軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お誘いは唐突に

――とある貴族の館にて(元凶の息子視点)

「……お静かに」

「……!?」

部屋に入った途端、首にヒヤリとしたものが突き付けられる。……背中を冷たい汗が伝った。どう考えても、友好的な存在ではない。

「何が目的だ?」

どうにか声を出すも、僅かな震えはバレているのだろう。その人物は揺らがぬ優位を確信しているのか、気配の乱れすらない。

――迂闊だった。

頭を過るのは、そんな言葉。

ガニアは王弟殿下の処罰以降、不気味なほど落ち着いているが……それが『嵐の前の静けさ』でしかないことなど判りきっている。

最大勢力の派閥が潰れたとはいえ、処罰を受けたのはその頂点である王弟夫妻と極一部の貴族達。

そんな状況になれば誰だって情報収集に勤しみ、他家の出方を探ることになるだろう。

何のことはない、ガニアは一時の膠着状態にあるだけであり、今後は『我こそが新たな勢力とならん』と言わんばかりに、野心を見せる者達が続出するはずだ。

勿論、自分の家のような下位貴族達がそんな野心を抱くはずはない。その片鱗を見せたところで、見せしめとばかりに潰されてしまうだろう。

だからこそ、今後を見据えて、どの派閥に属するかを選ぶことになる。

情けない話だが、下位貴族にとっては死活問題なのだ。選択を見誤れば、共倒れが待っているのだから。

ただ……『下位貴族だからこそ、目立つ真似をしなければ見逃される』と思っていたことも事実。

その結果が……現状なのだろう。

野心を持ち、ブレイカーズ男爵家を良いように操ろうと考える愚かな当主、我が父上。

そんな男ならば、何らかの恨みの一つや二つを買っていても不思議はない。

言い方は悪いが、こんな状況だからこそ報復を……と考える者が居ても不思議ではないのだ。

何せ、『邪魔者は排除する』という行為は今後、いくらでも起きるだろうから。

一つ溜息を吐き、覚悟を決める。……これは私の油断が招いたこと。状況を正しく見ていると思い込んだゆえの危機感のなさが招いた『私の末路』。

暗殺されるとは思っていなかった――その価値がない、という意味で――が、気付かないうちに我が家は何らかの恨みを買っていたのだろう。

「せめて使用人達は見逃してくれないかな? 私達家族を見逃せとは言わないからさ」

すでに手を下されているかもしれないが、叶うならば、使用人達は見逃してやって欲しい。

父の手駒として働いていた者――そんな腹心が居るかは不明だ――は無理だろうが、単に雇われていただけの者達まで巻き込むことはあるまい。

……が。

事態は私の予想外の方へと進んだ。

「勘違いするな。俺は暗殺をしに来たわけじゃねぇ」

「は?」

「ある人達が、お前に話があると言ってるんだよ」

意味が判らない。明らかに裏社会の人間を雇うような人物ならば、相手は間違いなく貴族だろう。

ならば、こんな真似などせずに手紙でも出せばいいじゃないか。内密な話だろうとも、私は未だ、この家を継いでいないのだから、下手に疑われることもあるまい。

はっきり言ってしまえば、父が健在であり、当分その立場を手放す気がない以上、私を抱き込む理由がないのだ。

私の立場は跡取りとは言え、我が家は一般的な子爵家であり、それほど力を持っていない。とんでもない負債はないが、目ぼしいものもない状態だ。

そんな家の息子ならば、貴族としての力は更に弱い。それほど警戒する必要もなかろうに。

「意味が判らないな。だったら、手紙でも出せばいいだろう」

相手の意図が判らずそう問えば、襲撃者――暗殺目的ではないらしいので、こう呼ぶ――はどこか苦々しげに舌打ちした。

「テメェの父親が仕掛けたことが原因なんだよ!」

「え」

「勘違いするなよ? 俺をこんなことに使った奴はあの男爵家の人間じゃねぇ」

「……。もしや、高位貴族の誰かが滞在でもしていたのか?」

「……」

沈黙が落ちた。そんな襲撃者の態度に、顔から血の気が引いていく。

拙い。いくら目的がブレイカーズ男爵家だったとしても、部外者、それも高位貴族を巻き込むなんてありえない!

少なくとも、その人物とやらは『雇われた裏社会の人間でさえ逆らえない者』なのだ。我が家など、一溜りもない。

「謝罪を受け入れてもらえる余地、は……」

掠れた声で尋ねるも。

「……。さあ、な」

どこか諦めが滲んだ声音でそう返される。

そこに絶望が宿っている気がして、つい唇を噛む。同時に、深い後悔が私を襲った。

『やはり、もっと早くに父を当主から引きずり下ろしておくべきだった』

遅過ぎる後悔……すでに父が行動してしまったからこその、私の現状。

どれほどの代償を支払うことになるのか想像できず、敵に回してしまった人物が誰なのか予想もつかない。

ただ、これだけは言えるだろう。

――我が家はとてつもない失態を侵した。それだけは事実なのだ。

※※※※※※※※

――一方その頃、ブレイカーズ男爵の一室では。

「……でね、それで……」

「ああ、なるほど。それなら……」

黒猫と称される魔導師と、一部から灰色猫と呼ばれる王子様がキャッキャと仲良く話し合っていた。

それを微笑ましく見守るのはシュアンゼの傍仕えであるラフィークと、護衛として二人の傍に立つヴァイスである。

中々にろくでもないことを話しているお猫様達であったが、見守る二人が止めることはない。

基本的に主を止めないラフィークはともかく、ヴァイスの方は時折頷いたりして納得している模様。

真面目人間、ヴァイス。彼はこれまで置かれた環境が中々に凄まじいものだったため、下手をするとお猫様達以上に厳しい一面があるのだった。

そんな四人の様子を、元傭兵の三人組はドン引きしながら眺めている。

何だかんだ言っても彼らは善良な性格をしているため、腹の中が真っ黒としか思えない人々の会話には思うところがあるのだろう。

「あの……止めなくていいんでしょうか」

「聞くな、ロイ」

リーダー格のイクスにロイが尋ねるも、イクスは無情に切り捨てる。

……と言うか、正直なところ彼らにどうこうできる問題ではない。性格的には多々問題がある人々であれど、奴らは正真正銘、実績持ちの魔導師と王子様、そして高位貴族なのだから。

そもそも、ブレイカーズ男爵家の問題はシュアンゼに与えられた課題なので、彼らがそれを達成しようとしていること『だけ』は疑いようもない。

そう、嫌なことに『それだけは事実』なので、こういった問題には素人同然のイクス達は下手に口を出せないのである。

シュアンゼの子飼いとしては『沈黙』一択。

元傭兵としては本能が訴えるまま、『関わり合いにならない』という選択を。

そして、人としては……『達観』。これに尽きた。

人間は環境に慣れる生き物なのである。ゆえに、イクス達は悟っているのだ……『時には諦めが肝心だ』と!

そもそも、先に行動したのは向こうの方。お貴族様としては報復上等が常なので、それ以上の立場にあるシュアンゼや自己中の極みのミヅキに仕掛けた時点で、未来はお察しであろう。

不幸なのは、未だにかの家は『ブレイカーズ男爵家に仕掛けた』と思っていることだろうか。

その点だけは同情できるが、シュアンゼ達を動かした……もっと言うなら、ファクル公爵に興味を持たせたのは先代ブレイカーズ男爵の後妻なので、現状は紛れもなく彼女の功績である。

この時点で勝ちは確定であった。

味方に付けた者達が凶悪過ぎる。

何せ、シュアンゼとミヅキは『今後、ガニアが荒れる』という未来を作り出した戦犯である。

ガニアのためには仕方ないことであり、いつかは訪れる事態だったとはいえ、何の躊躇いもなく王弟夫妻を追い落としたのはこの二人。

しかも、各国の王達まで巻き込んだ上での決着だったため、ガニア王は今度こそ甘い処罰など選べないのだ。まあ、彼の場合は自業自得とも言えるのだけど。

そんな未来を作り出しておきながら、シュアンゼ達に憂いは『全く』見られない。今とて、とても楽しげに『遊んで』いる。

当然、その舞台はブレイカーズ男爵家とそれに纏わる人々。迂闊にもこの二人に『遊び』を仕掛けてしまった以上、今更、途中退場などできないのだ。

「襲撃者さん、上手く伝えているでしょうか」

「さあ、な」

「大丈夫じゃねぇか? 『話し合いに来い』って伝えるだけなんだし」

そうは言えども、襲撃者が伝えるのはただの伝言ではない。下手をすれば、それが地獄への片道切符になることは言うまでもなく。

「いえ、精神的にと言うか……本音をばらしたら、来てくれなさそうですし」

「「……」」

……ここまで言えば判るだろうが、三人組はブレイカーズ男爵家や話し合いを望んだシュアンゼ達のことを案じているのではない。

気の毒にも、父親のやらかしの責任を取る羽目に陥った不幸な子……かの家の跡取りである青年のことを案じていた。

己の教官と上司を知るゆえに、三人組は『最良の決着が、誰にとっても満足のいく決着ではない』と知っている。

ぶっちゃけ、被害は最小限だろうとも、多大なる精神的なダメージというものがあるのだ。

しかも、聞こえてくる会話から、それが一時のものだけでは済まないことが知れてしまって。

「そこ! 無暗に同情するんじゃない! 利用できるものは利用するなんて、常識でしょ!」

こそこそ話しているのがバレたのか、ミヅキが三人組に指を突き付けた。

「これは慈悲だよ? だって、『私達を襲っている』からね」

『利用価値をあげなきゃ、処罰一択だよ?』と暗に告げつつ、優しげな表情でシュアンゼが諭した。

ある意味では事実であるため、これには三人組も黙るしかない。

「まあ、私達の玩具に立候補してくれたことは喜ばしいけど」

「アンタも教官と一緒か!」

そんなカルドの突っ込みをさらりと躱しつつ、夜は更けていった。

帰還した襲撃者に、三人組から憐みの視線が向けられたのは余談であろう。