軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

愚か者の末路

――ハーヴィス王城にて(ハーヴィス王視点)

――アグノスがハーヴィスより居なくなって、早一月。

アグノスが起こしたエルシュオン殿下への襲撃事件、そして魔導師による砦陥落による混乱も漸く、落ち着いてきた。

イルフェナとゼブレストは本当に魔導師の提案を受け入れたらしく、かの二国がハーヴィスへと仕掛けて来なかったことが一番の理由だろう。

ハーヴィスにとっては幸運だった……と言うべきなのだろう。

他国の王族を害した以上、話し合いだけで済むはずはない。事実、私と王妃は己の首を捧げる覚悟で、イルフェナを訪れたのだから。

それすらも、こちらが考えられる『最善の選択』であり、二国が納得しない可能性も大いにあった。

特に、ゼブレストは王を害されたのだ――謝罪程度で済むはずはない。

アグノスの狙いはエルシュオン殿下だったとはいえ、巻き込まれたゼブレスト王も立派に被害者だ。

そもそも、ゼブレスト王に何らかの被害が出た場合、招いた側のイルフェナとてただでは済むまい。

そうならなかったのは偏に、エルシュオン殿下自身が体を張ってゼブレスト王を守ったことと、警備に当たっていた騎士達が一切の言い訳をしなかったからだろう。

私達の知らないところで何らかの取引があったのかもしれないが、少なくとも、イルフェナとゼブレストには何の蟠りもないように思えた。

もしも、二国の間に亀裂が生じていたならば……ハーヴィスは襲撃事件に加え、そちらの責任も追及されていただろう。

そうならなかったことに、私達は酷く安堵した。少なくとも、隣合った友好国同士の関係に罅を入れることは避けられたのだから。

ハーヴィスが何かしたわけではないが、少しだけ気が楽になった。直接の関りがない国であろうとも、争いの原因となった場合、ハーヴィスは今以上に苦しい立場に立たされることになる。

……。

いや、苦しい立場どころか、『害悪』とすら思われたかもしれない。

そのような意図はなくとも、他国にとってハーヴィスは『友好国である二国の関係を拗らせかねなかった存在』。その事実がある限り、ハーヴィスは『悪』であろう。

元より、ハーヴィスは他国との関わりを避けてきた。ゆえに、ハーヴィスが混乱しようが、危機に陥ろうが、困る国などないのである。

他国に関わらず、自国のみで生きる――言い換えれば、『味方となる国が居ない』ということ。

今回の一件で、それは痛感させられた。他国との関わりを煩わしいと思う一方で、有事の際には誰の助力も得られないのだ。

イルフェナやキヴェラのように一国だけで事を収める気概があり、抗うだけの力があるならばともかく、ハーヴィスでは無理だろう。

少なくとも、私にはその気概も、才覚も、ない。情けない話だが、それが現実だった。希望的観測を口にできるほど、私には余裕がないのだ。

そう実感させられたのが――現在の私の状況だった。

初めはアグノスの居ない日々を嘆きつつも、山場を乗り切ったという安堵が心を占めた。首が繋がったこともまた、そういった気持ちに拍車をかけていた。

……だが、ハーヴィスが今後に向けて動き出すにつれ、私が感じたのは違和感だった。

私自身の仕事に影響が出たわけではない。寧ろ、『以前と変わらなかった』。

王妃や宰相が其々動く気配を見せると、二人が話し合う機会も必然的に増える。

結果として、二人の手足となって動いている者達は忙しく立ち回ることになる。

『私は何も変わらない』のに?

些細な疎外感はやがて、違和感へと変わっていった。

勿論、政の最終的な決定を下すのは、王たる己である。二人がどれほど優秀だろうとも、最高権力者ではない以上、それは変えられない事実。

……だが。

だが、何故、これほどまでに疎外感を感じるのだろうか……?

そう気付いた時、どこか落ち込みながら――私自身が凡庸な人間である自覚はあった――も、王妃へと尋ねていた。

そして。

私は王妃の言葉に、絶句する羽目になったのだ。

『そう思われるのでしたら、陛下も足掻いて見せれば宜しいではありませんか』

『私も、宰相も、目指す未来は同じではありません。ですが、意見を擦り合わせるなり、協力できることはございます』

『陛下の日々に変化がないのは、【陛下自身が変化を望まれない】からではありませんか?』

『此度の一件で、私や宰相だけでなく、現在のハーヴィスに危機感を抱いた者達は一定数居るのです』

『ですから、手探り状態であろうとも、足掻いているのですわ』

……確かに、私はハーヴィスが変わることなど考えてはいなかった。

だが、ハーヴィスの在り方は昔から続いてきたものであり、貴族や民の意識を変えていくのは容易ではない。

そう返すと、王妃は何の温度も感じさせない目で見つめ返してきた。

『でしたら、【変わらぬ理由】を探しなさいませ』

『どちらにせよ、貴族も、民も、此度の一件で不安になっておりましてよ』

『変化を望むならば、【変化が必要とされる理由】を。勿論、これは良いことばかりでなく、危険性も考慮しなければなりません』

『ですが、【変わらない明日】を望むにしても、【そう在る理由】が必要ですわ。はっきり言ってしまえば、どのような選択をしようとも、全ての者を納得させることなど不可能なのです』

『ですが、己の信念に沿って行動することで、同志は得られますの』

『善や悪ではないのです。誰もがハーヴィスの未来を憂い、行動しているだけですわ。複数の正義が存在している、と言った方が判り易いかもしれませんわね』

私が疎外感を感じていたのは、『私自身が何も変わらなかったから』。王妃はそう言いたいのだろう。

おそらくだが、王妃や宰相と共に動いている者達は、最初から二人と意見を同じくしていたわけではない。二人が行動することによって得た『同志』なのだ。

言い換えれば、彼らはハーヴィスの変化を望んでいるということ。

だからこそ、王妃はこう言ったのだ――『【変わらぬ理由】を探しなさいませ』と!

私が『アグノスが私達を必要としていなかった』という事実に打ちのめされている間、王妃や宰相は行動を開始していた。

そこに私が含まれなかったのは、私自身が変化を望んだことがないと、二人が知っていたからだろう。

私自身が取り残されていることに気付かず、王妃に尋ねていなければ、ある日いきなり、実績を伴った改革案が提出されていたに違いない。

苦言を呈するだけでは賛同を得られないと知っているから――アグノスの教育において、二人の苦言を私自身が聞かなかった――こそ、『納得させられるだけの状況を整えようとした』のだ……!

……では、『変化を望まない者達』は一体、何をしていたのだろうか。

私が気付くくらいだ、王妃や宰相の動きを誰も知らなかったとは思えない。

そう言うと、王妃は呆れた目を向けてこう言った。

『……陛下。陛下は【以前と変わらぬ日々】を過ごされているでしょう? ですから……誰も、何も、言わないのです。動く気がないと、そう思われても仕方ありませんもの』

『ですが、一つだけ御忠告を』

『【何もしないこと】は、【変化を望まないこと】の意思表示にはなりませんわ。何もしないのはただの無関心であり、怠惰以外の何物でもありません』

『先ほども申し上げましたでしょう? 【変わらぬ理由】を探しなさいませ、と。誰もが不安なのです。此度の一件は、長く静かだった水面に投げかけられた一つの石に等しい。どのような未来を望むにしても、納得できるだけの理由を求められているのです』

『そして』

『どのような選択であれ、最終的な決定を下すのは陛下御自身。その責を負うのも、陛下御自身ですわ』

……王妃の言葉に、私は何の答えも返すことができなかった。

これまで散々、王として多くの決定を下してきたというのに、初めて『国の未来を背負う』という現実を突きつけられた気がしたのだ。

その事実に、直面している現実に、私は震えがくるのを止められなかった。

私はきっと、本当の意味で王が背負う重責を理解してはいなかったのだろう。他国の王達が当たり前のようにしていることを、私は理解すらしていなかった。

そして、今更ながらにそれを突きつけられ、己が担うべき責任の重さに恐れ戦いている。

私に都合の良いことばかりを言っていた貴族達は、そんな私の不甲斐なさに気付き、利用していたのだろう。

そうでなければ、今後の方針を相談に来るはずだ。それがないのは……『私自身に、それらを解決することを期待していないから』ではあるまいか。

違うかもしれないし、合っているかもしれない。だが、私に国の今後を問われたとしても、納得させられる理由なんて思いつかなかった。

そのことに情けなさと……少しの安堵を感じるあたり、私は王としての器ではなかったのだろう。

良き父にはなれず、良い王にもなれはしない。その事実をハーヴィスの者達から突きつけられることこそ、魔導師が私に課した罰だと思えてならなかった。

……かの魔導師が『退位せよ』と望んでくれていたならば、こんな風に思うことはなかったのだろうか。