軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百三十三話 それぞれの隠し事

「────なん、だこりゃ」

爆ぜる音の後、一変する景色を前にオーネストは顔を歪め言葉をこぼした。

爆発が起こった直後────ほんの数秒の間にぶわりと黒い靄が広がった。

出どころは恐らく、ダンジョンがあったであろう場所。

足下は勿論、空さえも不安を煽る曇天となって昏い黒が瞬く間に広がってゆく。

次いで、べちゃりと不快音が鳴った。

べちゃり。

皮切りに、そこら中に同じ音が響き渡る。

べちゃり。べちゃり。べちゃりべちゃりべちゃりべちゃりべちゃりべちゃりべちゃりべちゃり。

空から無数に落ちてくる泥のような何か。

単なる泥かと思ったのも束の間、その泥は地面に落ちると同時に隆起し、何かを模ってゆく。それが人の形であると気付いたのは、少し経ってからの事だった。

「…………〝 死骸操絡(ネクロマンス) 〟か」

諦めるように、それでいて忌々しいものを見るような目で、空に広がった曇天の────さらに奥にある特大の薄紫の魔法陣を目視してタソガレは呟くように吐き捨てた。

「……これを、知ってるのか」

「知ってるも何も、アレはクゼアの代名詞とも言える魔法なのだよ」

「クゼアって、さっき言ってた……」

〝大陸十強〟の男。

たったそれだけの知識しか得ていない相手が元凶と聞かされ、顔が歪む。

ことこの場に。しかもこのタイミングでやって来るなど、どう考えても嫌な予感しかしなかった。

場に降りる張り詰めた緊迫の空気。

それを破ったのは、気の抜けたようなガネーシャの呟きであった。

「いち、にぃ、さん、し、ご。気付けば怪獣大集合だな? 〝大陸十強〟という奴らは案外、暇人だったりするのか?」

指折り数えながら呑気に言う。

まるで示し合わせたように居合わせている現状が、おかしくて仕方がないのだろう。

「であれば良かったのだがな。今回は例外中の例外だ。テオドールが吾輩らの地雷を的確に踏み抜き過ぎていたが故に、こうなっている」

そうでもなければ、会いたくもない連中とわざわざ顔を突き合わせる訳がないだろう。と不機嫌そうにタソガレは吐き捨てた。

その間にも魔法の進行は止まらない。

泥人形の数が、増殖。増殖。増殖。増殖。

しかしタソガレは、泥に対して策を講じない。本当に一切、何もしない。

ただ勝手にしろとばかりに無視を決め込んでいる。まるでそれは、こうなってしまってはどうにもならないと諦めているようでもあった。

「……地雷だと?」

「ああ。吾輩らにとっては、命よりも優先すべきものだ。だから集まったではなく、呼び出されたが正しいのだよ。貴様らにもあるだろう? 何を差し置いてでも優先すべき事柄というやつが」

その言葉に、共感は出来た。

クラシアが己の姉を追いかけこうしてメイヤードにやって来たのも、言うなれば彼女の地雷。俺も、エルダスや母の事になれば多少の無理は押し通すだろう。

たとえそれで、少なくない何かを失う可能性が生まれるとしても、俺の中でソレは譲れないものだった。

だからこれも、言うなれば地雷。

故に共感が出来た。

でも理解に苦しんだ。

タソガレに限らず、〝大陸十強〟と呼ばれる者らは数百年と生きながらえてきた化物共。

その才覚は言わずもがな。

今のこの時代では、天才という言葉すら生ぬるい者達なのだろう。

テオドールと刃を交えてそれは痛いほど理解した。

だからその大半が、今でも尚、 地雷(苦悩) を抱えているという事実をすぐには信じられなかった。

本質を隠すべく嘘を吐いていると考えてしまう方が幾分も納得出来た。なのに、冗談にしては声音が真剣そのものだった。

「だから貴様らにはこれでも感謝している」

表情然り。言葉然り。行動然り。

素振りなど一切感じられなかったが為に、言われる俺達も驚きの事実であった。

「感謝される覚えなんて何もないが」

「ある。貴様らは曲がりなりにもワイズマンとあの身体の持ち主だった少女を救ってくれた」

まさか、その話が出て来るとは思わなくて、俺は言葉を失った。

オーネストも、ヨルハも、クラシアも。

誰もが瞠目し、耳を疑った。

目の前の男が博愛の精神を持っていたのかと一瞬驚いて────それはないとかぶりを振る。その事実は、ロキとのあのやり取りで浮き彫りになっていたから。

ならば何故と考えようとしたものの、俺は先に訂正をする。

この気持ちの悪い感謝を撤回させる事の方が優先すべきであった。

「ちが、う。それは違う。曲がりなりにもじゃない。俺達は。俺は救えなかった。責められる事があっても、感謝をされる覚えはない。救うと言っておきながら、俺は救えなかった。それが事実だ。それだけが、事実だ」

何度も言葉を重ねた。

分不相応な約束を交わした上で、みすみす破った愚か者。俺に力が足りなかったから、メアは死んだし、ワイズマンも何も救われなかった。

だから、どうか責めてくれと願う俺の気持ちを裏切るように、タソガレは視線を逸らした。

「……感謝をする理由は、貴方自身が『ホムンクルス』であるからですか?」

そう告げたのは、ヴァネサだった。

どうしてそれを知っているのか。

そもそも、タソガレが『ホムンクルス』だと? という驚きの波紋が広がる。

「『ホムンクルス』という牢獄に囚われ、テオドールに利用される筈だった 同族(彼女ら) を、彼らが解放した。だから、」

「どうやら、お喋りな奴が色々と話していたらしい。アレほど吾輩の事は不用意に喋るなと言っていたというのに。グランのやつめ」

舌打ちを一つ。

ヴァネサが物知りな理由がグランにあると一瞬で看破したタソガレは、不機嫌になりながらも割り切る。

「ヴァネサといったか。貴様のソレは、半分正解で半分は違っている。そもそも、吾輩は『ホムンクルス』という存在を恨んでなどいないのだよ。何故恨む必要がある? 『ホムンクルス』とは、かつての吾輩が望んで 作り上げたもの(、、、、、、、) だというのに」

「は……?」

後世に一切伝えられていない禁忌中の禁忌。

死者蘇生に限りなく近しい『ホムンクルス』の秘術。そして、〝賢者の石〟を作り上げた張本人は、他でもない己だとタソガレは言う。

しかし納得は出来る。

〝大陸十強〟という立場に、研究者ながら選ばれてしまった化物。

彼ならば、そのくらいは出来てしまうだろうという確信があった。

「故に、『ホムンクルス』になった憐れな犠牲者による同族に対する感謝ではない。これは、『ホムンクルス』を 望んで(、、、) 生み出した製作者による感謝────」

そこまで言われたところで、頭で考えるより先に俺の身体が動こうとして。

しかし、更に先に動いていた人がいた。

「あ、なたねえ……ッ。自分が何をしでかしたか、分かって言ってんの……?」

「クラシア!!」

普段からは考えられない剣幕で、タソガレの胸ぐらをクラシアが掴み上げていた。

疲弊したクラシアの膂力など、容易に振り払えるだろう。なのにあえて、抵抗することも無くされるがままの状態でタソガレは言葉を返す。

「死者の蘇生は、研究者にとって到達点の一つだ。研究者でなくとも、それは理解出来よう? 失意の中で死に逝く人間が一体どれ程いると思う。たった一度でいいから死者と会わせてくれと願う人間が、世界に何人いると思う。それらの人間達の苦悩を晴らす為に、吾輩は『ホムンクルス』を作り上げた」

言葉を受けて、クラシアは顔を歪めた。

正しかった。

どこまでもその言葉は正しく優しいものだった。クラシアも俺もその場に居合わせた人間誰もが理解出来る至極真っ当な願いであった。

その過程に、途方もない魔力が必要で、それを補うためにどういう手段が最終的に取られるのかを理解していたとしても。

そのあまりに馬鹿げた結果故に、悪用されれば取り返しの付かない事になるとしても。

それでもその願いは、正しく優しいものだった。

「吾輩の感謝は、製作者として、あの『ホムンクルス』が存在意義を果たせた事実に述べたまで。少なくとも吾輩の目から見て、あの者らの生前の後悔は、消えていた。故に、ありがとうなのだよ」

何も知らなければ、俺は皮肉と受け取っただろう。

彼の鉄面皮が歪んでいなければ、きっと俺やクラシアは、タソガレに殴り掛かっていた筈だ。

「『ホムンクルス』を作り上げた事に、後悔などあるはずが無い。けれども、きっとそれは貴様らの言うように間違いだったのだろうな」

気付けば、クラシアの手は離れていた。

天才であったから、出来てしまった。

それが何よりの不幸だった。

試みた人間がタソガレ以外の誰かであったなら、形にすらならずに単なる夢想で終わったのだろう。しかし現実、タソガレが試みたせいで完成してしまい────〝賢者の石〟を引き金とした悲劇が何度も訪れた。

「こうして吾輩までもが、『ホムンクルス』として呼び出されたのが証左なのだよ」

自虐めいた笑みを見せる。

「故に、吾輩は殺す事にしていた。〝毒王〟などという渾名がついたのもそのせいよ。本来、『ホムンクルス』に死は存在しない。それこそ、『ホムンクルス』の意思で、あの莫大な魔力が込められた〝賢者の石〟の魔力を使い切るような真似でもしない限り」

だが、呼び出した者が手綱を握る限り、そんなバカな真似は万が一にもさせないだろう。

故に、死が存在しない『ホムンクルス』を殺すために、無数の毒を作り出していたと。

「だからいざという時、手に負えない『ホムンクルス』が生まれてしまった時に殺す為に吾輩は毒を作っていた。まさか、〝毒王〟などと呼ばれるようになるとは思いもしなかったが」

「…………」

タソガレの異名は知っていた。

その功績も知っていた。

化け物じみた実績を持つ研究者という事も知っていた。

けれど、その軌跡など知るわけもなく、彼の告白に皆が絶句した。

「吾輩は、その後始末の為に今もこうしておめおめと留まっている。だから出て来ざるを得なかった。なにせテオドールは堂々と〝賢者の石〟を作った挙句、『ホムンクルス』を完成させたのだから」

つまりは、それがタソガレの地雷。

何を差し置いてでも優先すべき事柄。

テオドールがいたこのメイヤードに、集った理由。

「吾輩が長々と過去を語った理由は、この魔法の使用者である クゼア(狂人) と吾輩が、仲間でないと証明する為」

俺達の心の中にあった懸念をタソガレは指摘する。

タソガレは〝大陸十強〟の一部の人間の居場所を知っていると言っていた。

そこに、テオドールが死んだこのタイミングで現れる新たな〝大陸十強〟。

タソガレがクゼアとやらと共犯の可能性が、どうしても頭から離れなかった。

「それと、貴様らと取引をする為だ」

「取、引?」

「貴様らを、ここから逃がしてやる」

寝耳に水な言葉だった。

既に周囲には、降り注いだ泥で埋め尽くされている。

どうにか形取られたそれは、未だ蠢くだけだが、じきにこちらに牙を剥くであろう事は容易に予想が出来た。

「……逃がす、だァ?」

そして、タソガレの言葉にオーネストが食いつく。

まるで、お前らでは勝てないから逃がしてやるよ。という上から目線な言葉に取れるそれは、満身創痍に近い身体であっても看過出来なかったのだろう。

「随分と言ってくれるじゃねえか。〝大陸十強〟っつっても、一人だろ? だったら、テオドールと同様にぶっ飛ばせば」

「それが、無理だと言っている」

歯に衣着せぬ物言いに、あァ!? とオーネストが怒り出すも、タソガレは気にした様子もなく言葉を続けた。

「貴様らは知らぬだろうから教えてやる。クゼア・ラヴネッドは、たった一人の少女の為に当時軍事大国だった王国を無辜の民ごと 鏖(みなごろし) にした過去故に〝大陸十強〟に挙げられた死骸操者にして、」

ほんの少しばかりのためを作って、タソガレは言葉を俺達に突きつける。

「〝十強〟の中で唯一、当時と変わらない戦闘能力を有する男だ」

未だに俺達は〝大陸十強〟の全てを理解出来ていない。

分かっている事は、彼らが何かしらの制限を受け、全盛期の力が発揮出来なくなっているという事。魔力とは異なる力を与えられた事で、かつての力を思うように振るえなくなっている事ぐらい。

だから疑問であった。

タソガレのその言葉は、矛盾を孕んでいる。

けれど、周囲を────否、メイヤードを席巻するこの泥を前に、否定の言葉はすぐに消え失せる。

「……取引って事は、〝逃す〟事が対価なんだろ? でも、嘘を言っちゃいけない。逃すって、ここからどうやって逃すんだよ。ここは、メイヤードだぞ?」

海上に位置する都市国家メイヤード。

周囲は海に囲まれており、船を使う他に移動手段は存在しない。

魔法を使って空を飛ぶ真似事をするとしても、この得体の知れない魔法を掻い潜れるか怪しい上に、魔力が全員そこを突きかけている現状で魔法を使って逃げるのはあまりに現実的ではなかった。

「メイヤードだから、 何だという(、、、、、) ? 吾輩を、貴様らと一緒にするのは些か失礼に過ぎるだろう?」

タソガレが煽りに対し、煽りで返す。

同時、彼から放たれる魔法発動の兆候。

浮かび上がった魔法陣。

薄く、淡い粒子のような緑色の光が蛍火のように浮上するその様に、俺は見覚えがあった。

「〝転移、魔法〟?」

彼ほどの人間であれば、使えたとしてもおかしくはない。しかし俺の記憶が正しければ、それはダンジョン内の、それも極々一部の移動手段として使えるだけの魔法だったはず。

「あんな紛い物と一緒にするな」

反射的に口を衝いて出ていた俺の感想を、タソガレは渋面を見せながら責め立てた。

「あれは、吾輩の魔法を真似ただけの劣化極まりない模倣に過ぎん。本来のコレは、移動距離の制限など一切存在しないのだよ」

制限付きの移動魔法を転移魔法と呼ぶなど、名前負けしてるにも程があるとバカにするタソガレの言葉に、俺はバカなと言いたくなった。

けれど目の前の男は〝大陸十強〟と呼ばれる正真正銘の規格外。

カルラやユースティティアを始めとした化物に研究者ながら肩を並べていた化物だ。

間違いなく、戦闘能力以外の面でカルラ達に並べるだけの何かがあったのだろう。

それが、こういう事なのだとしたら。

「ある程度の魔力を消費するが、国同士の移動であってもマーキングさえしてあれば可能だ。故に吾輩なら、ここから貴様らを逃す事が出来る。尤も、この場にいる人間に限れば、貴様の〝 運命神の金輪(フォルトゥナ) 〟も同じ事が出来るが────文字通りそれは、命懸けになるであろうな」

運任せに不幸も幸運も呼び寄せる〝 古代遺物(パンドラボックス) 〟。

ガネーシャの持つソレは、本当に手がなくなった時にのみ縋るべき最終手段であった。

「……今日は運がない人間が近くにいたからだ。私一人ならまず間違いなく〝 運命神の金輪(フォルトゥナ) 〟は応えてくれていた」

「おい、賭け狂い。何でそこでオレさまを見やがる。どう考えてもてめえのその〝 古代遺物(アーティファクト) 〟のせいだろうが」

むすっ、と不貞腐れながらガネーシャはオーネストを見詰める。

まるでそれは、あの野郎の運が悪いせいだと責め立てているようでもあった。

「おや。私は特別誰かを見ていた訳ではないんだが……そうかそうか。自覚があったか。やはり、前の不幸はこいつがいたから……」

「がっつりガン見してただろうが!? おい、誰がこのアホを早くつまみ出せ!」

言い合いが発展を始めたそんな時だった。

「アレクくん」

運の悪さを押し付け合う二人をよそに、ロキが話しかけてくる。

「きっとタソガレは、君らを外に逃がす事が出来るんだと思う。でもよく考えて答えを出すべきだ。あいつが、取引と言ってた事をよく」

取引とはつまり、双方に求めるものがあって初めて成立する取り決め。

タソガレが一体、何を求めてくるのかを見極めろと、彼を一切信用していないと露骨に態度で示しながらロキが忠告をくれる。

「心配せずとも、大層な事を求めるつもりは毛頭ない。貴様らが冒険者で、それを見込んでの依頼なだけなのだよ」

視線が自然と、ヨルハへと向く。

タソガレは事前知識としてこのパーティのリーダーがヨルハであると知っていたのだろう。

「ボクらが、冒険者である事を見込んで?」

「そうだ。吾輩からの依頼は、かつての【アルカナダンジョン】であった【匣】の踏破を貴様らに依頼すると同時に、リヴェット・アウバへの伝言を頼みたい。メイヤードで起きた事をありのまま、彼女に伝えて欲しい」

「…………それ、だけ?」

本当に拍子抜けするほど問題のない取引内容に、疑問符が浮かんだ。

あまりに俺たちに損がない取引過ぎて、気味が悪かった。

「ああ。それがのめるのなら、吾輩が貴様らをシュトレアに飛ばしてやる。そこ三人は特別にフィーゼルに送ってやる」

親切にも思えたが、シュトレアに送るのは俺達だけと限定しているようにも聞こえる。

正直、怪しさは拭えない。

だが、

「急かす気はなかったのだが、早めに決める事をお勧めする。時間切れになるとアレが動き出す。そうなれば、出来るものも出来なくなる」

視線の先には泥の塊。

動き出すそれは、圧倒的な物量でもって蠢いていた。

「…………分かった。ボクらは、その取引に応じるよ」

「ヨルハ……?」

応じると思っていなかったクラシアが、驚愕に声を震わせる。

「エルダスさん、だっけ。その人を探さなきゃいけないし、それに、オーネストの事もあるから。いつも散々振り回されてるけど、それでも助けられてる。だから、今度はボクらの番。クラシアには、付き合って貰う……事になっちゃうんだけど」

「……そういえば、ヨルハはそういう性格だったわね。別にいいわよ。元よりメイヤードに関しては、あたしが付き合わせたようなものだし」

得体の知れない人を信じるべきではないという事は承知の上で、ヨルハが応じる。

俺やオーネストに勿論、異論はなかった。

「それでは、決まりなのだよ」

パチンとタソガレは指を鳴らした。

直後、魔法陣が展開される。

本当に時間がなかったのだろう。

一切の無駄を削ぎ落とした動きで、魔法陣が起動された。

特有の浮遊感に見舞われながら、俺達はもう後には引き戻れない段階でタソガレから忠告を受ける。

「忘れていたが、吾輩は一部の国を除いて凡そのマーキングしかしていない。故に、貴様らはシュトレアの何処かに転移する可能性が極めて高い。転移した直後、目の前に魔物が鎮座している、なんて事もあり得る故、気をつけるのだよ」

「ん、な────!?」

恐らく一番大事であったであろう言葉を最後の最後で告げるタソガレに文句の一つすら言う間もなく、俺達はそのままその場を後にした。

「 さて(、、) 。邪魔者がいなくなったところで聞かせてもらおうか?」

気配を殺しながらずっと、近くに隠れていた彼女に向かってタソガレは言う。

気配が露見している事は百も承知だったのだろう。

諦念の感情を顔に張り付けながら、彼女は姿をあらわす。

「吾輩には、たった一つの悪すら許さなかったあのユースティティアが、何の保険も用意せず死に逝くとは思えなかった」

徹頭徹尾、正義の味方。悪の敵。

根絶を語る彼女が、己の死の後であっても放任するとはタソガレには到底思えなかった。

だから、保険があると考えた。

たとえば、ユースティティアが管理する獄の囚人に託していた、とか。

「貴様はユースティティアからどこまで、何を聞いて、託されているのだよ? なあ、〝逆天〟のアヨン?」

「……これだから〝大陸十強〟は」

精一杯、哂う。

多少の隠形など無意味で、隠れていた事実すら忘れさせられるような一言に、アヨンは観念する。

怯えと、呆れと、諦念を綯い交ぜにし、虚勢で感情に蓋をし、精一杯の作り笑いを浮かべながら彼女────アヨンはタソガレに対峙した。

「少々騒がしくなるが、言葉を交わそうか」

そしてべちゃりという不快音が漸く止んだ。

視界を埋め尽くす無数の泥人形。

そのシルエットはまるで、剣士のようで。槍士のようで。魔法師のようであって。

均一とは程遠いソレを前に、アヨンの頭の中に嫌な予感が過った。

死骸操者(ネクロマンサー) 、クゼア・ラヴネッド。

彼の能力は恐らく、己が殺した人間を泥人形として操り使役する、事。

そこに過去の英傑が含まれている場合、その能力は悪辣を通り越して絶望────

「────〝 毒浸不踏(ディリティリオ) 〟────」

アヨンの頭の中でそんな考えが埋め尽くした時、声が聞こえると同時に新たな魔法陣が展開された。

周囲の景色がすげ替えられる。

彩られる毒色の何か。

すぐ様に蔓延するそれが、毒霧である事は今か今かと動き出そうとしていた泥人形達がぴたりと動きを止めた様子から明白だった。

「化、物め。何が、研究者よ」

たった一言。

それで、盤面を変えてしまうなど最早人間の所業ではない。何より、生命体とは程遠い泥人形の動きを〝毒〟で止めるなど、まるで意味が分からないものだった。

タソガレは〝毒〟の定義を一から見直すべきだろう。本来〝毒〟に、そんな真似は出来ないのだから。ふざけているにも程がある。

それがアヨンの偽らざる本心だった。

「吾輩は研究者だとも。カルラやユースティティアのような魔法師ではない」

淡白に、どこまでも感情の篭らない声でタソガレは語る。

「だが、戦えないとは言っていないのだよ」

忘れるなかれ。

この男は、研究者ながら〝大陸十強〟に挙げられた化物である。

魔法師や剣士といった闘争に身を置いてきた戦える者が選ばれる中で唯一の研究者。

それはなんたる異常か。

「……これであれば、アレク・ユグレットらを逃す必要もなかったであろうに」

「適材適所という言葉があるだろう? それに、クゼアの泥人形を相手取る場合、巻き込んで殺さないという自信がなかったのだよ」

アヨンは己の肢体を見やる。

タソガレが気を使ってくれているのだろうが、それでも尚、微かに裂傷が生まれ腐敗のような症状に見舞われる腕。頬。

〝逆天〟の魔法を使えばどうにかなるアヨンは兎も角、なるほど。確かにこれは、殺さない自信がないと口にするのも頷ける。と彼女は納得する。

「故に、逃した。テオドールの性格を考えるに、まだ何か残している可能性が高かった。それに、リヴェットの件もどうにも気になった」

「……リヴェット・アウバか」

まるで犬猿の仲と言わんばかりの否定をしていた人間の口から、心配をするような言葉が出てくるとは思っても見なかったのだろう。

感情が言葉にこもっていた。

「まあ、今はそんな事はどうでもいいのだよ。先に貴様だ、アヨン。あの正義の味方がただで死ぬとは思えない上、貴様も貴様で言葉の一つや二つで馬鹿正直に協力をし続ける阿呆ではないだろう」

アレクとの約束を重んじている。

それは理由の一つではあるだろう。

しかし、たったそれだけでメレアの時にまで首を突っ込みこうして未だ世話を焼き続けるにしては些か疑問が残る。

けれど、それらの行動がアヨンなりに何らかの事を確かめていたからであるとすれば────納得が出来てしまうのだ。

絡んでいるのがユースティティアである以上、アヨンに何らかの情報なりを託した可能性は極めて高い。

故に、タソガレはこの場を望んだ。

「……嫌なものじゃな。ユースティティア然り、お主然り、頭の中を覗かれながら会話をしているようでかなわん」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

これが年の功というやつなのだろうか。

もしくは、彼らが単に規格外過ぎるだけか。

おそらくは両者なのだろうと考えながらアヨンは言葉を続ける。

「じゃが────嗚呼良かった。お主らの化物さを信じて心底良かったわ」

ここで初めて、不敵に笑みを浮かべた。

「感情はバレる。思考も読まれる。行動も露見しておる。隠し事など不可能。つくづく厄介極まりない。であるがな? そうと分かっていれば、儂もやりようがあるというもの」

騙されただろう。

まるで、ユースティティアから何かを託され、アレク・ユグレットに迎合したと全てを理解してしまったからこそ、疑えなかっただろう? アヨンの目が口ほどにものを言う。

「とはいえ、別に誓ってお主が危惧するような伝言など預かってはおらぬよ。一芝居をうったのは儂なりの意図あってのもの。そこにユースティティアの意思は関与しておらぬ」

ぴくり、とタソガレの片眉が跳ねる。

挑発するように口角をあげながら口にするアヨンの態度が目に入ったからだろう。

「それとも何か。あの正義の味方が、他者に結果を委ねるとでも本気で思っておるのか?」

くつくつと笑う。

嘲る訳ではない。

この笑みは、タソガレという化物を出し抜けてしまったという事実に対しての喜悦。歓喜。

「そんな事、ある訳がなかろう? お主の言うようにあの化物が何かしらの仕掛けを残しておるやもしれぬ。じゃが、それは決して誰にも打ち明けぬよ。あの正義の味方は、そういう人間であろう?」

「…………」

〝大陸十強〟同士の仲がそれほど良くなく、警戒し合う間柄と知っていたが故に、聞かされた話がある。

悪人であったアヨンの心を折る為に、ユースティティアが気まぐれで聞かせた────一人の、阿呆の話。『ホムンクルス』を作り上げてしまった愚か者の話を。

「とはいえ、奇妙な独り言を聞く機会はあったやもしれぬなあ? なにせ、百年以上、儂はあの〝獄〟に閉じ込められていた者ゆえ」

「…………」

そこで、タソガレは全てを察した。

ユースティティアの影がチラつくアヨンを、彼は殺す気でいた。けれど、アレク達に頼み事をする場合、あやふやながら協力関係にあるアヨンを目の前で殺すのは些か拙い。

故にこうしてアレク達を隔離し、隔絶した実力差を見せつけ吐かせようとしたこの状況が、アヨンが望んだ結果である事に漸く。

「何を驚く? 儂は、〝逆天〟ぞ? 〝大陸十強〟なぞという敵一つにあっさり屈する程度なら、〝英雄〟に希望を抱ける筈もない。〝英雄願望者〟などという名を付けられる事もなかった」

アヨンは仕組んだのだ。

アレクとの協力関係を逆手に取り、アヨンがユースティティアから何かを聞いていると思ってもらえるよう、行動を意図して選んだ。

すべては、タソガレと一対一の場を作るという結果を求めたが故に。

そしてまんまとその通りに事が進んだ事に笑みを見せていた。

出し抜けてしまった事実に、どこまでも笑う。

やがて、時間があまり残されていない事を理解した上で、アヨンは告げた。

「聞きたい事が、あるのじゃ」

「……吾輩にか?」

決して穏やかな状況とは言い難い今。

仮に答えたとして、こんな状態の人間から得られた答えを馬鹿正直に信じられるのかという嘲りを込めた返答であった。

「無論。お主にしか答えられぬ問いよ。善人ではないが、悪人でもないお主にしか答えられぬ問いじゃ」

リヴェット・アウバのように、誰も彼もを救いたい。決して、そんな高尚な思想の持ち主ではない。

悪人は躊躇いなく見捨てる上、進んで手を差し伸べる事もしないだろう。

けれども、タソガレは悪人ではない。

それは、正義の味方であるユースティティアが彼を〝愚か者〟と呼んでいた事がすべて。

多くの民衆のため。

多くの喪失者のため。

その為に、『ホムンクルス』を作り上げたタソガレの行為は愚かしいものであったが、間違いではなかった。

そして今、そのせいで自らすら『ホムンクルス』と成り果て、悪意を危惧し、『ホムンクルス』を殺す為の毒を作り出した世紀の愚か者。

ユースティティアが語ったタソガレは、そういう研究者だった。だから、アヨンは対話の機会を切望した。

「儂には、幼少の頃の記憶がない。今も、昔も、十数の小娘だった頃の記憶からしか儂は持っておらなんだ」

経年で記憶が抜け落ちた訳ではないと告げる。

もし、この場にアレク達がいたならば、おそらく引っ掛かった事だろう。

なにせ、彼らの仲間であるヨルハも、全く同じ境遇であったから────。

「別に、それだけならありふれた話じゃった。幼少の記憶を丸ごと失った人間なぞ、探せばごまんとおる。地獄に等しい日常を強要され、死と隣り合わせの日々を送り、友の死を幾度となく突き付けられた挙句、虐殺の道に走る。そんな哀れな人間も探せば幾人かはおるであろうよ」

アヨンは、正当化をしたい訳ではない。

己の事情を鑑みれば、仕方がなかったと慰めの言葉をかけて欲しい訳ではない。

これはただ、事実を事実として羅列しているだけ。〝大陸十強〟から見れば矮小に映るであろう一人の人間の歩んだ道を語っているだけ。

「ただひとつ、納得できん事実があるのじゃ」

理不尽な不幸が、この世には腐るほど転がっている事実は誰よりも分かっているつもり。

〝英雄〟を望む思想も未だ不変で、それが誰に強要されたものでもないと言い切れる。

だからこそ、アヨンは分からないのだ。

「幼少の記憶を丸ごと失っていたにもかかわらず、 魔法だけは(、、、、、) 扱う事が出来た」

理不尽を嘆く小娘が、虐殺に走れるだけの魔法の才能を持っていたどころか、十全に使えた事実が未だに理解が出来なかった。

「しかも、〝 固有魔法(オリジナル) 〟と呼ばれる一つの到達点に、記憶を失った小娘が辿り着いていた事実がどうしても分からぬのよ」

己に類稀なる才能があった。

そう説明出来たならどれだけ楽であったか。

アヨンは、かつて〝獄〟の中でユースティティアにその問いを投げかけ────返ってきた憐憫の表情が忘れられなかった。

ちょうど今、アヨンを見つめるタソガレのような、その表情がどうしても。

「……ユースティティアは二つだけ言葉をこぼしおった。儂は、リヴェットと同類であり、『聖堂院』の出身者なのだろう、とな」

「…………」

タソガレは黙って聞くだけである。

知らないと一蹴をしなかった。

ゆえに、アヨンは多少なりタソガレにその知識があると踏んだ。

「お主の問いにも答えてやる。ゆえ、儂の問いにも答えろ。『 聖堂院(、、、) 』とは、一体なんぞ? そしてお主ら〝大陸十強〟は、何を、どこまで知って、一体何を隠しておる?」