軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王殿下の真実と現在(裏)

――時は暫し、遡る。

「ふう……まったく、殿下があの異世界人を甘やかすから」

ミヅキ達に『お説教』(意訳)された男性貴族は一人、憤っていた。

勿論、締め上げられた恐怖は覚えている。自分のこれまでの功績や失敗について、色々と駄目だしされたことも事実だ。

だが、それらはあくまでも言葉のみのことであって。

喉元過ぎれば何とやら……とばかりに、解放された今となっては、愚痴を零す程度にメンタルも回復していたのであった。

イルフェナ産だけあって、こういった点だけは逞しい。

もっとも、ミヅキがここに居れば、『反省が甘いから、失敗を次に活かせないんでしょ』と呆れただろう。

そもそも、ミヅキは失敗どころか、リアルに『失敗したら次はない』(※今後の人生含む)という状況になることも珍しくはない。

『次』なんて『ない』のだ。警戒されれば難易度が跳ね上がるため、失敗できない状況になることも多々あったりする。

そんな綱渡り人生を送っているミヅキからすれば、男性貴族の愚痴など『何を甘いこと言ってやがる』という一言で終わる。

エルシュオンの場合はガチで国益が関わってくるので、責任問題になることは必至。

騎士寮面子はそういった二人の事情をよく理解しているので、協力を惜しまないのであった。

なお、二人に好意的な人々もこれに該当。

『ほのぼの癒し枠な猫親子』と言われてはいるが、『餌を狩らねば命が繋げない狩猟種族』的な意味も含まれているのである。

……だからといって、エルシュオンの教育がスパルタであることの言い訳にはならないが。

ワーカホリック気味の努力家だからこそ、加減が判らなかった、とも言える。

『実力者の国』と呼ばれ、地位に相応しい実績を求められるイルフェナとしても、エルシュオンとミヅキは割とぶっ飛んだ功績持ちなのであった。

そうは言っても、あまり二人と関わらない人々にそういった情報が流れてくるはずもなく。

結果として、この男性貴族のように勘違いする『お馬鹿さん』が居るのであった。

なお、そういった『お馬鹿さん』は下級貴族に多かったりする。

下級貴族は常に『三代功績がなかったら、爵位剥奪』という恐怖に晒されているため、基本的には努力する皆様である。

だが、その『努力』はあくまでも現在の爵位を維持する程度であり、高位貴族や王族の責務よりも遥かに軽い。

ぶっちゃけて言うと、彼らが口にする『努力している』という比較対象は、彼らと同格程度の爵位の者達。

よって、たま~に自身の努力が高位貴族と同等と勘違いする者も出てしまうのであった。『高位貴族や王族だからこそ、重要な案件に関われるだけ』、と。

当たり前だが、これは大きな間違いである。

重要な案件に関わらないからこそ、その難しさや責任の重さを知らないだけなのだから。

――そして。

呪物と呼ばれる猫型セキュリティに『日頃、関わらないから知らないだけ』なんて甘い言い訳が通じるはずがなかった。

……。

だって、『あの』二人を元ネタにした呪物だもの。

「……ん? 随分と今日は静かだな?」

人心地ついた頃、男性貴族はあまりの静かさに首を傾げた。

王城は広い。だが、場所が場所だけに、人が全く通らないという事態も珍しい。

これが夜ならばまだしも、現在は午後の日差しが差し込む昼間なのだ。人々の活動時刻であり、外では鳥が飛び交っているのが常である。

「何か会議でもあるのか? それとも、他国からの来客か?」

他国からの来客があった場合、そちらに集中することは当たり前なので、部分的に人が少なくなっても不思議はない。

と、言うか。この男性貴族は下位貴族なので、そういった情報がもたらされなくてもおかしくはないのである。お忍び、ということもあるのだから。

邪魔になるような場合、騎士や侍女がやんわりと注意を促し、退去させる。

……が。

今日はそういった話も聞いてはいないし、注意を受けた記憶もない。男性貴族が不思議に思うのも当然であろう。

「……」

明るく陽が差し込む城内だというのにどこか不気味さを感じ、男性貴族は周囲を見回した。

相変わらず、音のない世界である。まるで自分だけが取り残されたような、よく似た別世界に迷い込んでしまったかのような、そんな不安。

「……っ……馬鹿馬鹿しい!」

自分を鼓舞するように呟くと、男性貴族は歩き出した。

今日は珍しくエルシュオンの執務室に用があっただけであり、普段はそこまで赴くことはない。

エルシュオンの執務室に行くまでに迷うことはあっても、城の外に出るだけならば迷うはずはないのだ。

こう言っては何だが、一階まで下りて歩き回れば、出口にぶち当たる。つまり、今は下に降りるための階段に向かえばいい。

そう思いつつ歩き続けていた男性貴族は、ふと違和感を覚えて立ち止まった。

「……? 階段までこんなに歩いた、か?」

歩けど、歩けど、階段が見えてこない。いつもならば、迷うことなどないにも拘らず。

しかも、相変わらず誰とも擦れ違わないのだ。これも今までにはなかったことだった。

――無音の世界、その中にただ一人だけ居るような焦燥感。

そんな現状に、男性貴族は恐怖を覚えて立ち止まる。冷や汗が滲むも、拭う余裕は彼にはなかった。

明らかにおかしいと判るのに、対処する術を思いつかない。

まして、ここは王城。魔術師達がそれなりに守りを固めているはずなのだ。

そんな状況に恐怖するのは当たり前だろう……なにせ、これが魔法によるものならば『魔術師達の守りを突破した』ということに他ならない。

この予想が当たっていたならば、そう簡単に助けが来るとは思えないだろう。

……そんな時、何かが聞こえた気がした。

自分以外は無音の世界において、漸く耳にした『音』。

慌てて聞き耳を立てると、今度ははっきりと『それ』が聞こえてきた。

『にゃぁん』

「……猫?」

ゆらりと尻尾を揺らして現れたのは、金色の毛並みの大きな猫。

その姿をどこかで見たと思いながら、男性貴族は猫に近寄った。……が、あっという間に、猫は姿を消してしまう。

「ま、待て! 待ってくれ!」

『にゃぁん』

慌てて追おうとすると、今度は違う方向から鳴き声が聞こえてくる。

「……は? ど、どういうこと、だ?」

辺りを見回すも、猫の姿はどこにも見えない。そして、そんな男性貴族の姿を嘲笑うかのように、あちらこちらから猫の鳴き声だけが響いて来た。

『にゃぁん』

『にゃぁん』

『にゃぁん』

『にゃぁん』

無音の世界も怖いが、猫の鳴き声だけが響く世界も恐ろしい。

しかも、猫の鳴き声はあちこちから聞こえるため、どこに逃げていいかも判らなかった。

「や……やめてくれ……!」

ついに男性貴族は頭を抱えて蹲ってしまう。

そして。

男性貴族はあの猫の姿をどこで見たのかを思い出した。……そのぬいぐるみに纏わる『ある噂』と共に。

「……っ、悪かった! 悪かったから! 私が間違っていた!」

それだけを叫び、必死に許しを請う。けれど、猫の鳴き声は止まなかった。

「戻ったら、謝罪する! だから……ここから出してくれ……!」

そう叫んだ途端、猫の鳴き声が消えた。代わりに聞こえてくるのは、外を飛び交っている鳥の声。

「た……助かった、のか」

汗を拭うも、男性貴族は暫く立てなかった。どこからか視線を感じるような気がしているのだ……思い出すのは、あの金色の猫の眼差し。

あのぬいぐるみが呪物であるとか、噂の真偽はどうでもいい。ただ一つ判るのは、『謝罪するためにあの世界から解放された』ということ。

男性貴族に選択肢なんてないのだ。それだけは嫌というほど理解できていた。

……同時に、それを行なわなかった場合、自身には何らかの『不幸』が訪れるということも。

その後、男性貴族は先ほどの傲慢さが嘘のようにエルシュオンやミヅキに謝罪し、二度と愚かなことを口にすることはなかった。

後に、かつての自分と同じような考えを持つ者に彼はこう語る――『猫は必ず、その行いを見ている』と。