作品タイトル不明
救いか、地獄か 其の三
「こ……公爵、家……」
『公爵』という地位に驚いたのか、それとも『隣国』という単語にビビった――国際問題になりますね♡――か。
『彼』は顔面蒼白のまま、絶句した。
そんな『彼』の姿に、私は内心、大笑い! いや、もうこれが罰で良いんじゃね!?
駄目だな、その程度で驚いていたら、父親を追い落とすなんてできないぞぅ?
仮にも野心家(仮)の一人ならば、形だけでも平静を装わんかい!
父親のことだけならば、多少は同情の余地があるだろう。しかし、『彼』の場合は事情が異なるので、手加減や同情は不要です。
父親の所業を知りながら、それらを己の一手とするために動かなかったしね? その時点で、『彼』は純粋な被害者に非ず!
第一、『彼』はブレイカーズ男爵家を犠牲にしようとしていたじゃないか。
そんな輩相手に、優しい対応なんざ要りませんよね! 私達から見れば、『彼』の所業は『自分のため』以外の何物でもない。
と、言うか。
仕掛けた以上、遣り返されても文句は言えないよなぁ?
『勝者』は仕掛けた者ではなく、『最後まで勝ち残った者』なんだぞ?
こ の 程 度 で 動 揺 す る な ら 、 何 も す る な 。
……まあ、個人的には色々と遣らかしてくれた方が都合が良いのだけど。
シュアンゼ殿下もとても楽しそうだし、ヴァイスも良い経験になるだろう。そういった意味では、多少の優しさを見せてやらなくもない。
……。
ネタを提供してくれた道化への報酬として。
さて、そろそろ正気に返ってもらいましょうか。このまま潰れてもらっても困るし、灰色猫もワクワクしながら聞いているだろうからね!
「はいはい、そろそろ正気に返ろうねー?」
パン! と手を打ち鳴らすと、『彼』はビクッ! と盛大に肩を跳ねさせながらも私を見た。
その表情からは未だ、想定外の事態への驚愕と怯えが見て取れた。さすがに『隣国の公爵家に喧嘩を売った』という情報は、精神的なダメージが大きかったらしい。
こっそりとヴァイスの様子を窺っていたけど、『彼』が基本的に視線を合わせているのは私の方。やはり、公爵子息様は恐ろしい模様。
……あれか、公爵子息のヴァイスよりも、『まだ』得体の知れない私の方がマシだとでも思ったか。
「あらあら、やっぱり身分を聞いたせいか、ヴァイスが怖い?」
「え!? い、いいえ! その、あまりにも申し訳なくて……っ」
「まあ、普通はそう思うよね」
「う……は、はい」
「抗議されたら、下位貴族なんて家ごと詰むもんねぇ」
「……」
黙った。微妙に涙目になるあたり、きちんと状況が理解できた模様。
「怖くて当然かな。『貴方が止めていれば防げた事態』だもの」
「……はい」
素直で宜しい。
ふむ、このままだと会話し辛いな。よし、ささやかながら温情を見せてあげようじゃないか。
「私の方が多少はマシに見えるみたいだねぇ。ま、爵位的には間違っていないけど」
「え……その、貴女は高位貴族ではないのですか?」
「違うよ。もっと言うなら、私は貴族ではない」
「そ、そうですか……」
あからさまに安堵する『彼』を、私は微笑みながら見守った。
ヴァイスだけでも大問題なのに、同行している以上、私も当然、襲撃の被害者だ。しかも、不問にするとは言っていない。
各家からの抗議と報復への恐怖。そういった未来予想に精神的な大ダメージを食らった直後、私から『貴族ではない』という暴露。
これ以上の醜聞――しかも、私はヴァイスと同じ国とは言っていない――は防げたとでも思ったのだろう。
ごめん、多分、それ大きな間違い♪
ヴァイス以外の面子に隣国の高位貴族はいないよ、『貴族』はね?
残っているのはこの国の第二王子様――養子だけど、国王一家とは昔から家族同然――と異世界人の魔導師です♪
ラフィークさんも『彼』の家よりは爵位が高いようだけど、没落貴族もいいところと本人が言っていたので、爵位は形ばかりのものだろう。
何より、ラフィークさん自身がシュアンゼ殿下の傍仕えとしての立場を優先させているので、ラフィークさんに関しては不問にできる可能性がある。
……だけど、私と灰色猫は大・問・題☆
ええ、私は貴族じゃないんだ。『隣国の高位貴族』はヴァイスだけ。それ『は』嘘に非ず!
ただ、ちょっとばかり様々な国と関わった(意訳)挙句、『異世界人凶暴種』と呼ばれているだけで。
正直なところ、シュアンゼ殿下以上に、私の方が拙いだろう。報告の義務がある以上、最低限、過保護な親猫様がチクリとお小言を言いかねん。
……。
まあ、今はまだ黙っておこう。大本命は最後に来るものさ。
『彼』が意気消沈して、交渉どころではなくなるかもしれないし。
「とりあえずは落ち着いた? 話を進めていいかな?」
三人組からの物言いたげな視線を綺麗にスルーして問い掛けると、『彼』はこれ以上の失態を冒せないと悟ったのか、即座に姿勢を正して頷いた。
「はい。そう言ってくださる以上、多少の減刑は望める……いえ、『行動次第で、減刑を望むことが許される』と思っても宜しいですか?」
「……いいよ、それは約束しましょう」
潰れてもらっても困るしな。まだ頑張ってもらうつもりだもん。
……何て本音はぶっちゃけられないので、ヴァイスに一度視線を向け、頷いたことを確認してから了承の返事を。
パフォーマンス? はは、何のことかな。企んでいるように見えるなんて気のせい。気のせいですよ!
今現在、『彼』をビビらせているのは公爵子息なヴァイス君なので、ヴァイスの了承も必要じゃないですかぁ♪
実際には獲物が罠にかかった合図だけど。逃がさないわよ~ぅ。
「そうそう、まず最初のお願い♡ ……私達に名乗らないこと」
「は? その、貴族としては名を名乗ることが当然だと思うのですが……」
不思議な『お願い』に、困惑気味の『彼』。だが、これには理由があるのだ。
「名乗れば『知っていることになる』。名前を聞かれただけだと、『誰ですか、それ?』で通せるからね。わざわざ顔が判るようなものを持って、『知っているか?』とはあまり聞かないでしょ」
襲撃が起きてしまったことは変えられない『事実』。そして、私達が襲撃犯から聞いた依頼者の名前は『彼』の父親。
こればかりはどうしようもないし、隠しようもない。シュアンゼ殿下が王族だからこそ、罪の隠蔽が不可能とも言う。
……しかし、『彼』のしたこと――父親の所業を見逃したり、自分の家のためにブレイカーズ男爵家を利用しようとしたこと――ならば、ギリギリ誤魔化せる。
勿論、親子なのだから連座による処罰は免れない。だが、その『処罰』を今回の課題に組み込んでしまえば、『彼』も『彼』の家も存続が可能だ。
「一言で言えば、誤魔化しができるのよ。私達が襲撃者から聞いた情報は『依頼者の名前と依頼者の息子はまともそう』ということだけ」
「君と君の家を『ブレイカーズ男爵家を立て直すために必要な存在』ということにしてしまえば、温情ではなく、こちら側の事情という建前で見逃すことができる、ということだ」
『息子さんは気の毒ねー、でも、こちらの事情(課題)のためには必要なのー』
『だから、こちらの手駒にすることを処罰にしてもいい?』
簡単に言うとこんな感じ。ブレイカーズ男爵家の立て直しはシュアンゼ殿下の課題な上、協力者に私が居ると説得力抜群です……!
私は『敵も味方も容赦なく使う』と知られているので、多分、多くの人が『彼』を憐れんでくれるだろう。
……。
『猫達の玩具にされて大変ね』って。
「ブレイカーズ男爵家の立て直しは『ある方』の課題なの。そして、私は使えるものは何でも使って結果を出すことに定評がある。だから、そこに組み込む」
「で……ですが、その、『ある方』は納得してくださるのでしょうか? 個人的には大変ありがたいお話ですが、『ある方』は……高位貴族なのでは?」
「ああ……まあ、普通はそう思うよねぇ」
いえ、最初から私達の会話を聞いてますけど、そのお方。
クローゼットの中に従者と共に潜んで、出番を今か今かと待っていると思います。
「そろそろ会話に加わっていただいても宜しいのでは?」
ヴァイスも頃合いと思ったのか、ちらりとクローゼットに視線を向けながら提案してくる。
ただ、『彼』はそんなことに気付かず、困惑気味に私達を見つめていた。
……。
おーけい、それじゃ、そろそろご登場願いましょうかぁっ!
「それじゃ、登場してもらおうか。ぶっちゃけますと、最初からこの部屋に居るんだわ」
「え゛」
「お待たせしました! 出番ですよ、灰色猫ぉっ!」
「は? 灰色……猫!?」
益々、困惑している『彼』をよそに、私はパチリと指を鳴らす。
その途端、部屋中に紙吹雪――幻影です――が盛大に舞い散り、クローゼットの扉が勢いよく開いた。
「やあ。待ちくたびれたよ」
呆気に取られる『彼』の姿を視界に収め、シュアンゼ殿下は楽し気に笑みを深めた。