軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

助言の後は実力テスト

穏やかに……少しの不穏さも匂わせない表情で、シュアンゼ殿下がモーリス君を眺めている。

対して、モーリス君はどことなく緊張気味。……これは直前までの私との会話があるからだろう。

私は『私達は自分で考え、動いてきた過去がある』と口にした。

そう、『私達』!

その意味を正しく捉えていたならば、そこにシュアンゼ殿下も含まれていると判るだろう。

と言うか、『一番大変だったのはシュアンゼ殿下』とも教えてあげたので、私やヴァイスの様にはっきりと『今の君に価値はない』(意訳)と口にしていなくとも、好意的ではないと察せるはず。

これで安堵の表情を浮かべるようなアホなら救いはないが、最低限の警戒心はあるようで何よりだ。まだ改善の余地があるじゃないか。

「ミヅキ達も言っているけど、正直に言って『今の君』に労力を割く価値は感じられない」

「……っ!」

「君には必死さが感じられないんだ。後がない、自分がやらなければならないという、気概がね。事実、君はファクル公爵や私の後ろ盾が得られれば何とかなるとは思っていなかったかな?」

穏やかな口調、優しげな表情、けれどその言葉には容赦がない。ただ、これはモーリス君が自覚しなければならないことだと思う。

「厳しいことを言うようだが、君の父上がすでに亡くなっている以上、君は当主として『守られる側』ではなく『守る側』でなければならないんだ。一般的には親がフォローをするだろうけど、君の場合はそれがないのだから」

酷なことだと思うが、それが現実なのである。だからこそ、彼はもっと前から動かなければならなかった。……準備をしなければならなかった!

その時間を無駄にした以上、最も大変なのは家を継いだ直後だろう。義母の庇護がなくなった状態で、一から始めなければならないのだから。

「これまで家令がやってくれた仕事は『前当主から引き継いだもの』であって、君が始めたものじゃない。……現状維持ができると思っているならば、考えが甘いとしか言いようがないよ。情勢は常に変化していくものなのだから」

例えば天候、とかね?

シュアンゼ殿下がさらりと口にした言葉の意味を理解したのか、モーリス君は顔色が悪い。そんな彼の姿に、私とヴァイスは呆れ顔だ。

領地を持つ以上、領民達の生活に対し、責任を持たなければならないだろう。

しかし、自然災害なんていつ起こるか判らない上、魔法がある世界だろうとも、その被害は甚大だ。

一応、国としての支援は行われるだろうけれど、それだけで補えるはずはない。事前の準備というか、備えを常に考えておかなければならないだろう。

……しかし、モーリス君はそこまで考えていなかった模様。

彼が『当主となっても何とかなる』と思っていられたのは、家令に教えてもらいながらこなす仕事がそこそこ上手くいっていたからに他ならない。

しかし、それは『幸運なこと』であると、モーリス君は理解できていなかった。

そのまま何とか当主としてやっていけるのは、あくまでも『何も起こらなかった場合』なのである。賭けてもいいが、絶対に『そのまま何事もなく平和に暮らしました』とはなるまい。

って言うか、そんなイージーモードならば、家の没落なんて起こりませんね!

モーリス君の場合、無意識なのか、不安から考えないようにしているのかは判らないが、こういった『未来に起こるかもしれない悪いこと』(意訳)に対する危機感が感じられんのだ。

あくまでも『現状維持できているから大丈夫』という、お子様の発想なんだよね。

……さて、それでは私もちょっと突いてみましょうか。

「そもそも、君って動いてくれる人達に認められてるの?」

「え?」

唐突に話に加わった私に、モーリス君が驚いたような表情になった。

「いくら男爵家と言っても、当主が全ての仕事をこなしているはずがない。家令さんから教えてもらっているのは『当主としての仕事』であって、最低限のことなんじゃないの?」

「まあ……これまでは学園での勉強もありましたから……」

本当にそう思っているらしく、モーリス君は困惑気味だ。ただ、シュアンゼ殿下は私が話に加わった理由を察したのか、少し譲ってくれるらしい。

「学園の卒業資格が貴族として認められるために必須というのは理解できるよ。だけど、卒業してすぐに当主になるならば、事前の準備も必要でしょう? 人に任せている部分があるなら、その人達との顔合わせ。事業をやっているなら、事前に必要な知識を頭に叩き込んだ上での、それに携わる人達との打ち合わせとか。やるべきことが一杯あるはずでしょ?」

男爵家が裕福だったのは、亡くなった男爵が事業を手掛けていたからだと聞いている。

穏やかな人柄ながら、亡き男爵は中々の遣り手だったのだろう。その個人資産から後妻さんの身請けをしても、家の財政は全く傾かなかったのだから。

……まあ、それがあったから親族達は後妻さんの身請けを反対したのかもしれないが。

所謂『必要のない出費』ですからねー、後妻さんの身請けって。

男爵家の財産を狙っていたならば……娘と跡取りを援助目的で婚姻させることも視野に入れていた可能性・大。

この予想が当たっていた場合、決して安くはない高級娼婦の身請けなんて大反対だったろう。モーリス君達の義母に対する嫌悪感を煽ることだってやってそう。

「誰だって最初から全てができるなんて思わないよ。だけど、事前にできる限り勉強して、必死に学ぼうとする姿勢を見せていたならば、印象は全く違ってくる。君は家の事業に携わってくれる人達から信用を得ようとした? いくら『雇い主』という立場だろうと、信頼関係は必要でしょ。もしくは、安心して仕事を任せられるような人って居る? 当主になるなら、必要でしょうに」

ガンガン耳に痛いだろうことを言う私に、モーリス君は顔面蒼白だ。ただ、反論してこない――『お前に言われたくない!』という感情的な反発の類――のは、彼自身も危機感を抱いたからだと思う。……そう思いたい。

「ふふ、少しは考えられるようで何よりだ」

面白そうに私達を眺めていたシュアンゼ殿下は、楽しげに――ある意味、何かを企んだかのように――目を細めた。

「さて、モーリス。これまで散々言ったように、私達は……私は『今の君』を信頼できないし、期待もできない」

「で、ですが……っ」

「だけど、ファクル公爵から頼まれているからね。君を試そうと思うんだ」

「え……?」

唐突な提案に、モーリス君は困惑気味にシュアンゼ殿下を見つめた。

※※※※※※※※

「あんなこと言っちゃって、良かったの?」

皆でラフィークさんに淹れてもらったお茶を堪能しつつ、私はシュアンゼ殿下に問いかけた。

なお、モーリス君はとっくに退室している。精神的に色々と大変だったのか、ふらついていた気がするけど、気のせいだろう。

ええ、気のせいですとも。当主になる以上、あの程度で傷つくはずがない。

社交界は言葉の刃が飛び交う世界ですからね……!

少なくとも、私にとっては『言葉の刃が飛び交う世界』である。腹の探り合いになるのだっていつものことさ。

と言うか、私の場合は本来そう言った場に居る必要がない立場のため、『何かある!』と察した周囲が情報を探ろうと仕掛けてくるのだ。

まあ、私の方も情報収集できるのはありがたいので、向こうから獲物が寄ってくる……じゃなかった、お話ししようと声を掛けてくれるのは歓迎だ。

その反面、こちらも言質を取られたり、口を滑らせないよう気を付けなければならないので、それなりに注意が必要。

気を抜いたら負けです。そんな展開は嫌だし、無能扱いされる未来しか見えないので、それなりに疲れる場なんだよねぇ。

「『あんなこと』とは?」

「『親族を頼るな』ってやつ」

思い出すのは、先ほどの遣り取り。『君を試す』と口にしたシュアンゼ殿下はその直後、モーリス君を更に突き落とすようなことを言ったのだ。

『ミヅキが色々と言ってくれたから、君は【知らなかった】という言い訳は使えない』

『言い換えれば、私達は君にある程度の遣るべきことを示したはずだ』

『だから』

『今度はそれらを聞いた君が、私達に努力する姿を見せる番だと思うんだ』

『その上で、ある条件を付けようと思う』

『親族達を頼ってはいけない。特に、君に優しいことばかりを言ってきた者達には』

『【助力しようとしてくれるのはありがたいが、一人でできるところまでやってみたい】、【いつまでも甘えてばかりはいられない】……こんな風に言えば、相手も引く以外にないだろう』

『そして、もう一つ。ファクル公爵や私達との関わりは口にしてはいけないよ』

「だって、ミヅキが色々言ってくれたから実質、すべきことは見えているじゃないか。彼の実力を見るためにも必要だろう?」

どこか楽しげにシュアンゼ殿下は口にする。

……が。

灰色猫なシュアンゼ殿下は当然、それだけではなかったわけで。

「きっとね、彼にとって都合の悪いことが起こる……意図的に起こされると思うんだ。モーリスは思い知るだろうね。『現状維持が容易くはない』と」

「まあ、勉強と言えば勉強でしょうね。同時に『親族達が敵』という疑問を持つことになると思いますが」

「だからいいんだよ。相手だって、潰そうとは思わないだろう。だから適度に痛い思いをして、私達の言葉が杞憂ではなかったことを思い知れば良いと思っている」

ヴァイスの懸念に頷くと、いい笑顔でシュアンゼ殿下はスパルタ教育の一環だと口にする。

……。

あの、どう考えてもそちらが本音な気がするんですが。モーリス君は単純に、『努力する姿を見せるため』と思っている気がするんですがね?

「それで親族達に対する思い込みを崩す、と?」

「彼の場合、まず、血縁者に対する思い込みを崩すことが必要じゃないかな」

「私もそう思います。これまで良くしてくれた相手が本当に彼のためを思っていたか判断する、良い機会になりそうですね」

実の親がアレだったせいか、シュアンゼ殿下の言葉には物凄く説得力がある。

ヴァイスもモーリス君の甘さが問題と思っているのか、特に反対する気はなそうだ。

そして、私は。

「一応、魔王様達に事情を話して、情報がないか聞いておくわ。現段階では私達も確実なことは言えないし、答え合わせには必要でしょ?」

「頼むよ」

さて、どうなるかな?