軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百三十話 〝特区〟

少しだけ悩みあぐねて、メレアは仕方がなさそうに口を開いて答えた。

普通の人間ならば致命傷だろうが、彼に限っては、指に嵌められた魔道具であろう指輪が効果を発揮してか、治癒が徐々にではあるが行われていた。

だからこそ、彼が今すぐに死ぬという事はないだろう。

「……ここで、馬鹿正直に答えるメリットもなければ、仮に答えたところで君らが私の言葉を馬鹿正直に信じるとは思えないのだが────と言って、だんまりを決め込んでもいいんだが、そうすると君の隣にいる男が私の首を刎ねそうだ」

俺達の関係性は最悪に限りなく近い。

一度剣を交えた相手だからこそ、彼がどれほどの脅威であるのかを身を以て知っている。

変な動きを見せれば、即座にとどめを刺す。

そうしてしまう程度には、メレア・ディアルを見くびってはいないつもりだ。

オーネストだけでなく、俺にも同様の事が言えた。故に、傷を負っているから大丈夫。などという反吐が出るほど甘い考えは持ち合わせていない。

それを見越してメレアは言葉を続けた。

「私に答えられる事は、一つだけだ」

誰かを庇い立てるつもりなのだろうか。

そう思ったのも刹那、それは勘違いであると指摘をするようにメレアは言う。

「生憎、他の問いに対する答えを私は持ち合わせていない。 あの男(、、、) の名前は勿論、カルラ・アンナベルの居場所もな。だから答えられるのは一つだけだ。私は、エルダス・ミヘイラに呼ばれた。だから、メイヤードへとやって来ていた」

「……エルダス、だって?」

出てきた名前に困惑してしまう。

以前出会った時もエルダスはテオドールを追っていた。

ならば今回も、テオドールを追っていたのだろう。

故に、エルダスがメイヤードへやって来た。

────そこまでは分かる。

しかし何故、エルダスはメレアを呼び寄せたのだろうか。

そもそも、エルダスとメレアの関係性は一体、何なのだろうか。

「以前、君の事を私は散々煽っただろう。母親であるアリア・ユグレットの事を持ち出して、執拗に」

覚えている。

冷静さを失ったあのやり取りを忘れるわけがない。

「あの事情を私が知っていた理由は、当事者であるエルダスから聞かされていたからだ」

「────」

驚きを隠せなくて、思わず目を大きく見開いてしまう。

「……なんで、」

「恐らくだが、少しだけ重なったのだろうな。この手で斬り殺した女の娘を、己の弟子として育てようとしていた私と。命懸けで守ってくれた女の息子を、贖罪故に気に掛けるあいつ自身とが。だから親近感を覚えて語ったんじゃないか? ただ私はエルダスとは違い、オリビアに恨まれる選択を取った訳だが」

「そう、だな。お前は最低な奴だった」

「だが私は後悔していない。私は、あれで良かった。贖罪故の行為だというのに、恨まれるべき人間に感謝をされ、親愛の情を向けられ続けるなど、私なら耐え切れない」

そこまで彼の話を聞いて。

だからお前はあの時、オリビアが親の仇であるメレアを殺すという状況を作り上げたのか。

そうする事で、彼女にとっての復讐をメレアにとっての贖罪として成就させようとでもしていたのか────?

……そんな問いが浮かんだが、口にする事はやめておいた。

返ってくる答えが真実とも限らない上、仮にこの問い掛けをするとしても、その権利があるのはきっとオリビアだけだと思ったから。

「……あんたが俺の事を少しだけ知ってる理由は理解した。それで、あんたはどうしてエルダスに呼ばれたんだ」

「詳しく聞かないのか?」

話を戻した俺をメレアは意外そうに見詰めてくる。

「今は、必要ないと思ったから。あの時は冷静さを欠いたけれど、本当に必要な話ならエルダスや親父がきっと、いつか話してくれると思うから。だから今は必要ない。あんたは、俺の質問にだけ答えろ」

「……随分と、からかい甲斐がなくなったな」

「貶してるのか?」

「いいや。これは褒めてるんだ。一応これでも、私なりの賛辞だった。で、質問についてだったか。だが理由も何も、今言ったことが全てなのだがな」

「はあ?」

訳のわからない回答を前に、黙って会話を聞いていたオーネストがあからさま不機嫌な様子で顔を歪めた。

「君の過去の話────というより、エルダスの過去の話を聞かせられる程度には、 昔の私(、、、) とあいつの間に接点があった。だからこそ、エルダスは私を呼んだのだろう。万が一を想定した 保険(、、) として」

「……テオドールと戦う為のか?」

「らしい。尤も、出て来たのはテオドール以上の化物だった訳だが」

かつて闇ギルドに与する立場にあったメレアだからこそ、テオドールについても既知だったのだろう。そこに疑問を抱く余地はない。

実力だけを考えれば、エルダスがメレアを呼び寄せる気持ちも分からないでもない。

贅沢を言っていられる状況ではなかったのだろう。しかしだ。

「分からないな」

「何がだ?」

「あんたがエルダスと知り合いだった事。どうしてメイヤードに来たのかも一応、分かった。でも俺には、あんたが助力を請われたからといって素直に手を貸すようなお人好しには見えないんだよ」

あのメレア・ディアルが、そんなお節介を何の理由もなしに焼くとは到底思えなかった。

「……取引があった。君の言うように、それがなければ私は手を貸していなかった。エルダスの奴もそれを理解していたんだろう。狡い事に、あいつは餌を用意していた。〝迷宮病〟の、元凶に辿り着いた────そんな餌をな」

「〝迷宮病〟といえばオリビアの」

メレアがかつて彼のパーティーメンバーであったオリビアの母を斬り殺した理由が、〝迷宮病〟に罹患したからというものであった筈だ。

俺達が助けられなかったメアの死因然り。

〝迷宮病〟は罹患者を文字通りの化物へと変貌させる不治の病。

パーティーメンバーが発症した場合、初期段階で「処理」する事が、冒険者をはじめとしてこの世界の常識として根付いていた。

「そこに囚われ続けてる訳ではないが、私としても斬り殺したあの行為は本意ではなかった。だから元凶がいるのであれば、そのケジメをつけさせてやろうと思った────ただ、それだけだ」

最後の方は消え入りそうな声でメレアは答えた。

俺達を欺く為の嘘でなく、本心からの言葉なのだろう。でなければ肩で息をする度に、痛苦に見舞われる程の傷を負うまで意地を張る理由がない。

だからメレアがメイヤードにこうしている事は、どうにか理解出来た。

こうして傷を負った理由も、よく分かる。

テオドールを操っていた存在が、彼より弱い筈がないから。寧ろ、よくその傷で済んだなと称賛すらしたいくらいだ。

ただである。

「そこまでは、オレさまでも理解が出来た。だが、話がそれで終わりってンなら解せねえな」

「……何がだ?」

「そもそもアレクは、てめえに『学院長』としか言ってねえ。魔法学院が有名だとしても、学院長の言葉一つでカルラ・アンナベルの名前があんな簡単には出ねえ。出た理由は、十中八九てめえと学院長が一緒にいたからだろ。その傷で済んだのも、学院長がいたからじゃねえのかよ。なのに、なんで居場所を知らねえンだ。それは、おかしいだろうがよ?」

オーネストの言う通りだった。

グランは兎も角、学院長とメレアが行動を共にしていた事は恐らく間違いないだろう。

なのにどうして、メレアは学院長の行方を知らないとほざいたのだろうか。

そもそも、彼を呼び出した張本人であるエルダスは何処にいるのだろうか。

どうして────どうして、こいつはその事を何も語らないのだろうか。

「仮に、だが。君らは目の前で忽然と消えた人間の所在を聞かれたとして、答えられるか?」

「は……?」

オーネストの問いに対して、メレアは息で笑いながら、そんな事を宣った。

全く答えになっていない返答。

煙に巻こうとしているのだろうか。

そんな疑問が、一瞬だけ浮かんだ。

「……それが、事実だとでも言いたいのか?」

しかし、そのふざけた返事が仮に事実だとすれば、メレアがカルラ達の居場所について何も知らないという言葉が真実となる。

思わず顔が歪んだ。

「エルダスが何かをしたという事は分かっている。だが、それ以外の答えを私は知らない。本当に、目の前であいつら全員が私を残して忽然と消えた。嘘は何も言ってない。だから私は本当に、これしか語れない」

メレアの状態から察するに、不利な状況にあった事は想像に難くない。

手段の詳細を共有していなかったという事は、メレアを信用していなかったか。

はたまた、使う予定のなかった奥の手であったか。その二択だろうが、エルダスの性格的に間違いなく後者だろう。

だとしても、忽然と消えたとはどういう事だろうか。

少なくとも、闇魔法を使って己を遠くへ飛ばす方法はメレアも既知であるし、転移魔法もまた然りだ。

その上で彼が忽然と消えたと語る。

少なくともその手段は魔法とは別種の────それこそ、魔法使いが認知出来ないような。そもそも魔法の影響を受けないような、

「────その言葉を信ずるならば、ダンジョンの力を使いおったのであろうなあ?」

答えるその声は、覚えのあるものだった。

白髪の幽鬼を思わせる風貌の女。

病的なまでに青白い面貌には幾本もの傷が走っており、戦闘痕が色濃く残っている。

〝獄〟に閉じ込められていた筈の囚人────〝逆天〟のアヨンがそこにいた。

「なんでてめえが」

タソガレの説明では、アヨンが〝獄〟の外に留まっていられる前提条件が消えた事で、彼女は〝獄〟に連れ戻された。

そう言っていた筈だ。

なのにどうして彼女はここに居るのだろうか。

「儂の二つ名をもう忘れおったのか? 儂は、〝逆天〟ぞ? 〝大陸十強〟の禁術だろうが、 禁術如き(、、、、) であれば儂の〝逆天〟が通用せぬ道理はない」

「────」

はっ、と息を飲み込んだ。

〝獄〟の管理者であったユースティティア・ネヴィリムに捕らわれた理由は、テオドールが使用していたあの〝神力〟をユースティティアもまた、用いていたから。

魔法が全く通用しない相手を前に、アヨンは捕えられる他なかった。

だがそうでなければ、アヨンは〝 固有魔法(逆天) 〟を使用する事が出来る。

ならば仮に誰が使っていようと〝禁術〟如きに左右される儂でないと口にするその様は、世界を震撼させた大悪党と呼ばれた人間に相応しい威容のようなものを感じさせてくる。

「尤も、限界を超えた上での使用故、ある程度の犠牲を払いはしたがの」

「……あんた程の人間があれで終わりな訳がないとは思っていたが……まぁ、いいさ。それで、ダンジョンの力っていうのはなんだ?」

「おいおい、このまま話を進める気かよ」

「手掛かりがそれしかないんだ。だったら、聞くしかないだろ」

オーネストは若干不服そうではあったが、今は何かを知っているアヨンに少しでも語って貰い、情報を得るべきと判断する。

真偽は聞いてから俺達が判断すればいいだけの話だろう。

「別に、そう複雑な話ではないわ。お主らは、その答えを先程まで間近で見ておったろう?」

「……〝神、力〟」

ダンジョンが本来、魔法などでどれだけ傷つけられようと不壊な理由は、そこに〝神力〟が張り巡らされているからだ。

壊す場合、同じ力を必要とする。

かつて〝闇ギルド〟に所属していたダンジョンコアを喰らう男のように、どうにかしてその力を取り込まなければ破壊は叶わない。

魔力に対して絶対の優位を誇るそれは、魔法とは別種の力。

故に、メレアが正しく認識出来なかった事についても、それならば納得も出来てしまう。

「……じゃあ、エルダスも〝神力〟を使えるって事か……?」

「いや、使えぬであろうよ。儂があえて、ダンジョンの力と言ったのはそれ故よ」

その言葉で漸く得心したのだろう。

メレアは目線を動かし、どこか思案するように呟いた。

「────裏ダンジョンか」

風の噂でほんの少しだけ聞いた事のあった単語を、メレアは口にした。

アヨンは理解をしたようだが、眉根を寄せる俺達を気遣ってか、メレアは補足をした。

「エルダスが、必死になって行っていた事の一つだ。ダンジョンの最下層に存在するダンジョンコア。それを複数集める事で共鳴を起こし、新たなダンジョンへの入口を開く。そこに存在するダンジョンが、所謂〝裏ダンジョン〟と呼ばれるものらしい」

恐らく、ラビリンスでメレアがダンジョンコアを得ようとしていた理由がここに繋がるのだろう。

「通常のダンジョンによる力が作用していたのなら、私が全く分からないという事にはならん。だから消去法でそうは言ってみたが、あれは【アルカナダンジョン】のように別種のダンジョン程度の位置付けだった筈だ。特別な力を得られるならば、とうの昔にエルダスはテオドールを倒していた。違う点は精々が、誰でも入れるものではないという……」

そこで漸く、メレアは気付いた。

なんという事はない。

エルダスが消えた絡繰は、探さずともすぐ側にあったのだから。

「……嗚呼、成る程。そういう事か。要するにエルダスは、〝裏ダンジョン〟への入口を意図的に開く事で、それを逃げ道として使った訳か」

誰でも入る事の出来ない場所。

考えてもみれば、一時的に逃げ込む場所としてはこれ以上ないものだろう。

そう考えれば、全てに合点がいく。

「なら、オレさま達がその後を追えばいいって訳か」

「いや、これはそう単純な話ではなかろうて」

今すぐに追う事は出来ないにせよ、必要な情報は得た。ならば、後は親父やタソガレと合流をして────。そう考えていたであろうオーネストの出鼻を挫くようにアヨンは口を挟む。

「そもそも、どうやって後を追うつもりよ?」

「そンなもン、ダンジョンコアをだな」

至極当然の手順を踏もうとするオーネストを前に、アヨンは殊更に呆れ返った。

続け様、それで入れたら苦労はせんわ。と付け加えて説明を始める。

「まだ〝獄〟に放り込まれる前、儂もそれなりにダンジョンコアに触れる機会があった。なれど、たった一度として〝裏ダンジョン〟なるものに足を踏み入れた記憶はない。この意味が、分からん貴様らではなかろう?」

「…………」

適当にダンジョンコアを集めたところで、〝裏ダンジョン〟とやらにたどり着ける訳ではないと口にするアヨンの様子は至って冷静で。

嘘をついているようには見えなかった。

「……ならどうしろと?」

「知っている人間に、聞く他ないだろうな」

メレアが答える。

だが、知っている可能性が極めて高かったテオドールはもういない上、アダムもその姿を消している。

〝大陸十強〟であるタソガレの知識量は尋常でないだろうが、その詳細を知っているかどうかは判然としていない。

謎に包まれたダンジョンの性質上、確率は決して高いとは言えないだろう。

「……出来るのなら、それが一番だと思う。でも、そんな人間が都合よくいるか? 時間もないんだ。悠長に探すなんて事は出来ないぞ」

メレアですらこの傷だらけの状態なのだ。

カルラやエルダスも、似たり寄ったりの状態の可能性は極めて高いだろう。

何をするにせよ、時間はかけられない。

「確かに、テオドールが死んだ今、手っ取り早い手掛かりは消えたと言っていい」

「……知ってたのか」

「いいや。だが、それらしき発言をあの得体の知れない男がしていただけだ。だから、テオドールではない知っている人間の下に向かう他ない。幸いにも、時間ならばある」

最後の言葉に、思わず耳を疑った。

「……そう睨んでくれるな。そもそも君らは、〝裏ダンジョン〟について多くは知らないだろ」

知っているからこそ、言える事もある。

そう告げてメレアは言葉を続けた。

「以前エルダスは、一つの〝裏ダンジョン〟とやらの攻略に、数ヶ月を要していた。その間、一度としてダンジョンの外に出る事なく、だ」

食料。寝床。疲労。消耗品。

ありとあらゆる必需品の関係上、ダンジョンでの滞在は長くても一度に一週間以上は滅多な事がない限りいない。

というより、いられない。

それが俺達の中にもある常識だ。

故に顔が引き攣った。

それは、あり得ないから。

「流石にそれは信じられない」

俺は即座に否定した。

こちらを安心させる為の嘘と認識してしまった方が余程、納得出来る。

「信じなくても構わん。私はただエルダスから聞いた話をそのまま伝えているだけだ。だがなアレク・ユグレット。信じられないならどうするんだ? 犠牲を払ってどうにかなるなら払えばいい。だが、今は払ったとしてもどうにもならない。違うか?」

残されている選択肢は一つだけ。

こちらに目ぼしい手掛かりがない現状、今はメレアの提案を受け入れる以上のものがない。

信じられるか、信じられないかではない。

どちらにせよ、手掛かりを追うしかないのだ。

そう頭では分かっていても、今はその行為が遠回りにしか思えなくて。

「……まあ、あえて神とやらが誘致するような場所であろう? なら、ある程度そこの男の言葉は信用出来そうじゃがな。少なくとも、ユースティティア・ネヴィリムやカルラ・アンナベルを嵌めれるような奴が、生ぬるいものを作るとは思えぬ。ダンジョンから出てこなかったのではなく、出て これなかった(、、、、、、) 。そうとも考えれば辻褄が合うと思わんか?」

故に、エルダスはメレアに本当の奥の手を共有していなかった。

最後の最後まで、使いたくなかったから。

「…………」

アヨンの言葉を受けて、俺は閉口した。

一応の納得が出来てしまったからこそ、その上でと俺は言葉を続ける事にする。

「……一つ、いいか」

時間にして数秒の沈黙を挟んでから、俺はメレアに問い掛ける事にした。

「なんであんたが、こうも協力的なのか。その理由を聞かせてくれ」

「……。最低限の、義理くらいは果たしてやろうと思った────と、言えたら良かったのだがな。答えは単純だ。私はまだ、エルダスから報酬を受け取っていない」

「報酬……?」

「〝迷宮病〟の元凶。その答えを、私はまだ聞いていない。だから、まだエルダスに死なれるのは困る。ゆえに、こうして質問に律儀に答えてやっている。これで満足か?」

決して善意などという曖昧な理由ではなく、己の目的の為にもエルダスに死なれると困るのだとメレアは口にした。

「……分かった。そういう事にしておく。それで、そこまで言うんだ。心当たりはあるんだよな」

「おいッ、アレク! 本気でこんな奴を信用する気かよ!? 理由だって、取ってつけたようなもンじゃねえか!」

敢えてエルダスに聞かずとも、その元凶はメレアが既に対峙したであろう存在である事なぞ、彼自身が一番分かっているはずだ。

だからこそ、オーネストはいけしゃあしゃあととぼけたメレアは信用出来ないと抗議しているのだろう。

「ああ、だから今は信じようと思う」

「はあ?」

「騙すつもりがあるなら、もっと上手く嘘をつけたはずだ。何年とオリビアの前で取り繕えるような人間が、疑って下さいと言わんばかりの理由を口にする訳なんて決まってる。こいつは、自分の言葉を信じて貰わなくてもいいと思ってるんだ」

寧ろ、疑ってくれとすら思っていると考えた方が良いだろう。

でも決してそれは場を混乱させたい訳ではなくて。

「信じようが信じまいがどちらでもよくて、こいつはただ、それを伝えたって事実が欲しいだけだよ、多分な」

どれだけの言葉を尽くしたところで、俺達がメレアに全幅の信頼を寄せる事は絶対にない。

それを分かっているメレアは、その上で俺達の選択肢を一つ増やそうとしているのだろう。

そうする理由が、誰かしらへの義理か。

はたまた、先の言葉の通りなのかは分からないが、それでも聞くだけならばただである。

何より、今は業腹ではあるが俺の言葉を受けて、満足そうに表情をくしゃりと動かすメレアの言葉以上の手掛かりがどこにもなかった。

「私の知る限り、現時点において〝裏ダンジョン〟についての詳細を知っている可能性が極めて高い人物は二人だ。一人は、エルダスに〝裏ダンジョン〟の存在を教えた、神とやら。そしてもう一人は、【特区】にいる」

「【特区】だと?」

あまり聞き慣れない言葉に、思わずオーネストは聞き返していた。

特別禁止区域。

略して────【特区】。

だが、恐らく【特区】よりも冒険者達が挙って呼ぶ別名の方が俺にとっては馴染み深く、分かりやすかった。

別名────死んだ街。

「……あそこは、人が住めるような場所じゃなかったと思うんだが」

世界中に点在するダンジョン。

そして時折生まれる【アルカナダンジョン】と呼ばれる特殊ダンジョン。

多くの冒険者と国の兵力が動員され、今でこそ攻略をされてはいるが、これまでずっと無事にダンジョンを攻略出来ていたわけでは無い。

時には失敗する事もあった。

その結果、ダンジョンから無数の魔物などが溢れ、周辺国は瞬く間に食い尽くされ、萎びた不毛の大地が出来上がった。

魔物が跋扈し、瘴気に満ちたそこを、ギルドと周辺国は規制し特別禁止区域────【特区】と名づけ、立ち入る事を禁じた。

「ああ。その通りだ。だが、色々と抱えている人間からすれば、【特区】ほど都合のいい場所もないと思わないか?」

後ろ暗い何かをする場合、誰も立ち寄ろうとすらしない場所の方が何かと便利だろう?

遠回しにそう告げるメレアの言葉は尤もであった。

同時、彼が挙げる人間がおよそまともな人間でない事も確定した。

「そこに、〝スカー〟と呼ばれている女がいる。恐らくそいつは〝裏ダンジョン〟についてある程度知っている可能性が高い」

「〝 傷(スカー) 〟? 色々と抱えてるっつーからどんな大罪人が出てくンのかと思えば、聞いた事もねえ名だな」

「無理もない。あいつの通り名は、それこそ山のようにあるからな」

「……【特区】を拠点にしてる人間が普通とは思わないが、本当にそいつは知ってるのか」

「安心しろ。〝スカー〟がただの裏の人間で。ただの知識人だったならば、ここで名前は出してない」

納得出来るだけの裏付けがあるという事か。

「時に君らは、〝闇ギルド〟における名持ちと呼ばれる他の人間の所在を知っているか?」

「唐突に何を言い出して────」

そこで、反射的に出てきた俺の言葉と思考が綺麗に止まる。

「……おい、まさか」

「誤解がないように今、伝えておこう。【特区】において〝スカー〟の異名で知られるそいつのまたの名を、ルナディア。テオドールから、〝強欲〟の〝呪術刻印〟を与えられていた女だ」