作品タイトル不明
黒猫のおねだり
――イルフェナ王城・エルシュオンの執務室にて(エルシュオン視点)
――時は暫し、遡る。
「おや……」
ミヅキから送られてきた手紙の内容に、思わず声を上げる。状況報告は当然だが、そこには一つの『お願い』が綴られていた。
「どうかしましたか?」
「ミヅキが何か遣らかしたのか?」
すぐ傍で護衛をしていたアルとクラウス――クラウスは報告のためにここを訪れていた――も私の声に気付くと、即座に私の手元を覗き込んでくる。
……そこで『ミヅキが何か遣らかしたのか?』と聞くあたり、クラウスがミヅキをどのように思っているかが知れた。アルにしても、似たような意味で尋ねたのだろう。
「……ガニアのある男爵家周辺を探って欲しいらしい」
「は?」
「何だと?」
素直に暴露するも、二人は揃って困惑気味だ。……当然かな、だってミヅキは今回、サロヴァーラに行っているはずなのだから。何かを頼まれるにしても、サロヴァーラ関連だと思ったのだろう。
まあ、一応、『シュアンゼ殿下からお誘いが来たから行くね!』とは聞いている。聞いてはいるのだが……『遊びに行く』と言ってはいなかっただろうか?
「ほら、シュアンゼ殿下からヴァイス殿共々、お誘いが来たと言っていただろう?」
説明すると、途端に二人は納得したような顔になる。
「ああ! 『シュアンゼ殿下がエヴィエニス公爵家に対し、ガニア王家の紋章入りの手紙を出した』と言っていたやつですね」
「どう考えても、サロヴァーラの貴族達への牽制だったな。しかも、ミヅキの方は王族経由の『お誘い』だ」
「二人とも、シュアンゼ殿下からの『個人的なお誘い』ですからね……それを知った方達は大いに慌てたのではないでしょうか。特に、二人と敵対した方達などは顔面蒼白となったことでしょう」
「だろうな。あいつらの残念な頭ならば、『王弟一派を潰した魔導師がガニア王家と懇意にしている』、『エヴィエニス公爵家のヴァイスもまた、魔導師と同様に親しい』と思っていても不思議はない」
「ヴァイス殿はサロヴァーラでは珍しくミヅキに信頼されていた方ですし、先日もイルフェナに駆けつけてくださいました。そこでシュアンゼ殿下と知り合ったことも事実ですから……」
「ヴァイス殿がシュアンゼ殿下と懇意にしても不思議はないな?」
「ふふっ! ええ、そうですね。そのついでに、ガニア王家の皆様と知り合っても不思議はありません。シュアンゼ殿下のご家族ですからね」
「……」
楽しげに語る二人の言葉に宿るのは、サロヴァーラの反王家派貴族達への蔑みと暗い喜びだ。そんな二人の遣り取りに、私はひっそりと溜息を洩らした。
駄目だ、この二人はまだまだサロヴァーラやガニアへの恨みを忘れてはいない。
いくらミヅキが個人的な報復――と呼ぶには些か過ぎるもの――をやらかそうとも、彼らは立場上、協力者にしかなれなかったのだ……そりゃ、不満も溜まるだろう。
アルはサロヴァーラへと赴いた際、王族を軽んじる者達の言葉を聞いていた。
その中には当然、私への悪意あるものとて含まれていただろう。
ガニアは長らく王と王弟が揉め、ついには私の誘拐を企てる事態にまで発展した。
実際に誘拐されたのはミヅキであり、王弟夫妻は断罪されたが、自分達のテリトリーにおいてそのようなことをやらかされた騎士達の恨みは深い。
結論:騎士寮面子はミヅキ同様、サロヴァーラとガニアの馬鹿どもが嫌い。
今回もミヅキの『お出かけ』(意訳)はサロヴァーラのみのはずだった。
それとて、騎士達がいつの間にか情報を掴んでおり、『ミヅキを向かわせた方が良いんじゃないのか?』と進言してきたからである。
それはいい。それ自体は間違ってはいないし、ミヅキとて仲良しの王女達が困ることになる展開なんて望まないだろう。
我が国としても、サロヴァーラが再び王家軽視の国となることは望まないし、ミヅキ発案の『サロヴァーラ矯正プラン』は是非とも推し進めてもらいたいのだから。
……が。
どうにも、ミヅキ曰くの『騎士寮面子+αな人々』は、それでは手緩いと考えているようであって。
己が手で直接の報復が望めないこともあり、隙あらばミヅキに行動させようとしてくるのだ。
つまり、『最恐の危険生物』(意訳)に手厚い援護がついたも同然。
ミヅキや騎士達を知る者達が知れば顔を引き攣らせる事態なのだが、生憎と彼らの恨みを買っているのは所謂、『北』に属する国なのだ。
ぶっちゃけ、そういった情報を得る手段がない。
騎士達も容易く知られるようなヘマはしないだろうが、それ以上に、南に属する国が挙って隠すのだから手に負えない。
個人的に思うことがある人々……元からミヅキに協力的。
国の思惑……魔導師に恩を売りたい・騎士達の報復に巻き込まれたくない。
こんな状況なので、サロヴァーラやガニアは暫く『魔導師の災厄』(意訳)に見舞われることだろう。
まあ、サロヴァーラやガニアの王家も助かるだろうし、表立って批難はすまい。
ミヅキ的には『お友達の所に遊びに行ったら、喧嘩を売られただけ』なので、悪いのは向こうである。いいとこ、『お互いに悪かった』で片が付く。
そんなわけで。
今回のガニア訪問とて、似たようなものだと思っていたのだが。
……どうやら、ミヅキとヴァイス殿はシュアンゼ殿下の『教育』に巻き込まれたらしかった。
「どうやら、今回のことはファクル公爵が裏で糸を引いているみたいなんだよね。正確には、ある男爵家の問題をシュアンゼ殿下に丸投げして、決着させようとしているらしい」
溜息を吐きながら話せば、アルとクラウスは顔を見合わせる。
「まあ、シュアンゼ殿下が力を付けなければならないことは事実ですからね。男爵家の問題を王族が預かる、というのもあまりないことでしょうが……」
「シュアンゼ殿下には実績が皆無だ。おそらく、側近と呼べる者はラフィーク殿一人だろう。子飼いの三人は護衛こそこなせても、政方面の仕事は無理だ」
やんわりと口にするアルに、手加減なく言い切るクラウス。其々の発言は二人の性格の差が出たのだろうが、方向性としては同じである。
「そうなんだよねー……だから、ミヅキとヴァイス殿が呼ばれたことも理解できるんだ。シュアンゼ殿下からしたら、その二人との個人的な繋がりが現状、唯一の『強み』なのだから」
他力本願と言うなかれ。全く公務をこなしていないシュアンゼ殿下にとっては、どうしようもないことなのだ。
二人にとってもシュアンゼ殿下が力を付けるのは良いことなので、素直に遣る気になっていると見た。
ま、まあ、あの二人の性格上、友人のあんまりな状況を哀れみ、手を貸しているだけかもしれないが。
どちらかと言えば、ファクル公爵の方が鬼である。いくら期待する王子だからと言っても、漸く歩けるようになった――しかも、杖を突いて短時間、という程度――人物への課題ではあるまい。
「……ということは。男爵家の問題を解決した報酬のような形で、シュアンゼ殿下は配下に組み込むつもりなのでしょうか?」
「うーん……どちらかと言えば、『ろくに配下が居ない状況でも、問題を解決できた』という実績を欲しているんじゃないかな」
「おや、その男爵家の方は恩知らずな性格なのですか?」
「いや、判らない。ただ……ミヅキの言葉をそのまま借りるなら『数年前に父親を亡くし、家や財産を狙う親族達をほんの一年前まで信じていた、甘ったれたお坊ちゃん』が新たな当主になるそうだよ? シュアンゼ殿下が今回、任されているのがその子」
「……」
「……」
黙った。アルだけでなく、クラウスも難しい顔で黙り込んでいる。
「……。捨てませんか、その家ごと」
アルはふっと笑うと、にこやかに話し出した。ただし、目は笑っていない。
「同感だな。今回、無事に当主になったとして。……そいつに家を守り、領民を守る才覚はあるのか?」
クラウスも深く頷きながら、そう思う理由を口にした。
対して、私も二人と同じようなことを考えていたりする。ファクル公爵からの『課題』がどこまでを指しているのかは判らないが、このまま後ろ盾の様に使われる可能性を否定できないじゃないか。
ただ……『だからこそ、シュアンゼ殿下に任された』とも思えた。
「だから、じゃないかな。引き際を見極め、時には切り捨てることも視野に入れる。それをシュアンゼ殿下ができるかを、ファクル公爵は見ている気がする」
「……若き当主に同じことを強いるから、ですか」
「うん。多分だけど、ミヅキからの手紙を読む限り、この当主は幾人かの親族を切り捨てなければならない。下手をすれば、相手に下心があったとしても、親しくしていた者も含まれるだろう。『家を選べるか』――これは新たな当主となる子に突き付けられた問題であり、同時にシュアンゼ殿下にも突き付けられたものじゃないかな」
シュアンゼ殿下は実の両親を切り捨てている。ただ、それは彼の両親が明確な『悪』であり、彼自身も家族としての情を持っていなかったことも大きい。
そして、今後は彼の傍に人が居ることになる。中には友人になれる人が居るかもしれない。
ただ、『好意的に接した』ということを免罪符にして、シュアンゼ殿下を利用するようでは困るだろう。
……そういった思惑を見抜き、場合によっては利用し、切り捨てる。身も蓋もない言い方になるが、シュアンゼ殿下に必要な能力ではあるのだ。
「なるほどな。場合によっては親族を切り捨てさせ、その結果、そいつに責められる可能性もある。その際、どう対処するかも評価対象か」
「ファクル公爵としては、似たような状況になる可能性があるシュアンゼ殿下を、第三者という形で関わらせたいのかもしれませんね。確かに、それならばシュアンゼ殿下がわざわざ赴く価値があるでしょう」
漸く納得できたらしく、二人は頷いている。その理由が『若き当主の困難を助けるため』ではなく、『シュアンゼ殿下の教育のため』というあたり、二人も『実力者の国』と呼ばれる気質が強いのだろう。
そして、それは私も同じだった。だいたい、ミヅキだって努力して現在の評価を得たのだから。
常識さえ違う異世界人がやってのけたのだ、その当主にも頑張ってもらおうじゃないか。
ミヅキやシュアンゼ殿下に比べたら、彼の抱える問題なんて『貴族にはよくあること』なのだから。
そこで潰れるならば、それまでだと思っている。はっきり言ってしまえば、『その程度で潰れるような輩に、当主の立場は重過ぎる』。
誰かの助けがなければやっていけないような輩が当主となるくらいならば、有能な野心家にでも治めてもらった方が安定する。
厳しいことを言うようだが、『結果が伴わぬ【綺麗事】には何の意味もない』のだ。特に、領民達にとっては。
「それでは、俺達が情報を集めてこよう。なに、珍しく子猫が親猫に『おねだり』をしたようだからな」
「そうですね。これまでは仕事で他国に赴くことが大半でしたが、今回は『個人的に遊びに行っただけ』。仲の良いお友達を助けてあげたいようですし、保護者として動いても問題はありませんよ」
楽しげに、そしてどこか揶揄うような言葉で、二人は了承の意を示す。
……そうだね、これは『ミヅキのおねだり』だ。これまで仕事を押し付けるばかりだったから、たまには協力してあげようじゃないか。
「それじゃあ、頼むよ。ミヅキには了承したと伝えておく」
「お願いします。ふふ、お土産話を楽しみにしていましょう」
「折角だから盛大にやれ、と伝えておいてくれ」
「君達、ねぇ……!」
呆れた表情と口調ながら、私はこういった時間が楽しい。それはアル達とてきっと同じ。
そんな時間を過ごせるようにしてくれた黒猫のおねだりなのだから、過保護と言われようと、私達は叶えたくなってしまうのだろう。
……。
でも、場合によっては説教だから。それだけは保護者として譲らないからね!?