軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百十五話 二度目のリミット

────……こいつ、楽しんでやがる。

僅かに吊り上がった口角。

問答無用に不意を打ってこなかった事。

それらの事実から俺はそう確信した。

目の前のアヨンという人間は、この状況を間違いなく楽しんでいる。

言葉の端々に、苛立ちめいたものを滲ませてこそいるが、同時に愉楽に弾んでいるようにも思える。

きっとそれは、彼女の本質に関係しているのだろう。

元より、アヨンは〝英雄願望者〟。

その想いに、後悔など一切ないと口にしていた。恐らくは、未だ不変であるのだろう。

彼女の行動指針。切実な想望とは、突き詰め、切り捨てて行けば、最後に残るのは間違いなくソレただ一つである。

故にこそ、ある程度の理解が出来た。

彼女の求める英雄像とは、誰もが知る都合のいいヒーローそのもの。

例えば、絶体絶命の窮地にて、揺るぎない意志と信念で全てを覆せてしまうような。

…………そして現実、そうでもしなければこの状況はどう足掻いても覆せない事だろう。

だから、彼女は思っている筈だ。

己の 絶命(敗北) であっても、それが〝英雄〟が生まれる足掛かりとなるならば、寧ろそれは望むところであると。故に超えられるものならば、超えてみせろ。

どちらに転んでも、己としては問題ないと。

だからこそ、この展開を楽しんでいるのだろう。

本当に、ふざけるなと言いたくなる。

魔力は底をつき、怪我が回復したからと言って疲労までが消えた訳ではない。

既に、勝敗は決しているとも言っていい。

でもだからと言って、諦める訳にはいかない。全てを諦念し、絶望するのは何もかもが使えなくなってからでも遅くはない。

頭は働く。

手は動く。

足も動く。

得物だって、ある。

劣勢である事に変わりはないが、それでもどう足掻いても覆せない程では────ない。

俺はオーネストほどではないけれど、強くなりたいという感情は多分にあった。

そして、もしもの時、大切なものを己の手からこぼれ落ちさせない為にもと、剣を学んでいた。戦う手段は、まだある。

俺は手に、力を込める。

逃げ出す事すら許されないこの状況。

ならば、やる事は一つだけだろう。

至極単純な話だ。

死にたくなければ、戦え。

戦って、目の前の敵を打ち倒せ。

この劣勢極まりない状況で、物語の英雄のように。それこそが、アヨンの望む行動でもあると理解しながら、俺は親しみ深い言葉を紡ぐ。

「────〝 天地斬り裂く(シュヴァルト) 〟────」

「……おいおい、やる気かよ」

「あんたは下がっててくれ、グラン。ここは、俺がやる。それに、逃げられない以上、どっちかが相手をしなくちゃいけない。だったら、魔法がなくとも、 剣(これ) がある俺が残るべきだ」

身を以て知ったが、魔法師とアヨンの相性は最悪過ぎる。

尤も、剣士であっても相性が悪い事には変わりはないが、グランがアヨンを相手にするより俺が相手をした方が幾分かマシな筈だ。

そして何より、障害物らしい障害物のないこの場で、逃げるのはほぼ不可能。

だから、元より選択肢は俺が相手をする以外に存在しない。

「可能性を見せよと言いはしたが、この状況で戦意が折れぬとは大したものじゃな。実に勇ましい」

「……これ以外に道はないんだ。だったら、どれだけ低い可能性であっても賭ける他ないだろ」

悪態をつくように吐き捨てる俺の言葉を受けて、アヨンは破顔した。

本来であれば、世界を震撼させた大悪党〝逆天〟のアヨンは万全を期しても俺一人では勝てない相手。

それは単純な地力、実力差ではなく、もっと絶望的な根本的な────単なる相性の問題。

故に、勝ち目らしい勝ち目は殆どない。

抜かりのない下準備を行い、仲間達と共に全身全霊で挑んで漸く、掠れる程度に指先が届く。そのレベルの彼我の差があった。

だけれど。

「それに、絶体絶命のピンチってやつは、何もこれが初めてじゃない」

「ほう?」

「……ただ正直、頭の片隅ではもう諦めてる。勝てる訳がないと諦めてる自分もいる」

ここに、背中を任せられる頼もしい仲間達は、いない。

乗り越えてきたピンチも、みんながいたからどうにかなった。

今は、それがない。

だからこそ、諦めてしまっている自分もいた。自覚している。

だけど────だけど、だ。

「でも昔、教えて貰ったんだよ」

ずっとずっと昔。

魔法学院に通っていた頃。

強い人間を見るや否や、手当たり次第に勝負を挑むなんていう馬鹿げた事をしていたオーネストに教えて貰ったこと。

オーネストの場合は「強くなりたい」という渇望ゆえの行為であった。

だからこそ、強い人間に挑み続ける。

挑んで、挑んで、挑んで────そして、己の糧とする為に。

でも、時には圧倒的な才能や実力差に打ちのめされる事もある。

だけど、オーネストという人間は欠片も臆さず、怯まず、躊躇を覚える事は終ぞなかった。

何故ならば。

圧倒的な実力差。

劣勢極まりない状況。

対峙する理不尽の権化のような敵。

そういった壁は────。

「壁ってやつは、超える為にあるもんだ、ってな。そうだろ、アヨン───ッ!!」

ならば、俺がこのアヨンという壁を超えられない道理もない。

威勢よく俺は言葉を吐き散らかしながら、傷の癒えたばかりの身体に鞭を打ってアヨンの背後を取る。

〝英雄願望者〟である彼女だからこそ、この考えに共感を覚えたのだろう。

愉悦ここに極まれりとばかりの笑みを湛え、その通りだと肯定する。

同時、アヨンは手首に巻きついた白い鎖を使い、俺の攻撃を受けた。

殷々と鳴り響く金属音。

その確かな抵抗感を前に、防がれたのだと理解する。だが、目の前の事実を頭は理解を拒んだ。

「……とことん、ふざけてるな」

ただの鎖でない事は分かっていたが、〝 天地斬り裂く(シュヴァルト) 〟の一撃を無傷で受け切るなど普通じゃない。あり得なかった。

何せこれは、下手な能力がない代わりに、よく斬れる。

それだけの〝 古代遺物(アーティファクト) 〟。

言い方を変えれば、それだけに特化したもの。ゆえに、ただの鎖であれば、果物のように切れてしまう筈だった。

衝撃を受け流す事が出来る達人レベルの剣士ならば兎も角、本来ならば耐え切ることなど不可能な筈だったのだ。

その際、アヨンの能力が発動した様子もなかった。

どういう意味を持っているのか判然としていないが、やはり、鍵はあの鎖か。

「……ふむ。やはり、切れぬか。外すも無理。斬るも無理。両手を斬り落とす事も考えたが……仮にこれを外したところでこっちが外れない事には意味がないのう」

長く伸ばされた白髪のせいで見えていなかったが、アヨンの首にはチョーカーのような無骨な銀の首輪が付けられていた。

「しかし、成る程のう。あえて儂好みの行動をする事でそっちの二人への興味を削ぐ心算か」

「さぁて、どうだろうな」

精一杯の虚勢を引っ提げて、俺は続けて剣を振るう。

「じゃが、それは悪手と思うがの? 儂の能力はもう知っておろう?」

なにせ、それで既にもう一度、意識を刈り取られているのだから。

反射的に顔が引き攣る。

記憶に残っていないが、身体は覚えていたのだろう。

直感的に感じ取った「嫌な予感」に対して、戦闘経験値を総動員させた事で反射的に身構える。

彼女の能力は、事象の「逆天」。

前回は何をされたのか認知する前に意識を失う羽目になったが、文献の内容が確かであるならば、彼女は何らかの代償を負う代わりに魔力を介した事象を丸ごと逆天出来るというもの。

まさしく、理不尽の権化。

しかし、そうでもなければ、リアトレーゼの悲劇を引き起こせる訳もない。

〝英雄〟を意図的に作り出すなどというふざけた思想を抱き、実際に完成のその一歩手前まで辿り着ける訳がないのだ。

だが────如何に得体が知れずとも、来ると分かっている攻撃であるならば十分な応手が打てる。故にこそ、

「知ってる。知ってるが、それが魔法である限り、相応の欠点も存在する」

能力は脅威。

今まで見てきた中でも飛び抜けてふざけた能力だ。しかし、魔法というやつは能力に応じて相応の代償も必要とされる。

ベスケット・イアリの〝 固有魔法(オリジナル) 〟などがその典型だろう。

だから、俺が取るべき行動は如何にして時間を稼ぐかにかかっている。

けれど、俺は大事な事を見落としていた。

仮に、能力の発動によって相応の代償を負うとして。その結界、目に見えた傷を受けて脳が「生命の危機」を発したとして。

それで、足を止めてくれる程生優しい人間であったならば、アヨンは大悪党としてここまで名が轟く事なかったであろう事実に。

「────確かに、その通りよ。じゃが。じゃが、 それがどうした(、、、、、、、) ?」

間違いを指摘するように。

愚かであると嘲笑うように、それを証明するよう、数十の円形の魔法陣が俺達を包囲する形で生まれた。

その一つ一つが、俺という人間を確殺に至らせるだけの威力が込められたものだと理解をさせられて、思考が止まる。

次いで、己の間違いを悟って、渇いた笑いが自然と漏れ出た。

「身体に穴が開こうものならば、身は竦むじゃろう。致命傷ならば、身体は動かぬじゃろう。うむ。その通りじゃ。その通りじゃが、そんな凡百な常識が誰しもに通用すると誰が決めた?」

お前がこの状況を打破できるとすれば、それは魔法の代償など一切関係なく、純然たる実力で「勝利」を勝ち取った時。

ただそれだけなのだと、愉悦に満ちた瞳が俺を睥睨した。

そして、人間大の火球が魔法陣より出で、容赦なく降り注ぐと同時、俺はその場から飛び退き、すんでのところで回避────否。

「……ッ」

肌が灼かれていた。

押し寄せる熱波で、服が焦げる。

爆発した大地の破片が礫の如く押し寄せ、鋭い痛みが身体に走る。

見た目はただの火魔法。

だが、間違いなく避けた筈なのに、傷を負っているこれはどう説明するのか。

恐らくこれは、ただの火魔法ではない。

────これは、なんだ。

一体、どうなっている。

加速する、俺の思考。

しかし、悠長にアヨンが答えが出るまで待ってくれる訳もなかった。

答えが得られないまま、次が来る。

まるで〝リミットブレイク〟時の俺のように、弾切れなどないかのように無限に展開されてゆく魔法陣。

「……分が悪すぎんだろ……!!!」

薄らと聞こえたグランの言葉は、その通りであるとしか言いようがない。

そして、次が来る。

先程より更に威力が。数が増大した火球。

待機する魔法陣は、際限なく増えてゆき、今すぐにでも仕留めなければならないと理解はしている。だが、決定打がない。

本当に、弾切れを狙うしかないというのに、それすら許されないとなっているから、本格的にどうしようもなくなっている。

今は、逃げるしかない。

逃げて、時間を稼げ。

そうすればいつか、打開出来るきっかけを得られる筈。

そんな一縷の希望に縋る俺であったが、その火球が避けられない事に回避する直前で気付いた。

四方に広がる魔法陣。

恐らく俺がこれを避けてしまえば、意識を失ったワイズマンを抱えるグランの逃げ道が完全に消え失せる。

「……こい、つ」

俺の頭の中から、強制的に逃げるという選択肢が消え失せる。

迫る複数の火球。

俺はそれを対処しなくてはならない。

僅かの魔力を先程使い切った。

だから、〝 反転魔法(リフレクト) 〟は使えない。

ならば、許された可能性は一つしかない。

それが無茶な事は承知の上。

しかし、やらなくては道がない。

故にやる。無茶でもやる。

俺は鼓舞するように、その名を叫んだ。

「〝 天地斬り裂く(シュヴァルト) 〟────ッ!!!」

びきり、と腕に血管が痛いまでに浮き上がる程、力を込めて俺は振るう。

銘は、天地斬り裂く。

便利な能力などは内包されておらず、この剣はただただ切れ味が良いだけの〝 古代遺物(アーティファクト) 〟。

しかしだからこそ、斬れない道理はない。

得体の知れない魔法であれ、斬れない理由にはならないのだ。

証明するように、剣身と接触する攻撃。

程なくして、火球は真っ二つに割れてゆく。

「……っぐ」

しかし、その際に余波が及んだ右の腕が触れてもいないのに焼けてゆく。

まるで火炙りの責め苦を受けているかのように変色し、焼け爛れてゆく。

だがそれでもと振り抜いた先、どうにかなったという達成感より前に「諦念」がやって来た。

火球に隠れていて分からなかったが、霧散した先にはアヨンがいた。

そして瞳に映される彼女の行動。

肉眼で辛うじて捉えられた踏み込みは、オーネストに勝るとも劣らないもので、次の瞬間に何がやってくるのかについて、あまりに容易に理解が及んだ。

先の火球を処理した事で使い物にならなくなった右腕。硬直する身体が、その攻撃に対処出来ないであろう事も。

「脆いのう」

「ぁっ、がッ……!?」

落胆にも似た失望に染まった呟きを聞きながら、鋭利な脚撃が腹部に叩き込まれる。

せりあがる吐き気。一瞬で損傷した臓器から血が喉元にまで到達し、口からこぼれ出る。

その小さな身体のどこにそんな力があるのだと、この理不尽に叫び散らしたくなる。

みしり、めきり、と己の骨が軋みあげる音を聞きながら俺は、指向性を持った攻撃にされるがまま、塵芥のように吹っ飛び壁へと激突。

言葉にすらならない激痛が背からも走り、その余波によって崩れた壁によってがらがらと音を立てて瓦礫が降り注いだ。

魔法師としては圧倒的な格上。

経験値も恐らくは俺では遠く及ばない。

剣の腕は不明だが、先の体術の冴えは相当なもので、魔法を抜きにしても勝てるかどうか不明であると思い知らされた。

仮に〝 魔殺し陣(マジック・イーター) 〟が使えていたとして、勝てたかどうか。

そも、彼女の〝逆天〟はそれを行使する事を許さなかった事だろう。

それが分かってしまうから、強く死を意識する羽目になった。

脳漿から生命の危機を知らせるサイレン。

たった一撃でボロ切れのようになった身体を動かさねば、死ぬ。

僅かの慈悲すらなく死ぬと警告が齎された。

「……わがっ、でる」

俺は、瓦礫を払い除けながら立ち上がる。

目の前には再びアヨンがいた。

まるで、先ほどの光景の焼き増しを思わせる動作だった。

「ではな」

冷徹な言葉。

恐怖を齎す言葉は、しかし、幸か不幸か俺の中の痛みを忘れさせた。

思い出せ。思い出せ。思い出せ。

先程のアヨンの動きを鮮明に思い出せ。

人外が如き余力に、洗練された武人のような動き。初見での対応は、まず不可能だろう。

しかしだ。

すでに俺は一度見た。ならば、

「……それは二度目だろ」

このなめ腐ったアヨンに一撃見舞ってやるのも不可能ではない。

俺は目視出来ぬ程の速度で繰り出された脚撃を、今度は紙一重で避ける。

「ほ、ぉ?」

続け様、命を狙われている俺でさえも惚れ惚れするような鮮やかな追撃が襲い来る。

だが、その程度は予測済みだった。

故に、これも紙一重で避けられた。

筋肉の収縮。視線の動き。アヨンの性格。

それら全てを考慮すれば、ある程度の動きは見えてくる。

後はそれを、これまで培った戦闘経験に当て嵌めて本能に身を任せて避けるだけ。

だから、避けられない事はなかった。

問題は、命を狩るべく繰り出された連撃の後に、再び魔法攻撃が やって来る(、、、、、) であろう絶望的な事実だけだった。

最早、満足に動かない右腕では防ぎようがない絶対的な死の未来。

俺の手札は既に全て切っている。

見透かしているであろうアヨンの表情は、まるで「よく頑張った」とでも言いたげだ。

己の勝ちを確信した腹立たしい表情だった。

虚しい苛立ちが湧き立つ。

だが、如何に腹立たしく思おうと、あの魔法はどうにもならない。

故にこれで詰みであった。

あの魔法をどうにか出来ない時点で、俺は終わっていた。魔法が使えない時点で抵抗する術は────いや、あった。一つだけ、あった。

それは本来の使い方とは若干異なっているが、魔法が魔力の塊である以上、取り込む事は可能な筈だ。

幸いにして、俺の中の器は限りなく空である。

周囲に魔力が一切存在しないこの状況だからこそ、特にピンポイントで取り込んでしまえる事だろう。

問題は、それで俺の身体が保ってくれるのかどうかという根本的なものだけで。

──────いいか。アレク・ユグレット。それはお前らの〝 固有魔法(オリジナル) 〟だ。だから、私が口出しをするべきでない事は分かってる。分かっているが、一つだけ約束をしろ。お前らは無茶をする連中だ。それが必要になる場面は間違いなく訪れる。だが、一日に二度は使うな。二度目の〝リミットブレイク〟は、文字通り生死を彷徨う事になるぞ。

魔法学院に籍を置いていた頃に言われたローザからの忠告。

あの時は、使い切ったが最後、身体は疲労困憊で二度も使う事などあり得ないと笑って一蹴したが、成る程。こういう事もあるのか。

「……悪いな、ローザちゃん」

「懺悔か?」

「ちげえよ」

立ち尽くす。

生き残るすべがそれしかないのだ。

ならば、どれだけリスクを伴うとしても、掴み取る以外に道はない。

故にこそ、二度目の────〝リミットブレイク〟。

どこかで声が聞こえた。

────馬鹿者が。

それは間違いなく幻聴。

しかし、この状況を目にしたならば、間違いなくローザは俺に向かってそう吐き捨てていた事だろう。だから、思わず笑ってしまった。

続けて声が。

立ち尽くす俺に、諦めたかと侮蔑する声。

だが、関係ない。

迫る赤黒い火球の存在を、俺に知らせる悲鳴のような叫び声。

だが、関係ない。

頭の中に響き渡るガチリ、と何かが噛み合う音。ガコン、と再び止まっていた歯車が駆動を始める音。

明滅する視界。

一瞬、意識が遠ざかり、どうにか踏み止まった俺の視界には、赤色が混ざっていた。

手足の感覚も、少しおかしい。

でも、それがなんだと言う。

死ななきゃ安い。

死ぬよりはずっとマシ。ただそれだけだ。

「……まだ、それが使えおったのか」

火球が衝突する直前、魔法陣と共に霧散したソレを前に、驚いたようにアヨンが言う。

彼女自身も、二度目のあれはないと確信していたからこその物言いだった。

「使うか使わないかじゃない。使えなかったら死ぬ。だから使う他なかった」

適性の垣根を超えた万能魔法。

焼け爛れた右腕は、アヨンの魔法から回収した魔力によって再生されてゆく。

「でも、これで漸く 対等(、、) だ」

アヨンが魔法を使えば、もれなく俺に魔力が補充される。

俺だけが魔法の使えないという状況は最早、覆された。

「く、ふふ。ははは、くふははははははははは!!! よもや、よもや、これで 対等(、、) と言いおるか」

弾けたような笑い声が場に轟いた。

俺が圧倒的劣勢である事は火を見るより明らか。しかし、この状況であえて対等と口にした理由は、俺自身がアヨンに勝つ気でいるからに他ならず。

「じゃが、嫌いではない。そういう無謀さは嫌いではない。なにせ、そういう者こそ、〝英雄〟に相応しいゆえ」

〝英雄〟とは一種の破綻者だ。

理性的にしか考えられないまともな人間に、壁という名の殻は破れない。

圧倒的な劣勢であっても、万に一つの可能性に己が身を懸けられるような、確固たる「意思」で以て超えてゆく。

〝英雄〟とはそんな化物の集まりだ。

そうでもなければ、なれるわけもない。そして、〝英雄〟に一番必要とされるものは、紛れもなく揺るぎない「意思」であった。

それこそが、本来、どうにもならない何かを捻じ伏せるための原動力となり、奇跡を起こすきっかけをつくり出す。

どこまでも英雄に陶酔している人間。

生死を掛けた勝ち負けでさえも、彼女にとってはその延長でしかないのかもしれない。

故にこそ、楽しげに笑っていたのだろう。

どこか、寂寥に似た感情を滲ませて。

「悪いが、俺は〝英雄〟なんてものになる気はない」

「それは、残念じゃな」

────ならば、死ね。

先程までの行為がすべて小手先調べだったと言わんばかりに、炎が燃え上がる。

戦慄を覚える程の大火力。

だが、〝ミリットブレイク〟が発動している今は、悪手であると感想を抱いた瞬間だった。

「────〝逆天〟────」

魔法と魔法陣から魔力を根こそぎ奪おうとした刹那、俺は思い出す。

あの時、俺はどうして意識をものの一瞬で刈り取られた?

あの時も、〝リミットブレイク〟は発動していたというのに。

考えろ考えろ考えろ考えろ。

俺があまりに呆気なく抵抗らしい抵抗も出来ずに意識を失った理由は

「────ッ」

答えにたどり着いた俺は、思い切り〝 天地斬り裂く(シュヴァルト) 〟を地面に突き刺した。

そして、得物を介してありったけの魔力を流し込みながら、魔法を展開する。

無差別に取り込む〝リミットブレイク〟の効果時間にありながら、保有する魔力を空同然にするにはこれしか方法はなかった。

魔法を展開するだけでは、 使いきれない(、、、、、、) と判断した。

「……やっと、理解した。事象の逆天。それはつまり、俺が魔力を得たという事象すらも、逆天が可能だった訳だ」

ローザを始めとして、俺とオーネストを知る人間の大半が、〝リミットブレイク〟だけは使う気が起きないと口にする理由。

それは、一度、己の魔力の器を空にするという過程を踏むからだ。

それを強引に乗り越えて漸く、〝リミットブレイク〟に辿り着ける。

しかし、俺達もあくまで意図的に空にしているからどうにか意識を保てているだけ。

その心構えを行い、僅かの時間で器に再び魔力を取り込んでゆくからどうにかなっていた。

それが、突如として満タンの状態から空へと逆天されれば、間違いなく意識を失う。

「それに気付いたからといって、どうにかなる問題でもあるまいて」

その通りだった。

気付いたとして、それに対処出来るだけで何の解決にもなっていない。

だが、諦める理由にはならない。

即座に新たな魔法陣が、数える行為が馬鹿らしくなるほどの数あったとて、それは変わらない。

「ハナから楽に勝てる戦いとは思っちゃいないさ」

死ぬ理由が一つ減った。

それで十分だ。

不敵な笑みという今出来る精一杯の虚勢を張りながら、俺は得物の刃を寝かせ斬りかかる。

炎の次は、氷。

周囲一体が、氷紋をあしらった壁紙のように、変形してゆく。

ぱきり、と音を立てながら侵蝕するそれは、俺の行動を阻害する。

宙に躍り出るように振りかぶった俺の動きは、コンマ数秒遅れてしまう。

それ故に致命的な隙が生まれた。

引き絞られた拳が眼前に現れる。

先の脚撃から、アヨンに近接戦闘の能力がある事は分かっていた。

分かっていたからこそ、

「二度目は食らわないって言ってるだろ……!!!」

強引に身体をひねる動作が間に合った。

そのまま魔法陣を頭上に展開。

同時進行で、剣を俺は振り抜いた。

軌道を読まれ、鎖で受け止められる。

次いで、枷に囚われた両手を使い、絡め取るように俺の得物へ鎖を巻き付けてくる。

ぐわん、と身体に見合わぬ膂力で得物ごと引き寄せようとしたアヨンの目論みを察知して、俺は躊躇いなく得物を手放した。

火球を斬り裂いた得物を失った事で、俺にアヨンの魔法を対処する術は失われたと考えたのだろう。

展開されていた魔法が一斉に迫る。

だが、同時に俺が展開した魔法の準備も整った。

「……痛み分けといこうか」

「成る程、の。元より、そういう腹か……!!」

雷鳴の音を聞きながら、俺は魔法を紡ぐ。

一切の容赦なく、己すらも巻き込んだ自傷魔法。

己のダメージを許容する攻撃に、アヨンは声を引き攣らせていた。

落ちてこい。

「────〝 雷神の憤激(トールハンマー) 〟────!!」

「〝 獄炎(ヘルファイア) 〟」

眩い白雷と、赤黒の炎が降り注ぎ、耳をつんざく程の爆音が轟いた。

立ち込める砂煙。

伴う余波。

あれを食らえば、普通の人間ならばひとたまりもない。

だが、確かに俺の視界には人影が映っている。

耐えたのだろう。

生きている事が困難な衝撃だっただろうに、俺と同様に一瞬で防御の魔法を展開してダメージを緩和するなりしたのだろう。

しかしだ。

彼女には〝逆天〟の魔法がある。

魔力が介された事象であれば、起きた出来事も「なかった」事にさえ出来るアヨンはなぜ、〝逆天〟を使わなかった?

……分からない。

分からないが、何かしらの制約、または法則があるのだろう。

刻々と減る〝リミットブレイク〟の効果時間中に、俺は何が何でも見つけなくてはならない。

「もし、儂が百年前にお前と出会っていたならば、お前を〝英雄〟に至らせようとしていたやもしれぬな」

「……冗談にしても笑えないな」

「冗談ではない。ないからこそ、惜しいのじゃ。 時間があれば(、、、、、、) まだどうにかなったものを。ないから、儂はお前をここで殺すしか────」

「────〝 紅十字(レイジング) 〟────」

「あ……?」

不意に声が聞こえたと思った直後、血の如き赤が二方向から一斉に十字へ伸びた。

中心点は、アヨン。

声の主は、グランだった。

「おいおいおい。まるでおれがいないみたいな扱いになってたがよ、おれがただ逃げるなんてだせえ真似、する訳ねえだろ……!!」

「……残存魔力はなかった筈じゃろう」

「分かりきった事を聞くなよ。魔力はなかった。だが、魔力を内包する薬なら、まだ手元に幾つか残ってた。取り込んでしまえばそれはもうおれの魔力だ。尤も、相応の薬のせいで身体の負担がデカくはあったがな」

中身の失われた転がる試験管こそが、グランが魔法を使えた他でもない理由。

完全なる荒技だった。

そして十字のそれは、拘束具のように目に見えて身体に巻きつくのではなく、それはアヨンの影へと伸びていた。

「粗方、種は分かった。執拗に気にしてたその首輪に手枷。そいつがお前を縛ってるんだろ。そして、魔力を消費すると同時にそいつが薄く発光する。そこでおれは仮説を立てた。お前が弱体化すれば、その鎖は本来の効果を発揮するんじゃないのかってな」

そこで初めて、アヨンの表情から余裕が失われた。

「もしくは、時間が経過するごとにその鎖の効果が増幅する、とかな。効果は知らんが、それはお前にとって不都合なものであるんだろ。であれば、色々と納得がいく。さぁて、おれの予想は当たってたようだし、ここからは我慢比べと行こうか? こいつは、お前の魔力を際限なく吸うぜ?」

まるで生き物のように、脈動する紅色の十字。アヨンから魔力を吸っているのだと分かる。

「形成逆転だ。その状態で、今のアレク・ユグレットをお前は相手に出来んだろ」

「……アレク、 ユグレット(、、、、、) じゃと?」

驚愕に染まった表情で何故かアヨンは俺を見る。妙なところに引っ掛かり、気を取られる。

時が止まったかのように惚けるそれは、しかし今この時は致命傷となり得た。

「なる、ほど。成る程の。お主がユグレットであるならば、これもまた運命というやつじゃな」

アヨンは、何かを知っているようだった。

だから俺は、尋ねようとする。

ユグレットとは一体、彼女にとってどんな意味を持つものなのかを。

しかし、それより先にアヨンの言葉が続けられた。

「どうにも儂は、お主らをみくびっておったようじゃな」

明滅する首輪。

抵抗する気は────どうにもないようだった。

「この勝負は、預けておいてやろう。どうせ、〝獄〟はまだ開いておる。嫌でもまた相まみえるじゃろうて」

その言葉を最後に、何処からともなく無数の鎖が現れ、アヨンの身体を絡め取るように覆い尽くした。

やがて、何かに飲み込まれるようにアヨンの身体が一瞬にして掻き消える。

……勝った、のだろうが、素直にそうは思えなかった。なんというか、勝ちを譲られたような気分に陥った。

だが、贅沢を言っている場合でない事は誰よりも俺が分かっている。

「……助、かった」

「気にすんな。寧ろ、おれの方こそ助かった。お前が引き付けてくれなかったら、おれ一人じゃどうしようもなかった。だから、もう休め」

平衡感覚がおかしい。

視界がおかしい。

割れるように頭が痛む。

身体が、あつい。

血管という血管を焼き切ろうとするように、血が駆け巡っているようだった。

「……それはあんたもだろ」

「お前ほどじゃないさ」

薬に内包された魔力を取り込んだ際、相応の副作用に見舞われたのだろう。

顔は蒼白で、今にもグランも倒れそうな様子だった。

「でも────まだ倒れる訳にはいかないだろ」

本当ならば、今すぐにでも意識を手放したかった。

だが、瀕死の重体であるからか、平時よりもずっと敏感になった五感が音を捉えている。

それは、人の足音。

何処にも抜け道などないと思っていた筈のこの空間に、その音は続いている。

「……流石に、もう一度は無理だろ」

複数の音。

グランの言うように、もう一度、〝獄〟の人間と戦うのは勿論、ロンのような人間と鉢合わせれば間違いなく殺される。

しかし、隠れる場所も、逃走という行動に割ける気力もほとんど残っていない。

残り僅かの余力を振り絞り、煙に巻く事が精一杯。遠のく意識をどうにか掴み踏み留まりながら魔法の準備を行なって────。

「……こりゃ、どういう状況だあ?」

死に掛けの俺達を見て、口にされたその言葉は俺のよく知るものであった。

「やあ、オーネスト。無事でよがっ、た」

そこで俺の意識は、再び闇の中に溶け込んだ。