軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ブラッドフォードという人 其の一

『貴方の姿、これまでルーちゃんの傍で見たことは一度もないんですが』

そう尋ねた私に、ブラッドさんは笑みを深める。

……やはり、何か事情がありそうだ。寧ろ、そこに気付いたことを面白がっている、ような?

誤魔化す気はないようだけど、素直に答えてくれるかも怪しい。

私のそんな考えを察したのか、ブラッドさんは雰囲気を和らげた。

「ああ、警戒させちゃったかな?」

「……」

「大丈夫、揶揄ったり、隠したりするつもりはないからね」

本当かぁ~?

疑いの眼で黙り込む私に、ブラッドさんは肩を竦めて笑った。

「本当だって! だって、もう隠している必要がないからね」

そう言うなり、ブラッドさんはルーカスへと向き直った。

「ルーカス様。私が貴方の傍を離れたのは、今後の準備のためなのですよ」

「準備、だと?」

ルーカスも意味が判らないのか、訝しそうに問い返す。

そんなルーカスの態度を予想していたのか、ブラッドさんは一つ頷いて続けた。

「ええ、準備です。……貴方は必ず、自分の在り方を見付けると思っていました。それが王太子なのか、王子としてなのかは判りません。……私には関係ない」

「関係ないだと?」

「私が仕えたいと思うのはルーカス様のみ。ですから、主である貴方がどの立ち位置を選ぶかなんて、どうでもいいんですよ。もっとも……どう転んでも、ルーカス様は国のために在ることを選ぶと判っているからこそ、言えるんですけどね」

ブラッドさんの考えが予想外だったのか、ルーカスどころかヴァージル君達も驚いているようだ。

まあ、その気持ちも判る。

あの当時、『王太子であるルーカス』に価値を感じていたと言うか、忠誠を誓っていたならば、まずは現状を改善しようと試みるはず。

と言うか、ヴァージル君も最初はこれをやっていたらしいので、側近としてはそれが正しい在り方なのだろう。

ところが、ブラッドさんはルーカスの立ち位置は関係ない、と言う。

勿論、それは『ルーカスが国に仇成す存在にならないこと』が大前提。

ブラッドさんはルーカスが寵姫に入れ込んでいようとも、そんな愚か者にならないと確信していたらしい。

ただ、そう判断する理由も理解できるんだよねぇ……。だって、後に私もそう思い至ったもの。

以前、キヴェラ王とその側近の皆さんにも言ったことだけど、『ルーカスは国に仇成すことをやっていない』。

言い方は悪いが、ルーカスはその存在そのものが他国にとってのジョーカーなのだ。

キヴェラ王と王妃の息子で、第一位王位継承者で、国の機密も恐らく知っている。

こんな条件の揃いまくった人物に売り込まれたら、どこの国だって、喜んで高待遇でお迎えするだろう。

もしも、ルーカスがエレーナとの恋に溺れ、自分の主張を認めない自国に反発し、他国への亡命を企てていたら……キヴェラにとっては洒落にならない事態になったであろう。

当時のキヴェラは他国から良い印象を持たれていないので、間違いなくキヴェラは荒れる。

と言うか、対キヴェラ王の旗頭にルーカスがなる可能性もあるし、キヴェラに恨みを持つ複数の国が手を組む可能性だってある。

そうならなかったのは偏に、ルーカスが王族としては非常に真っ当な感性を持っていたからに他ならない。

ルーカスは間違いなく『王族としての在り方』>越えられない壁>『自分の願い』。

そうでなければ、エレーナだってルーカスを捨てていたかもしれないじゃないか。使えない駒の面倒を見る余裕なんて、なかっただろうし。

ブラッドさんはそれに気付いていたとでも言うのだろうか? この予想が事実だったならば、ブラッドさんの『今後の準備のために離れた』という言葉にも納得だ。

「まあ、魔導師殿が状況を整えてくれたからこそ、予想よりも早くルーカス様の傍に戻って来たんだけど」

ありがとね、とブラッドさんは私に笑い掛ける。……その一言には様々な意味での感謝が込められているのだろう。

「ブラッドさんは気付いていたんですね、ルーカスの反抗期が割と短期間で終わることに」

「うん。ただ、必要なことだとは思っていたかな」

「何故」

不思議に思って尋ねると、ブラッドさんは黒さを滲ませた笑みを浮かべた。

「だって、下心なくルーカス様に仕える人物か、否かを、見極める必要があるだろう?」

……。

「え、怖っ」

「酷いなぁ、魔導師殿。だけど、君なら理解できるんじゃないか?」

「……。それは、まあ……」

「だろう?」

賛同を得られたことが嬉しいのか、ブラッドさんは上機嫌だ。

ただ、私達の会話に込められた意味を理解していない奴も、ここには居るわけで。

「おい、どういうことだ?」

代表するかのように、ルーカスが尋ねて来る。私とブラッドさんは顔を見合わせ……とりあえず私の方から話すことにした。

「いや、だって、ルーちゃんのあれは遅くきた反抗期じゃん。……あのね、『反抗期』って言葉で済ませられちゃう程度なの」

「は?」

「だからね、ルーちゃんは仕事をボイコットしてないし、国家反逆と言われるようなこともしていないでしょ。自分の望みを叶えたいだけなら、自分が最強の交渉材料になるんだし」

「しかし、王命であったセレスティナ姫のことは……」

「確かに、放置はよくないよ。だけどさ、嫌がらせしてたのはルーちゃんへの点数稼ぎをしたかった奴らだよ? あと、セシル達は放置生活を満喫していたから、あんまり問題ない」

「放置生活を満喫……」

煩いぞ、玩具。生温かい目で見るな、さらっと流せ!

「ブラッドさんはそれを利用したんじゃない? 結果として、くだらないことをする連中は排除されたし、残ったのは忠臣の素質ありな人達だけ」

「しかし、お前が動いたからだぞ?」

「私が動かなかった、もしくはこの世界に居なかったら、何かしら画策したんじゃない? 傍に居なければ、ほぼノーマーク……裏工作し放題じゃない」

「な……」

肩を竦めて言い切れば、さすがにそこまでは予想していなかったのか、ルーカス達は絶句した。

だよねー、うん、その気持ちも判る! どう考えても、主たるルーカスを囮にしたようにしか思えないもの。

ただ、ブラッドさんならやりかねないと思うんだ。事実、彼は面白そうな顔で眺めているだけで、否定の言葉を口にしない。

「しかし、俺に失望して命を絶った者も出たとあっては……」

「それ! 気になってたんだけどさ、その人、本当に自殺?」

ぴし! と指差すと、ルーカスは軽く目を見開いた。

「……違う、と言いたいのか?」

「あくまでも想像だけど、私はそう思ってる」

「魔導師殿、そう思う理由を説明してくれないか? 当時を知るからこそ、私も君がそう判断した理由が知りたい」

訝しげなルーカスだけでなく、ヴァージル君も話に乗ってきた。黙ったままのサイラス君とて、興味があるらしく、視線で先を問うてくる。

……。

まあ、この場でならいいか。あくまでも私個人の予想、だものね?

「まず、ルーちゃんの反抗期によって、失望する輩が出た。それは事実だと思うけど、二種類に分けられると思う」

「二種類?」

「『純粋に失望した人』と、『第一王子の傍に居る旨みがないと判断した人』ってこと。前者は主への失望、後者は自分の利がなくなることを危ぶんだから」

『王太子の側近』、もしくは『王太子に便宜を図ってもらえそうな立場』という立ち位置を求めた人からすれば、王命に逆らっているルーカスに見切りをつけても不思議はない。

「それだけならともかく、第二王子殿下に擦り寄ろうとしたかもしれない。この時点で、『王家に忠誠を持つ』のではなく、『自分のために王族を利用する』ってことになる」

あの弟王子君達ならば、そんな輩に騙されることはないと思うが……年下だからこそ丸め込んでしまえる、とか思われそう。

功績がないのは単純に年齢的な問題なんだけど、だからこそ、『今ならば』とか思う奴とか出るかもしれない。

「まあ、ここまでなら王族の傍から排除すればいいだけ。問題なのは、『キヴェラの内情を他国に売り、取り入ろうとした場合』。ルーちゃんの反抗期って、キヴェラが憎い人や国にとっては、十分、付け入る隙になると思うんだ」

「それは……っ」

「うん、ばっちり反逆罪だねぇ。だけどさ、キヴェラが一枚岩じゃないことはもう理解できてるでしょ。それにさ、キヴェラ王はそんなことを許すほど甘い人かなぁ?」

はっとする三人。それでも否定の言葉が上がらないあたり、様々な意味でキヴェラ王への信頼(意訳)があるのだろう。

「『ルーカス様を諫めきれないことを憂い、お傍を離れます』……なんて言葉で離脱するだけならいいけど、それ以上のことをするなら、消されても不思議はない」

「……確かに」

「しかも、世間的には『自分自身の不甲斐なさを恥じて……』とか思ってもらえる。本当の理由なんて表沙汰にできないんだから丁度いいし、ルーちゃんだって反省したり、罪悪感を抱いたりしたんじゃない?」

勿論、これらは私の予想に過ぎない。

だが、当事者であるルーカスやヴァージル君は顔色を変えたまま、当時を思い返しているようだ。

「それにね、私がこんな風に考えた理由がもう一つある。……その人達の家族、ルーちゃんに抗議とか、恨み言を言ったりした?」

「……ない、な」

「いくらキヴェラ王への忠誠心があったとしても、ルーちゃんにもあるとは限らない。何らかの処罰を求めたり、周囲に涙ながらに訴えたり、涙を堪える姿を見せていたならば、違うかもしれないけどね。もしも、どこか不安げながらも、ほっとした表情なんてしていたら……」

「当事者だけで済ませてもらった安堵ゆえ、だろうね。魔導師殿の予想が当たっていたならば、無関係だった家族や家は守られるし、周囲からの目も同情的だ。いやぁ、我らが陛下は恐ろしいお方だねぇ」

私の言葉を引き継ぐような、けれど楽し気なブラッドさんの言葉を聞き。

……ルーカス達は完全に沈黙したのであった。