軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵夫人は掌の上で踊る

ブラッドさんからの抗議に、公爵夫人は多少慌てたようだが……それでも謝罪の言葉を口にすることはなかった。

公爵は妻の暴挙に、どうしていいか判らず、といった感じか。

もしくは――妻と息子の言い争いの矛先が、自分へと向くのを恐れたか。

何となくなんだけど、この公爵様は所謂『事なかれ主義』というやつではないかと思ったり。

彼は公爵なので、妻が誰かと揉めていようとも、公爵より下の爵位の者では、彼の言葉に従うしかない。『止めろ』と言われれば、公爵夫人との争いはそこで終了だろう。

それに加え、猛々しい妻を宥めて相手を逃がしていれば、周囲からは『妻を抑え、相手を逃がして穏便に済ませた』という評価が期待できる。

しかし、今回は周囲の目もないし、言い争っているのは妻と息子であって。

下手にこの言い争いに加われば、『どちらの味方なのか!』という言葉と共に、自分へと飛び火すること請け合いだ。

特に、公爵夫人は言いそう。超言いそう……!

反対に、ブラッドさんはそういったことを口にしそうもないタイプだけど、逆に『妻を何とかしろ』と、公爵に矛先を向けてきそう。

公爵が長男であるブラッドさんを苦手にしていた場合、絶対に避けたい事態だろう。公爵が遣り込められる未来しか想像できん。

で。

ブラッドさんに庇われつつ、私は母(=公爵夫人)と息子(=ブラッドさん)の遣り取りを観察中。

ブラッドさんは私が聞き耳を立てていることにも当然、気付いているだろう。

それを踏まえて、わざわざ言い争いをしてくれているのだと推測。

……。

言質を取れ、ということですね? 了解です!

貶されて、殴られはしたけれど、それはあくまでも『私個人に対して』という範囲。

勿論、『魔導師相手にやらかした』という事実はできた。ただ、それだけだとちょっと弱い。

……あれですよ、私が『基本的に元凶のみに報復』という姿勢を常に見せちゃっているから。

居るか判らないけど、万が一にも公爵夫妻に擁護派が居た場合、『一発殴らせて、キヴェラ王が魔導師に謝罪したら終☆了』なんてことになりかねない。

もっと言うなら、私が基本的に政に関わる立場ではないことが拙かったりする。

だって、こちらの狙いは『公爵夫妻を表舞台から遠ざけること』も含む!

幽閉モドキにしつつ、領地の仕事を細々とやらせる……というのが理想。

本音を言うと、『領地にお籠もり&弟さんが当主になるまで社交は一切なし』ということを自発的に行なって欲しいのだが、この有様では無理だろう。

いや、公爵夫人に期待はしてなかったよ? だけど、公爵の方が『妻の身を案じると共に、これ以上、魔導師の目に触れないように配慮する』(意訳)という選択をする可能性はあったわけで。

ブラッドさんとて、言っていたではないか……公爵は優先順位が付けられない人なのだろうと。

だが、いくら頭の中がお花畑であっても、この状況ならば『多少は』優先すべきものが見えるはず。公爵の場合は『妻』が最優先だろう。

それが自己保身とか、逃げであることなど、どうでもいい。重要なのは『公爵の口からそういった提案が出ること』なのだから。

私はそれを全面に出し、『アロガンシア公爵家は夫人が大問題だけど、公爵はきちんと責任を考えられるからね! このまま夫婦揃って領地に籠り、世代交代と共に、表舞台からは完全撤退!』な展開を狙っていた。

儚 き 夢 だ っ た け ど 。

こ の 、 ボ ン ク ラ が … … !

これならばアロガンシア公爵家自体の醜聞は最低限で済むし、公爵夫妻が表舞台に出て来なければ、これ以上の問題も起きないからね。ええ、理想的な展開でしたとも。

そのまま存在が忘れ去られた頃に弟さんが公爵となり、何事もなかったかのように第二王子殿下の後ろ盾となってくれれば、理想的な世代交代が完了だ。

公爵夫妻がキヴェラ王に叱責される姿を晒していたし、わざわざ過去のあれこれを突いて、王家の不興を買うアホも出ないだろう。

誰だって、我が身、我が家が大事なのだ。

過去の遺物など綺麗にスルーし、世代交代した公爵家を評価してやってくれ。

「お前はどちらの味方なのです!」

「彼女に決まっているでしょう!」

「何ですって!? 母親よりも、その無礼な小娘が大事だなんて……!」

「非常識な母親など、私にとって恥でしかありませんが?」

「勝手に家を出た挙句、愚かな第一王子に仕えたいなどと抜かす、お前こそ我が公爵家の恥さらしよ!」

「私のことはともかく、ルーカス様への侮辱は許しません。……ああ、貴女には居ませんものね? 忠誠を以て仕えてくれる者など」

「な……っ」

「言っておきますが、貴女のご機嫌取りをしている方や、商人などは違いますからね? あの人達は情報収集や個人的な利を狙っているだけなので、状況によってはすぐに離れていきますよ。誤解なさらないように」

そんなことを考えている間にも、親子喧嘩は順調にヒートアップしている模様。

公爵夫人とて、私を殴った直後は流石に拙いと思っていただろう。しかし、ブラッドさんに上手く乗せられ、感情的な発言が多くなってきたようだ。

……。

い い ぞ 、 も っ と や れ 。

ただ、言い返しているブラッドさんへの不満も口論の内容になってきているみたい。ついに、ルーカスのことにまで飛び火していた。

さすがにブラッドさんも黙っていることができず、そこはしっかり釘を刺しているようだ。それに加えて、私に情報をくれた模様。

ふーん……公爵夫人に『頼れるお友達』は居ないのね。ほうほう、情報提供サンクス。

……そんな風に、ブラッドさんに庇われたまま、二人の遣り取りを観察していた私でしたが。

ブラッドさん相手では分が悪いと判断したのか、黙ったままの私が気に入らなかったのかは判らないが、とうとう公爵夫人は私に矛先を向け始めた。

「貴女もイルフェナ所属と言いながら、庇われているだけじゃない!」

「親子喧嘩に口を挟むほど、無粋ではありませんので」

嘘でーす。ブラッドさんが煽ってくれるのを待ってただけでーす。

まあ、そろそろ大丈夫だろう。公爵夫人、かなり頭に血が上っているみたいだし。

「それに。先ほども申しましたでしょう……『嫌ね、馬鹿って』と」

「こ、この……っ、またしても……!」

「私、馬鹿は嫌いなのです。生まれながらの爵位や家で判断し、自分が偉いと思う愚か者も一定数はおりますが、イルフェナは実力至上主義ですもの。『何らかの理由がない限り』、関わりたいとは思いませんわ」

ちらりと『馬鹿は嫌いだけど、理由があれば相手するよ』(意訳)という布石を出し、公爵夫人の出方を窺う。

ブラッドさんも私が仕掛けたことに気付いたのか、そのまま公爵夫人の相手を私へとスライドさせてくれた。

ほーれ、ほーれ、食い付いてこい♪

イルフェナという『国』や王族を貶めてくれれば、キヴェラ王とて無視できないからな。

だって、私には報告の義務があるし、各国に守護役達が居るのだから……!

キヴェラ王は今後、魔導師がどのような行動を起こすかを想定し、『対処しなければならない』のです。

ええ、キヴェラという国のため、王としての判断ですよ。

アロガンシア公爵家が第二王子の最大の後ろ盾だろうと、公爵夫人が妹だろうと、公爵夫妻が血を残す役目を持っていたとしても。

重要なのは『現在』なので、キヴェラ王は対処しなければならんのです。

まあ、そこで私が『第二王子殿下やブラッドさんとは仲良しなので、公爵夫妻だけの対処で宜しゅう♪』とおねだりするけど。

魔王様達や守護役の皆には(裏事情をネタバレした上で)『こんなことがあったけど、当事者以外は許してやって』とお願いするけど。

重要なのは外堀を埋めておいて、公爵夫妻を逃げられないようにすることなのです。

なに、皆も自国にアホが湧いたりしたら困るだろうから、バラクシンのことを例に挙げて説得すれば、快く頷いてくれるだろう。

そして、自国の貴族達に広めるのだ……『キヴェラのアロガンシア公爵夫妻って、魔導師とキヴェラ王を怒らせ、イルフェナを侮辱し、ついでに息子達から見限られてる』と!

……そして。

公爵夫人はこちらの予想通り……いや、それ以上の決定打を口にしてくれたのだ。

「実力至上主義とは言え、あの魔王の生息地じゃない! 魔力が高過ぎるとか言っているけど、それならばなおのこと、怪しい魔術を使えても不思議じゃないわ!」

「……」

「あらあら……ふふ、黙ってしまったということは、事実なのかしら? あの魔導師といい、得体の知れない化け物が他にも居るかもしれないわね」

「言いたいことはそれだけ?」

「……え」

私は一度、にっこりと笑い。

……徐に、公爵夫人の喉――ドレスなので、胸倉を掴めなかったため――を片手で掴んだ。

そして。

「その『化け物』の一人ならば、今、目の前に居るじゃない。いい加減に気付いて欲しいんだけど? お・ば・さ・ん」

「ひ……っ」

覚悟はいいか、王家の失敗作。