作品タイトル不明
お勉強開始 其の一
――ブレイカーズ男爵家の一室にて
「はい。まずはこれを渡しておくね」
そう言いつつ、私はモーリス君に一枚の紙を渡した。
受け取ったモーリス君は紙に書かれていた内容を見た途端、困惑した表情になる。
「あの……これは一体……?」
まあ、そうなるのも仕方あるまい。こんなものは見たこともないだろうから、戸惑うと言うか、困惑するのも納得だ。
私が渡した紙には『簡易版:話の流れを掴む手順』と題され、一番上に『話し掛けられた内容』に対する二択。
その後は矢印によって枝分かれし、下に行くごとに更に選択肢が増えるようになっている。
人はそれを『フローチャート』という。
この世界には多分、ない。
モーリス君の場合、いきなり経験を積ませたところで、大して身に付かないだろう。
生きた人間が相手である以上、受け答えや話題などは千差萬別。明確な正解なんて、事前に用意できるわけがない。
これまでのモーリス君を見る限り、彼はどちらかと言えば、きっちりとした手順に沿って物事をこなすタイプのような気がする。
そんな人に『とりあえず実践してみよっか♪』と言ったところで、上手くできるわけがない。
で。
私は考えたわけですよ……『だったら、フローチャートでも作って、ある程度の手順を覚えさせればよくね?』と!
これならば会話の持って行き方というか、骨組みがあるようなものだし、話題についてはその場で臨機応変に対応すればいいだろう。
なお、一番最初の選択は『会話を続ける』と『会話を終わらせる』であ~る。
苦手な話題だったり、あからさまに悪意を向けてくる人が相手だった場合、速攻で逃げるのも一つの手。
これは敵前逃亡ではない。
撤退という『選択の一つ』なのだ。
……。
そういうことにしてくれ。少なくとも、今回はそれで通す。
モーリス君の場合、まだまだこういった会話での探り合いやバトルに耐性がないので、顔や態度に出たり、ボロを出す可能性・大。
誰でも最初は初心者なので、これに関してはモーリス君を責めるつもりはない。
ただ、普通は親が横に居てフォローしたり、親しい大人が助け舟を出したりして徐々に学んでいくもの――経験を積む、ということですな――だと思う。
モーリス君の場合、それがこなせる大人が居ないため、経験を積む前に何かしらのポカをやらかしそうで怖いのだ。
能力的には最強義母様が保護者の役割を担ってくれるとありがたいのだが、彼女には敵も多いので、止めた方がいいだろう。
立場的にも適任なんだけどねぇ……戸籍的にも『前男爵の後妻』であり、『義母』なんだもの。
「とりあえず、会話の持って行き方というか、骨組みみたいなものだよ。目的によって話の進め方が違うから、作ってみた」
「……確かに、こういったものがあると判りやすいですね。その、僕はコツコツと組み上げる作業や勉強などは得意なんですが、どうにも咄嗟の対処といったものに弱くて」
「それを自覚できているなら、大丈夫だよ」
マジでな。いや、本当に冗談抜きでそう思うんだわ。
一番厄介なのは、『学校のお勉強ができる=自分は優秀!』と思い込んでいる人なので、モーリス君のような勤勉で素直なタイプは非常にやりやすい。
当たり前だが、『学校のお勉強ができる』は優秀とイコールにはならない。
事前の知識がある、というだけだと思う。記憶力が良いだけでも、『優秀』と言えてしまうじゃないか。
それで政の全てを難なくこなせるならば、経験を積ませる必要なんてないからね。寧ろ、天才揃いだろう。
そもそも、領地経営は自然災害あり、疫病ありの、『いつ何が起こるか判らない』というもの。
いくら過去の記録があっても、状況によって対処方法が変わってくる場合があるので、重要なのは『得ている知識を活かせるか』。
計算式のように答えが一つだけじゃないのです。それを理解せず、己の遣り方に(無駄な)自信を持っていると、とんでもないことになる。
モーリス君にはそれらをしっかりと理解してもらいたい。と言うか、胸に刻んでおけ。
彼の場合、当主になることが最初の山場になるせいか、『僕がやらなければ!』という、他者を頼らない独り善がりの姿勢になる可能性があるからだ。
責任感があることは良いことだし、私達も『君が使用人達を守る立場になる』とは言ったけれど、一人で全てを背負う必要はないのだから。
誰かを頼っても、利用してもいい。
重要なのは『結果を出すこと』でしょ?
そのためにも、モーリス君には利用できる人達……違った、有事の際に頼りになりそうな人脈は必須だろう。
従兄弟の『彼』も頑張ってくれそうだし、今後は様々な人達との会話で『期待できそうな若造』くらいの認識をされてもらいたいものだ。
「君の場合、こういった会話に不慣れということもあるけれど、一番の問題は素直さとか真面目さだと思う」
「……素直さは判りますが、真面目であることも問題点になりますか?」
真剣な顔で聞いてくるモーリス君。疑問点を聞いてくるあたり、私の遣り方を学ぶ気はあるのだろう。
そうそう、それでいいの。自分で考えることを放棄し、無条件に従うよりも好印象ですよ♪
「なる。正確に言うなら、真面目というより、真面目さゆえに会話が固くなる」
「会話が固くなる……?」
「要は柔軟性がないってこと。当たり障りのない会話ならばそれでもいいけど、相手に探りを入れたり、探ってきた相手をかわす場合は、そこを突かれるだろうね」
慌てたり、挙動不審な姿を見せたら最後、『絶対に』その話題から離れてくれまい。
揶揄っているだけならいいけど、その程度で動揺する人に期待をかけてくれる貴族はいまい。
お貴族様は『個人』ではなく、基本的に『家』単位の評価。野心家も多いので、それなりに見る目は厳しいのだ。
なお、私の場合はこの『動揺する姿』を罠に使うこともある。
その後、調子に乗った相手を『さらっとした一言』(意訳)で落とすのはとても楽しい。
悪魔? 外道? 私にとっては、誉め言葉じゃないですかぁっ!
『自分を弱者に見せて、情報収集』も常套手段なので、モーリス君も将来的には身に付けて欲しいところ。
男爵家という下位貴族の立場を存分に活かし、上手く立ち回って欲しいものである。
「そんなわけで、今回からお勉強開始ね♪ まずはこれを一枚引いて」
そう言いつつ、袋をモーリス君に差し出す。中には『お題』が書かれ、見えないように折られた紙が複数入っていたり。
「ええと、これは?」
「これから私達と会話をしてもらうから、その『お題』だよ。ちなみに、最初に渡したフローチャートは見たままで構わない」
「とりあえず、流れを経験させるってことですか?」
「そう。何となくでいいから、会話の流れを覚えてもらう。まだ慣れないから、まずは見たままでやってもらおうか」
「そうですね、やってみま……」
「ちなみに、私は『敵』、ヴァイスは『高位貴族』、シュアンゼ殿下は『王族』という立場で会話するから」
「え゛」
ぴしりと固まるモーリス君。はは、民間人、もしくは教師役の私とだけ話をしても意味なかろう。
「当たり前だけど、私達は立場に沿った受け答えをするよ。君は『ブレイカーズ男爵』という立場で会話してもらうから」
拒否権はないよ――とばかりに、笑顔でシュアンゼ殿下がとどめを刺す。
さあ、ビビっている暇はないぞう。大丈夫、私達との会話に及第点を貰えれば、暫くは問題なく過ごせるから!
……。
これで君は『私達三人が面倒を見た存在(=教え子)』扱いになるんだけど、気付いてないっぽいですな。
三人組が今回に限り口を出してこないのは、それに気付いているからなんだけどね~?