軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

キヴェラの苦労人達、頭痛を覚える

――キヴェラ王城にて(サイラス視点)

マナーを無視した全力疾走、しかし咎められることなく、俺は目的の場所についた。

一応、入室にあたり息を整えようとするも、扉を守っている騎士達の表情は誰が見ても引き攣っている。

そうか、お前らも察したか。

いい加減に学習するよな? 普通。

擦れ違った人達は、王城では有事の時以外にあり得ないだろう俺の姿に驚愕していたが、こちらも説明している暇はないので、そのまま駆け抜けた。

……。

いや、ある意味では今回も『マナーなんて気にしていられない事態』か。

下手をすれば、こちらが対処を講じる前にバラクシンから抗議が届いてしまう。

そもそも、俺の全力疾走は魔導師からの手紙が届いた時限定。

これまでも似たようなことがあったのだ。陛下だけではなく、それに気付いている人達もそれなりに居るのだろう。

事実、擦れ違った人達の何人かは顔を引き攣らせて俺を見ていた。あれは間違いなく、俺が全力疾走している意味を知っていたに違いない。

一足早く人々の不安を煽ることになってしまったが、俺に後悔する気持ちは『全く』なかった。

寧ろ、俺の心労の一部でも味わいやがれ! とすら思っている。あの馬鹿どもを放置している奴らなんざ、気遣ってやる必要はない。

……そう思うと同時に、更なる怒りが込み上げた。

元王女であり、現公爵夫妻である以上、必然的に奴らを諫められるのは陛下や王族の皆様――王妃様やご側室、年齢的な意味でルーカス様――に限られる。

しかし、貴族として、騎士として、何より陛下に忠誠を誓う者として! 苦言を呈することはできるじゃないか。

王城に居る者だけでなく、多くの貴族達がそれを『しなかった』。その結果が、他国への迷惑行為。

一度、魔導師にきっちり〆られちまえ! と思う俺は悪くない。

あの黒猫から直々に恐怖を味わわされれば、目が覚めるかもしれないじゃないか。

「サ……サイラス? お前、顔が怖いぞ?」

「落ち着け? な!」

「い……っ……いいから、さっさと、そこを、退け……っ!」

「いや、お前こそ何を言ってるんだよ」

「俺達、仕事中。お前だって、その状態で陛下に会う気か? せめて息を整えろ」

俺の表情から『何か』を察してしまったらしい同僚達――現在の扉の守衛担当――が落ち着かせようとしてくるが、逆効果だ。

だって、もう遅いだろう……? あの馬鹿どもは『行動してしまった』のだから!

「……っ……ああ、気にするな。……すぐに、お前達も、俺の気持ちが痛いほど理解できるようになるからな……っ」

息を整えつつ、手に持った手紙――封筒が皺だらけなのは、見ない振り――をひらひらと振って見せる。

勿論、笑顔で。目が笑っていない自覚はあるが、この状況では仕方あるまい。

「え゛」

「お前、まさか、それって……!」

「お察しの通り、イルフェナの黒猫からのお手紙だ。はは、異世界産の畜生の方がまともだとはな」

「異世界産の畜生……」

「人型をした人外でいいだろう、あれは。何でも、元の世界では『犯罪歴皆無の一般人』らしいぞ?」

「マジか!?」

「……魔導師殿は修羅の国の出身か何かで?」

「世界一平和な国出身、と自己申告しているぞ? ……誰も信じていないが」

「「え゛」」

同僚達の顔が揃って引き攣った。そうだな、そうだろ、あれが『犯罪歴皆無の一般人』とか、どんな国だよ。恐ろし過ぎるだろうが。

ただ、今回ばかりは、その『貴方の身近な恐怖』と称する自称『犯罪歴皆無の一般人』の存在がとてつもなく頼もしい。

「はは……安心しろ。どちらかと言えば、今回は陛下の味方だろう。いや、あの馬鹿どもを〆るために陛下の味方をすると言った方がいいかな」

『あの馬鹿ども』という言葉を口にした途端、誰のことを言っているか察したらしい同僚達の顔に嫌悪が滲む。

「おい、まさか『あの方達』か?」

「嘘だろ、陛下に叱責されたばかりじゃないか」

「叱責されたことすら、あの方達にとっては『お兄様から叱られた』程度なんだろうさ」

当たり前だが、あれはそんなに軽いものではない。

確かに、断罪の主役はリーリエ嬢だったろうが、公爵夫妻も陛下に叱責されていたはずである。

ただ、あの場はあくまでもリーリエ嬢が主役(笑)であったから、公爵夫妻への叱責は他国の方達の目がある場ではなかった。

多少は魔導師達と揉めたが、あくまでも『その程度のこと』。ルーカス様からの謝罪があったこともあり、表向きは穏便に済まされてしまった。

「やっぱり、処罰されないってのが大きいんだろうさ。先代に見逃されるような方達だからな」

結論を言えば、同僚二人も苦々しい顔で溜息を吐いた。近衛騎士である以上、公爵夫妻とリーリエ嬢の醜聞を見聞きする機会はそれなりにある。

この同僚二人も当然、それに該当する。陛下に忠誠を誓っている騎士達にとって、あの公爵家の三人は疫病神以外の何物でもない。

「理解したか? じゃあ、そこを通してくれ」

息も整いそう告げると、同僚達は顔を見合わせて左右に退いた。

「本来ならば、職務放棄に当たるが……非常事態だ。仕方ない」

「お前も苦労するよな、サイラス。ま、頑張れ」

「……おう」

微妙な激励を受け、室内へと足を進める。必然的に集まる視線を受けながら、俺は陛下の傍へと歩み寄った。

「お話の途中、大変申し訳ございません。緊急を要する事態につき、無礼を承知でこの場に参りました。お叱りは如何様にも」

深く礼をしつつ、一応の謝罪を。本来ならば、一介の騎士如きに許されない暴挙であることは理解できている。

それでも、いち早く陛下にこの手紙を届けねばなるまい。己の処罰よりも国の行く末だ。

「……。サイラスよ」

「は……」

「また、あの黒猫からか……?」

「……はい」

「……」

「……」

「そうか……」

陛下の声に疲労が滲んでいるのは、気のせいではないだろう。当然だ、普通は頭痛を覚えるだろうな。

「顔を上げよ。お前を罰するつもりはない」

陛下の言葉に顔を上げれば、そこにはどこか遠い目をした陛下の姿。お労しいことである。

「こちらを。先ほど届きまして」

手にした封筒を差し出す。明らかに皺のよった封筒を目にした陛下の眉が上がるが、そのことに対する追及はなかった。

そして陛下は、徐に手紙に目を通し。

「あ゛?」

一気に表情を険しくするなり、怒りを滲ませた声を上げた。

「……陛下。その、魔導師殿は『今度は』何を……?」

この場に居る皆様の代表のような形で、宰相様が恐る恐る声を掛ける。

その声に恐れが滲むのは陛下の怒りを感じ取ったからであり、同時に、魔導師が伝えてきた用件を恐れているかのようであった。

だよなー! 黒猫の手紙に、陛下のこの反応!

そりゃ、皆様も覚悟するよな。前科があるし!

無表情を装いつつも、内心、宰相様の言葉に深く頷く。黙って様子を窺っている皆様も同じ心境であろう。

あの魔導師は何をやらかすか判らないので、親しくない者からすると、『黒猫からのお手紙』(意訳)はすこぶる怖いのだ。

と言うか、総合的に見れば、キヴェラが対処すべきことを教えてくれているのだが……あの魔導師が知っている以上、情報源はほぼ間違いなくイルフェナ。

つまり、他国に恥を晒しているも同然。

情けなさに、頭も痛くなろう。

「あやつらは、本当に、救いようがない愚か者のようだなぁ……?」

抑えきれない怒りのためか、陛下の手が封筒をぐしゃりと握り潰す。そんな陛下の姿は、皆様の恐怖を更に煽ったようだった。

「あやつら、ですか?」

宰相様の問いに、陛下はふっと乾いた笑いを浮かべ。

「アロガンシア公爵夫妻だ。どうやら、儂の言葉は『全く』届いていないらしい」

『はぁ!?』

皆様の声が綺麗にハモる。そうだな、誰だってそう思うよな……!

何せ、アロガンシア公爵夫妻は陛下に叱責されたばかり。しかも、絵本の営業にも駆り出されていたはずだ。

それなのに、すぐに問題行動を起こすなんて、誰だって思わないだろう。あんまりにも頭が悪い。

「さて、どうしてくれようなぁ?」

怒りを滲ませ、凶悪な表情を浮かべる陛下に、俺は――ひっそりと笑った。