軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

罪人の末路 其の三

――牢のある一角? にて(クソガキ様視点)

薄く靄がかかった通路を慎重に進む。先ほど見掛けた影? のようなものに出くわしても嫌だし、見張りの騎士に見つかっても拙い。

ただ……僕は少しだけ焦り始めていた。恐怖を覚え始めた、と言ってもいいかもしれない。

ここは本当に城にある一角なのか?

確か、牢や取り調べを行なう部屋は城の地下にあったはず。

そう思うも、この状況になる直前の記憶が非常に曖昧で……『僕は本当に、王城に連れて来られたのだろうか?』という疑問が湧くのを止められなかった。

残念ながら、僕は王城の構造に詳しくはない。けれど、地下牢はそれほど広くはないような気がするのだ。

先ほどの取調室? を出てから、僕は結構歩いたと思う。それなのに、この通路の終わりが一向に見えてこない。気のせいではなく、絶対におかしい。

そもそも、室内にこのような靄が発生するのだろうか?

地下と言っても、室内であることに変わりはないはず。外でもあるまいし、実に不自然だった。

それに。

騎士でもない僕が言うのもなんだけど、相変わらず人の気配が全く感じられないのだ。

少なくとも、今は牢内にグラント家で拘束された者達が居るはずである。

貴族階級である自分や家族は貴族牢に入れられたとしても、私兵達までそういった扱いを受けることはあるまい。

それでなくとも、場所柄、監視を担う者達だけは常駐しているはずじゃないか!

それなのに、誰も居ない。囚われた者どころか、監視役の騎士さえも。

本当にここは……王城内にある場所、なのか……?

過ぎる時間の中、不安だけが増していく。何一つ情報がないまま、薄暗い通路を歩くことは……その、思っていたよりも……怖い。

暗闇でなければ平気だと思っていた。だけど、それは大きな間違いであったと思い知らされる。

本当に怖いのは『見えないこと』よりも『何が居るか予想がつかないこと』だったのだ。だって、ここは僕の持つ『当たり前のこと』が通用しない。

……それでも来た道を戻ることも怖かったから、先へと進むしかないのだけれど。

「部屋に居た方が……良かったのかな」

つい声に出してしまうのは、僕自身が不安に耐えきれなくなってきたからか。

音のない世界、薄闇に包まれた静寂の通路――敵と呼べる者の姿すら見えないそれが、こんなに怖いなんて思いもしなかった!

「……ん?」

人影が見えたような気がして、一瞬、足を止める。

注意深くそちらを窺い、そろそろと足を進めると、それが壁に備え付けられた大きな鏡だと気が付いた。

「な、なんだ。鏡か……」

通路はそこから左に折れており、この真っ直ぐな道が永遠に続くものではなかったことに安堵する。

先ほど見えた人影は僕の姿が鏡に映ったものだったのだろう。靄に遮られていたからはっきりとせず、黒い人影のように見えてしまったようだ。

そうなると、最初に見た足音がしない人影とて、僕自身が鏡に映っていただけなのかもしれない。それならば、足音がしないことも納得だ。

「ふ、ふん! どうせこんなことだろうと思った」

現金なもので、怯えていた対象の正体が判った途端、恐怖が薄れていく。

鏡の前で少しだけ身だしなみを整え、先に進むべく左に折れた通路を曲がり……僕はギクリと足を止めた。そして、強張った顔のまま、ゆっくりと通り過ぎた鏡を振り返る。

鏡は通路の突き当たりにあった。

そして、通路は一本道で左に折れている。

僕はその道を進み、すでに鏡に映ることはない場所まで歩いていた。

……だったら。

だったら、未だに鏡に映り、こちらを向いているように映っているのは『誰』なんだ!?

「う……うわぁぁぁぁぁっ!」

凍り付いたのは一瞬だった。そう認識するや、僕は叫び声をあげながら全力で走り出していた。

あれが『誰か』なんて判らない。ただ、鏡に映っていたのが僕自身でないことは確実だった。

その上、『あれ』は僕が通り過ぎた後の鏡に映っていたのだ。

つまり、『あれ』は僕の背後に居た。

叫び声をあげたのはそこに気付いてしまったせいだ。怖いとか、誰かに気付かれるかなんて問題じゃない。

得体の知れない存在が僕の後ろに居た以上、僕は少しでも『あれ』と距離を置きたかった。あんなのが背後に居るなんて、冗談じゃない!

「はぁっ……っ……な、何なんだよ!」

息を整えながら、ふと周囲を見回す。真っ直ぐに走って来たし、ずっと一本道だったから、ここは王城内の地下……のはず。

だけど、周囲はいつの間にか地下ではなくなっていた。いや、実際には地下のままなのかもしれないけれど、冷たい石の壁や床ではなくなり、明るい壁紙が張られた通路になっていたのだ。

その上、あれほど漂っていた白い靄が綺麗に消えている。そのことが僕をとても安心させた。

「……油断は禁物だ。誰か出てくるかもしれないじゃないか」

自分に言い聞かせて、ゆっくりと足を進める。先ほどの場所よりも安心できると言っても、ここがどこか判らない以上、危険なことに変わりはないのだから。

「……ん? 絵が飾ってある」

視界に飛びこんできたのは飾られた絵。その光景に、『そういえば、これまで何も飾られていなかったな』と思い出す。

通り過ぎた幾つかの扉は開かなかったので、そのまま進んできた。だから、室内には何かあったのかもしれないけれど、こういった物は初めて見る。

何とはなしに絵を眺めた。間隔を空けて飾られていたのは三枚の異なった絵だ。

一枚目は貴婦人の絵。一輪の花を持ち、僅かに微笑んでいる。

二枚目は料理が描かれていた。中央の皿には肉が盛られ、豪華な晩餐と言ったところ。

三枚目はこちらに向かって祈りを捧げる修道女だろうか。降り注ぐ光が神々しい。

何の脈略もない三枚の絵。特に珍しくもなく、有名な画家が描いた物でもないだろう。

その三枚を見ながら足を進め――

「え……」

全ての絵を確認した後、改めて一枚目の絵を見ながら通り過ぎようとした時、絵の中の貴婦人と『目が合った』。

「な……」

驚く僕をよそに、絵は其々に姿を変えていった。

まるで絵の具が流れて下にあった絵が出てきたかのように、先ほどとは違う不気味な絵が姿を現したのだ……!

一枚目の貴婦人は所々に肉を残した骸骨となって、手にしていた花は枯れ。

二枚目の晩餐は肉料理が人の首となり、他の皿にもおぞましい血肉が盛ってあり。

三枚目の修道女は朽ちた廃墟の中、恐ろしい形相でこちらを睨み付け。

「う……うわぁぁぁぁぁぁっ!」

修道女の視線を感じた途端、僕はその場から駆け出していた。

本能で感じたのだ……『視線を合わせてはいけない』と。あれは呪われた絵なんだと!

廊下が明るかろうが、恐ろしいものは恐ろしいのだ。何より、この明るささえ偽物かもしれないじゃないか……あの、一瞬で姿を変えた絵達のように。

「はぁっ……はぁ……」

必死に走って、走って……やがて、僕は一つの扉が僅かに開いているのを目にした。

しかも、そこには何人かが居るらしく、話し声のようなものまで聞こえてくる。

「た……助けて……っ!」

必死にそれだけを口にしながら、室内に体を滑り込ませる。そこに居たのは、二十人ほどの男性貴族達で……突然現れた僕の方へと顔を向けていた。

「おや、どうしました? 私達は会議の途中なのですが……」

優しげな雰囲気の若い男が、立ち上がったまま尋ねて来る。男は何かの書類を手にしているようだし、席に着いている者達の手にも何枚かの紙があった。

本当に、何かの会議の途中……なのだろう。失礼なことに、僕はそんな場所へと駆け込んでしまったらしい。

「も、申し訳ありません。僕はグラント侯爵家の者なのですが……」

そこまで言いかけ……ふと、違和感を覚えた。

声を掛けてくれた若い男以外、誰も喋っていない。いや、それだけならばともかく、誰もが僕の顔を凝視している……ような。

そして、不意に気付く。いや、気付いてしまったのだ……その違和感の正体に。

女性ほどではないが、男性貴族の衣装にも流行がある。色や形といった程度だが、父や兄達を見ていた僕からすると……その、ここにいる人達の衣装はどうにも古臭いような?

「グラント侯爵家……」

「グラント侯爵家か」

「ああ、あの家ね」

僕が違和感に気付いた途端、人々は僕の顔を凝視したまま話し出す。あまりの異様さに言葉を失っていると、最初に話し掛けてくれた男が無表情のまま、口元を歪めた。

「そう怖がらずに。これから我らの仲間に入るのですから」

「なか……ま?」

「ええ。罪に問われ、罰を受ける。そして、その先は……」

「先、は?」

「……。どうなるのでしょうね?」

「ひ……っ」

男が僅かに首を傾げた途端、室内の状況が変わっていく。

人々は骸骨となり、纏っていた服は朽ちてボロボロになって、人によっては黒い染みが浮き上がっていた。

明るかった室内は暗くなり、朽ちた様を僕の前に晒す。そんな状況なのに、人々は先ほどと同じくその顔を僕に向けていた。

『サア、貴方モ……』

「うわぁぁぁぁぁっ!」

骨だけの手が僕に差し出される。その手を、差し出した手の持ち主、その眼窩を見た時――僕の意識はぷっつりと途絶えたのだった。