────! と、こちらに背を向け脱兎のごとく逃げ出した。それはもう、惚れ惚れする程迅速な判断であった。

恐らく生存本能が警笛を鳴らしたのだろう。

しかし、俺に言わせればそれは悪手極まりなかった。

相手はあのオーネストとクラシアである。

きっと、すぐに捕まえられて余計に制裁が重くなるだろうなと骸骨の行動に呆れ返りながら俺はヨルハと共に見守る事にした。

* * * *

「はひ、すびばせん。何でも協力させていただぎます。はひ、勿論です。はひ、はひ」

ぺこぺこと低頭平身に生まれ変わった傷だらけの骸骨は、砂の上で正座をしながら愛想笑いを浮かべていた。

普段は犬猿の仲であるが、こういう時だけ息がぴったり合うクラシアとオーネストに散々痛めつけられた骸骨の戦意は完全にぽっきりと根本から折れていた。

「【匣】の道にはある程度詳しいので、役に立てると思ひます」

「【匣】の道?」

疑問符が頭の中を埋め尽くす。

道と言われても、見渡す限り変わり映えのない景色の連続である。

枯木と砂漠が果てしなく広がるここで、道らしい道があるようには思えなかった。

「この【特区】は、【猜疑】の【アルカナダンジョン】の成れの果てですから」

またしても聞き慣れない言葉だった。

「あまり知られてはいないんですが、【アルカナダンジョン】には、それぞれ人間の感情に沿ったテーマがあるんです。普通のダンジョンにも常に特色があったでしょう?」

たとえばダンジョン全域に〝転移〟の設置魔法が張り巡らされているフィーゼルのダンジョン。

酷な気候が常に降り掛かる極寒型のダンジョン。魔法が一切使えないダンジョン、常に状態異常が付与される制限型ダンジョンなど。

特色のないものも存在するが、ダンジョンには何かしらの特徴がある事が多い。

「この【特区】は、その特色が【猜疑】なんですよぉ。目に見えている光景。手の感触。聞こえた声。対峙する魔物。その全てが【猜疑】に溢れ、挙句、逃げ出す事すら許されなかった【アルカナダンジョン】。故に、【猜疑】という名の【箱庭】として、【匣】と呼ばれるようになっていた筈ですから」

嘘のような変異をしていた先の巨大ワームも、その時の名残りなのだろう。

この嘘みたいな砂漠も。

何もかもが、その名残り。

嘘のようで本当。

本当のようで嘘。

聞くだけも悪辣極まりないダンジョンだと理解が出来る。

「百年ほど前からここも随分と緩和したようではありますけど、小国とはいえ、アルケトラだった場所が丸ごと【アルカナダンジョン】化した場所ですからね。【匣】に用があるにせよ、一度外に出た方がいいやもしれませんねえ」

腐食した剣の事もあった。

その上、テオドールとの戦闘で軒並み手持ちのポーションなど切らしている。

だから相応の準備をした方がいいと言う骸骨の言葉がなくともそのつもりであった。

「なら、シュトレアに案内しろ」

オーネストが言う。

「あのふざけた転移魔法のせいで予定が狂ったが、どちらにせよシュトレアに寄っておきてえ。足りねえもンを揃えるのもそうだが────色々と〝先生〟に聞かなきゃならねえ事がある」

「〝先生〟?」

そこには素直な敬意が込められていた。

普段ならば、学院長を妖怪ババアと呼び、ローザを〝ちゃん〟呼びし、自分にとって一番強い印象で呼ぶオーネストが〝先生〟と口にする。それのなんたる異常か。

「……なンだよ」

「いや、だって。ねえ?」

好奇な視線に堪えられなかったのだろう。

責めるような視線でオーネストが対抗するも、あのオーネストが素直に〝先生〟と呼び、誰かに師事する姿があまりに想像が出来なくて三人で顔を見合わせてしまう。

「……別に、おかしな事じゃねえだろ。オレさまにだって〝先生〟って呼ぶ相手はいるっつーの」

魔法学院の時だって────。

そう言いかけたところで、碌な呼び方をしている人間がいなかったからだろう。

露骨に言い詰まり、「……まぁ、一人くらいしかいなかったかもな」と目を逸らした。

「それに、あの人は〝先生〟って呼ばなかったら泣き出すから面倒なンだよ」

その一言で、頭の中で思い浮かべていたオーネストの先生像が混乱する。

「やれ、私はやはり師の器ではないのか、だ。オレさまが反抗期に入ってしまった、だ。どこだろうが構わず泣き叫ぶから手に負えねえンだよ……」

振り回されるオーネストの姿を想像すると、少しだけ面白おかしくなって、つい吹き出してしまう。

「笑い事じゃねえ」

てめえらに分かるか?

大の大人が泣き叫ぶせいで生まれる居心地の悪さが。などと言葉を重ねられるが、当事者でない以上、分かりようがなかった。

「だが、槍の腕だけは確かだった。人間性はともかく、少なくとも、単純な槍の腕前だけならまだオレさまの方が下だろうよ」

傲岸不遜を地でゆくオーネストがそこまでいう人間なのかと驚愕を隠しきれない。

「……高名な冒険者だった人とか?」

「あんまり過去を語らない人だったせいで全く知らねえ。これまでもその名前をどこかで聞く機会もなかった。てめえらも聞いた事ねえだろ。ノベレット・アンデイズなんて名前はよ」

だが────。と言葉は続く。

「あンだけの強さを持ってた人だ。シュトレアの事情を全く知らないとは思えねえンだよな」

側に【特区】と呼ばれる【匣】が秘密裏に存在している街シュトレア。

その事情をまるで知らない人間とは思えなかったとオーネストは言う。

「だから、聞く必要がある。積もり積もった話もそうだが、あえて噤んでいたのだとしたらその理由も含めて。勿論、それはオレさまの事情で【匣】の攻略に役立つかは知らねえけどな」