作品タイトル不明
ある愚かな男の後悔
――グラント侯爵が収容された牢にて(グラント侯爵視点)
「……」
地下に作られた狭い一室――部屋にはなっているが、貴族用の牢だ――のベッドに腰かけ、項垂れる。
ここに来てから、私の精神は擦り減っていくばかり。強気でいられた少し前までの己が懐かしい。
――他国はともかく、この国の王家はお飾りと言ってもいい状態だった。
先代の王陛下が幼い頃に起きたという激しい権力争いの結果、王家の血を持つ者達は極端なほど数を減らし。
他国との縁を繋ぐ目的の政略結婚どころか、自国内での足場固めすら不可能な状態になっていたのだから。
通常は王の兄弟や血縁者達が公爵家となるなり、臣籍降下するなりして、それなりに味方を作るのが常なのだろう。
言い方は悪いが、王家の血を持つ以上、王族が臣籍降下した家にもそれなりにチャンスがあるというか、そこそこのうまみもあるのだ。
また、『王家の血を持つ』という事実は非常に重要視される要素であり、準王族のような扱いで縁談を望まれることもある。
そういったこともあり、彼らにとっても王家の弱体化は困るのだ。血縁だからこそ無条件に味方するというわけでなく、自分達のためでもあった。
……が、現在のサロヴァーラ王家にはそういった者達もなく。
結果として、味方が極端に少ない王家になってしまった。その果てに、貴族達から舐められることになったのだ。
まあ、それも仕方ないだろう。そもそも、王家の人間達は『誰かに命じる立場』であり、自分達が直接動くことは殆どない。
血を紡いでいく義務も疎かにできない以上、そうそう無謀な行動も取れなかったに違いない。
だからこそ、多くの者達は安心していたのだ。
『今の王家は何もできない』と!
他国とて、侵略行為や内政干渉を疑われても困るだろうし、婚姻による繋がりもないサロヴァーラ王家に支援などできまい。
王家を嘗めていた者達とて、ただ力のない王家だからと無条件に侮っていたわけではないのだ。『こちらが強気に出ても、何もできない』――そう判断できるだけの要素があったのである。
第一王女はその聡明さゆえか自分達の立場が判っているようだったし、第二王女は使用人にすら侮られている有様。
王はこの状況を何とかしようとしているようだったが、貴族達が結託して王女の婚姻相手を自国の者にしてしまえば、大したこともできないだろう。
……そう思っていた。少なくとも、ほんの数か月前までは!
それが狂いだしたのは、第一王女の予想外の行動が発端だった。
自国では大人しい姿を見せていたにも拘らず、あの王女はサロヴァーラを誘拐事件の黒幕と疑わせることで、他国を巻き込んできたのだから!
そうは言っても、所詮はそれほど付き合いのないイルフェナ。多少の揉め事はあれど、サロヴァーラに深く食い込んでくることはないと思っていた。
いや、『それしかできないと思い込んでいた』!
事実、この国に来た当初、イルフェナの者達は非常に大人しかったのだ。警戒すべきはレックバリ侯爵であり、彼にはきちんと見張りが付いていた。
魔導師を名乗る小娘や公爵家の若造が騎士として付いて来てはいたが、彼らの様子を見る限り、他国で起こった事件の方に目が向いていたと思う。
だからこそ、安堵した。
そちらに意識が向いている以上、サロヴァーラ王家に手を貸すことなどないと。
それが大きな間違いだったと知ったのは……あの魔導師が行動し始めてから。
……いや、違うな。
あの魔導師だけでなく、イルフェナの者達は『全員が』真の姿を偽り、虎視眈々と情報を集め、牙を剥く時を待っていたに過ぎなかったのだから。
気が付いた時は……すでに手遅れだった。しかも、あの魔導師はいつの間にやら忌々しいエヴィエニス家の若造を味方に付け、第一王女と取引するまでになっていた。
我々の最大の誤算は……あの魔導師や第一王女といった者達を侮ったことにあったのだ。
特に魔導師は無邪気や無知さが垣間見える姿を捨て、鋭い指摘を容赦なく行なってくる。
しかも、地下の魔獣をたった一人で倒したというのだから……実力行使という名の暗殺を狙ったところで無駄だろう。
聞いた話では、幾つかの家が仕掛けたらしいが、誰も戻ってこなかったようだ。
恐らくは、あの騎士達に防がれ、返り討ちに遭ったのだろう。彼らは魔導師が動きやすいよう、状況を整えていたようだからな。
――やがて、制裁が行なわれた時。
我々は本当の意味で『魔導師の恐ろしさ』を痛感したのだ。
単純な暴力ならば、明確に喧嘩を売った者達を生贄にすればいいだけだ。再教育を受けさせた侍女や騎士達を含めても、切り捨てれば傷は浅い。
だが、第一王女と取引をした魔導師の策が、その程度のものであるはずもなく。
結果として、他国や民を巻き込み、サロヴァーラの立て直しにまで発展させてみせた。そこに含まれるのは、明確な『宣戦布告』。
『愚かな貴族達に破滅を』――暗にそう言われた気がした。
事実、これまでと違い、我々は非常に動き難くなったと思う。他国の目もある手前、あからさまな動きは没落を早めるだけだ。
あの魔導師は後見人には忠実らしいから、エルシュオン殿下に取り成してもらえば何とかなる気がしなくもないが……そのためには王家の協力が必須。
……これまで辛酸を舐めてきた王家が、我々に都合良く動いてくれるはずもない。立場は逆転し、今度は我々が王家の機嫌を取らなければならなくなっていた。
その時になって漸く、気付いた。
あの魔導師は国の立て直しだけでなく、この状況こそを作り上げたかったのだと。
第一王女とどんな取引をしたのかは判らない。だが、そこに『サロヴァーラ王家に復讐の機会を与える』というものが含まれていないとは思えなかった。
現に今、第一王女ティルシアはこれまでの大人しさが嘘のように精力的に動いている。
勿論、それはサロヴァーラの立て直しのためなのだが……言い換えれば、『王家を嘗めていた貴族達の排除に繋がること』が非常に多い。
それらが横暴だと批難されないのは、我々に明らかな非があるからだ。下手に抗議すれば『他国の者達にも相談して、適切かどうか意見を聞いてみる』とでも言い出しかねない。
そうなってしまえば、その根拠として我々のこれまでの所業が他国にも伝わってしまうだろう。その結果、更なる事態の悪化を招く可能性は非常に高い。
『頭脳労働職』と言い切り、不可能と思われた事態の好転を成し遂げた者と。
その状況を活かすことが可能な能力と多くの証拠を握っている『権力者』。
この二人が手を組んだ時、我々の栄華は終わったのだろう。そう認めるべきだったのだ。
何より、その『権力者』――第一王女ティルシアが我々をどのように見ているかを察してしまえば、逃げられるはずもなく。
「あれは……獲物を狩る強者の目だ。あの女は牙を剥く時を待っていただけでなく、じわじわと甚振ることを楽しんでいる……!」
思わず、頭を抱えてしまう。成長する機会を奪うべきは第二王女ではなく、第一王女であったのだ。その本性に気付けなかった時点で、敗北は確定だった。
これまでのことに怒りを燃やす彼女が、手緩い一手など打ってくるはずもない。我々は今、『生かされているだけ』なのだろう。
他国はあくまでも魔導師の協力者であり、サロヴァーラ王家の味方をしたわけではない。
彼らの厳しい目に応える意味でも、サロヴァーラ王家は意地を見せなければならないだろう。
第一王女の復讐に大義名分が与えられているのである。
止める手立ても、他者を納得させられる言い分も、我々には……ない。
「はは……あの悪夢が続いているのも、私がこれらのことに気付いているからか……」
恐ろしい処刑、鋭い刃が研がれる音、そして……『何か』を断ち切る鈍い音。
毎夜続くそれは起きている間の怪奇現象と相まって、私の精神を削っていく。
「悪かった……謝るから、いい加減に解放してくれ……!」
聞き届けられるはずがないと思いつつも、口にせずにはいられない。
涙の滲む視界に、表情を失くした王妃と側室の姿が映ったような気がした――
※※※※※※※※
――深夜・牢のあるフロアの厨房にて
「~♪」
機嫌よく調理をしているのは、魔導師ミヅキ。どうやら、彼女はあれからも深夜のお料理タイムを続けているらしかった。
……もっとも、そこに悪意が含まれていない、なんてことはなく。
睡眠薬を盛られ、起きる気配のないグラント侯爵の耳元で包丁を研いでみたり。
更には、研いだばかりの包丁の切れ味を試すかのように、根菜や肉を骨ごと断ち切ってみたり。
侯爵の悪夢を長引かせようとばかりに、色々とやっていたりする。大変、性格が悪い。
なお、本日は包丁を研いでいる間に食材である鳥の血抜きを行なっているため、暗い調理場で吊るされた鳥からぽたり、ぽたりと血が落ちる様は軽くホラーであった。
当然、空気の向きを調整され、血の匂いは侯爵の下に漂っている。その結果、悪夢は順調に加速中な模様。
「骨を煮込んだりするんですね」
「そう! 美味しい出汁が出るんだよ。きちんと手順を踏んで余すところなく使えば、味も栄養素もばっちりだ!」
すっかりお付きと化したヴァイスの感心したような言葉に返すも、ミヅキが手を止めることはない。
やがて聞こえてきた足音にヴァイスが通路の方に視線を向けると、骸骨騎士――纏う服はサロヴァーラの騎士のもの――が厨房に入ってきた。
「良い匂いですね」
「あ、お疲れ様! どうだった?」
骸骨騎士と言葉を交わすミヅキ。異様な光景のはずだが、ヴァイスも特に警戒心を見せていなかった。
「いやぁ、こっちにも聞こえたかもしれないですけど……まあ、賑やかでしたね」
「あはは! まあねー、通路にしか現れないとはいえ、骸骨騎士様が見回りしてればねぇ……」
なんのことはない、以前にもミヅキが使った『装着者が骸骨の幻影を纏う』という魔道具の効果である。
激しい動きならば本体とのズレが出る可能性もあるが、ただでさえ薄暗い地下、それもマントを靡かせて歩いているだけなのだから、全くバレる気配はない。
……牢のあるフロアを骸骨騎士が歩いているだけで、日々の悪戯――オカルト系のもの――に神経を擦り減らしている者達にとっては怖いのかもしれないが。
「『見回りの際、この魔道具を身に着けて』と言われた時は不思議でしたが、この姿を見てみると納得です。我が国の騎士、それも王家を守って死んだ騎士の亡霊……と言われているそうですよ」
「ただの悪戯なのにねー! ざ・ま・あ!」
ミヅキ発案のこの悪戯、共犯者はティルシアである。
建前としては『反省する姿を見せない者達への警告』であり、ミヅキの方は『夜勤の騎士達に夜食を作ってあげたい』というもの。
過保護な親猫を警戒してか、そこに『悪戯』という文字はない。あくまでも『お手伝い』ということで済ませる気満々なのだ。
当初は唖然としていた騎士達もこれまでの恨みがあるのか、非常に好意的に受け入れられていた。
だって、別に罪人達を害してなどいない。
片や職務である見回り、片や騎士達への労わりである。
魔導師が来てから、ティルシアはリリアンとは別の意味で上機嫌であった。
善良な人々からは『仲良しのお友達が手伝ってくれて心強いのだろう』と微笑ましく思われている。
……。
まあ、確かに間違ってはいない。女狐様と黒猫はとても仲良しなのだから。
魔導師ミヅキは『異世界人凶暴種』という渾名を持つ。そんな生き物と仲良しなのだから、ティルシアも相当だ。
今回とて、グラント侯爵をやつれさせて貴族達の目に晒し、心底後悔している様を見せ付けたいと思っていた。
やつれた侯爵の口から語られる恐怖体験は今後、第二、第三の犠牲者を作っていくことだろう。同じ末路を辿るだけの責がある者が多過ぎる。
こうして、サロヴァーラに恐怖伝説が語られるようになっていくのだった。
余談だが、魔導師ミヅキの暗躍を疑う者達も当然、居た。しかし、当のミヅキが『私は自分の手で〆るもん』と口にし、それも事実と知っている者達が多数居たため、半信半疑のままだったという。