軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百九話 ロストメモリア

「……〝 寂魔の灰鉄(レイ・ヴァルカ) 〟の弱点は、槍にもかかわらず矛が 存在していない(、、、、、、、) 事。ただ、矛として形だけ見えているだけである事。対象から向けられる敵意に応じて威力が増幅する〝 古代遺物(アーティファクト) 〟である事、です」

周囲を覆い尽くす砂煙。

その中で朗々と響くメアの声。

聞こえるという事実が、これ以上なく彼女が無事であるという事実を示していた。

「だから、敵意がない相手には然程のダメージも与えられない。それが、〝 寂魔の灰鉄(レイ・ヴァルカ) 〟の能力……そう、わたしだけは教えて貰ったから」

「…………」

余波は極めて大きいものだった。

しかし、その中心にいたメアとガネーシャは、その言葉の通りと言わんばかりに、ほんの僅かの傷も負っていなかった。

確実に殺したかったならば、得物を願えば良かった。

殺せるだけのナニカを願えば良かった。

でも、それをしないどころか、場合によっては傷ひとつ付けられない可能性を含む選択をした。

きっとその理由は、ロンの中でも『迷い』があったからなのではないだろうか。

理由は判然としないが、彼はメアをメアでないと見抜いた。にもかかわらず、これまでの会話や出来事の数々を前にして、疑念が生じたのかもしれない。

彼女は、本当はメア・ウェイゼンなのではないのかと。

「他でもない、 貴方(お父さん) に」

瞬間、ロンの表情から動揺が見てとれた。

否定をしたい気持ちで埋め尽くされていたのだろう。

だが、素直に否定出来ない理由があるのだろう。

それがなんなのか。

俺には予測という形でしか分からない。

だが、その迷いこそが、ロンにとっての致命的な隙であった。

ずきり。

「……づ、ぐッ」

不意に一際大きく両目を中心に広がった鋭い痛みに、俺は瞼を反射的に閉じる。

能力を使ってもいないのに。

そんな感想が一瞬浮かんだが、俺自身、〝 魔眼(レジェレ) 〟の使い方を一切理解出来ていない。

理解出来るのは瞳を通して目にしたものだけ。だからもしかすると、常時使用した状態になっているのかもしれない。

だが、それがどうした。

この絶好の機会は、何があっても逃す訳にはいかない。下唇を血が滲む程に強く噛み締め、どうにか耐える。

そしてそのまま、この絶好の隙を見逃すまいと、蹲りそうになる自分の行動をどうにか抑えて肉薄を開始。

すぐさま、ロンに行動を気付かれるが、そんな事は承知の上だ。気付かれない、なんて希望的観測の下に動いていたつもりなど毛頭ない。

故に、俺はあえて 気付かれる(、、、、、) 前提で動いてやった。

「ガネーシャ!!!」

背後へ回り込むように移動しながら、大声で叫ぶ。決してそれは、援護しろという意味ではなく、メアを連れてその場から離れろという意思表示。

あえて大仰に大袈裟に立ち回った理由は、それ以外に意味はない。

「……く、ふふは、はははッ!! 分かってる。分かっているとも。真面にしていては逃げられるものも逃げられまい!! なら、私がすべき事はひとつだなあ!?」

メアの行為に呆気に取られていたガネーシャだったが、即座にメアを己の側に引き寄せ、哄笑を轟かせる。

腕に嵌めた金輪が、眩い程に光を放ち始める。

大技の連続発動でさえも、たった一秒の足止めすら出来なかった。

堅実に動こうものならば、封殺される未来はガネーシャでなくとも誰しも透けて見えた事だろう。

ならばやれることは、そもそも一つしかないのだ。

「さあ、運命は如何に!? ────〝 運命神の金輪(フォルトゥナ) 〟────!!!」

本日、何度目か分からない行使。

本音を言うならばリスクの大きいその行為は避けて欲しかったが、それを除いて何一つとして可能性はないと俺も理解出来てしまった。

だから、受け入れるしかなかった。

喜色満面の笑みを浮かべながら、当たり前のように己の命を〝賭け〟、運に全てを委ねられる〝 賭け狂い(ガネーシャ) 〟の選択を。

転瞬、彼女ら二人の足下に、魔法陣が出現。

程なくガネーシャらを、目に優しい薄緑の膜が包み込んでゆく。

それは紛れもなく、〝転移魔法〟の前兆だった。

「……なんつぅ、ツキしてんだアイツは……!!」

ここにきて、最善にして完璧とも言える結果を掴み取ってしまった。

その結果に俺は安堵したのも束の間、ロンの意識をこちらに向ける為に取った隙だらけの肉薄のツケが回ってくる。

「……予定は変更だ。キサマらには、聞かねばならない事が出来た」

「ぃ゛ッ、づっ」

焼けるような痛みが腹を中心に全身を駆け抜ける。だが、それはまだマシな痛みであったと次の瞬間に理解する。

続け様に、骨や筋肉が纏めて引き千切られるような最悪の痛みが襲い来る。

他の事など何も考えられないような強烈過ぎる「痛み」「痛み」「痛み」「痛み」「痛み」「痛み」「痛み」「痛み」────。

あまりの痛さに視界が霞むも、それでもと現実を直視する。

気づいた時、俺の横っ腹をロンが手にしていた槍がごっそりと抉っていた。

頭の中は「痛み」に支配され、思考が止まりかけるも、飛びそうになる意識を思い切り口腔すらも食いちぎる勢いで食いしばる事でどうにか繋ぎ止める。

「油断、してんじゃねえよッ!!!」

割って入るように外套の男の怒声が聞こえた。

「油断、は、してながった」

「…………あ?」

油断はしてなかった。

元より、多少の傷を負う覚悟はしてたのだ。

もっとも、ここまでの痛みという代償を負う予定は全くもってなかったのだが。

────〝 雷縛(動くな) 〟────。

ものの一瞬で、 既に用意していた(、、、、、、、、) 魔法を俺は行使。

己の腹を貫く槍を手で掴んで固定しながら、その間に雷による糸がロンの身体の拘束を始める。複雑に、徹底的に絡みついてゆく。

槍を手放し、俺との距離を取ろうと試みたが、ロンの判断は一歩遅かった。

使用者の手が離れた事で、本来の腕輪の形状に戻ってゆく槍の落下する音を聞きながら、俺は告げる。

「これ、が、俺の考える最善、だから。だから、『奥の手』を使ってくれ、よ。これなら、 お誂え向き(、、、、、) だろ」

打ち合わせなどした覚えもない。

お互いの手札を知っているはずも無い。

だが、それは彼にのみ言える話だ。

俺は知っている。

外套の男が未だ尚、出し惜しんでいる事を。

とっておきの『奥の手』がある事を。

そういう 性格(本質) をしている事を。

この目で見たから、既に理解している。

それが、今ならばお誂え向きである事を。

「お前……、ッ、チ、そうかよ。そういう事かよ……!!」

苛立ちめいた様子で返事がやってくる。

だが、言葉に反してそれが了承の意であった事は直後の彼の行動によって証明された。

「なら、対処法も知ってると仮定させて貰うからなァ!!! これはさっきのとは格がちげえぜ!?」

死んでも恨むなよ、という意味を言外に含ませながら彼は懐から小瓶を取り出す。

〝毒王〟と呼ばれる『大陸十強』タソガレを除き、唯一彼だけが持ち得ている『仙毒』。

毒のスペシャリストである彼をして、『神』をも殺し得る最高にして最悪の毒と呼ぶ程。

付けられた名を、『 仙毒(ギフォリア) 』。

それを、外套の男は遠慮なくぶち撒けた。

その毒は、人体に留まらず、事象を。

魔法そのものすらもを、狂わせる────故に、最高にして最悪の毒。

だが、ここまでしなければロンは倒せない。

こんな自滅行為すれすれの事さえもを受け入れなければ、ロンを止められやしない。

「こんなもの────」

『夢』で掻き消そうとしたのだろう。

しかし、言葉が止まる。

何故ならば、掻き消す為に撃ち放たれた『夢』が、あらぬ方向へと発動したから。

何かの間違いであると、もう一度。もう一度と発動を繰り返しても、何も変わらない。

ひたすら、全く別の場所へと発動される事の繰り返し。分かっているのに、変えられない。

理解しているのに、修正が効かない。

「こんなもの、じゃない。腐っても『大陸十強』。そもそもあいつらは、人間をやめてやがる。普通と捉えるもんじゃねーよ」

ぐにゃりと視界が大きく曲がっていた。

眼球が歪んだのではと錯覚してしまう程で、平衡感覚も、聞こえてくる声の強弱も、何もかもが一瞬にして狂った。

『仙毒』への対処方法は、たった一つ。

……否、これは本来、対処方法とも言えない粗末なものでしかない。

なにせ、タソガレの毒は完全無欠に近い完璧な毒であるから。

ただ唯一、欠点があった。

それは、既に発動している魔法を狂わせる事は出来ないという事。

つまり、『仙毒』の効果が表れてから発動するものはたった一つの例外なく狂わされる。

だが、その前に発動したものであるならば。

〝雷縛〟を使用した事で注意がそちらに向いた。俺が、頭上に新たな魔法陣を展開しているとも知らずに。

その場から距離を取るべく、己と、外套の男を引き寄せる為に別で自分達を引っ張る〝雷縛〟を用意していたことも。

既に感覚の全ては狂っている。

『夢』で掻き消す以前に、掻き消すための感覚すら尋常とは程遠い。

だから、対処は無理だ。

だから、これで終わりだ。

「────〝 天蓋星(ステラカー) ……ッ」

「…… 否(、) 。こんなものだ。こんなものなのだよ。『大陸十強』。それがどうした」

「お、前……ッ、なんで見えてやがる……!!」

俺やロンとは異なり、事前の準備が可能であった外套の男だけ、唯一『仙毒』への対抗策を持ち得ていた。

故に、彼の感覚器官だけは正常だった。

その彼が、タソガレの毒がロンに効いていないと判断を下した。

しかし可笑しい。

ならば何故、先ほど、ロンは『夢』の行使を誤った?

何故、『仙毒』をかき消せなかった?

答えは、あまりに単純なものだった。

「なにも、代償なしに『 夢(力) 』を得た訳ではない。生死を彷徨う中で、ワタシはこの力を手に入れた。瀕死だったワタシの身体は、その殆どが使い物にならなかった。目もそうだ。かつての 同僚(仲間) から斬られた目は、光を宿せなかった」

という事は本来持ち得ていた自前の目ではないという事。ならばそれは────義眼か。

加えて、この状況下で狂わない前提は、既に発動済みである事。

つまり、彼の義眼は魔法と同等以上の効果を宿した魔道具である可能性が極めて高い────!!

続け様に、声が聞こえる。

感覚器官が狂っているせいで、聞こえ方が歪であったが、確かにその声は俺の耳に届いた。

〝 魔眼(レジェレ) 〟を用いながら何故、気づけなかったのか。

気付けないように何らかの仕掛けが施されていたのか。

それとも、〝 魔眼(レジェレ) 〟の効果が薄れているのか。

……いや、今はもう、どうでもいい。

どれだけ後悔したところで、現実は変わらないのだから。

「……あの時からずっと、後悔だらけだった。理不尽な不幸は人生に付きものだとも。こんな世の中には、腐る程転がっているとも。だが。だが、ワタシはそれでも認める訳にはいかなかった!!! それでも納得する訳にはいかなかった!!! ……ワタシが認めてしまえば。その瞬間、メアの死を肯定した事になる。あの運命を、他でもないワタシが認めてしまう事になる!!!」

辺りを包み込んでいた紫の靄が、突として噴き出す。天井知らずに、溢れ出す。

「……だからって、お前の都合で大勢を殺す事が正義なのか。それで、罪のない人間が死ぬ事が正義なのか。その自己満一つの為に、てめえは『獄』の扉を開くってのか……!!」

「正義だとも。どれだけ狂って歪んでいようが、これがワタシの正義だ。なればこそ、言おう。 たかが(、、、) 『大陸十強』に止められるワタシではないのだよ」

───〝夢幻の楽園〟最大出力───

声なき言葉。

しかし、ロンの口の動きは、歪む視界の中で確かにそう形作っていた。

恐らくは、この空間を創り上げた魔法。

その名前であったのだろう。

「コイ、ツ…………ッ!! タソガレの毒を上書きする気か……!!!」

『夢』は己が願望を好きに思い描けるもの。

ならば、不可能な話ではない。

毒によって狂った感覚を、更に『夢』を用いて狂わせてしまえばいい。

痴れさせてしまえばいい。

その考えは決して間違いではない。

ただし、彼の『夢』がタソガレに打ち勝つという前提が必須条件である壁が立ち塞がるのみで。

「……確かに、今のワタシは真面とは言えないだろう。それは、肯定するとも。だがそれでも、譲れなかった。理屈じゃない。そもそも、そんな真面な感性を持ち得ていたならば、『 大陸十強(化物共) 』を相手にしようとすら思わなかっただろう。しかしだ」

誓いを立てるように、ロンは声を響かせる。

それは確固たる意志を感じさせる、淀みのない声で。

「言っただろう? 譲れないと」

雁字搦めに巻き付けられた鎖の中、強引に身体を動かすブリキ人形のように。

不自然極まりない動きで、ロンは見えない鎖に抗う。

その間にも、俺が頭上に展開した〝 天蓋星降(ステラカーテン) 〟は降り注いでいる。

思うように身体を動かせないロンは、それを殆どモロに喰らっている。

なのに、止まらない。

揺るがぬ意志を湛えたその瞳は。その足は、確実に俺達を捉え、前へと進んでいた。

「……ふざけてやがる。なんで、それで平然と出来んだよ……ッ」

「傷というものは、気構えに負うものだ。ワタシはまだ戦える。ワタシはまだ抗える。ワタシの願いは、まだ潰えていない。そう思えているならば、どんな傷であっても障害であってもワタシの足を止める理由足り得ない」

────後悔は、二十余年前のあの時に嫌という程に味わった……!!!

だから、止まる気はないのだと口にするロンの言葉を聞いた直後だった。

ぴしり、と何かがひび割れる音が聞こえた。

それは、〝 星屑の祈杖(ステラティオ) 〟の限界を示す壊音であった。

刹那、展開していた〝 天蓋星降(ステラカーテン) 〟が薄れ、掻き消える。

「──────」

タソガレの毒すらも力技で強引に克服しつつあるロンに対し、対抗する術であった武器が失われた。

それは、俺達の『死』を明確に示していた。

────否。

対抗策が失われたならば、今ここで、この瞬間に、新たな対抗策を編み出すしかない。

出来るか出来ないかじゃない。

これは、やるかやらないかの話だ。

不出来なものでもいい。

完璧とは程遠く、粗悪で、偶然の産物でも構わない。たった一度。

だった一撃。

それだけ成功すれば、それでいい。

代償だって、構わない。

だか、ら。

編み上げろ。編み上げろ。編み上げろ。編み上げろ、編み上げろ────!!!

刹那とも言えるこの時間を使い、編み上げてしまえ。そうしなければ、勝ち目はない。

「……あんたが超えてくるのなら、」

『大陸十強』をロンが超えてくるのなら。

ならば、俺にだって超えられない道理などない筈だ。

ここでは、運が良いと言うべきなのだろう。

俺は、世界最高峰。

人類最強とも言える魔法師と出会っていた。

名を、カルラ・アンナベル。

彼女の魔法を、目にした事があった。

俺の誇れるものはただ一つ。

剣の技量でも、魔法の技量でも、魔力量の限界でもない。

習得の速さ。その一点だ。

故にこそ、この一瞬で模倣してみせよう。

もちろん、完全には無理だ。

俺にあった、俺に出来る最大限を引き出せるアレンジを加え、全てを捨てて補完するしかない。

「俺も超えるしかないだろ────ッ!!!」

ひび割れ、砕けた〝 星屑の祈杖(ステラティオ) 〟を力強く握る。

武器としては壊れたが、その性能全てが失われた訳ではない。

本来、遺品をこのように扱うのは褒められたものではないがそれでも、力の足りない俺は何であれ、他から力を借りてくるしかない。

一年に一度の魔法学院の入学式。

そこで、学院長であるカルラは一度だけ、己の魔法を披露する。

それは、魔法師の卵達に魔法師の頂を見せる為。いつか、ここに至れと指し示す為。

超えてみろと、伝える為。

その為に、彼女は魔法を魅せる。

術式すらも真面に理解出来ていない卵に、何故そんなパフォーマンスを行うのか。

未だにその真意は判然とはしない。

だが、その行為があったお陰で、今、俺は助けられている。

「……どこにそんな力を残してたよ……!?」

俺の力じゃない。

これは、〝 星屑の祈杖(ダンジョン) 〟の力だ。

でも、教える時間すら惜しい。

そして刹那、俺の世界が緩慢になった。

これは技術の模倣。

かつては諦めた技術の投影。

ダンジョンの力を借り受けた今だからこそ、劣化とはいえ辛うじて形に出来ている模倣。

恐るべき事実は、この絶技をカルラ・アンナベルは息を吐くようにやってのけていたという事。

何の代償も負う事なく、彼女は形に出来ていたという事実。

『大陸十強』が人間をやめているという事に関して、最早納得しかない。

同じ人間であると、思いたくない。

そして、眩い特大の魔法陣が顕現した。

「────〝 星降る夜に(ステラ・マレ) 〟────!!!」

「────〝 悪夢の具現(トラウマレプロ) 〟────ッ!!!!」

眼前で、光と闇が弾け飛ぶ。

極光と、闇の衝突。

蠢く闇が、生まれると同時に相殺されてゆく。そこに小細工が入り込む余地などなく、文字通り全力のぶつかり合いだった。

互角だ。

限りなくそれは、互角だった。

だが対等であったのは、「技」に限った話であった。

使用者の力量は、あまりに対等とは程遠かった。

「……っ、ぐ」

身体が明確に壊れてゆく。

身の丈に合わない魔法だ。

行使の際に、それ相応の代償という名の負荷を負うことは最早避けられない。

タソガレの毒でさえも、俺はロンと異なって完全に克服出来ている訳ではない。

痛覚が狂ってくれているという利点こそあれど、その差があまりに、ことこの状況下では大き過ぎた。

「強かった。強かったとも。だが、それでも足りない」

絶望を突き付けるように、ロンは告げる。

身体の変化。細部の動き。

何でもいい。

何でもいいから、隙を見つけろ。

打開する何かを見つけ出せ。

「……許してくれとは言わないとも。寧ろ、恨んでくれていい。呪いあれと、祈ってくれていい。いや、そう 願ってくれ(、、、、、) 。死後の世界があるのかは知らないが……そこで幾らでも償ってやるとも。故にこそ────」

一瞬でいい。

真正面から打ち倒せないならば、たった一瞬でも気を引ければ。

否、気を引かなくては勝機はない。

だが。だが、どうする。

どうやればいい。

アテがない。

方法がない。

どうにも、ならない。

そうこう考えている間に、時間が。

「────死ね」

【いいや、ある】

その瞬間だった。

頭の中で、俺ではない誰かが言葉を紡いだ。

俺ではないその声に、覚えがあった。

厳密には、続けられた言葉のお陰で、それに気づく事が出来た。

【この時の為の、私のおまじないだったから】

眼前に、見た事もない魔法陣が映し出される。魔法陣の中心部に、時計の針のようなものがあり、それが一定間隔で何かを刻んでいた。

よく分からない。

よく分からないが、目の前のロンだけはそれの意味する事を何故か理解していた。

「────っ!! そ、れは、アリア・ユグレットの……!!!」

飛び退く。

この優位極まりない状況にあって、彼は飛び退いた。

だが、その即座の判断すら嘲笑うように、ソレは容赦なく俺の意思とは無関係に発動した。

────〝 差し込まれた時栞(ロストメモリア) 〟────。

【私の能力は、「時間の固定」。だから、やろうと思えば本来存在しなかった固定された時間を、強制的に割り込ませる事だって出来る】

理解した。

ロンが真っ先に俺から距離を取った理由も、その言葉が意味することも。

そして、この全ての時間が停止した世界に俺がいる事も。

【猶予は、5秒。でも、それだけあれば十分でしょ】

ロンが飛び退いたことで、勢いは弱まった。

加えて5秒という時間の強制的な割り込み。

言ってしまえば、極限の不意打ちとでも称すべきか。

……あぁ、問題ない。

問題ないどころか、十分過ぎる。

「悪いが、大火傷くらいは勘弁してくれよ」

メアは止めて欲しいと願っていた。

実力差を考えれば、無謀極まりない。

殺す気で挑まねば、俺が殺される。

実際に相対したからこそ、よく分かる。

だから、それだけの実力差があったのだから、大火傷くらいは勘弁してくれとメアに向けて告げながら、俺は馴染みのある魔法を紡ぐ。

5秒という短い時間でロンの動きを封殺出来るとすれば。

明確な傷を与えられるとすれば。

防ぐという思考の余裕すらも与えずに済む魔法は、たった一つ。

見慣れた金色の魔法陣が、〝 星降る夜に(ステラ・マレ) 〟に重なるように展開。

その間、僅か1秒。

これは、本来存在し得ない時間を無理矢理に差し込むという事が出来るからこその活路。

「あんたの負けだ、ロン・ウェイゼン」

そして5秒の時が過ぎ、本来の時間軸へと引き戻される。

「落ちろ────〝 雷鳴轟く(サンダーボルト) 〟────!!!!」