軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十三話 クラシア・アンネローゼとの再会

* * * *

『————やあ、少年。キミ、魔法に興味はあるかい?』

脳裏に蘇る過去の記憶。

遠い遠い、昔の思い出。

鈴を鳴らすような優しい声音が不意に思い起こされた。

そう言って、人懐こい笑みを浮かべながら幼少の頃の俺に声を掛けてくれた人は、エルダスという名の近所のお兄さんだった。

魔法学院に入る少し前。

俺は、彼から魔法の基礎や、それこそ魔法についてのほぼ全てを教わった。

キミには天性の才能がある。

そう言って、エルダスは毎日俺の世話を焼き、魔法を教えてくれた。

死んだ俺の母親に恩がある。

どうして俺に魔法を教えてくれるのだと、理由を問うと、エルダスは決まってそう答えていた。

日が暮れる頃に俺の下へやって来て。

親父が仕事から家に帰って来る直前に、エルダスは決まって俺の前から姿を消す。

変わった奴。

そんな、感想を抱きながらも、彼との時間は悪いものではなかった。寧ろ、ずっとずっと心地の良いものだった。もし俺に兄がいたならば、こんなものなのかと夢想した事もあるくらいに。

でも、俺がエルダスと関われたのはその一年だけ。丁度一年たったある日。

王都を出て行く事になったと悲しげな表情を浮かべながら俺に、

『……なぁ、アレク。もしなれる機会に恵まれたとしても、宮廷魔法師にだけはならない方がいい』

消え入りそうな声で、そんな一言を残して別れてしまったエルダスの言葉が、十年以上経った今でも未だに忘れられない。

きっと、俺が宮廷魔法師の道を選んだ理由は、それも関係していたからなんだと思う。

その言葉が 痼(しこり) として俺の中に残ってしまっていたせいで、周りからの反対を押し切って、宮廷魔法師になった。

親父が俺の重荷になりたくないからと早々に王都を離れて尚、宮廷魔法師という地位にしがみ付いていた理由は、多分、そんな理由。

そして、あの時の言葉の意味を知りたくて、調べて。やがてたどり着いてしまった答え。

十年近く前に俺と同じく、魔法学院を首席で卒業し、宮廷魔法師になった者の中に、エルダスという名前を見てしまったせいで、余計に逃げられなくなった。

ずっと昔に俺に投げ掛けられた言葉の意図を知ってしまった俺は、ならばと宮廷を変えてやろうと思った。

エルダスとの出会いのお陰で今の俺がある。

ただただ、恩を受けただけの身だったからこそ、ならばと思った。でも、俺が出来る事なんて微々たるもので。

結局、何も出来ず終い。

己の意思で逃げる事だけはするものかと。

そんなちっぽけな意思だけは何とか貫き通したつもりだけれど、所詮はこんなもの。

得たものは宮廷魔法師にしがみ付いていられるようにと身に付けた処世術くらい。

だからこそ————ああ、本当に、 嫌になる(、、、、) 。そして、思うのだ。

あの時、本当に、俺はヨルハの手を取って良かったのだろうかと。宮廷魔法師になると言い、周囲の人間の反対を押し切った人間の成れの果てがこれだ。

……ひどく自分が滑稽に思えた。

現実味のない感覚の状態のまま、下唇を噛む。

口の中に広がる血の味。

でも、その程度の痛みでは気の紛らわしにすらならない。

無性に自分自身に腹が立って。そして、そして————。

「————アレク?」

……そして、その一言のお陰で現実に引き戻された。際限なく湧き上がっていた筈の自責の感情が、蜘蛛の子を散らすようにひいていく。

ミーシャからひと通り話を聞いた後、椅子に座ってオーネスト達を待っていたつもりだったのに、いつの間にやら意識が飛んでいたらしい。

ゆっくりと目を開くと、深黒の瞳と目が合う。

覗き込むように顔を近づけ、物珍しそうに俺の顔を観察していた人物に心当たりがあった。

「……クラシア」

「お、やっぱり本物じゃない。ヨルハってば、アレクを本当に引き抜いてこれたんだ。中々にやるわね」

然程驚いた様子もなく、ただ若干声を弾ませて言葉を返してくる降り始めのしずり雪を想起させる銀と白が入り混じった色の髪の女性——クラシア。

「それで、バカとヨルハは?」

「向こう。此処にいないのなら、まだギルドマスターの話を聞いてるんじゃないかな」

「そ。ならいいわ」

バカが指す人物は言わずもがなオーネストである。オーネストがいるのであれば彼女は間違いなく向かわないだろうと分かってはいたけれど、一応、クラシアも行って来たらどうだ。

そう口にする前に、彼女は側に置かれていた椅子に腰を下ろした。

「口元、拭いたら?」

「ん?」

「血。出てるわよ」

夢の中での話かと思っていたけれど、どうにも実際に唇を噛みしめ、血を流していたらしい。

道理で血の味がすると思った。

「嫌な夢でも見た?」

「……どうだろ?」

「四年経っても相っ変わらず、嘘が下手ね。ま、言いたくないなら別に言わなくても良いし、詮索なんて面倒臭い真似をする気はないけれど」

————でも、明らかに酷い顔をしてるわよ。今のアレク、幽霊を見たって騒いでた時のヨルハみたいな顔してる。

「なんだそれ」

物凄く分かりにくい例えをされた筈なのに、どうしてかすぐにどんな顔なのかが脳裏に浮かんだ。

ヨルハは怒るだろうけれど、つい、顔がほころんでしまう。

「……ま、酷い顔をしてたって事だけはよく分かった。オーネストに見つかる前で良かった」

手の甲で口元を拭い、そして笑う。

オーネストは、あれでも良いやつだ。

ただ、遠慮とは無縁の性格だから、ずかずかと何でもかんでも聞いてくる。

それがあいつの性格だからと俺は割り切れてるから嫌悪といった感情は抱かないけれど、それでも、言いたくない事の一つや二つは俺にもある。だから、見つかったのがクラシアで良かったと思った。

やがて場に降りる沈黙。

「…………」

完全に言葉に詰まってしまっていた。

四年ぶりなんだし、クラシアとも何か話せれば。そう思っていた筈なのに、うまいこと言葉や話題が浮かんでこない。

そして、クラシアはクラシアで気を遣ってくれているのか。

彼女も言葉を発しないせいでめちゃくちゃに気まずい。

————……頼む、早く戻って来てくれ。

このいたたまれ無い空間を何とか打破すべく、ヨルハとオーネストの帰還を求める俺の願いは天に通じたのか。

数分もしないうちに、ヨルハ達が入っていたであろう部屋のドアが開かれる。

そしてぞろぞろと出て来る冒険者達に紛れて、ヨルハとオーネストの姿もそこにあった。

程なく、

「————げっ」

引き攣ったオーネストの声が聞こえて来る。

視線は俺のすぐ側——クラシアに向けられていた。なんでお前がいるんだよ。

そう言わんばかりの奇声であった。

でも、それも刹那。

「オイ、アレク。準備が整い次第、ダンジョンに向かうぞ。通行証の件は特例でもう既に許可が下りた」

明日までに。

レヴィエルからそう聞いていた筈の深層に進む為に必要とされる通行証の件は許可が下りたと、オーネストが言う。

「……準備が整い次第って、今からって事?」

事情を何も知らないクラシアはオーネストの発言に眉を顰めて問い掛けるも、返ってくるのは当然だろと言わんばかりの不敵な笑みだけ。

「本当はダメだって話だったんだが、ジジイが偶然にも〝タンク殺し〟のダンジョンの〝 核石(コア) 〟を持ってたみたいでな。つーわけで、オレらのパーティーも行く許可をもぎ取ってきた。向かう先は64層。くくくっ、アレクが戻って来て早々楽しくなって来やがったぜ、なぁ!?」