軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アロガンシア公爵家の舞台裏

――アロガンシア公爵家客室扉前・侍女長視点

「じ……侍女長様……っ」

「あ、あの方は、もしや……」

震えながら室内の様子を窺っていた若い侍女二人が、私を仰ぎ見ました。

怯えた様子の二人が涙目になっているのも、気のせいではないでしょう。

……。

ええ、貴女達の予想通り。

ブラッドフォード様がお連れになられた方は……魔導師です。

本来ならば、誰よりも魔導師である彼女のことを知っていなければならない当主ご夫妻は……この期に及んでさえ、彼女が何者か判らないようでした。

そんなお二人の姿に、ついつい溜息が零れてしまいます。

あまりにも情けない。

それでも公爵家の当主たる方達なのか……と。

そのように感じてしまうのは、ご子息様方と比べてしまうゆえ。

勿論、ご当主様方が陛下より望まれた役割というものも理解できております。

通常ならば、公爵夫妻がこれほどの愚か者であるなど、許されることではありません。

特に問題とされるのは、元王女――陛下の妹君であり、現在は公爵夫人となられた方。

王家、特に陛下に多大なるご迷惑をかけ、なおかつ反省すらしないなど、下位の者達にも示しがつきませんもの。

そのような輩はキヴェラではなくとも『愚か者』と蔑まれ、自然に淘汰されていく。

高位貴族だからこそ、そして何より王家の血を持つ者だからこそ、野放しは『有り得ない』のです。

先代陛下……戦狂いと呼ばれたあの方の興味を引かず、王家の血を残す。

確かに……確かに、重要なお役目ではあるのでしょう。過剰な甘やかしもその一環。

ええ、ええ! それは私のような者にさえ理解できますし、そのような決断をなさった陛下の采配を疑うことなどございません。

ですが……アロガンシア公爵夫妻、特に公爵夫人は、そのような特殊な状況を当然と思い込むような方でした。

お二人には、その『望まれた役割』のことは知らされておりません。うっかり口を滑らせ、厄介事に巻き込まれても困りますので。

ですが……お二人の愚行のツケをご子息様達が払うなど、あんまりではございませんか!

先代公爵様は陛下の良き理解者であり、公爵となるには頼りない息子が『血を残す』という役割を担うことを承知しておりました。

いえ、寧ろ、陛下の計画に乗るために、跡を継がせたと言ってもいいでしょう。

『領地経営がそこそこできる』程度では、キヴェラの公爵家当主など務まりません。

これはどこの国であろうとも、同じだと思います。王家の血を持つ家であり、実際に王家に匹敵する力を持つ家もあるのですから。

……しかし、現在のご当主様はこれに当て嵌まりません。

個人として見るならば、良い方だと思います。しかし、いくら降嫁した王族であろうとも、妻を制御できないならば、それは無能扱いされても仕方ありません。

ご当主様は理解しておられるのでしょうか……愚かさのツケは家に属する全ての者が担うことになるのだと。

いくら『お役目』があろうとも、アロガンシア公爵家が潰れては意味がないのです。

ご側室のソフィア様の実家であり、王太子となられるであろう第二王子殿下の最大の後ろ盾。

それがアロガンシア公爵家であり、本来の姿なのです。決して、現在のように軽んじられる立場ではございません。

先代公爵様もその点は危惧していたようで、お孫様方――特にブラッドフォード様には厳しい教育を施されました。

リーリエ様は公爵夫人たる奥様が手放さなかったのですが、私が見る限り、ご夫妻は息子達から距離を置かれようとも、特に気になさらないようでした。

優秀であるが故、ご子息様方はご両親へと言葉を惜しみませんでした。

その結果……親子であるにも係わらず、距離が生まれてしまった。

だからこそ、跡取りであるはずのブラッドフォード様がこの家を出て行った時。

――ついに見限られたのかと、妙に納得してしまったのです。

その時のご夫妻は『勝手なことを』と憤りながらも、どこか安堵しているように見えました。

ブラッドフォード様は優秀なだけでなく、色彩も先代公爵様より受け継いでいらっしゃいます。

お亡くなりになるまで、息子夫婦へと言葉を惜しまずにご指導していらした先代公爵様のことを……お二人は苦手にしておりましたから。

そんなお二人にとって、ブラッドフォード様の容姿と優秀さは、先代公爵様を思い起こさせるのでしょう。無意識にですが、苦手意識めいたものがあったのやもしれません。

――ですが、ブラッドフォード様はアロガンシア公爵家を見限ったわけではありませんでした。

唯一の主とするルーカス様のため、足場を整えていらしたのです。

何より、第二王子殿下が王太子となるならば、弟の方が公爵を継いだ方が良いと考えられたようでした。

そして、今回。

魔導師様よりもたらされた『公爵夫妻の愚行』により、当主ご夫妻はついに表舞台から遠ざけられることになったというのです。

これらのことをお話しくださった時、ブラッドフォード様は……笑みを浮かべておりました。

ですが、その表情から読み取れる感情は……『怒り』。

陛下だけでなく、王家の皆様に迷惑をかけ続けるご両親を心底、軽蔑していらっしゃった。

『魔導師殿が手を貸してくれることになっている』

『あの方はルーカス様の味方であることを公言している。今回のこととて、いち早く情報をくれたんだ』

『泥を被ることになろうとも、キヴェラが混乱することは望まない。……はは、部外者であるはずの魔導師殿がここまでしてくれるのに、あの愚物どもときたら……!』

魔導師様はキヴェラにとっては恐怖の対象であり、どちらかと言えば『敵』と考える者が大半でしょう。

ですがその一方で、ルーカス様を支持し、陛下と言葉を交わすような仲になっているのです。

そのこともあり、ブラッドフォード様は静かな怒りを燃やされているのでしょう。『いい加減にしろ』と!

そして、ブラッドフォード様の怒りは、今回の策にも組み込まれているのです。

「侍女長様……」

「情けない声を出すのではありません」

震える若い侍女二人に、改めて目を向けます。

本来、特殊な事情を抱えるアロガンシア公爵家に、このような未熟者が勤めるなどありえません。

ええ、『普通ならばありえない』のですよ、『何らかの目的でもない限り』。

そもそも、室内の会話を盗み聞くなど、侍女としては有り得ない行ないです。

彼女達は侍女長である私が同行している上、ブラッドフォード様がお連れになられた『客人』の事情を顧みて……とでも思っているようですけどね。

そんな彼女達を呆れたように見ながら、私は僅かに口角を吊り上げました。

「お客様は『魔導師様』です。ですが、ブラッドフォード様とは友好的な関係を築かれていると聞いています」

「え……あ、ああ、だから、ドレス姿なのですね……!」

「それもありますが、先日の夜会ではドレスを纏っていなかったと聞いています。それを奥様に咎められた、とも。ですから、奥様にわざわざ見せにいらしたのかもしれませんね」

『友好的な関係を築けている』という言葉に、彼女達は安堵したように肩の力を抜きました。

同時に、今回の訪問への興味も出て来たらしく、ちらちらと室内を気にしています。

……少しの情報を与えれば、好奇心旺盛な人間は容易く誘導できる。

彼女達は今回のために、新たに雇われた者達です。新人であろうとも、家を出た御長男が久しぶりに戻られること、そして客人が同行しているといった情報は与えられておりました。

ですが、彼女達……いえ、『彼女』には『それだけ』です。

ブラッドフォード様の策を知らされているのは古参の使用人達のみであり、彼女はある役目のために雇い入れられたのです。

二人の侍女、その片方は王城より派遣していただいた『協力者』。

もう一人に同調する一方で、こちらに都合の良い情報を植え付けることになっています。

いきなり公爵夫妻が隠居紛いになっては、くだらない噂の的になってしまうでしょう。

ですから……こちらに都合のいい情報を流すような、口の軽い者を仕立て上げる。

ブラッドフォード様によれば、今回は『魔導師様が公爵夫人に怪我を負わせられる』という筋書きだそうです。

ですが、魔導師様は色々と恐ろしい噂もお持ちの方――多少の誘導は必要と、ブラッドフォード様は判断されたようでした。

……ああ、ついでに探りを入れてくる貴族達を確認したいとも仰っていましたね。

本当に……恐ろしい方に成長されて。教育を施された先代公爵様も鼻高々でございましょう。

「今回の訪問とて、非公式に先日の夜会での愚行を謝らせたいのでしょう。ブラッドフォード様がわざわざお連れになられた以上、以前の愚行を水に流し、今後は穏やかなお付き合いができるのかもしれません」

都合の良い……良過ぎることを口にし、侍女達がここに居ても大丈夫だと思えるように情報を落とします。

実際には正反対とも言える展開になるのですが……インパクトがあった方が、記憶にも残るでしょうからね。

「貴女達はここに控えていなさい。護衛の騎士達もいますから、何かあれば彼らに連絡を」

「「はい」」

彼女達の返事に頷いて、私はこの場を後にします。

――ひっそりと片方の侍女に目配せをして、彼女が僅かに頷いたのを確認しながら。