作品タイトル不明
小話集39
小話其の一『教材、撃沈直後』(モーリス視点)
――教会・客室にて
「……」
ブレソール伯爵は己の今後が決して明るくないことを悟ったのか、黙り込んでいる。
もしくは、どうやったらそんな未来を回避できるのかを考えているのだろうか?
……だけど、僕はそんなことをしても無駄だということを『知っている』。
ミヅキさんは彼のことを『教材』だと言った。
つまり……『ブレソール伯爵はすでに、この国に必要と思われていない』。
いくら何でも、国に必要な人を教材扱いしないだろう。
しかも、今現在は王家と繋がりがあり、教会のトップである聖人殿が咎めていない。
これ、どう考えても『ブレソール伯爵の今後が決まっている』ということじゃないのか?
勿論、これらは僕の憶測でしかない。だが、未熟な僕から見ても、ブレソール伯爵の扱いは色々と、その……おかしいのだ。
「気にすることはありませんよ」
僕の内心を察したのか、聖人殿が傍に来てこっそりと話し掛けてくる。
「いくら『彼女』に恩があるとはいえ、何の落ち度もない者を貶めるようなことはできません。……そうですね、それが処罰対象者でもない限り」
「処罰対象者……」
「『教材』にする以上、王家にお伺いを立てなければなりませんからね」
「あ……!」
聖人殿の言葉に、はっとする。
そうだ、いくらミヅキさんと聖人殿が親しかったとしても、ブレソール伯爵はこの国の貴族……勝手な真似をすれば、国から抗議されるだろう。
だけど、ミヅキさんや聖人殿がそういったことを心配しているようには見えない。
ならば、この一件はすでに王家に通達済みどころか、僕の『教材』は王家が提供した可能性もあるじゃないか。
……だけど、疑問に思うのも当然であって。
「あの、いくらミヅキさんの人脈が凄かったとしても、この国の王家がそこまでしてくれるものでしょうか?」
物凄く親しかったとしても、そこまで我侭を聞いてくれるものだろうか?
ミヅキさんは勿論のこと、僕だってこのバラクシンの出身ではない。あまりにも優遇し過ぎている。
疑問を口にした僕に、聖人殿は『そう思うのは当たり前のことですよ』と言いながら頷いてくれた。
……やはり、僕が疑問に思うことは間違っていないらしい。
だが、そうなると益々、判らなくなってしまった。いくらバラクシン王陛下がお優しい方だったとしても、他国の貴族の教育に携わってくれるとは思えない。
混乱する僕を凍り付かせ……いや、落ち着かせたのは、裏事情を知っているらしい聖人殿の言葉だった。
「単純なことですよ……あの人、王家と交渉したのだと思います」
「え?」
「一言で言えば、『手を組んだ』ということですよ」
……。
あの、それ、僕が、知ったら、いけないこと、なんじゃ……?
固まった僕に構わず、聖人殿は更に続けた。
「『彼女』は教材が欲しかった。王家は邪魔なゴミを始末する切っ掛けが欲しかった。貴方の追い詰め方にもよりますが、『他国の貴族に不信感を抱かれるような言動があった』という事実さえあれば、取り調べを行なう切っ掛けにはなりますからね」
「僕は……利用された、と?」
「そう思われても仕方ありませんし、ある意味ではそれが正しい解釈なのでしょう。ですが、ブレソール伯爵が既に目を付けられていたことは間違いありません。『あと一押し』が必要だったのでしょうね」
「処罰できるだけの証拠があっても、それだけでは弱い、と?」
疑問を口にすると、聖人殿は深く頷いた。
「この国の教会派貴族達の結束は馬鹿にできません。一人が痛い腹を探られれば、連動して処罰を受ける者が出る可能性もある。それを回避するため、教会派貴族達が王家に抗議をしたら、どうなると思います?」
「……。よっぽど明確な証拠、もしくは他国からの抗議などがない限り……バラクシン王陛下も強硬な手段はとれないと思います」
国が一枚岩でないことは、どんな国とて同じだろう。
特に、このバラクシンという国は王家と対立する形で教会派なんて派閥が存在するのだ。
いくら弱体化しかけていると言っても、そう簡単に影響力がなくなるわけじゃないだろう。
ならば、今は少しでも力を保てるよう、同派閥の貴族を庇う者が出ても不思議はない。
「では、僕はその切っ掛けになれた……ということでしょうか?」
自分で言いながらも、疑問に思う発想だ。他国の情勢に関与なんて烏滸がましい……というより、僕自身、先ほどの遣り取りがそこまで効果があるとは思えない。
しかし。
聖人殿はふっと乾いた笑いを浮かべると、意味深に笑みを深めた。
「『彼女』が関与できるようになるじゃないですか」
「……え?」
「貴方にとっては学ぶ機会、王家にとっては憂いを排除する切っ掛け。『彼女』にとっては憂さ晴らし」
「憂さ晴らし!?」
とんでもない単語にぎょっとするも、聖人殿の笑みは崩れない。
「この国の教会派貴族全てとは言いませんが、自国の王族に対して嘗めた態度を取る者達が、他国の方達にだけ態度を改めると思いますか?」
「あ~……無理、ですかね?」
「その通りです。はっきり言ってしまいますが、一部の教会派貴族どもが『彼女』と盛大に揉めまして」
「え゛」
「よりにもよって、『彼女』とそのお仲間達の逆鱗に触れたのですよ。それでもバラクシン王家に非を持たせるわけにはいきませんから、『とりあえずは』バラクシン王陛下の謝罪で済ませた過去があるのです。ええ、『一応は』済んだことですよ」
「あの、何故、『とりあえず』とか『一応は』って強調するんですか?」
「……。それが『最善の対処』であっても、個人的に納得しているかは別ものですからね」
どうやら、この国の教会派貴族達はミヅキさんを相当怒らせたらしい。
その恨みと怒りが消えておらず、今回の僕の教育も憂さ晴らしの一環のようだ。
……。
……。
ミヅキさん、貴女は本当に……何者、なんですか……?
※※※※※※※※
小話其の二『続・教材、撃沈直後』(ブレソール伯爵視点)
(どうしたらいいのだ……!)
私の心はそんな言葉で占められている。だが、良い考えなど浮かぶはずもない。
こんなことになったのも、ガニアの若造が原因だ。一見、頼りないように見えたあいつは……私に明確な敵意こそ見せないものの、的確にこちらを追い詰めたのだから!
『不敬罪、ですね』
始まりはそんな一言。
『僕は他国の貴族ですよ? その僕の前で、バラクシン王陛下を【情けない】と貶めるなんて……。しかも、【言いなりになった】と言いましたよね? バラクシン王陛下は魔導師に従順だったのですか』
ついつい洩らした私の本音を即座に掬い取り、追い詰める手段にしてみせた。
そして、そこからがまた酷かった。
『ああ! ご安心ください。紹介状を頂いた手前、僕はシュアンゼ殿下への報告に嘘は吐けません。しかし、殿下は僕如きの報告だけで事実と認識するような真似はなさらないでしょう。きっと、【きちんと裏を取る】でしょうし、場合によってはバラクシン王家にお伺いを立てるでしょう。特に険悪な関係ではないのですから』
『バラクシン王陛下は温厚な方と聞いていますが、ご自分の悪評を放置するような方ではないでしょう。ああ、激怒するという意味ではないですよ? そのように思われる要因を精査し、ご自分に非があれば、謝罪されるのではないのでしょうか?』
……こちらを気に掛けているようで、その言葉には救いがない。
バラクシン王を『良き王』と持ち上げる一方で、奴が口にした王の誠実さは、私を追い詰める刃となる。
更には『ガニアのシュアンゼ殿下に報告の義務がある』ということを強調しつつ、自身は良くしてくれた存在への誠実さを語るだけ。
これでは咎めることなどできまい。
あの若造は何一つ、王家を貶めることなど口にしていないのだから。
寧ろ、何も事情を知らない奴が聞いたところで、その誠実な人柄が評価されるだけであろう。もしくは、自国の王への高評価を喜ぶか。
とにかく、あの若造の発言が拙いと感じるのは、私自身に後ろめたいことがあるからに他ならない。
ここで黙らせようと、身分を盾に盛大に喚き散らそうにも、聖人経由で王家へと話が伝わってしまうだろう。
完全に詰みだ。私の、我が家の未来は暗い。
「……ん?」
ふと気づくと、いつの間にか聖人とあの若造の姿が消えている。
自分の考えに没頭するあまり、退室したことにすら気付かなかったようだ。
……そして。
室内に視線を巡らせると、私の背後にある椅子に誰かが座っていることに気付く。
そいつは黒を纏う若い女だった。
面白そうな表情をしつつ、こちらを眺めている。
余裕で美人と言える容姿だが、私が感じたのは恐怖だった。
ぶっちゃけ、二度と遭遇したくない奴である。
「なぁっ!? な、貴様、なんでここに!?」
「はぁい♡ 来ちゃった♪」
盛大に動揺し、声を上げるも、女――魔導師は軽く片手を上げ、『来ちゃった♪』などとのたまう始末。
そして、次の瞬間には私の背後に転移し、肩を組むように手を回す。
「面白い情報を見付けたから、王家に進呈しようと思って。……ああ、お迎えに来てくれるらしいから、このまま一緒に行こうね♪」
そのまま魔導師は笑みを深め、無邪気に私を絶望へと突き落とす。
「いっぱい『お話し』しよ♪」