作品タイトル不明
猫達のお出迎え
――ブレイカーズ男爵家にて
「やあ、お帰り」
「!?」
にこやかに告げた灰色猫――シュアンゼ殿下に、帰宅したばかりのモーリス君は盛大に固まった。
うんうん、その気持ちも判ります。実家に帰ったら王子様がお出迎えなんて、誰だって予想がつかないわな。
これが公爵家あたりならば、血縁関係にある気安さとか幼馴染といった関係がある場合もあるので、全くあり得ない話ではないのだが……ブレイカーズ家は男爵位。
貴族階級としては最下位――騎士爵は除く――である。
普通に考えて、王族が気安く来る家ではない。
モーリス君の反応は至極真っ当なものであり、おかしいのはシュアンゼ殿下の方。
……まあ、必ずしも階級が全てではないのだが。国として無視できない財力があるとか、普通に友人関係を築いている場合もあるし。
ただ、一般的にはあまり親しいとは思われないだろう。個人的には『王族の警備を担えない』という理由があるような気がしなくもない。
滞在させる側がめちゃくちゃ気を使うからね、王族って。責任問題にもなってくるだろうし。
……そんな理由もありまして。
『今回もそういった問題があるんじゃないのかなー?』と思ったわけですが、意外にもあっさりと許可が下りました。
ガニア王曰く『ファクル公爵から事情を聞いているし、今後のことを考えても、シュアンゼが行動するのは良いことだと思う』とのこと。
なお、警備についてはシュアンゼ殿下が『魔導師が居るから』で押し切った。と言うか、以前のあれこれ(好意的に意訳)があるため、『シュアンゼ殿下だけは守ってくれるだろう』と判断された模様。
……。
確かに、一人でシュアンゼ殿下を守り切ったわ、私。
ただし、『シュアンゼ殿下をお姫様抱っこし、襲撃者達を迎撃しつつ逃げまわる』というものだったけど。
他にも色々と仕掛けた(意訳)ため、泣いたのは襲撃者の方だったけど……!
余談だが、公式な報告書には『魔導師が常にシュアンゼ殿下の傍に在り、襲撃者達を返り討ちにした』となっていたり。
一応、全くの嘘ではない。ええ、嘘じゃありませんよ。あの映像を見た後で知ると、大変微妙な反応になること請け合いだがな。
で。
今回も私の同行が条件となり、ブレイカーズ男爵家への滞在が可能になりました。
基本的にラフィークさんはシュアンゼ殿下の傍を離れないし、他にもヴァイスや傭兵三人組が居る。シュアンゼ殿下一人を守るための戦力としては十分だ。
『杖で令嬢ぶん殴り』という前科もあるしな、シュアンゼ殿下。譲渡して以来、すっかりお気に入りと化した杖は丁寧に磨かれ、今もシュアンゼ殿下のお役に立っている。
「な……何故、我が家に!?」
「卒業式まではもう少しあるし、君がどのように過ごしているか気になってね」
さらりと告げられた事実に、私はふと首を傾げた。
「あれ……? 『卒業した』って言ってなかった?」
確か、前に会った時にモーリス君はそう言っていたような。
そんな私の疑問に何かを察したのか、シュアンゼ殿下が口を開いた。
「ああ……正確には『卒業が確定した』ということだと思うよ。学園を卒業することが一人前の貴族として認められる条件にはなっているけれど、王族や貴族特有の事情で卒業式まで学園に通うことができない場合があるから」
「あ~……婚姻の準備とか、そういった理由?」
「うん。卒業してから学ぶ場合もあるけれど、卒業と同時に結婚が決まっていたり、当主として就任することが決まっていたりすると、そちらが優先されるからね」
なるほど。それらの事情がなければ、呑気に最後まで学生生活を送れるわけね。
「私の様に学園に通えない場合は家庭教師から学んで、テストだけを受ける形になる。まあ、必要な知識を身に付けられているかの確認だね。ただ、人脈を作る意味でも、学園に通うことを推奨されるよ」
「へぇ……」
「ちなみに飛び級することも可能だ。学園に籍を残したまま、留学する人も居るしね。卒業資格さえあれば、卒業式まで家のことを優先する人も居る」
「なるほど。逆に言えば、最後まで気楽な学生生活を送っている人は……」
「家を継ぐことが決まっているか、進むべき未来に必要な準備がすでにできているか、何も決まっておらずに足掻いているか、じゃないかな」
さすが、お貴族様。十代後半にして人生を左右する選択が待ち受けているとは、中々にシビアな世界である。
暫くアルバイトをして凌ぐ……なんてことはないだろうから、婚姻なり、仕事なりを見付けない限り、マジで穀潰し扱いじゃあるまいか。家によっては、肩身が狭かろう。
しかし、モーリス君がここまで呑気にしていられた理由も納得できた。あくまでも予想でしかないが、『家を継ぐことが確定している』という人達と同じ立ち位置で考えていたのだろう。
そういった人達は『卒業後は父親の補佐のような形で仕事を学ぶ』ということになるだろうから、進路自体は同じであっても、モーリス君とは状況が異なる。
それを同じに考えていたから、モーリス君は危機感が薄かったのかもしれない。
……いや、『優しい親族達』がそう思うように誘導していたという可能性もあるか。
現実が見えているはずの大人達から『当主になる前に学生生活を楽しめ』的なことを言われていたとしたら、そいつらは優しいどころかモーリス君にとって『害悪』だろう。
家の乗っ取り目的なのか、傀儡にすることが目的なのかは判らないが、黒判定待ったなしだな、これは。
私がそんなことを考えている間に、モーリス君はとりあえず落ち着いた……らしい。
家令さんから説明――私達の『突撃! ブレイカーズ男爵家!』としか言いようのない押し掛けです――を受け、先日のこともあって、一応は納得した模様。
多分、『様子見に来たんだな?』程度の認識だろうけど、それはあまりにも甘い考えというものだ。
「君は今、学園で何をしているのかな?」
「え……ええと、この一年ほどは家のことを優先してきたので、授業に出つつ、残っている課題をこなしています。卒業自体は可能ですが、中途半端にしておきたくなかったので」
モーリス君は割と真面目な性格をしているようだ。……実はこれ、ちょっとした落とし穴なのよね。
何らかの理由で当人のことを調べる場合、成績は当然、学園でのものとなる。
卒業している以上は成績・言動に問題なしとみなされるけど、それ以外にも課題の提出率や論文の内容なんかも見極める要素となる模様。
なお、そう思った理由は騎士寮の黒騎士達である。
『魔法が大好きで論文を書いたら、お誘いが来た』と言っていたので、口にこそしないが、見ている人は見ているのだ。
『出しても出さなくてもいい課題だけど、きちんと遣り遂げる』ならば、その子はきっちりと物事をこなす真面目な性格であることが窺えるだろう。
モーリス君は当主になる予定なので、こう思ってもらえるのは良い傾向。家同士の契約や共同事業を行なう時の信頼問題に掛かってくる可能性もある。
私が『性格はアレだが、結果はきちんと出す』と判断されているのもこれに該当。
皆さん、きちんと情報収集をしてらっしゃるということですね!
「そう。ならば今回も予定通りに過ごすと良いよ」
「え……」
「家令殿から色々と教えてもらっているのだろう?」
「はい。まだまだ至らない部分が多いですが、今回もそのように過ごすつもりです」
シュアンゼ殿下の言葉が意外だったのか、モーリス君は少々困惑気味。そんな彼に、シュアンゼ殿下はにこやかに告げた。
「君にはまず、現実を知ってもらおうと思っているからね」
「は?」
「自分の置かれた状況を正しく知れば、やる気も出るだろう」
意味が判らないのか、モーリス君は首を傾げた。家令さん含む使用人の皆様もこれには困惑を露わにしている。
しかし、微笑んでいるシュアンゼ殿下はそれ以上語らない。……『何をしようとしているのか』すら。
それを知っているらしき私達も沈黙を保ったまま。ラフィークさんはいつものように主に寄り添い、私はこの状況を面白そうに眺め、ヴァイスは無表情。
対して、微妙に気の毒そうな目で見ているのが傭兵三人組。彼らは私達の目的を知っているけれど、それが必要なことも説明されたため、教える気はないのだろう。
……。
ぶっちゃけて言うと、多分、襲撃が来ます♪
いやぁ、実に判りやすいというか、定番の行動というか。モーリス君を不安にさせたい人達が居るみたいなんだよねぇ。
ブレイカーズ男爵家にはお抱えの騎士団なんて居ないので、館や領地への攻撃は無視できないものなのだろう。
しかも、新米当主(予定)のモーリス君には、このような時に助けを求められるような存在が居ない。
こういった時、後妻さんの行動は裏目に出でてしまう。後妻さんに手玉に取られた人達が『彼女を消すことができるかも?』と考えた場合、犯人に味方する可能性があるからだ。
現在、この家の主軸は後妻さん&家令さんの二人。
逆に言えば、この二人が居なくなれば掌握することが容易い。
その二人が『不幸な事故や事件』で居なくなった場合、モーリス君が頼るのはやっぱり親族になるだろう。それが狙い、らしい。
どうやら、今度は『頼りになる親族』を目指す模様です。この一年、モーリス君から距離を置かれがちになったとはいえ、手を引く気はないみたい。
そこで先ほどの『自分の置かれた状況を正しく知れば、やる気も出るだろう』になったわけですよ。『一度怖い目に遭えば、死に物狂いで頑張るし、警戒心も育つよね☆』ってことですな。
そんなわけで、私達の出番です。狩りが得意な黒猫と王家の猟犬は他国の人間なので、襲撃を『なかったこと』にさせないためにもここに居るわけですよ。
まあ、様々な意味で『お手本』を見せる気満々ですが。
襲撃者の皆さん、今回の教材として頑張ってくれたまえ。
「まあ、いつも通りに過ごしていればいいと思うよ? 私達のことは気にせずに」
「は、はあ……」
納得していない表情のブレイカーズ男爵家の皆様には悪いが、事前に知らせることはない。これも一つのお勉強と割り切るがいい。
「……気の毒に」
カルドよ、黙っていろ。これも必要な経験なんだから!