作品タイトル不明
呪物騒動の裏側で
――イルフェナ王城のある一室にて(クラレンス視点)
――『エルシュオン殿下の執務室に居るぬいぐるみは呪物である』
こんな噂が流れ始めた時、私は『またか』と呆れました。
勿論、事実などとは思っていません。ですが、そう仕向ける輩達の存在……という意味では、非常に心当たりがあったので。
この噂とて、エルシュオン殿下に向けられた悪意の一つでしょう。馬鹿が多くて困りますね。
第一、あのぬいぐるみが呪物だとするならば、その製作者は誰だと言うのか。
能力的な問題という点では、クラウスを始めとする黒騎士達ならば可能……だとは思います。
ミヅキはこの世界の魔法をよく理解していないらしいので、恐らくは無理でしょうね。そういった話も聞きませんし。
ですが、彼らはエルシュオン殿下が悪意を向けられることを良しとしません。そのような『隙』など『作らない』。
わざわざ呪物を作って傍に置く意味も判らないですし、もしもあのぬいぐるみ達が呪物と言うならば、それは送った側の手によって成った、と考えるべきでしょうね。
と、言うか。
あのぬいぐるみ達を贈ったの、私達近衛なのですが。
……。
遠 回 し に 喧 嘩 を 売 ら れ ま し た か 、 我 々 。
いやぁ、この噂が流れだした時は関係者一同、呆れましたね! 二人へ向けた我々の好意を、悪意に摩り替えられるとは。
まさか、エルシュオン殿下の傍に在るだけで呪物扱いされるなんて、思ってもみませんでしたよ。誰だって、じっくり確認したことなんてないでしょうに。
言い出した奴は相当、『素晴らしい頭』(意訳)をお持ちなのでしょう。誰でも論破が可能なほど幼稚な噂であっても、成功すると思っているのですから。
そもそも、私がミヅキに親猫(偽)と呼ばれるぬいぐるみを渡したのはガニア滞在時――あの王弟夫妻の一件の最中であり、ミヅキが単独での行動を強いられている時なのです。
そんな状況下にある時に呪物が手元にあったならば、一人や二人、呪い殺していても不思議はないでしょうに。
第一、魔導師であるミヅキだって気が付くでしょう。魔法に携わる者が、ただのぬいぐるみと呪物の区別がつかないなんて、ありえませんからね。
……まあ、ともかく。
我々近衛はあのぬいぐるみを贈ったのが自分達であることを明かし、くだらない噂に踊らされることがないよう、周囲の者達に言って聞かせました。
……ああ、説得力は抜群でしたよ? 団長殿は多くの者達にとても慕われていますし、我々の言い分も十分、納得できるようなものだったのですからね。
『あの黒騎士達が、主の傍に呪物を置くことを許すと思うのか』
『殿下の責任問題になりかねないのに、危険を冒してまで呪物を作る意味とは?』
『と言うか、目的があるのならば呪物なんて物を使わず、自分達で報復する方が確実だろう』
『あの黒猫に玩具(意訳)を渡して向かわせた方が、彼ら的には面白い結果になるのでは?』
……このような感じで話すと、大抵の人は納得してくれましたね。
やはり、これまでの功績(意訳)を知っていると、『あの』凶暴な猟犬達がそんなに手緩い真似をするとは思わないのでしょう。
解呪が可能な一手なんて、打つはずがない。あの子達ならば、もっと確実に仕留める一手を選びます。
特にミヅキは自分の手で報復することを好みますから、対象を特定するなり、即座に殴りに行くでしょうね。
あの子、『私の辞書に敗北の文字はありません。やられたら社会的に葬るまでが喧嘩ですよね。最後に笑うのは私です』と先日、本気で言っていましたから。
……。
微妙に物騒ですが、あの子の立場はそれなりに危険です。
ですから、『それでいいのですよ』と肯定しておきました。
そんなことを思い出すと同時に今回の噂を思い出し、本当に情けない気持ちになってしまいます。
異世界産の黒猫でさえ、多くを学び、飼い主への恩を忘れないのです。何故、我が国の貴族という立場にありながら、頭の悪いことができるのか。
「忠誠心があるならば、このようなふざけた噂を流しません。イルフェナの貴族としての自覚があるならば、殿下やあの子の功績に嫉妬したりせず、自分で何かを成し遂げればいいのです」
そう言いつつ、ちらりと椅子に座った……いえ、座らされている男に視線を落とします。
……ああ、随分と怯えているようですね? 呪物疑惑の噂を流した割には、小心者のようです。
「王族の傍に呪物……呪物、ですか。ふふ、我々がそのようなことを許すほど無能と受け取れば良いのでしょうかね?」
「い……いえっ! そのようなことはありませんっ!」
「ほう? では、どのような意味に受け取ればよろしいのでしょうか」
「そ……それはっ……あ、あの魔導師や黒騎士達ならば作れてしまうと思って……っ」
言うに事欠いて、今度はあの猟犬達やミヅキのせいですか。
へぇ……それはそれは命知らずなことですね。
「つまり。貴方は我々が贈ったぬいぐるみを、ミヅキや黒騎士達が呪物にした……と言いたいのでしょうか」
「え゛。お……贈った……?」
「ええ。『我々、近衛』があの子達に贈ったのですよ。ああ、親猫の方はミヅキが寂しくないよう、私がガニアまで持って行って渡してきたんです」
にこりと笑って事実を告げてやれば、男は顔面蒼白になって黙り込みました。
おや、愚か者の割に理解力はあったのですね? 手間がかからず、何よりです。
「貴方が流した噂が事実ならば、我々近衛は共犯者、もしくは元凶なのですね。ああ! それとも……我々があの二人に呪物を渡した、と言いたいのでしょうか」
「ち……違っ……」
「黙れ」
この期に及んで言い訳を口にしようとする男を黙らせ、一瞬、笑みを消す。
……ディルク? 『うわ、無表情の副団長に睨まれるなんて、可哀想』とは、どういう意味ですか?
……。
まあ、いいでしょう。この程度のことにあまり時間をかけるわけにはいきませんしね。
「この件は既に裏が取れていますし、ある意味では王族への侮辱とも受け取れます。まるで殿下が呪物を作らせたように、噂を受け取った人も居ましたので」
言うまでもなく、それはこの男のお仲間でしょう。援護のつもりだったのかもしれませんが、結果的に、それは男の首を絞めることとなりました。
「勿論、我々……団長を含めた一部の近衛騎士達への侮辱もありますから。きっちり報告書に纏めて、陛下にお渡ししましたのでご安心ください」
「な!? 何故、陛下が……っ」
「我が子とお気に入りの子達の噂ですよ? 気にして当然では? それに……あの方はこの国の王であらせられるのです。王城でそのような噂が流された以上、報告の義務があるでしょうに」
実際には団長の所に上機嫌……いえ、とても楽しそうに『報告書を待っているからね』と言って来られたわけですが。
我々としても、陛下の期待に応えなければなりませんし、その程度の手間で仕事の速度が上がるならば安いもの。
もっと言うなら、愚か者の犠牲一つで今後、似たような案件が防げるならば、我々としても損はありません。
「ですから、安心して処罰を受けてくださいね。ああ、貴方程度が居なくなっても、全く問題はありませんのでご安心を。家の方も納得してくださいますよ。もはや、貴族社会で生きていけるとは思っていないでしょうし」
男は茫然として言葉を発する気力さえないようですが、ここは実力者の国と称されるイルフェナなのです。
……価値があるならば多少の悪戯は見逃されるでしょうが、見当違いの悪意を向けるだけの輩に居場所なんてあるはずはないでしょう?