軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『彼女』の覚悟 其の二

後妻さんの沈黙はモーリス君と同様に、『妹を切り捨てる可能性』に思い至っていたからだろう。

彼女と子供達の関係は良いとは言えなかっただろうが、それでも自分を犠牲にしてまでモーリス君に跡を継がせようとするくらいだ。

少なくとも、追い出したり、悲惨な末路を期待するようなことはあるまい。

彼らの関係が良好なものだったら。

モーリス君の妹さんが家に貢献しようと考えていたら。

もしくは、妹さんがモーリス君の様に考えを改めていたら。

今となっては全て、『していたら』『していれば』といった仮定の話。

だけど、それは『あったかもしれない未来の一つ』なのだ。それを閉ざしてしまったのは間違いなく、モーリス君達兄妹の責任だろう。

だって、それらは彼らの未来に直結するものじゃないか。

父親が亡くなった直後こそ優しい言葉に惑わされるかもしれないが、二人は生まれながらの貴族なのである。

周囲とて当然、貴族階級の人ばかり。友人だって貴族階級だろう。参考にする『お手本』には困らなかったはず。

そもそも、ある程度の年齢になれば嫌でも、『貴族の義務』とやらを目にする機会が増えて来る。

そんな時、自分の状況を顧みることはしなかったのだろうか? 彼ら兄妹に同情する声がそれほどないのは偏に、『変わる意思なし』と見做されたからではないの?

「……貴女が『誰か』を見捨てたとしても、どんな選択をしたとしても、批難されることはないよ」

「え……」

唐突に声を掛けた私に、後妻さんは驚いたような表情になる。

「貴族だもの、情報収集は基本! だからこそ、ファクル公爵は貴女にチャンスを与えたし、その頑張りを評価した。……でもね、『それだけ』なの」

「それだけ、とは?」

「この家の最大戦力にして守護者は間違いなく貴女。だけど、『本来、足搔かなければいけなかった者達』が居る以上、どうしたってそちらに目が向くでしょ」

言うまでもなく、それはモーリス君と妹さんだ。

「家を継ぐならば、努力する姿を見せるべきだった。良縁を望むならば、他家に望まれるような淑女を目指すべきだった! ……他の家だって馬鹿じゃないんだよ。いくら貴女が奮闘していようとも、当事者達に遣る気がないと見做されれば、手を差し伸べる者は居ない」

厳しいようだが、これも貴族の現実だ。何の見返りもない上、今後の成長すら期待できない者達に対し、向けられる目は厳しいだろう。

「亡くなった先代男爵に友好的な人達だって居たはず。今、それが皆無ならば……『次代には期待できない』、もしくは『友好的にする価値がない』と判断された可能性が高い」

――貴女だって、それくらい気付いているでしょう?

そう暗に問えば、後妻さんだけでなく、ブレイカーズ男爵家の人々全員が俯いた。

「そんなことは周知の事実なの。今更なんだよ、い・ま・さ・ら! だから、モーリス君達はその認識が間違いであると証明しなければならない。難易度が高くなったのは自業自得だよ」

「まあ、そうだよねぇ……。この家の兄妹は『子供だから』という言い訳が使えたんだから。その時間を努力することに充てていれば、『期待できない』なんて思われることなく、手を貸してくれる人達だって居ただろうからね」

シュアンゼ殿下が深く頷きながら掘り下げる。当然、ヴァイスも頷きながら同意の姿勢。

身動きが取れないながらも、できることはしていたシュアンゼ殿下。そして、ヴァイスも自分にできることはしていたからこそ、王からの信頼を得ているのだと思う。

私とて、それは同じ。……まあ、私の場合は『魔法が使える! ひゃっほう♪』という喜びのままに魔法を行使し、魔導師と名乗ったので、自業自得ではあるけれど。

「過去は変わらない。そして、貴女が必要以上に背負い込む必要はない。保護者であろうとする姿は立派だけど、彼らは自分自身で証明せねばならなかった。都合の良い『悪役』に全ての責任を擦り付けようとするのは無理があるね」

ですよねー、最初から努力していたら『失望されることはなかった』んだから。

灰色猫の言葉は厳しい。しかし、それが全く関係がない第三者から見たこの家の現状だろう。

ギリギリではあったけれど、モーリス君はきちんと気付けた。そして、使用人達や私達の言葉に耳を傾け、反省し、努力することができている。

こういった姿は間違いなく、モーリス君にとってプラスになるだろう。最初こそ苦労するし、裏を探られるかもしれないが、徐々にモーリス君に期待する人は増えていくはず。

「だから、貴女が見捨てようが、『彼女』には何の関係もないの。都合よく貴女のせいにしてきたら、私が『きちんと』理解させてあげるから安心して?」

にこりと笑って後妻さん達に告げると、少しは安心したのか、ほんの僅かに表情が緩んだ。

対して、私は三人組から生温かい目を向けられている。……警戒されているようだ。酷いな、馬鹿はきっぱり言わなきゃ理解できないんだぞ?

「おい、教官。それはどういうことを指すんだ?」

「え? 人のせいにするしか能のないお馬鹿に、反論が不可能なほどの正論を並べた挙句、私自身の経験も踏まえて、状況を気付かせるだけだよ?」

やだなぁ、イクス。理不尽な真似はしないってば!

しかし、そう返した私に、三人組の不安はさらに強まったようだった。

「待て……ちょっと、待て! いいか、相手は未成年だ。修羅場しか潜ってないようなアンタと一緒にするんじゃねぇ」

「あの……それが教官の優しさだということは理解できるんですが、その、少し優しく諭してあげることはできませんか?」

「おい、教官よぉ……まさかとは思うが、心に深い傷を負わせる真似はしないよな!?」

イクス、ロイ、カルドの順で、私を諫めて来る三人組。彼らは私に鍛えられた過去があるので、ある程度の予想がついてしまったのだろう。

……シュアンゼ殿下達? シュアンゼ殿下はラフィークさんと『それはいいね』と話しているし、ヴァイスは『それくらいは必要でしょう』と納得の表情さ。

だって、彼らは馬鹿の被害者である。

馬鹿はそれくらいしても反省しないと、己の経験から知っているのだ。

「あ、あああの、ミヅキさん? 妹に悪い点があるのは理解してますが、とりあえず穏便に……」

三人組の言葉から『何か』を察したモーリス君が、顔を引き攣らせながら宥めて来る。

そんな彼に対し、私は当然――

「……♪」

にこぉ……と微笑んでみた。

言葉を使わないのは、言質を取られないようにするためです。証拠を残さないのは基本ですよね、き・ほ・ん!

……だが、ブレイカーズ男爵家の人々や三人組には通じなかったようだ。一気に、彼らの顔色が悪くなる。

しかし、私にも援軍が居るわけで。

「大丈夫だよ。それに、妹さんには必要なことじゃないか。理解できないまま放置したら、最悪の場合、この家の危機に繋がる可能性だってあるからね」

「その通りだ。厳しいことを言われなかった結果が、現状なのだろう? 部外者から見たらどういった評価になるか、一度はっきり言われた方がいい」

即座にフォローに回ったのは、灰色猫なシュアンゼ殿下と苦労人のヴァイスであ~る。

王族であるシュアンゼ殿下と見るからに真面目そうなヴァイスの言葉は、ある意味、説得力は抜群だ。

特に、シュアンゼ殿下の現状を知っていれば、説得力は増すだろう。事実、後妻さん達は考え込むような表情を見せている。

「そう、ですわね。私一人があの子に嫌われれば良いと思っていたけれど……それだけでは駄目なのでしょうね」

僅かに諦めを滲ませながら、悲しそうに呟く後妻さん。そんな彼女に、ブレイカーズ男爵家の人々も言葉を掛けられない。

後妻さんはきっと、自分一人が泥を被れば良いと思っていただろうけど、それでは駄目なことも理解できてしまったのだろう。

だって、彼女は間違いなく優秀だ。情報を操る才女が、私達の言葉を理解できないはずはない。

そして同時に、『感情を優先していては、守りたいものすら守れなくなる』と気付いてしまった。

……私達の言葉は紛れもなく『第三者のもの』なのだから。

私達以外にそう思っている人が居ないなんて、ありえまい。『誰だって気付けること』なんだよ、私が口にしたのはね。

「さて、そろそろ覚悟は決まったかな? それじゃあ、貴女が最優先すべきものを教えてもらおうか」

シュアンゼ殿下の言葉に、後妻さんは先ほどよりもしっかりとした表情で見つめ返した。

「私は……この『家』を最優先に考えます。この数年、私だけでなく、皆が『正当な当主が立つまで、何としても存えてみせよう』と努力して参りました。その時間をなかったことにはできませんし、万が一のことがあれば、亡き旦那様や奥様に申し訳が立ちませんもの」

「……君は先代男爵と先妻が大事なんだね?」

自然と口に出たらしいシュアンゼ殿下に、後妻さんは――

「はい! 大好きで、尊敬できる方達ですわ!」

とても綺麗な笑顔で言い切った。そこには一欠けらの偽りも見受けられない。

これはモーリス君も知らなかったことらしく、素直に驚いた表情を見せている。

ただ、家令さんや使用人の何人かはその理由を知っているらしい。どこか微笑ましそうな表情で、後妻さんを眺めていた。