作品タイトル不明
キヴェラの苦労人達、覚悟を決める
――キヴェラ王城・一室にて(キヴェラ王視点)
「はは……そのうち遣らかすとは思っていたが、こうも早いとはな……」
ついつい鋭くなる視線を再度、サイラスより手渡された手紙へと向ける。
文面こそ、親しい友人に送るような砕けたものだが、その内容は見過ごせるようなものではない。
一つ溜息を吐いて、手紙を宰相達に渡す。彼らの顔色が悪いのも当然であろう……なにせ、あの黒猫からの手紙なのだから。
「サイラスよ」
「はい」
「お前はあの手紙の内容をどう受け止める?」
儂に忠誠を誓っていると公言して憚らない、若い騎士。彼は基本的に儂の決定には逆らわない。
だが、それなりにあの魔導師と過ごした時間があるせいか、最近では自分の考えを踏まえた意見を口にするようになった。
そういったところを好意的に受け止め、頼もしく思っている。今後のキヴェラには思考の柔軟性が求められるだろうから。
『主に逆らう』のではない。
『忠誠があるからこそ、言うべきことは口にする』のだ。
王や王族とは『上から見下ろす立場』である。その苦悩も、民間とは分かり合えるはずもない。生活や常識さえも異なってくるのだから。
我らができることは『思い遣る』か、『異なる立場の者達から話を聞き、納得した上で、政に活かす』こと。
『下から見上げる者』や『第三者という立ち位置に居る者』の声とて、国が存えるには必要であろう。
それを痛感したのは、あの魔導師にしてやられたからだ。
あの魔導師の立ち位置は特殊だが、あの娘はとことんこちらの持つ常識や経験といったものを無視してくれた。
……いや、少し違うか。
『無視した』のではなく、『理解した上で逆手に取り、攻撃に興じた』と言った方が正しかろう。
その結果が、祟り各種……もとい、屈辱的な敗北である。
自己中外道猫はこちらの迷惑など知らぬとばかりに、盛大にやらかした。
その姿に、在りし日の父上を思い出し。『こいつが三十年ほど前に来てくれたら……』と思ったのは秘密である。まあ、そう思ったのは儂だけではないはずだ。
あの当時に魔導師が居れば、父上のお気に入りの玩具――というには凶暴過ぎる気がするが――として気を引き、その関心を一手に集める存在になっただろうに。
「私は……好機と受け止めました」
「ほう?」
おや、珍しい。こやつは比較的、魔導師を諫める傾向にあったと思うのだが。
勿論、そういった言動は、何だかんだと魔導師を案じているゆえのこと。言葉こそ素直ではないが、基本的に善良な性格をしているのだろう。
だが、サイラスが『好機』と口にした。ある意味、珍しいことである。
「アロガンシア公爵夫妻は……これまで陛下を始めとする皆様より、幾度も諫められております。先日の一件も含め、反省する機会はもう十分に与えられたと思うのです」
「まあ、な」
サイラスがひっそりと拳を握り締める。近衛騎士ゆえに奴らに接する機会も多く、諫めてきた儂らの苦労を知っているからこそ、余計に許せないのかもしれない。
「魔導師殿の手紙にもありましたが、あの方達は先日の一件すら、『リーリエ嬢の保護者であるからこそ巻き込まれた』と思っていても不思議ではありません。他国の皆様の目があることを踏まえ、陛下がキヴェラの恥を極力晒さないように気遣われたことすら、自分達の都合の良いように捉えている気が致します」
サイラスよ、徐々に目が据わってきていないか……?
「しかも! そのようなことがあった後さえ、全く懲りていないのです。確かに、あの一件の後ではキヴェラに居辛いでしょう。ですが、それは自業自得であり、明確な処罰が下せないからこその対処であったはず」
「そうであった……なぁ」
思わず、深々と溜息を吐いてしまう。改めて口にされると、情けなさもよりいっそうだった。
こちら側の策に関わっていたとはいえ、近衛騎士ですら理解できているアロガンシア公爵夫妻への『対処』。
何故、元王女であったり、公爵家に生まれた者達が、それらを理解できないのか。
「その程度の理解力もないのです。ですから……もう諦めました」
「ん……?」
ふっと、サイラスは乾いた笑みを浮かべる。
「あの方達に期待するだけ無駄……いえ、常識的な行動や思考があると認識する方が間違っているのではないかと。寧ろ、異世界産の外道猫が遣る気になっているのです。ここは『死ななければいい』程度の条件を提示して、遊び相手として差し出せばいいのではないかと」
「珍しく言葉を選んでおらんな」
「『一応』不敬罪というものは理解できていますし、近衛として恥を晒す気もございません。しかし! これ以上、陛下を始めとする皆様に負担をかけるようならば、一度、異世界の恐怖を味わわせてやれば良いとすら思ってしまうのです」
(サイラスの発言・意訳)
『不敬罪は理解できてるし、近衛としての質を落とす気もない。しかし、あの馬鹿どもは駄目だ。説教はスルーするし、叱られたところで頭にゃ残らん! 真正の馬鹿だ。ここは一つ、異世界産の外道猫の玩具として進呈し、心と体に深い傷の一つや二つ負わせればいいと思う。あいつなら、傷を負うまで甚振ること、請け合いだ。殺られちまえ!』
……。
サイラスよ……お前、本当にあやつらを嫌っているのだな。
見ろ、お前の全力疾走に慣れた者達でさえ、言葉を失ったまま凝視しているぞ?
ただ、サイラスの気持ちも判らなくはなかった。
側室であるソフィアのことは勿論、第二王子の後ろ盾や未来の側近となる者の実家であることを踏まえ、重い処罰に問うことを避け続けた結果が現状なのだ。
幸い……という言い方は悪いが、今回は仕掛けたのがバラクシンということもあり、バラクシン王家の協力が得られるだろう。
だが、その前に。
「サイラスよ、儂が決断せぬばかりに、お前達には多大な苦労を掛けてしまったようだな。すまない」
「陛下!?」
心からの謝罪には程遠い。それでもキヴェラの王たる儂の行動は周囲の者達を驚かせたようだった。
謝罪の言葉と共に頭を下げた儂を、サイラスだけでなく部屋に居た者達が驚愕の表情で眺めている。
……そうだな、以前のキヴェラではあり得なかったことだろう。これもあの魔導師が切っ掛けとなって表れた変化、というやつか。
だが……悪くはない。
キヴェラが敗北した折、誰もが儂を責めなかった。敗北を知らなければ、彼らの想いにすら気付けなかったことだろう。
「儂もそろそろ腹を括るべきだろう。大国キヴェラの王がここまで嘗められたのだ、あの愚か者達にはきっちりと責任を取らせるべきだろう」
それでもアロガンシア公爵家が没落することはない。あの家は次代に必要なのだから。
だからこそ、これまで何もできなかった。公爵家が世代交代するまでは、と。
――しかし、今は賢さを間違った方向に活かす黒猫が居る。
「こちらも裏が取れ次第、バラクシンに連絡を取るぞ。ああ、魔導師殿にも誘いをかけるか」
「それならば私が!」
「頼んだ」
即座に反応するサイラスに頷く。なに、アロガンシア公爵家のことならば、魔導師殿とて無関係ではない。
今回も情報を貰っているのだ。ここは誠意を見せ、当事者として巻き込むべきであろう。
「さて、どのような決着が良いか。ああ、何やら楽しみになってきたな」
『楽しみ』などと言いつつも、儂の目は笑っていないのだろう。だが、それは周囲の者達とて同じこと。
いつもならば青褪めるばかりの『黒猫からの手紙』。今回ばかりは幸運の手紙とばかりに皆に伝わりそうだった。
「……覚悟しろ、愚か者どもが」
興奮と期待ゆえか、妙な空気が漂う室内。誰もが今後のことを思い、どこか楽しげな笑みを浮かべていた。