軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百二十七話 一つの終わり方

* * * *

「────テオドールの事だ。吾輩が介入する可能性もちゃんと考えていただろうよ。あいつの執着心の酷さは吾輩がよく知っている。望んだ結果を得る為ならば、どれ程の努力だろうが犠牲だろうが惜しむまい。だから、あえて吾輩はテオドールの罠に掛かる事にした。そうでもしなければ、骨なのでな」

それはタソガレが禁術を行使した直後の事。

誰にも己の考えを共有する事なく、ものの見事に罠に掛かったタソガレは、悲惨な現状には目もくれず、無機質な声音で淡々と言葉を口にする。

現状を言葉で表現するとすれば────爆心地といったところか。

巻き込まれた人間からすれば、てめえふざけんなと言いたいところであったが、それでも腐っても〝大陸十強〟。

己らの人的被害が見受けられないが故に不満を顔に出しながらも口にされる事はなかった。

「……なるほど。と、言いたいところだが、その考えも見越して対策を立てるのがテオドールって男な気もするんだが」

タソガレを除いて唯一、テオドールと対峙した経験のあるヨハネスが口を挟む。

しかし、その問いに対して返ってきた言葉は、あまりに突飛なものだった。

「うむ。故に、吾輩を含め貴様らには一度 死んで貰った(、、、、、、) 」

「────は?」

場にいたタソガレを除く 全ての人間(、、、、、) ────グランとヨハネスの 二人(、、) の声が綺麗に重なった。

「尤も、見せ掛けの死だが吾輩の本気の偽装は、早々バレんよ。テオドールも流石に、寸分違わない死体まで用意されては警戒心を緩める他あるまい。見事なものだろう? 丁度、良い被検体────もとい、助手がいてな。完成度には自信がある」

一瞬だったが、グランに向けられた視線。

加えて隠そうともしない失言らしきものを前に全てを察した彼は喚き散らす。

「はぁ!? て、んめ、聞いてねえぞ!? おれの身体に何しやがった!?」

「まさか、吾輩が貴様を無償で助けたとでも思っていたのか? 知っているだろう? この世において、タダより高い物はないと」

正論過ぎる言葉を前に、目を血走らせて叫んでいたグランは「それを分かっていたからこうしてさっさと恩返ししてやろうとしたんだろうが」という言葉をどうにかのみ込んで表情を歪めた。感情任せに殴りかからない理由は単純明快で、勝てないと分かっているから。

痛い反撃を食らうと知って尚、怒りを叩き付ける程グランも馬鹿ではなかった。

そんな側で、精巧に作られた己の死体を見詰めながらヨハネスは口を開いた。

「……〝 大陸十強(お前ら) 〟の規格外さはこれでも分かってるつもりだったが────どうやら、まだ分かってなかったらしい」

「その事実を否定をする気はないが、だが、貴様には羨ましく映るやもしれん 規格外さ(力) も、存外碌でもないものだぞ?」

「碌でもない?」

「どうやらカルラから何も聞いてないらしい」

聞き返すヨハネスに対し、タソガレは顔に悲壮をほんの一瞬だけ滲ませて────無表情に戻しながら紡ぐ。

「ならば、吾輩が代わりに忠告をしておいてやろう」

淡々と、出来うる限り感情を殺して力を持つ事が必ずしも幸福に繋がる訳でないとタソガレが語る理由は、ヨハネスが何処となく己と似ていると感じたからなのやもしれない。

「半端に力があると、良い線まではいく。けれど助けるまでは辿り着けない。半端に力があるせいで多くを知れる。けれど知れるだけで変えるまでは出来ない。半端に力があったから凡その解決策までは辿り着ける。けれど肝心の力は足りなくて絶望と罪悪感だけが残る。痼のように、いつまでも。いつまでもな。まあ全能の力であれば、話は違ったのだろうがな」

いやに感情が込められた発言であった。

聞いた人間は、それがタソガレが実際に経験した事だとあまりに容易く見抜くだろう。

「力がある事は……きっと良い事だ。ただ吾輩は、そのせいでもっと大事な事に気付けなくなったから、少しだけ憎いのだろうな」

断言を避けた理由は、規格外と呼べるだけの力を持ちながら、何も守れず、何もかもを彼自身が取りこぼした人間だったからだろう。

己自身が碌でもないと思っているが故にそんな感想が出てしてしまう。

「吾輩一人でどうにかする。どうにか、なる。そう思った結果がこのザマだ。こうして後悔だらけのクソ野郎の出来上がりよ。だから、吾輩を羨むもんじゃない」

「……どうして、そんな話をおれに?」

無口な人間ではないだろう。

ヨハネスの予想が正しければタソガレという男は間違っても饒舌な人間ではないはずだ。

だから、気になった。

「何というか、貴様からは吾輩とよく似た匂いがする。だからこれは、そう。言ってやっただろう。善意の忠告という奴だ。選択を誤って欲しくないと願う先達からのな」

そう告げて、タソガレはヨハネスに一風変わったポーションを押し付けた。

「────頃合いだ」

「それはどう、いう」

「今から貴様を、テオドールがいるであろう場所に送る。息子が重傷を負っていたらこれを使ってやれ。その後の選択は────貴様が決めるんだな」

「ちょ、待て────おいッ」

逃がすもよし。

背中を任せるもよし。

出来れば後悔しない選択をしてくれよ。

一方的にその言葉を押し付けて、タソガレはヨハネスを転移魔法を用いて送った。

「……あんたらしくないな」

「吾輩がここにいるのは、罪滅ぼしが理由だ。ホムンクルスの件も含めてな」

「なるほど」

タソガレの言葉に、グランは納得する。

ヨハネスもテオドールに恨みを抱くうちの一人。だからああしていらぬ世話を焼いて手を貸したのだろう。

「なら、 あの二人(、、、、) がこの場にいないのも、罪滅ぼしが理由なのか? ────ぃや、二人じゃなくて、一人か」

「ああ、そうだな」

この場にいた筈の二人────ローゼンクロイツとチェスターの姿は何処にもなかった。

ただグランが言い直したように、そのうちの一人であるチェスターの姿は漸く視界に映り込んだ。

瞳に憤怒を湛え、光の如き速さで以て一直線にタソガレへと向かい、そして瀑布を想わせる音を伴ってチェスターはタソガレの胸ぐらを掴み上げ地面へ叩きつけた。

「て、めえ────ッ!!! ロゼを何処へやった!? 答えろ!!! 今すぐに!!!」

人を射殺さんばかりの眼光を浴びせながら、詰問が始まる。

見せ掛けの死体の存在に気付いたのだろう。

激昂するその姿はタソガレによる殺害の線も考慮にあるように思えるものだった。

「あの男が望んだ場所に、吾輩は送っただけだ。吾輩は貴様がロゼと呼ぶあの男にも負い目があるのでな。心配するな。死んではいない」

嘘ではない。

その負い目を清算するにあたって、チェスターの存在は邪魔だったのだ。

だから、罠に掛かるタイミングでタソガレは二人を引き離した。

わざと攻撃を受けて死を偽装した理由には、ローゼンクロイツを転移させる為というものもあった。

「なら今すぐに俺チャンもそこに送れ」

「それは出来ない」

タソガレの即答を前に、無言でチェスターは手をあげる。しかし、研究者離れした反射神経で、タソガレはその一撃をいとも容易く防いでみせる。

痛めつけるという方法で自分の意見を強引に通そうとするチェスターに、タソガレはただ只管、言葉を向ける。

「それをしてしまえば、あの男の望みが叶わなくなってしまうからな」

「……あの自己犠牲を、てめえは肯定するってか」

チェスターからすれば、最早タソガレは敵にしか見えていなかった。

ローゼンクロイツが語った自己犠牲を許容するという事は、彼の死を受け入れ望んでいるとも取れるから。

「結果的ではあるが、そうなるな」

取り繕いすらしなかった。

本来ならば誠実と取れるその発言も、事この場に限って煽りとしか捉えられない。

「ふざ、ッ、けんなぁぁぁああああああ!!!!」

貴様程度が立ち塞がろうと、障害にすらならないと告げられた錯覚に陥って、チェスターは更に激昂した。

「てめえは、てめえはッ!!! 苦しみ続けた人間に、最期まで苦しんで死ねと、そう言うのかよ!?」

「それが、あの男の望みだ。贖罪である以上、であるならば吾輩に是非はない」

そもそもの優先順位が違う。

だからどうしようもなく話が噛み合わない。

善悪の判断などタソガレからすればどうでも良いのだ。

たとえそれが理解に苦しむものであろうと、相手への罪滅ぼしになるならそれで。

ただタソガレ自身、ローゼンクロイツの行動に理解を示せる立場であった。

故に思ってしまう。

このままではあまりに彼が 報われない(、、、、、) と。

その感情が、小さな節介を焼いた。

「ただ一つ聞くが、貴様は本気であの男が自分の血脈に刻み込まれた義務感の為に命を捨てるとでも思ってるのか。苦しむ道を選ぶとでも思ってるのか。そもそも、あの男の末路が苦難に満ちたものであると。それを理解した上で、義務を果たす為に犠牲の道を歩まされているとでも言っていたのか」

防がれ続けていたものの、せめてもの反抗として力を込め続け、震えていたチェスターの右拳の動きが鈍化する。

「そんなもの────」

決まっていた。

己自身を犠牲に、命を消耗させて国を存続させる行為が苦痛でない訳がない。

ロゼの本心である訳がない。

頭ではそう思っている筈なのに、何故かチェスターの口は言葉を紡ぐ事をやめていた。

「そんな、もの」

言いたい言葉は決まっているのに、どうしてか発せられない。

タソガレが小細工でも弄したのかと一瞬だけ思いはしたものの、それが違うとすぐにチェスターは理解する。

答えは────彼自身が一番分かっていた。

頭では否定している。

けれど脳裏に焼きついた何処か嬉しそうにこの世界を守りたいと口にするローゼンクロイツの表情がどうしようもなく邪魔をしていた。

やがて考えて、考えて。考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて。

「……そうじゃなきゃ、おかしいだろーが」

漸く出てきた言葉は、懇願にも似たそんな言葉だった。攻撃の手も、力無く止んだ。

彼は、誰よりも救われたい人間な筈なのだ。

なのに、あえて苦しむ道を選ぶ理由など、誰かしらから強要されている他に普通は思いつかない。

「そうであってくれなきゃ、おかしいんだよ」

まさか。

まさかまさか、最後の苦しみを受け入れる理由が、己の生を奪った筈の チェスター(男) の為であるなど到底受け入れられる話ではないから。

何度も言い聞かせる。

でも、彼の言葉はどうやっても消えてはくれなくて。

「だから、俺チャンがもう一度確かめる」

ローゼンクロイツと言葉を交わして、もう一度だけ。

「場所を吐け、タソガレ。それと、ロゼが何をしようとしているのかもだ」

「…………」

言葉を受けて、悩みあぐねていたのだろう。

ややあった後、タソガレは観念するように口を開く。

応じた理由はチェスターの瞳の奥に、これまでとは違う感情を見たからか。

「答えられるのは、後者だけだ。前者はどうせ、貴様の独力でもどうにかなるだろう」

タソガレの言葉に、チェスターは否定しなかった。彼の言うように若干の負担さえ許容してしまえば探す事は事実、可能であったから。

「あいつは、メイヤードの維持の為に命を使い切ろうとしている」

「維持は不可能と言っていただろーが」

「不可能だ。不可能だがそれはあくまで、吾輩が行うなら、という話だ」

言葉遊びの一種。

真実を口にしながら、意図的に相手に誤認させるそのやり方はチェスターにとっても馴染みのあるものだったが故に「……ぁぁ」という感想が真っ先にやって来ていた。

「吾輩は、今度こそ時間を巻き戻す禁術を使う。だが、その禁術はメイヤードを対象にするのが精一杯。けれど果たして、今この場所はメイヤードと呼べるのだろうか」

どういう意味だ────と言葉を続けようとしたチェスターは、決して察しの悪い男ではなかった。

だから程なく言わんとする事を理解した。

周囲が明滅し、〝 楽園(エデン) 〟と入れ替わろうとしているこの状況。

まるで半分だけメイヤードというこの状況では、無理だと彼は言っているのだ。

それこそ、本来のメイヤードの状態を維持してくれない限り。

「だから、メイヤードを維持した状態で使う必要があったのだよ。そしてそれが出来る人間は」

「────ロゼだけってか」

「ああ。そしてあの男は、それを察していた。この択がある事を無くしたと見せかけなければ間違いなく邪魔が入っただろう。テオドールも貴様と同様、目や耳が良いからな」

「…………」

ロキに地獄耳と呼ばれていたチェスターの聴力であったが、それはロキの予想通り魔法によるものであった。

死の偽装はそれ故でもあったのだ。

「────……だが、あんたが出来ない事を、あの包帯の男が本当に出来るのか」

タソガレの力量はグランが一番知っている。

腹立たしい男ではあるが、それでも力だけは確かなものであると理解している。

だからグランは、彼が出来ない事をローゼンクロイツならばやり遂げられるという可能性に疑問を覚えずにはいられなかった。

直後、間髪いれずに言葉がやってくる。

「出来るだろーよ」

チェスターは肯定する。

「ロゼは、メイヤードを維持させる為にだけ生まれてきた。知識だけなら頭の中に全部備わってる。そう、俺チャンは聞いてる。絶対とは言えないが、可能性なら一番あるだろーよ。この事に関しては一番、な」

クソッタレな言い方をすれば、これはロゼを除いて誰にも出来ない事でもある。

彼のあの性格だ。

義務感に駆り立てられているのだろう。

自分がどうにかしなければいけないと決めつけて、進んで身を削っているのだろう。

その先に己の幸福など欠片もないというのに。

「俺チャンは、お前が嫌いだ」

チェスターから唐突に告げられた嫌い宣言。

「こうなると分かっていた癖に、贖罪と言いながらロゼを死に追い込んでやがる。そこに、罪悪を感じながらも、それがお前の選択なら仕方がないと理解を示して、死へのレールを敷きやがる。そうするしかないと諦めているから」

考え自体、間違ってはいない。

それがローゼンクロイツ本人の他でもない願いであり意志なのだから。

でも、その理解が素晴らしいものだとしても、彼を大切に思う人間からすれば、反吐が出るものでしかなくて。

まるで、一度それを体験し────どれだけ手を尽くしても止められなかったからと言わんばかりの諦念を瞳の奥に湛えたタソガレに向けて、叩きつけるようにチェスターは言葉を吐き捨てる。

「きっとそれは、正しいんだろーさ。でも、それを俺チャンが受け入れるかどうかはまた別の話だ。だから、俺チャンは俺チャンのやり方でどうにかさせて貰う。それだけだ」

もう語る事はない。

そう言わんばかりに告げ────チェスターは背を向け姿を消した。

「……いいのか。止めなくて」

チェスターがローゼンクロイツを強引にでも止めれば、どうにもならなくなってしまう。

グランはタソガレに意見を求めるも、彼は首を横に振る。

「吾輩は、あいつとは違って 死を許容した(見捨てた) 側の人間だ。止める資格など、もとより無い」

瞳を閉じたタソガレの瞼の裏には、かつて彼自身が助けられなかった女の姿があった。

* * * *

そして、現在。

「────ここからは、おれが代わろウ」

テオドールとの戦闘によって轟音が響き渡る中、突如として現れた包帯の男────ローゼンクロイツがクラシア達に声を投げ掛けた。

「貴方、だれ?」

許された処理リソースの殆どをメイヤードの修復の為に注いでいるからだろう。

どうにかクラシアの口から出てきたのはその一言だけだった。

全身が包帯に覆われた明らかな不審者然とした男。この状況下ならば有無を言わさず攻撃を行っていても可笑しくなかったが、それでも対話を試みたのは彼から敵意が欠片も感じられなかったからか。

はたまた、覚えがあったからか。

「……ぃや、待って。貴方────」

程なく、クラシアが気付く。

少しばかり見た目に変化はあるが、彼こそがあの時、ダンジョンの深層にあった結晶に閉じ込められていた人間であると─────。

故に制止を叫ぼうとするも、それより先にローゼンクロイツの行動を阻害するように足下が凍りつき、多重に魔法が展開される。

行使した人物はガネーシャとロキであった。

「おれの名前は、ローゼンクロイツ・ ノステレジア(、、、、、、) 。お前達に分かるように説明するなら、ノステレジアとしての義務を果たしに来タ」

敵意はないとばかりに手をあげながら、突として襲い掛かった攻撃に彼は眉一つ動かさずに言葉を発した。

「ノス、テレジア」

どうにか搾り出したかのような声音で、ワイズマンは反芻する。

覚えがあったのだろう。

虫喰いの穴だらけの彼女の記憶の中で、その名前は一際存在感があった。

だからこそ、どうしようもなく顔が歪む。

ノステレジアが、一体何をしたのか。

包帯の奥から見受けられる凄惨な傷痕は、今し方彼が口にしたノステレジアとしての義務のせいだろう。

ワイズマン自身が錬金術師だからこそ、ただの傷痕ではなくそれが実験の結果であると瞬時に見抜けてしまった。

「────……恨んでいないのか」

「その手は……『賢者の石』だナ。凡そ理解しタ。そうカ。貴女はワイズマン、カ」

ローゼンクロイツは察しの悪い男ではなかった。足りない情報を己の頭の中で補完する事で、その答えに辿り着ける程度には聡明だった。

「恨んでいるとモ」

「…………っ」

「他のノステレジアも、そういう気持ちだっただろうヨ」

感傷は抱けない。

脈々と受け継がれてきた情報に成り下がった記憶はあるが、家族としての情などは生まれたその瞬間より孤独だったが故に何もないからだ。

「何故おれ達は、普通の幸せを得られないのに普通の幸せを得られている人間の為に犠牲にならなければならないのカ。とナ」

至極当然の言葉だった。

「だからおれは、この呪われた運命を変える事がノステレジアとしてのおれの義務だと思っていタ。自由になる事が、おれの使命だと思っていタ」

そうする事で不幸に見舞われる人間は必然的に生まれるだろう。

罪悪感に潰される事になるかもしれない。

でも、それでも良いと本来は思っていた。

「思って、いたのだがナ」

自嘲気味に、笑った。

「ある日、夢見がちな男に出会っタ」

身動きが取れない筈のローゼンクロイツは、僅かな労力すら感じられない様子で、前へ一歩歩き出す。

拘束する氷を砕いて、一歩。また一歩と。

絡繰すら分からないその光景を前に誰もが絶句した。慌てて次の魔法を発動しなかった理由は、他の人間が巻き込まれる距離にあったからか。はたまた、彼から一切の敵意を感じられなかったからか。

「馬鹿な男だっタ。この国を変えたいと願い、挫折を繰り返す馬鹿な男だったヨ」

世の行く末を憂いたが故に、自分の力でどうにかしようと足掻く勇敢な若者だった。

「おれに人の感情は分からなイ。だから、チェス坊の気持ちはあまり分からなかっタ。でも、それが尊い物であることだけは理解が出来タ」

国を変えたところで既に失ったモノは何一つとして帰ってこない。

自分が得られるものなど微々たるものだろうに、何もかもを犠牲にして奔走する理由が分からない。

友との約束如きの為に身を削る理由が分からない。

ノステレジアという男が、ワイズマンとの約束の為に、全てを捧げた理由が分からない。

それは、結局最後の最期まで分からなかった。理解するには、あまりに時間が足らなかった。

だから、自分自身でも不思議だったのだ。

どうして己はあの時、チェスターを助ける為に犠牲になる道を選んだのか。

衝動的でしかない行動の理由がいまだに分からずにいた。

「ただ今なら少しだけ、分かる気がすル」

陣の真ん中で今も尚抗い続けるクラシアとヴァネサの側へと辿り着き────彼女らを慈愛を湛えた瞳で見詰めながらローゼンクロイツは口角を曲げた。

「己の命を賭しても良いと思える程に、大切だったのだろうナ」

チェスターにとっては、友との約束が。

かつてのノステレジアにとっては、ワイズマンの夢が。

ローゼンクロイツにとっては、不器用で仏頂面ばかりする損な性格をした 夢見がちな男(チェスター) が。

クラシアにとっては、アレク達との約束が。

ヴァネサにとっては、クラシアが。

「だから、恨んでいタ。が、正解だろうヨ」

肩越しに振り向いて、ワイズマンに言う。

「こんな人生じゃなければ、チェス坊には会えなかっタ。こんな感情を抱く事は出来なかったやもしれなイ。だからワイズマン。おれに、そんな目を向けるナ。おれは、憐れじゃなイ」

クラシアとヴァネサを押し退けて、ローゼンクロイツは人の真ん中に立ち天井を見上げた。

「だからおれは、おれの意志でメイヤードを維持させル。そこにワイズマンは関係なイ。先祖も、多くの民も、お前らも、全部関係なイ。おれはただ、たった一人の友と過ごした場所が消える事が忍びないから、維持させル。これは、おれの役目ダ。誰にも譲らなイ。だから、その命はまだ 取っておけ(、、、、、) 」

クラシアは目を逸らした。

化物と称すべき圧倒的才能。

けれどもその負担は計り知れず、最後まで続ければ間違いなくクラシアは落命する。

その未来は避けられないと見越した上での発言だった。

そんなクラシアを生かす為に、己の負担を増やし己の犠牲を許容していたヴァネサの考えも全て。

「向こうも、上手くやってくれるといいんだガ」

ローゼンクロイツは陣に触れた。

血液が巡るように、周囲が発光を始める。

メイヤードを維持させる為に、彼が命を使い潰そうとして。

「────いいや、だめだ。それは、俺チャンが認めねえ」

しかし、それに待ったを掛けた人間がいた。

喘鳴を無理矢理隠しながら、何処から聞いていたのか。

チェスターは声を上げた。

「チェス────」

真っ先にロキが反応する。

だが、彼を止めるより先にチェスターはローゼンクロイツの隣へと移動を果たしていた。

「万全の状態のお前ならどうにかなっただろーが、今は違うだろ。それに、メイヤードの状態も普段とは違う」

クラシア達よりは可能性はある。

それでも、確実性に欠けるとチェスターは言う。

「……だとしても、おれはやル」

強情なローゼンクロイツの言葉を前に、チェスターは溜息を吐く。

程なく、悲しそうに破顔をして

「だろーな。お前の性格は俺チャンが一番知ってる」

一度決めたら、テコでも動かない。

そんな似たもの同士である事はよく。

「だから、それがお前の意志なら俺チャンが手伝ってやる。お前の手伝いが出来るとすれば、全てを模倣出来る俺チャンを除いて存在しねーからよ」

証明をするように、チェスターはローゼンクロイツの模倣を行う。

陣を巡る輝きが、一際大きくなる。

だがどうしてか、比例してローゼンクロイツの表情が歪んだ。苦虫を噛み潰すそれである。

「……弔いだった。言い訳をする気はねーし、正当化する気もねー。ただ、嘘偽りなく答えるなら、全ては俺チャンなりのロゼへの弔いで、罪滅ぼしだった」

その言葉は、既に信用を得ているローゼンクロイツに向けてではなく、欠片の信用すらないクラシア達に向けてである。

今回の一件。

全ての元凶はチェスターにある。

そんな人間が、何かを守る為に行動するなど普通は信用できる筈がなかった。

「クソがつくほど臆病で。鈍臭くて。お節介で。口下手で。デリカシーなんて微塵もねー癖にお人好しで。そんでもって、『普通』の『幸せ』に憧れてた奴を、俺チャンは死なせた。よりにもよって、こんな救えねー 俺チャン(ゴミ) を助ける為にだ」

居心地が悪そうに髪を掻き上げ掻きまぜる。

「……本当ならロゼを連れて何処かに逃げてしまいたい。でもロゼは、それを受け入れねー。だから俺チャンはせめてロゼの意志を尊重しようと思う。どの口がって話ではあるがな」

自虐に笑いながら、

「一人じゃ無理でも、二人ならどうにかなるもんだ。たとえ今度こそ本当に死ぬとしても、一人は怖くても二人なら、まだマシだろ」

どうにか取り繕っていたものの、心なし身体を震わせて格好つけを台無しにしていたローゼンクロイツに向けてチェスターが笑う。

仮面ではない心からの快活な笑み。

「……チェス坊には死んでほしくないんだガ」

「それを言うなら俺チャンはロゼに死んでほしくねー。二度も目の前で死なれるのは御免被る」

「……お人好しガ」

「お前にだけは言われたくねーよ」

似たもの同士の会話だった。

「罪滅ぼしって訳じゃねーが、最低限はもたせてやる。だから、行ってこいよ。クラシア・アンネローゼ。てめえらは四人で一つなんだろ」

「……よく知ってるのね」

「情報を集めるのが癖なもんでね。まあ、情報屋じゃあねーが」

最後の最後まで情報屋である事を否定するチェスターに背を向けて、クラシアは駆け出した。

「────で、てめえらは見張りってところか? でも心配すんなよ。この通り、 その必要はねー(、、、、、、、) 」

チェスターは、そう言って己の右半身を見せつける。まるで砂で出来た城が風化していくように、崩れ去る腕があった。

「これだから奥の手は使いたくなかったんだが……まあ、相応の代償だ」

「チェスターお前…………死ぬのか?」

「〝 固有魔法(オリジナル) 〟程度なら、寿命を削る程度でどうにかなっただろうが、これは無理だなあ? ロゼと負担を折半にしても死は避けられねーよ」

メイヤードの維持をする。

この国をぶっ壊そうとしていた人間とは思えない理由で命を捨てようとしているチェスターは、確実に死に近付いているというのにあっけらかんとしていた。

どころか、幸せそうに笑う。

「意外と、こういう終わり方も悪くねー。悪人なりに、もっと光の差さねードブの底みてーな場所でボロ雑巾みてーに死ぬと思ってた」

悪人という自覚はあったらしい。

「それが、だ。隣にはロゼがいて。目の前にはロキがいる。大団円って訳じゃねーが、これから死ぬのには悪くねー。随分と掻き乱しちまったが、俺チャンは何一つとして己が起こした行動に後悔はねーし、間違ったとも思ってねえ」

メイヤードという国はなくなるべき。

その考えに変化はないと言い残す。

「だから、一つ頼みがある。ワイズマン」

「……なんだ」

「メイヤードをぶっ壊してくれ────とまでは言わねー。ただ、ノステレジアを〝贄〟とするこのシステムだけはどうにかしてくれ。てめえなら、それが出来るだろ」

「……絶対、という約束は出来ない」

「出来ねーと言わねえだけマシか」

会話が打ち切られる。

程なく、視線はワイズマンからガネーシャ、ヴァネサとロキへ。

「それと最後に……一つだけ。利用されていた俺チャンが言うのも変な話なんだがよ、出来ればでいいんだ。難しい事は俺チャンが一番分かってるから。でも出来れば、どうか。どうか、あの野郎─────テオドールを楽にしてやってくれ。悪人である事に変わりはないが、あいつもあいつで、可哀想な奴なんだ」