軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔導師の戯れ ~侯爵夫人の場合~

――サロヴァーラ・貴族用の牢がある一角にて

「よくも侯爵夫人たる私にこのような扱いを……!」

ギリギリとドレスを握り締め、侯爵夫人は憤っている。そんな姿をこっそりと眺め、私とヴァイスは揃って溜息を吐いた。

うん、まあ、力のある家だろうし、その女主人たる夫人もそれなりにプライドの高い人だと予想はできていた。

……予想はできていた、んだけど。

「拘束された時はもう少し理性がありそうな感じだったけど」

呆れて生温かい目を向ければ。

「我が子……それも溺愛していたらしき末の息子のことがありましたから、そちらが優先されただけかと」

頭が痛いとばかりに、ヴァイスが再度、溜息を吐いた。

そんな彼の姿に、グラント侯爵家へと赴いた時を思い出し。……それもそうかもね、と肩を竦めた。

あの時、クソガキ様はこちらへと盛大に噛み付いてくださった。まあ、結果的にはそれがあったからこそ、あっさりと拘束できたわけだが。

その時の侯爵夫人はまさに我が子を心配する母親! という感じだったので、『多少は』まともなんじゃないのかなー? と淡い期待をしていたのだけど。

結論:クソガキの親はやっぱり『それなり』。

基本的に当主たるグラント侯爵が最も権力があるため、妻である侯爵夫人が『夫が王家に対して不敬な態度を取っていることを知っていても、何もできない』という状況にある可能性もゼロではなかった。

『妻は夫に従うもの』という教育をされていた場合、侯爵夫人にとってはそれが『正しいこと』なので、夫を諫めなかったことを責めることはできないからだ。

ただし、あくまでも『夫を諫めなかったことは仕方がない』というだけであって、侯爵家に下される処罰から逃れられるわけではない。一蓮托生である。

それでも多少なりとも周囲の者達の心証には影響するだろうし、同情される可能性――多少の減刑、という形で――もないわけではなかったのだが。

同情なんて必要なかった。

あれは間違いなく、王家を嘗めていた侯爵の同類だ。

今とて、まだ調査中ということもあり、侯爵夫人は貴族用の牢を使っている。つまり、ホテルの一室に軟禁されているようなもの。

それでも不満が爆発するのか、何度か元気に吠えていらっしゃるのだよ。本人は『このような扱いを!』と怒っているようだが、まだ本格的に罪人扱いされているわけではない。

周囲とて、冷めた目を向けたくもなるだろう――『煩ぇよ!』と!

なお、馬鹿正直に口に出したのは私だけである。

ついでに『喚くな、年増』と煽り、怒りにガソリンをぶち込んだのも私だが。

いやぁ、馬鹿にされたと感じた侯爵夫人の顔が般若になりましたからね! 対して、私はとってもいい笑顔。

『騒ぐのは勝手だけど、煩いの。淑女と言うなら、最期まで本性隠しとけ』

『何ですって!?』

『今のあんた、檻に入れられて喚く猿だぞ』

猿を馬鹿になどしておりませんが、とても的確な喩えだったと思っております。ついでに言うなら、あんたよりも猿の方が賢いぞ? とも思っていたり。

少なくとも、野生動物には本能というものがある。例えば……自分よりも強い相手にむやみやたらと喧嘩を売ったりしない、とかね。

生き延びるための知恵と言うか、本能が備わっているのだよ。どう考えても、私が魔導師と知っていながら吠え続ける夫人よりも余裕で賢かろう。

と、言うか。

ここは貴族用とは言え、牢なのですが。あんた、罪人。(予定)

そのことが理解できていないあたり、馬鹿呼ばわりされても仕方がないと思う。

そう指摘すれば、更にキィキィと喚き出す侯爵夫人。……学習能力はどうした、猿(偽)。

そんな遣り取りを繰り返す私達に、見張りの騎士達やうっかり目撃してしまった者達はドン引きしていたが、些細なことである。

そういった背景もあり、『侯爵夫人は頭を冷やさせた方がいい』ということになり、私は少しばかり彼女の視界から消えていたわけなのですが。

「結局、変わらなかったわねー……」

「あれが我が国の貴族とは、お恥ずかしい限りです……!」

頭が冷えれば、反省の言葉や後悔の言葉が聞こえてくるかと思っていたら、そんな雰囲気は皆無である。見ろ、ヴァイスが頭を抱えているじゃないか。

なお、ヴァイス君がこうなっているのは私に報告の義務があると知っているからだったり。

つまり、全部知られるの。がっつり魔王様にも報告されちゃうの。この情けな~い一幕が!

彼は騎士だけど、公爵家の人間でもあるから、自国の馬鹿のことが報告されるのはさぞ頭が痛かろう。間違っても、あれと同類には見られたくあるまい。

まあ、あれだけ誘導しやすい性格なら、怒らせればべらべらと余計なことを喋ってくれそうではあるけれど。その点だけは良いことと言える。

ただ、情報を暴露する以前に、意味のないことを喚き散らすだけ……という可能性もなくはない。身分を盾に取り、取り調べに当たる騎士達を困らせそうだ。

そうなってしまうと、無駄に時間がかかるだけ。ただでさえ人手不足なのに、迷惑な話である。

と、言うわけで! ここは私が動かないとね♪

「それでは! こっそり報復第二弾、いってみよー!」

きゃっきゃとはしゃぎつつ、魔道具を取り出す。勿論、夢という形で私の記憶を見せるものだ。

それが『悪夢を見せるもの』扱いされているのは、込められた記憶がホラーゲームの記憶だからであ~る!

……。

私にとっては楽しい記憶なんだけどね!? 誰にも信じてもらえないし、『修羅の国出身か』とか言われるけど、ゲーム自体は本当に面白かったんだよ!?

「それが今回使う物なのですね」

興味が湧いたのか、いつの間にかヴァイスが私の手元を覗き込んでいた。

「どういった夢を見るのです?」

「巨大な鋏を持った変質者に追いかけられる夢」

「え゛」

さらっと答えた私に、ヴァイスがぴしりと固まった。……あんまりな表現に、どう反応していいか判らなかったのかもしれないが。

今回はク〇ックタワーより、シ〇ーマン。割と有名どころをセレクトです。

このゲーム、謎解き要素と言うか、どれだけ情報を集めたかによってエンディングが変化するため、プレイヤーは基本的に探索が必須となる。

……が。敵であるシ〇ーマンはイベント以外に時間経過でも現れるため、そのうち『探索が進まねぇじゃねーか、畜生が!』くらいの心境になってきたり。

そんな私にとってシ〇ーマンは、巨大な鋏を持った変質者扱い。

ボコられてもボコられても這い上がってくる、執念の変質者。

「……まあ、そんなのに追いかけられるってことだけ理解してもらえれば」

微妙に視線を逸らしながら言うと、ヴァイスは暫し、沈黙し。

「……いえ、意外と良い選択かもしれません」

「え゛」

まさかの賛同が!? 一体、どんな心境の変化が!?

「あまりに非現実的過ぎるものでは、逆に作り物のように感じるかもしれません。ですが、巨大な鋏を持った変質者……おそらく、殺人鬼のことだと思いますが。それならば、現実と混同するかもしれません」

「ああ、そういうこと……」

つまり、『現実にありそうなことだから、怖がるかも?』ってことね。

……。

『変質者』を『殺人鬼』に言い直されはしたがな。ヴァイス君も私の性格に慣れてきたようで、何よりです。

「じゃあ、今日は睡眠薬入りの食事にしてもらおうか。途中で目を覚まされたくないし」

「構いませんが……何かやるのですか?」

「耳元で鋏の音を聞かせようかと思って。ほら、侯爵の方は効果ありだったみたいだし」

あれです、シャキーン、シャキーンという特徴的な音。

(魔導師的に)楽しい夢を見ながら、その音を聞き続けたらどうなるか? という実験ですね。

そんな私に、ヴァイスは何とも言えない表情になった。

「先ほどの夫人の暴言に対し、お怒りなのですね……」

「……」

「……」

「……ふふっ」

私との会話中、侯爵夫人はこんなことを言っているのだ……『やっぱり、あの【魔王】の子飼いねっ!』と!

ええ、魔王様の評判が悪かったことなんて知っていますとも。

それが最近は改善され……いや、本来の性格が知れ渡ったことによって評価が見直されて、私関連のこともあり、好感度が爆上げされたことも知っている。

……が。

たま~に居るんだよねぇ……ついうっかり口走る奴が!

勿論、アル達は即座に行動するほど愚かではない。きっちり抗議し、裏から手を回し、最終的に『ごめんなさい』と言わせているだけだ。

しかし、私の場合は『様々な意味での』暴力しかないわけでして。

「私は侯爵夫人が大人しく取り調べを受けるようにするだけよ?」

バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ! ついでに言うなら、今回は正当な理由もありますからね! 仲良しのお友達に協力したいだけですとも!

「……そうですね」

忠誠心溢れるヴァイス君も私の怒りが理解できるのか、さらりと流して咎める気配はない。微妙に黒い表情なのはきっと気のせい。

この時点で、グラント侯爵夫人の扱いは決定されたのだった。

さあさあ、グラント侯爵夫人? お望み通り、特別扱いをしてあげよう。

楽 し い 夢 を 見 ま し ょ う ね … … ?

――その後。

グラント侯爵夫人は一晩中魘され、最悪の目覚めになった模様。付き合った私も寝不足だが、気分爽快だ!

なに、私がしたことは魔道具を仕掛けたことと、一晩中、侯爵夫人の耳元で鋏の音を響かせていた程度さ。

なお、鋏が刃物扱いになるとのことで、ヴァイスが監視要員として付き合ってくれた。

そのヴァイス君がきっちりと『鋏の音を響かせていただけで、害する気配すらありませんでした』と報告書に認めてくれたので、私は無罪である。

余談だが、いきなり性格が改善されるはずもなく、侯爵夫人は取り調べ中に何度も『あの』性格を披露したらしい。

その度に鋏の音を響かせるだけであっさりと大人しくなったため、私は騎士達に感謝されて終わった。

「面白いことをしたのね、ミヅキ。今後も取り入れようかしら」

やるなら全面協力しますよ、女狐様。