作品タイトル不明
灰色猫は楽しげに笑う
――ガニア・ブレイカーズ男爵家の一室にて(シュアンゼ視点)
「……」
ミヅキから届いた手紙を読んだ私は――口元に笑みを浮かべた。
「主様、どうなさいました」
即座に尋ねてきたのはラフィーク。だが、ミヅキからの手紙が気になっているのは彼だけではないらしく、ヴァイスや三人組も視線を私に向けていた。
そして。
室内に居るのは彼らだけではなく――
「ミヅキさんは確か、お仕事でキヴェラでしたか。国を問わず仕事を依頼されるなんて、本当に優秀な方なのですね!」
嬉しそうにミヅキを絶賛するのは、モーリスの従兄弟である。『彼』はあの夜以来、私達に感謝すると共に、何故か尊敬――それも崇拝に近い感情を抱いているらしい。
『彼』はこの短期間に父親を追い落とす手筈を整え、今はあちらの動きを待っている状態だった。
今日はその報告に来たのである。勿論、名目は『現在のブレイカーズ男爵家を探るため』となっており、一応、未だに父親の手駒のように見せてはいる。
……が。
それでも『彼』は己の行動を『あくまでも家のため』と口にしており、父親との不仲が改善されたわけではない。
それを示すかのように、こちらが付けた襲撃者達は今回、二手に分かれ、半分は『彼』の護衛、残りは父親の動きを監視するために家に残っている。
つまり、彼ら親子は互いに信頼などしていない。
少なくとも、護衛と監視を必要とする程度には。
『彼』の父親のような小心者……いや、三流悪役かな? まあ、ともかく。そういった人間は何故か、自分優位に考える傾向にある。
今回、『彼』が『方向性は気に食わないが、当主を追い落とすことは考えていない』程度に思われているのも偏に、『彼』が息子だからである。
……。
正直、親子関係は最も権力争いが起こりやすい間柄だと思うのだが。
はっきり言って、王族や貴族には珍しいことではない。
次点で兄弟だろうか。まあ、こちらは『家督相続』や『王位継承権』という未来が掛かっているので、生まれた順番だけで全てが決まってしまうのならば、不満に思うのも当然だろう。
――しかし、現実はそう単純なものばかりではなく。
実に都合の良い『突発的な病』やら『不慮の事故』が存在するのであった。
守られるべきは『家』なのだ……不安が残るならば、それなりの『対処』(意訳)は当たり前。
勿論、長男や特定の者を無条件に溺愛し、当人に当主の資質が乏しかろうとも家を継がせようとする場合もある。
これは偏に、当主夫妻が愚かである場合に起こるのだが。
……その場合、親族会議にまで発展するか、『家を守るために泥を被る』という『尊い覚悟』(笑)を持った者が行動する(意訳)可能性が高い。
ゆえに、『家』は守られるのだ。愚か者はいつの間にか淘汰され、その存在を思い出す者も居なくなる。
重要なのは『家』であり、それらを潰すような輩は不要であろう。
血縁者ならば家を継げるからこそ、代わりは居るのだから。
……そして、『彼』の父親もそういったことは都合よく忘れているようであった。
これまでモーリス達を手懐けることに成功していた慢心からか、『彼』曰く、父親は自分を有能だと思っているらしい。
そんなわけで。
『彼』は警戒されども必要以上に行動を制限されることもなく、本日もブレイカーズ男爵家を訪ねているのであった。
この時点で、現当主である『彼』の父親の能力の低さが窺える。ぶっちゃけ、愚かだ。
ガニアが今後、荒れることが予想されるため、当主を追い落とすと決めた『彼』の決断はそれほど批難されないだろう。……少なくとも、身内には。
「そうだね、ミヅキはとても頼りになるよ。……我々に実績を積む機会を用意してくれたらしい」
「え? ミヅキさんはキヴェラにおいて部外者ですよね?」
「うん。だから、今回の仕事の報酬として『我々が実績を積む機会を用意してくれた』んだよ」
……実際には、そんなに善意だけのものではないのだけど。
まあ、さすがにそこまで言う必要はないだろう。現に、『彼』は驚きながらも感動しているようだった。
「我々が経験を積む機会を、報酬として望んでくれるなんて……!」
「必要なことだからだろうね。ガニアが荒れることが予想される以上、私達には時間がない。少なくとも、当主として認められる必要がある」
ただ家を継いだだけの者と、キヴェラ相手に勝利を収めた者では、周囲からの評価が全く違う。
少なくとも多少は警戒されるため、『手玉に取り易いお坊ちゃん』(意訳)とは思われないだろう。
モーリスに比べ、『彼』の方が多少は器用に振る舞えるようだが、それでも経験不足は否めない。
ミヅキはそれらを考慮し、キヴェラから私達でも勝てそうな人材を用意してもらったのだろう。
報酬扱いである以上、キヴェラもそれほど勝ち負けに拘らない案件を振ってくるはずだ。
だが、ガニアからすれば『大国キヴェラ』が相手であり、勝てば、無視できない功績となる。
そして。
ミヅキがそんなことをしたのは、ただ功績を積ませたいという気持ちばかりでなく。
「さて。君も、モーリスも、そして私も。これで後には退けなくなった」
「!」
――これは『枷』だ。退くことは許されない、逃げ場のない状況。
「ミヅキが報酬として望んでいる以上、私達に『断る』という選択はない。そんなことをすれば、今後、二度とこのような機会は作ってくれないだろう」
「そう……ですね。確かに、『逃げ場がない』とも受け取れます」
「それが正しい認識だろう。そもそも、ミヅキ自身、ただ守られるような教育はされてこなかったからね」
彼女が敬愛する親猫様の教育は『本人に結果を出させる』というもの。
これは苦労を伴う一方で、自分の成長と自信に繋がっていくものであった。
と言うか、その成功例がミヅキなのである。本人の性格や元からの才覚もあろうが、経験は間違いなく彼女を一国の王さえ無視できない存在に仕立てている。
つまり、『貴方の身近な恐怖』と自称する魔導師の爆誕は親猫様のせい。
……少なくとも、人脈は。
「君も、モーリスも、覚悟を決める時が来たということだよ」
そのモーリスは現在、義母から家政について習っている。
本来は女主人の仕事なのだろうが、モーリスには婚約者も居ないため、知っておいて損はない。
と言うか、この家の当主になる以上、モーリス自身が知っておきたいのだろう。『当主になる』という気持ちだけで、未来への展望が曖昧だった頃と比べ、大きな変化である。
「ミヅキが作った『フローチャート』だ。君は当主になることが最優先だが、今後は必要になる。見ておいて損はない」
そう言いつつ、『彼』へとミヅキ監修のフローチャートを渡す。
こういったものに馴染みはなかったが、受け答えの骨組みができているだけでも十分に助かると思っている。
モーリスは早くも慣れてきたらしく、最初の頃に比べ、随分と自分の言葉で受け答えが出来るようになっていた。
元から真面目なので、大まかな対応の仕方さえ判っていれば、身に付けることが苦ではないのだろう。
「これは……! そうか、このようなものが骨組みとして提示されていれば、確かに、判りやすい」
「基本的な流れを掴むためのものだけど、役に立つと思うよ」
「はい! 十分過ぎるほどの助力です。感謝します!」
「それはミヅキに言ってあげて」
「勿論です」
頷く『彼』に迷いは見られない。
こういったものも『彼』にとっては枷になるのだろうが、本人に当主の立場を放り出す意思がないならば、頼もしい教科書となるのだろう。
この分ならばモーリス同様、勤勉な生徒になりそうだ。その努力が結果に結びつくよう、私は願ってやまない。
「そろそろミヅキが戻ってくる。その時が、君にとっての分岐点になるだろうね」
それは父親を追い落とす日、ということだ。周囲の目も変わるだろう。
最初は私達との取り引き、次は自分の意思で、『彼』は親子の絆よりも『家』を選ぶのだ。