軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

招待は突然に 其の二

――エルシュオンの執務室にて(エルシュオン視点)

「エル、そろそろ休憩されては?」

執務机に積まれた書類に目を通していると、アルが声をかけてくる。

その途端、どことなく目や肩に疲れを感じるのだから現金なものだ。アル曰く『エルは誰かが止めないと、ずっと仕事をしていますからね』とのこと。

苦笑しながら告げられた言葉に、若干、顔を赤らめてしまったことは秘密である。

以前の私はそれが当然と思っていただけでなく、『仕事のできる王族であること』を己の存在理由のように思っていた。

アル達はそれを察しており、その必要性も理解できていたことから、さり気なく私に休憩を促して休ませてくれていたのだろう。

もしも、苦言として『仕事のし過ぎ』などと言われようものなら、私は余計に意地になってしまっていた可能性がある。……私自身、その可能性が高いと思えてしまう。

騎士達はそれを察していたため、色々と気を使ってくれていたわけだ。

……。

情けなく思うことは勿論のこと、気恥ずかしかったのも事実であった。

何が『魔王』だ、周囲の者達の多大なるフォローがあってこその評価ではないか!

『限度の判っていない努力家ですよね、貴方達』などと、アルに言われたのは記憶に新しい。

そう、『貴方達』。

つまり、アル達は私とミヅキを『限度の判っていない努力家』(=止めなければどこまでも驀進する、暴走系の人間)という、一括りにしたのである……!

顔が引き攣ったのは、言うまでもない。私はミヅキの同類か。

全く褒められている気がしないのは、絶対に気のせいではないだろう。

なお、『止めても止まらず、時には実力行使が必要な、本能に忠実な猫』がミヅキだとか。

ミヅキ自身『眠るのは死んでからでもできる! やるべきこと(=報復)が判っているなら、行動あるのみ! 努力と根性と手段を択ばぬ覚悟があればいける!』とかのたまう大馬鹿者。

それで本当に何とかしてしまっているので、アル達から『あれは過大解釈ではなく事実を言っているだけ』と判断されたらしい。

日頃を思い出す限り、実に納得できる評価だと思ったのは言うまでもない。さすが、守護役。監視対象の性格を理解できている。

「ああ、そうだね。……やれやれ、どうにも体が鈍っているようだ」

「まあ、それは仕方がないでしょう。襲撃で受けた傷は治せても、削られた体力や体の負荷はどうにもならないと聞いています。エルに必要なのは休息でしたから」

「十分、休ませてもらったよ。あそこまでゆっくりと過ごしたことはなかったからね」

「それでも、訪ねていらした方との面会や些細な仕事はありましたからね。完全に休日と言えないのが、残念でした」

アルは苦笑しているが、そればかりは仕方がないと思う。少なくとも、私のような立場の者であるならば。

それでも随分と休ませてもらったのだ。……あの当時、イルフェナは始終、慌ただしかっただろうに。

そんなことを考えていると、唐突に執務室の扉がノックもなく開けられた。即座に、アルが私の手前に移動する。

……が。

訝しむ間もなく、室内に転がり込んできた――この表現が正しいと思う――のは、双子の騎士達。しかも、何やら涙目になっているような。

「し、失礼しますっ!」

「殿下、緊急事態です……っ!」

あまりの慌てように、私とアルは顔を見合わせた。この二人の特殊能力、そしてこれまでの実績を知っているため、回避できていない方が珍しい。

「一体、何があったんだい?」

「そ、それが……」

「……私を置いて行くなんて、酷いな」

「「げ」」

聞き慣れない声が割り込むと、即座に双子は顔を強張らせる。……何となくだが、アルも警戒心を募らせているようだ。

だが、姿を現した声の主に、私は困惑することとなった。

「……ファレル?」

「はい。お久し振りですね」

「どうして君が……」

意外な人物の登場に内心、首を傾げる。彼は兄直属の騎士であるため、顔見知りではあっても、私の執務室に訪ねて来ることはほぼないのだから。

アル達が私の傍を離れないのと同じく、彼らもまた、主である兄の傍を離れない。

特に兄はイルフェナの王太子なので、私以上に警備は厳しくなっている。その重責を担っているのが、ファレル達なのだが。

こちらの訝しげな視線をものともせず、当のファレルは苦笑を浮かべていた。

「随分と、この二人を怯えさせてしまいましてね。私の方から事情を話すと言っているのですが……」

ちらりと視線を向けられ、双子はピシリと固まった。……だが、ミヅキに日々鍛えられている彼らの特殊能力を知っていると、何となくだが察せてしまった。

関わりたくない・嫌な予感=厄介事の気配。

双子が慌てて私の所に来るくらいだ。詳細は知らずとも、特殊能力が大いに発揮された結果、彼らは少しでも早く私の所に何らかの情報を伝えようとしたのだろう。

そして。

私は一つ、気になることがあった。

「君達、ミヅキと一緒に居たはずだよね。ミヅキは騎士寮に戻ったのかい?」

「「う゛……!」」

「え゛」

ち ょ っ と 待 て 。

そ の 反 応 は 一 体 、 ど う い う こ と だ … … ?

嫌な予感を覚えつつ、ファレルに視線を向ける。

対して、ファレルは心当たりがあるのか、苦笑したまま肩を竦めた。

「いやぁ……実は、そちらの黒猫を我が寮に招待しまして」

「……? ミヅキと君達は面識がないよね? あの子、いくら君達がイルフェナの騎士だったとしても、呑気に付いて行くことはしないと思うけど」

「おや、信頼がありませんね?」

「そうではなくて、『自分が許される行動範囲を知っている』という意味だよ」

「黙って勝手な真似をすれば、エルの責任になりますからね。そういう意味で、ミヅキは勝手な行動をしないのですよ。ファレル殿」

「へぇ……」

私とアルの言い分に、ファレルは感心したような顔になった。まさか、そういう理由で『付いて行くことはない』と断言されるとは思わなかったのだろう。

だが、これは事実だった。ミヅキと懇意にしている人物ならば私達も把握しているし、一声かければいいだけなので、ミヅキも手間を惜しまない。

例を出すなら、先日のシャルリーヌ提案の『秘密の茶会』だろう。

私の騎士であり、守護役を務めるアルの姉であるシャルリーヌ――勿論、ミヅキとも懇意にしている――相手でさえ、私の許可を取りにきたじゃないか。

『親しき仲にも礼儀あり』と考える『お国柄』らしく、ミヅキは意外とこういうことはしっかりするのである。

……ただし、先日のようにルドルフをメッセンジャーに仕立て上げての事後報告、といった小賢しい手を取ることはあるけれど。

「素晴らしい教育ですね。殿下の教育の賜でしょうか」

「いや、元から。割とそういったことを重要視する『お国柄』らしい」

「ああ、異世界人ですからね、彼女」

うんうんと頷くファレルは、割とミヅキに好意的に見える。だが、私とアルは警戒心を緩めることはなかった。

彼もまた『翼の名を持つ騎士』であり、王太子の直属になれるような人物なのだ。その表情が本心とは限らない。

「でも、残念なことに、すでに招待済みなんですよね」

「「は?」」

意味が判らず、声を上げる私とアル。

そんな私達の姿に笑みを深めると、ファレルはにこやかに告げた。

「先ほど、強制的にご招待しました。転移法陣を使いましたから、今頃は我が騎士寮に居ますよ」

「なっ……」

「ファレル殿、順番が違うのでは? ミヅキに知らせずとも、まずはエルの許可を取るべきでしょうに」

「ふふ、すまないね。だが、その遣り取りすらも見極めよと、我が主が仰せだ」

謝罪の言葉を述べてはいるが、全く悪いとは思っていないのだろう。僅かに聞こえた舌打ちに、アルの苛立ちを知る。

アル達にも言えることだが、彼らのような者は『自分の主』の命が最優先。だからこそ、今回は私への根回しが後になっている。

「なるほど、私が過保護と言われているからこそ、一切のフォローがない状態で接したかったと?」

「はい。直接お会いになることができないからこそ、我らに見極めを命じられました。……かの魔導師殿は物騒な噂も多い。イルフェナの王太子という立場である以上、必要なことと判断されたのでしょう」

お許しを、と頭を下げるファレル。彼の言い分も理解できるため、私は咎める言葉を紡ぐことができなかった。

……ただし。

ファレルは私の心配が『何に対して発揮されているか』を、勘違いしているようではあった。

「はぁ……。まあ、いいけどね。勝手な真似をした以上、私は責任を持たないよ」

「ご安心を。責任を持って、そちらに送り届けますので」

「いや、君達が心に傷を負っても責任が取れないって話なんだけど」

「……え?」

微笑んだまま、ファレルが固まった。その機会を逃がさず、私とアルは追い打ちをかける。

「そうですよね、ミヅキですから。先日もハーヴィス王を甲斐性なし扱いしていましたし、失礼なことを言わないか保証できません」

「いいじゃないか、アル。我々のフォローがない状態のミヅキに会いたいようだからね? そのくらいは見逃してくれるだろう」

「そうですよね、見逃していただかなければ」

「いきなり拉致した以上、何らかの言質を取ってきそうだけど、仕方ないよね」

「それは問題視されないでしょう。そもそも、彼らとて自分の立場がどのようなものか理解できているはずです。『民間人』で『年下の異世界人の女性』に言い包められたとしても、怒れませんよ。自身を恥じるだけです」

「はは、そんな真似をさせないのが『当然』だものね?」

「そうですね、ミヅキの言動に慣れていなくとも、それが当然というものでしょう」

「え、あの、ちょっと……?」

嬉々として言葉を紡ぎ合う私とアルに、ファレルは顔を引き攣らせている。そんな姿に内心、いい気味だと笑ってやる。

「ああ、だから止めた方が良いって言ったのに……」

「殿下や守護役達が居ない以上、あいつが何を喋るか判らないってのに……」

「「だから、慌てて殿下の所に報告に来たのに」」

「……え? あの子を心配していたんじゃ……」

「「あいつが相手の身分も気にせず、言いたい放題する馬鹿猫だからですが?」」

双子の呟きを聞き、更にはきっぱりと言い切られ、ファレルは更に顔を引き攣らせた。

そんな姿に、私は益々溜飲を下げる。

「心配だから、私が迎えに行くよ。……ただし、その間の出来事に関しては、私も、ミヅキも、一切の責任を取らないから」

兄に申し訳ないとは思うものの、保護者抜きで接したいと画策した以上、こちら側に非は全くない。

ミヅキの性格を見誤っているとしか思えないが、あちらにとってはうちの馬鹿猫を知るいい機会だろう。

そう思いつつも、ろくでもない発言はするなと願わずにはいられなかった。

そもそも、ミヅキは異世界人。常識や価値観が違うことが当たり前。……ミヅキ的には『大したことがない』ものであっても、全く慣れていない者からすれば、ダメージを食らう可能性もゼロではない。

気付けば、アルもいい笑顔でファレルを見ている。こちらも今更、ミヅキを諫める気はないのだろう。

「無事に済むと良いね?」