軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

意外な難易度

――ガニア王城・テゼルトの部屋にて(テゼルト視点)

「今頃、シュアンゼ殿下はどうなさっておられるかな」

「……」

目の前で呑気に茶を飲む年寄り――ファクル公爵の言葉に、ついつい、ジトっとした目を向ける。

しかし、当然ながらそんなことでこの公爵様はたじろいだりはしない。寧ろ、楽しげな笑みさえ浮かべる始末である。

「……貴方が原因だろうに」

思わず呟くと、ファクル公爵は益々、楽しそうに笑った。

「はは! ええ、シュアンゼ殿下をこの案件に関わらせた……いや、課題として成し遂げて見せよと画策したのは私です」

「少し意地が悪いのでは?」

「おや、テゼルト殿下はそう思われますか」

「シュアンゼは漸く、両親の件が片付いたばかり。……いや、今後、王弟の派閥に属していた者達が台頭してくることを考えると、ガニアが荒れるのは『これからが本番だ』」

それは確信だった。言い方は悪いが、ガニアは国王と王弟という『王族が頂点となる二大派閥』があったからこそ、それ以外の争いは少なかったのだ。

確かに、其々の派閥に属した者達の諍いはあったかもしれない。しかし、それも些細なことと言い切ってしまえる程度だったろう。

何せ、それなりに大きな争いとなれば同派閥の者達とて黙っていられまい。必然的に、『派閥同士の争い』にまで発展するのだ。当然、私にもそういった情報は来る。

「そうですな……ガニアはある意味、平和過ぎたのでしょう。何だかんだ言っても、二つの派閥に纏まっておった。しかも、其々の頂点に立つのは王と王弟。……中立を貫くことが最も難しく、また力のない者達はどちらかの派閥に属して庇護を受けることになる」

「……」

「いやはや、実に判りやすい構図でしたな。だが……それゆえに『個人の野心』は二の次だった」

ファクル公爵の言葉は事実である。無駄に巨大な二つの派閥を相手に個人の野心など見せれば、あっという間に潰されてしまうだろう。

……だが。

「王弟殿下方の処刑、その後始末。それらが終わるまでは誰もが大人しくしているでしょうな。下手に動いて目を付けられるより、力を蓄えて動く時を待った方が良い」

「……貴方はそれを見越して、シュアンゼにブレイカーズ男爵家のことを任せたと? シュアンゼに側近や配下と呼べる者は少ない。だが、いくら派閥に染まっていないからと言って、男爵家の新米当主が役に立つとも思えないよ」

私はシュアンゼがこの一件を任された理由をそう解釈している。ブレイカーズ男爵家の若き当主に恩を売るため、ファクル公爵はシュアンゼを向かわせたのだと。

味方の居ないシュアンゼだろうとも、王族であることは事実なのだ。大して重要視されていない男爵家、それもあの家やその財を狙っているのは、血の繋がった親族である。

……言い方は悪いが、身分という力押しでも何とかなってしまうだろう。最悪の場合、親族達に王族として警告でもしてやれば、迂闊に手出しはできなくなる。

何せ、その親族達も下位貴族の者達ばかり。

現在、他家は自分のことに手一杯で、助力する者も居まい。

男爵家としては裕福な方だが、所詮、ブレイカーズ男爵家は下位貴族。しかも、目立った産業があるわけもなく、有益な鉱山を有しているわけでもない。

それなりに裕福なのは偏に、亡き先代男爵の才覚ゆえのこと。

彼が存命ならば敵視したり、先行投資として味方をする者達が居るかもしれないが、現在は何の功績もない息子が後を継ぐのみだ。

はっきり言ってしまえば、関わる旨みがないのである。

余裕がある時ならばともかく、現在のガニアは嵐の前の静けさに等しいので、多くの貴族達は少しでも情報を収集し、今後に備える日々だろう。

そう思い知る度に思うのだ……『父上の甘さは間違いなく罪であった』と。

もっと早く覚悟を決めていたら。

弟への情を捨て、処罰に踏み切っていたら。

忠誠ある者達の苦言を聞き入れていたら――と!

今更言っても、仕方がないことだと判っている。だが、国を二分する状態にしてしまった責任の半分は間違いなく父上……国王にあるのだ。

……魔導師殿がシュアンゼを共犯者に選ぶのも当然だった。私ではシュアンゼが巻き込まれることを恐れるあまり、甘い対応しかできなかったろう。

その点、連座での巻き添えを食らうはずのシュアンゼは最初から割り切っていたように思う。寧ろ、乗り気だった。

結果的に、エルシュオン殿下の『シュアンゼを守れ』という命令に従った魔導師殿に助けられたが、あれは規格外の人脈と各国に恩を売ってきた魔導師殿だからこその決着である。

反逆罪に等しい行いをした以上、王弟だろうとも処罰を逃れられるはずはない。その息子であるシュアンゼとて、連座での巻き添えを食らう。それが私達の生きる階級なのだ。

「……おや、テゼルト殿下はブレイカーズ男爵家の一件を簡単だと思われるのですか?」

「……え?」

自分の考えに沈んでいた私を引き戻したのは、ファクル公爵の意外そうな声。

「確かに、所詮は下位貴族。狙って来る親族どもとて同様でしょう。王家の威光をもってすれば、黙るやもしれませんなぁ……が、『それだけ』なのですよ」

「は? いや、その……それが貴方の課題じゃないのかい?」

困惑を露わにすれば、ファクル公爵はどこか意地悪そうに……しかし、楽しそうに笑った。

「私はな、テゼルト殿下。シュアンゼ殿下に『ブレイカーズ男爵家を立て直してみませんかな』と言ったのですよ。親族どもを黙らせたところで、それは火の粉を払った程度に過ぎん。寧ろ、その程度ならば王家の威光など不要でしょう」

――あの方には『仲良しの黒猫』が居りますから。

「……いや、それは暴力行為と言うか、問題行動と言うか、後々、エルシュオン殿下に文句を言われることになると言うか」

思わず、顔を引き攣らせる。ま、まあ、確かに、魔導師殿ならば荒事は得意だろう。

しかし、それはあくまでも彼女自身が牙を剥かれた場合か……敬愛する飼い主からのお仕事だった場合。

行動し始めた時は恐ろしいが、魔導師殿が自分から仕掛けることはないように思う。下手なことをすればイルフェナや飼い主に迷惑が掛かると、魔導師殿は知っているのだ。

だが、ファクル公爵は慌てる私の姿が面白かったのか、楽しそうな様を隠そうとしないまま、首を横に振った。

「そういう意味ではないのですよ。あの家の新米当主になろうとしている者は漸く、その自覚を持ったばかり。しかも、未だに現実が見えていない妹も居る。あのまま当主になるには少々、頼りなさ過ぎましてな」

「ならば、血縁関係にある家から養子を貰えばいいじゃないか。重要なのは『家の存続』なんだから」

「その『養子を貰う先』がブレイカーズ男爵家を狙っているのですよ? 王家の威光を以て、乗っ取りを正当化させるおつもりか?」

「……あ」

そうだ、ブレイカーズ男爵家を狙っているのは親族達だと言っているじゃないか。下手に養子を迎えたりすれば、間違いなく実家に取り込もうとするだろう。

「しかも、ブレイカーズ男爵家には『正当な跡取り』が居るのです。致命的な問題でもあれば別ですが、今回は『何の問題もない』。単に、『今後を乗り切るには頼りない』というだけなのです」

――納得しますかなぁ? ただでさえ、シュアンゼ殿下を危険視する者達が。

「それ、は……」

「貴方が考えるほど、この一件は簡単ではないのですよ。しかし、注目を集めるようなものでもない。だからこそ、私はシュアンゼ殿下にお任せしたのです。シュアンゼ殿下の手腕、その能力を見極めるには手頃でしょう?」

「そして、シュアンゼに実績を持たせると。確かに、この案件の難易度を知る者達からは評価されるだろうね」

思わず、溜息を吐く。そして、同時に落ち込んだ。私は無意識ながら、シュアンゼを見縊っていたのだと気付いてしまって。

……いや、私に気付かせることもまた、ファクル公爵の目的の一つなのかもしれない。

私も含め、父上と母上はシュアンゼを庇護対象として見ている。これまでは足のことや王弟夫妻のこともあって、『そうしなければ守れなかったから』。

しかし、現在のシュアンゼはただ守られるだけの存在ではない。

信頼できる従者だけでなく、動かすことができる足と、手足となって動いてくれる子飼い、そしてとてつもなく頼もしい友を得ている。

何より、シュアンゼ自身の成長が著しい。両親という『枷』がなくなった今、シュアンゼがその優秀さを隠す必要などないのだ。

「はは……貴方に仕向けられるまで気付かなかったなんて、情けないな」

ファクル公爵のスパルタ教育振りに呆れていることも事実だし、彼がシュアンゼを正しく評価していることを喜んでいるのも本当。

しかし、その遣り方、見極め方、そして先を見据えた采配――現時点の私にはとても真似できるものではない。

これがガニアで最も恐れられる人なのか。

各国の王達が警戒する公爵なのか……!

格の違いを見せ付けられたように思え、益々落ち込む。これでガニアの王太子であり、シュアンゼの忠誠を受けるなど……情けないにも程があろう。

だが、そんな私を見て、ファクル公爵はどこか優しく笑った。そして、更なる驚きをもたらす。

「現時点では、でしょう。そのための十年なのではありませんかな? あの魔導師が各国の王達の御前にて誓わせた通り、陛下は十年は退位できん。あれは陛下が後始末をするための時間であると同時に、次代である貴方達が成長するための時間稼ぎだと思っております」

「あ……!」

そう、だ。魔導師殿が父上に誓わせたのは、たやすく破ることができない『誓い』。

少なくともあと十年、私は王太子という『最高権力者ではなく、その地位に就く者が変わることもある立場』に置かれるのだ。

「魔導師殿は……それも見据えていたのだろうか」

「さてな……だが、あの魔導師は貴方を頼りなく思っていた節があります。その可能性は高いかと」

「あ~……た、確かにね」

元からガニアに非がある状態だったとはいえ、私は魔導師殿に情けない姿を見せてばかりだった。と言うか、ほぼ頼られなかった。

そんな状況を知っていれば、私の成長にはまだ時間が必要と判断してもおかしくはない。

何せ、シュアンゼが私の兄弟となり、忠誠を以て働くことを『罰』とした人なのだ……シュアンゼの成長を願う一方で、私をそのままにしておくなどあり得ないだろう。

「成長なされよ。貴方達が背負うのは過去の罪ではなく、この国の未来なのですから」

「……。うん、そうだね」

「まあ、あまりに情けない場合は魔導師と共に、シュアンゼ殿下がスパルタ教育を始めるやもしれませんが」

「え゛」

それはかなり情けないと言うか……嫌な未来なんだけど。

「主の立場に居るのは貴方様であり、それが揺らぐことはありませんぞ。……あの断罪の場での誓いはシュアンゼ殿下だけでなく、テゼルト殿下の未来をも決めるものだったのですから。後からじわじわと気付かせるよう仕向けるとは……あの魔導師は何と賢く、性格の悪いことで」

「そ、そうだね……」

あの、魔導師殿? 君、他にも隠していることとかないよね……?