軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔王殿下の真実と現在

エルシュオンには敵が多い。……正確には過去形であり、『敵が多かった』と言うべきなのだろう。

異世界人であるミヅキの面倒を甲斐甲斐しく見続けた(善意方向に意訳)結果、エルシュオンへの誤解も解けていったのだから。

そもそも、エルシュオンは善良な性格をしているため、必要がない限り、ミヅキの様に『相手の有責にするため煽る』という手段など取らない。そんなことをせずとも、問題はないのだから。

王族という身分、優秀な頭脳、頼もしき忠実な騎士達……これら全てを兼ね備えているからこそ、姑息な手に出る必要などあるまい。

ミヅキの場合、『身分がない』、『役職など得ていないため、権限がない』、『そもそも異世界人という部外者』とないない尽くしのため、そのような手段を取らなければならないだけだ。

一言で言えば、『自分に合った遣り方をしている』という言葉に尽きる。

たとえ、それが全く正反対の手段であろうとも。

エルシュオンの場合、生まれ持った魔力による威圧のため、初対面でそれなりに恐怖を与えてしまう。

そこに整い過ぎた美貌が相まって、『麗しの魔王殿下』が出来上がった。人は美し過ぎるものに対し、恐怖めいた感情を抱くことがあるのだ。そこに威圧が加わった結果が『魔王殿下』なのである。

これで、エルシュオンが愛想がよい性格をしていたならば、まだ違ったのだろう。

だが、幼い頃から多くの生き物達に怯えられてきたエルシュオンに、そんな芸当ができるはずもなく。

結果として、親しい者達以外には無表情に近い状態で接することが常だったのだ……整い過ぎた美貌でこれをやられると、まず好印象は抱かれまい。

こうして見た目の印象が先行し、その優秀さに嫉妬した者達の悪意もあって、エルシュオンは悪役街道を突っ走る羽目になったのである。

なお、『悪役街道を突っ走る』と言っても、エルシュオンが悪辣というわけではない。八割程度は風評被害のせいである。

残り二割は彼も王族と言うか、政は綺麗事で成り立っているわけではないため、それなりに汚れ仕事もあった、ということ。

これはどんな国でも同じなので、特別、エルシュオンが悪いということはない。

ぶっちゃけて言うと、サロヴァーラのティルシア姫の方がよっぽど悪質である。

かの姫君は長年、最愛の妹を思い切り可愛がれなかった過去がある。しかも、妹であるリリアンを守るためとは言え、リリアンは長年、貴族達の悪意に晒されてきた。

その結果、ティルシアはガンガン妹への愛をこじらせ、どうしようもないシスコンへと進化していったのだ。

第一王女ティルシア。彼女は自覚のある女狐様(悪)なのである。

『異世界人凶暴種』と称されるミヅキと仲良しなあたり、その方向性が知れよう。

見た目は聡明な王女に見えるあたり、中身との差が大変凄まじい。エルシュオンとは別の意味で、誤解されてきた――過去形。今はかなりオープンである――姫君なのだった。

……で。

そんなエルシュオンを疎ましく思う貴族が、イルフェナにも当然、居る。

エルシュオンの功績を『国』という単位で考えれば頼もしい限りなのだが、『個人』という意味で考えた場合、割と色々な人達のプライドをバキバキに砕いているのだ。

勿論、エルシュオンが悪いわけではない。ただの僻みである。だが、人の羨む要素を全て兼ね備えているように見えてしまうため、嫌でも目立ってしまうのだ。

王族という、最高峰にある『血統』。

女性ですら羨む『美貌』。

他国の王族にすら一目置かれる『才覚』。

……どれか一つでも欠けていたならば、まだマシだったのだが、傍目には生まれ持ったものが多過ぎるような印象を受けてしまう。

これらの感情を持つのは下位貴族が多く、それも『魔王殿下』の噂が広まった一因なのだ。

所謂、数の暴力というやつである。特に下位貴族は民間とも繋がりが多い上、他国の者とて情報を得やすい。結果として、事実のように認識されてしまったのだ。

その上、普段の表情や人付き合いに差があるため、『身内と認識している者しか認めない傲慢な王子』と言われることもあった。

これに関してはエルシュオンが悪いので、本人や周囲の者達も甘んじて受けたようだが、それ以外はただの嫉妬である。

そして、そんな見当違いの悪意を許せるはずもなく、エルシュオンの騎士達が行動(意訳)してしまった結果、『魔王殿下』という立場が確立されてしまったのだ。

つまり、ある意味、騎士寮面子が戦犯である。

エルシュオンの苦労人生活はここから始まっていたのであった。哀れなり。

そして、現在――

エルシュオンの下には『異世界人凶暴種』こと魔導師ミヅキが新たに加わり。

最近になって、猫親子(偽)までもが加わった。

なお、猫親子(偽)はぬいぐるみの呪物である。二匹は元となったエルシュオンとミヅキの守護者を自負しており、猫型セキュリティと化しているのであった。

「だからね? 言いたいことがあるなら、私に直接言えばいいのよ。わざわざ魔王様に聞こえるように、嫌味っぽく呟く必要なんてないじゃん?」

にこにこしながら、ミヅキはある男性貴族とお話し中。なお、男性貴族はミヅキに胸倉を掴まれており、逃げ出すことは不可能だった。

力ならば、男性貴族の方が強い。ミヅキは武器を扱うことがほぼないため、騎士どころかこの世界の住人達と比べても非力なのである。

……が。

少しでも逃げようとすれば、掴まれた箇所を中心に徐々に凍り付いて行くのだ。

ミヅキ曰く『加減はできるし、話ができる状態程度にするから、凍り付いても問題ないよ?』とのことなのだが、遣られた方からすれば只管に怖い。

そもそも、ミヅキは『五体満足で帰す』とは一度も口にしていないため、『致命傷になったり、死んだりしない』程度の解釈が正しいとも言える。

しかも、そんな『お話し』が行なわれているのは、騎士寮の裏。

ミヅキが時折、藁人形を打ち付けている――気分的なもので、呪いにはなっていない――場所であるため、その残骸が転がっていることもまた、男性貴族の恐怖を煽っているのであった。

勿論、この場所を選んだのはわざとである。助けを呼べないというより、恐怖演出に凝った対応と言えよう。

相変わらず、どうしようもない馬鹿猫である。賢さはろくでもない方向に全振りだ。

だが、もっとどうしようもないのは、そんな二人をにこやかに眺めているアルジェント。

『ミヅキを一人にできませんから』という言い分の下、彼はこの場に同行していた。

そして、そんな建前を口にしつつも、しっかりと男性貴族に『身分とは、時に便利ですよね』と伝えている。

そんなアルジェント君の家は公爵家。貴族としては最高位であり、姉夫婦は『近衛の鬼畜』と恐れられるクラレンスに、『猛毒令嬢』と言われたシャルリーヌ。

そして、彼の姉夫婦はミヅキをとても可愛がっている。『エルシュオン殿下のためによく働き、きちんと結果を出す、頑張り屋さん』というのが、彼らのミヅキの評価なのだ。

実力者の国と呼ばれるだけあって、こういった点は親しい者が相手であろうとも厳しい。単なる愛玩動物ならば、不要なのである。

「ひ……っ、と、特に言いたいことなど……っ」

「嘘吐け。擦れ違いざまにはっきりと聞こえたからね? 『魔王殿下の子飼いの化け物が』って」

「ええ、私も聞きました。ミヅキの気のせいではありませんよ」

アルジェントの援護射撃を受け、ミヅキは笑みを深めた。

今回の発端は、エルシュオンの執務室でミヅキとこの男性貴族がエンカウントしたことが発端である。

さすがに第二王子であるエルシュオンに対して不敬な真似はできない――部屋には護衛としてクラウスが控えていたことも大きい――が、男性貴族はミヅキのことも気に食わなかったのだ。

爵位を失わないよう、日々、努力する彼からすれば、ミヅキは『後見人や周囲に手厚く庇護され、その功績を盛られている小娘』。

ミヅキの功績は『エルシュオン達が助力しているため』と思っている者達が一定数居り、真実を知っているのは中位から高位貴族が大半だった。

これは単に、ミヅキが関わる案件やその所業が大っぴらにできない場合が多いせいなのだが、それが『真実を悟らせないため』と思わせてしまう場合もある。

男性貴族は下位貴族のため、真実に触れられない場合が大半だった。その結果、彼のミヅキの評価は『偉そうな小娘・異世界から来た化け物』というものなのだ。

なお、ミヅキの功績は正真正銘、本物である。

そして、その所業が表に出せないものであることも事実である。

『知らない方が良いこともある』という言葉は浮かばなかった模様。日頃からエルシュオンに嫉妬しているからこそ、男性貴族はエルシュオンが可愛がっていると噂のミヅキを傷つけたかったのだろう。

……が。

当のミヅキは『化け物=人の法に縛られない素敵な立場』と考えるお馬鹿である。

しかも、『貴方の身近な恐怖』と自称しており、ゲームで培った経験や元の世界の知識を嬉々として甚振ることに使うため、割と本気で災厄なのだ。

エルシュオンの教育と躾がなかった場合、間違いなく災厄ルート一直線! しかも、己の所業を欠片も恥じていないため、悪化する一方であろう。

「まあ、私は何を言われても気にしない。だって、『貴方程度の言葉に、何の意味もない』じゃない」

クスリと笑いつつも、ミヅキの目は全く笑っていなかった。アルジェントも同様。

それは事実である。だが、その場にエルシュオンが居たことが二人にとっての地雷だった。

『魔王様が自分のせいとか思ったら、どうしてくれるんだよ!』

『あの人、【自分が悪意を持たれているせいで巻き込まれた】とか思っちゃうだろ!』

善良なる親猫様は意外と繊細な心をお持ちなのである。勿論、普通の人に比べれば十分に強い。

しかし、エルシュオンの傍に居るのは、彼が昔から心無い言葉に傷つけられてきたことを知る者達であり、自身は鋼の心を持つ猛者ばかりであって。

即座に男性貴族を捕獲するなり、『私に言いたいことがあるみたいなんで、お話してきますね! アルが一緒に居るから大丈夫ですよ♪』という言葉と共に、即連行されたのだった。

その間、アルジェントはクラウスと視線で会話をしている。そう時間を置かずに、この男性貴族の所業――功績だけではなく、都合の悪いことも含む――を纏めたものが届けられるのだろう。

連携はバッチリであった。日頃の行ないが知れる一幕である。

「だけど、貴方がそう思うことも理解できる! だって、自分が有能だと信じている人にとって、私や魔王様の功績は信じられないものばかりだものね。だからさぁ……」

そういって、ミヅキはにやりと笑った。

「た~っぷりと話し合いましょう? 相互理解は重要よね」

「え゛」

「遠慮なさらず。もうすぐ、貴方の功績を含めた詳細が届けられると思いますので」

逃げ場はない――男性貴族がそう悟るのに時間はかからなかった。

かくして、ミヅキ曰く『相互理解のための話し合い』が始まったのであった。

※※※※※※※※

――その後。

「君達は一体、彼に何をしたのかな?」

額に青筋を浮かべたエルシュオンが、ミヅキとアルジェント、そして協力者となった者達へと問う。

当然、威圧はガンガン彼らへと向かっているはずなのだが、慣れた彼らにとってはさほど気にするものでもない。

そんなエルシュオンにミヅキ達は顔を見合わせ。

「あの人の詳細……主に功績をお題にして、徹底的に駄目だししただけですよ?」

「ええ、それが全てです。まあ、逃げられないようにはしましたが、おかしな嫉妬に駆られて無様を晒しても気の毒ですし」

「……本当にそれだけ? あの後、泣きながら私の所に謝罪に来たんだけど」

「マジですって! まあ、あんまりにもお粗末な出来だったので、アルと二人して『もっと効率よくやれよ』的なことは色々と言いましたけど」

「……」

ミヅキ達の言っていることは事実である。ただし、ミヅキは基本的に単独行動に近い状態で送り込まれることが多く、その優秀さも本物なのだ。

結果として、男性貴族は己の認識が間違っていたことを痛感すると共に、自分の不甲斐なさも自覚するに至った。

ぶっちゃけて言うと、『天才が凡才との差を見せ付けた』。

ただし、場合によっては相手の心が折れる所業であろう。

それを察したエルシュオンは深々と溜息を吐き、説教を終わらせた。言い方は悪いが、当の男性貴族が勝手に傷ついただけなのだから、怒りようがない。

「少しは手加減してあげなよ」

「私は常に全力投球なので」

「お馬鹿!」

ぺしっ! とミヅキを叩くエルシュオン。そんな二人と、彼らを微笑ましく見守る騎士達は気付かなかった。

――執務室内に居る猫親子(偽)の目が、キラリと光ったことなど。