軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とある侍女の後悔

――ハーヴィス・王城にて(とある侍女視点)

アグノス様にお仕えしていた者達と共に、突然の拘束を受けた数日後。

宰相様からの呼び出しを受け、身綺麗にした後、久しぶりに私は王城の一室に足を踏み入れました。

……いえ、『踏み入れた』と言うより、『連行された』と言った方が正しいでしょう。

現に、私の両脇には騎士達が居り、扉の前には逃亡を阻止するかのように騎士が立っているのですから。

そんな罪人めいた扱いに、私は内心、憤っておりました。

私は母共々、アグノス様にお仕えしてきたのです。アグノス様が少々『特殊な事情持ち』であろうとも、蔑んだり、忌避めいた言動を取ったことなど、一度もありません。

それなのに、何故。

私はこのような扱いを受けなければならないのでしょうか……?

「不満そうな顔をしているな」

対して、宰相様は不機嫌そうな表情をしていらっしゃいました。

この方は時折、アグノス様へと言葉をかける程度の繋がりしかありません。それは王妃様も同様です。私でなくとも、アグノス様の周囲に居た大半の者達がそう証言するでしょう。

……言い換えれば、『私との接点もその程度』。

あちらからしても、私はアグノス様付きの侍女の一人に過ぎないはずです。その認識は間違ってはいないと思います。

「お前は何故、突然拘束されたのか、その理由に気が付いているのだろうか」

唐突に向けられた宰相様の言葉に、私は一瞬、びくりと肩を震わせ。

「……はい。アグノス様が起こされた襲撃事件が原因でしょう」

俯きながら、そう答えました。

知らないはずはないのです。現在、王城内はこの話で持ちきりなのですから。

拘束された当初は全く意味が判らず、『何かの間違いだ』と訴えるばかりでした。

ですが、日を追うごとにもたらされる情報――アグノス様の起こしたとんでもない事件や、ハーヴィスが現在、立たされている立場といったもの――に、私は仕方ないと思い始めておりました。

私達はずっと、アグノス様のお傍に居たのです。

共犯であると疑われても、仕方のないことでしょう。

……そう思っておりました。いくら私どもに非がなくとも、疑うのが当然でしょう。

ですが、宰相様は私の答えが不満だったのか、益々顔を顰めてしまったのです。

「まるで他人事のように口にするのだな」

「アグノス様のお傍に居たのは事実ですが、関わってはおりませんでした。いくら私がアグノス様の乳母を務めた者の娘であっても、それは事実ですから」

『他人事』と言う表現はある意味、正しいのです。

母はご側室様に付いて城に上がり、望まれてアグノス様の乳母を務めた者。母を知らぬアグノス様にとって、母は特別な存在であったと、誰もが思っているでしょう。

勿論、娘である私から見ても、そう見えました。娘の私より、母はアグノス様を大事にしていたように思います。

嫉妬するなんて、とんでもない! 私はアグノス様からそのように思われている母が誇らしく、いつかは私も母のような縁を築きたいと思っていたのです。

だって、アグノス様はとてもお美しくてお優しい、素晴らしい姫君でしたもの。

素晴らしい主人に仕えることは、配下となる者にとって喜びです。そう思わせる魅力が、アグノス様にはありました。

いつか私も、ご側室様と母のような関係をアグノス様と。

それが私の願いでした。アグノス様と言葉を交わすことも多かったので、自惚れではなく、時が経てはそのようになっていったと思うのです。

それだけの信頼は抱いていただいていると、そう自負しておりました。けれど、次に宰相様から浴びせられたのは侮蔑の視線と……思いもよらない言葉だったのです。

「他人事であるはずなかろう! お前は傍に仕える者を何だと思っているのだ」

「……え?」

「お前は自分を『罪を犯した主を想い、心を痛めている者』だと思っているようだがな、端から見れば原因の一端を担っているようにしか見えん」

「そ、そんな! 何故、そのようなことをっ……」

「少し考えれば、判るだろう? 現に、貴族達から『傍に控える者達は何をしていた!』と言う声が上がっているのだ」

「え……で、ですが、それは……っ」

アグノス様は王の愛娘なのです。乳母の娘でしかない私が一体、何を言えるというのでしょう?

そもそも、そのようなことを口にされていらっしゃる皆様は、アグノス様の抱える事情を本当の意味でご存じありません。

『血の淀み』とは、直接目にして漸く、その異常さを理解できるものなのです。

それをご存じない――間違いなく、その場に居合わせたことなどないでしょう――のに、『傍に居た者達が悪い』なんて!

私の内心の憤りを察したのか、宰相様は深々と溜息を吐きました。

「いいか、王族は『誰かに命じる側』なのだ。アグノス様の事情もあろうが、お前達は諫めるべきだったと、何故、判らない?」

「……っ」

「お前達の姿は誰の目から見ても、主に従順な『だけ』の者。心酔していると言っても、過言ではなかっただろう? そのような様を見せ付けていれば、共犯扱いされても反論できまい」

宰相様の言葉に、私は返すことができませんでした。……けれど、憤る気持ちもあったのです。

それならば、乳母として最もアグノス様の近くに居た母はどうなるのでしょう?

母はご側室様の遺言を守り、アグノス様が幸せな人生を送れるよう、誰より努力してきたのです。大してアグノス様と関わったことのない宰相様が母の努力を否定するなど、私には許せませんでした。

「宰相様はアグノス様に寄り添おうとした母さえも、否定なさるのですか?」

不敬であることなど、判っています。ですが! 母を始めとする私達がアグノス様に向けた愛情、その忠誠を否定することだけは許せません。

しかし、宰相様はどこか悲しそうに目を伏せられたのです。

「……お前の母がアグノス様へと向けた愛情を、否定する気はない。そもそも、あやつは遣り方こそ間違っていたが、責任を取る気持ちはあったのだから」

「え?」

「アグノス様の事情を考えれば、そのままお育てするわけにもいくまい。だから、『歪めた』。当然、それが良いことではないと判っていても、乳母にとっては最善だったのだ」

『歪めた』? 宰相様は一体、何を仰っているのでしょう?

「アグノス様もそれを察していたのか、乳母の策に乗った。事実、偽りであろうとも、アグノス様を『お優しい姫君』にはできたのだからな」

「そ、そんな……」

それではまるで、『私達が知るアグノス様は偽りの姿』と言っているようじゃありませんか。

「罪悪感がなかったわけではない。ただ主の言葉を守り、母を知らぬアグノス様をお守りしたかっただけなのだろうな。だが、お前達との最大の違いは、自分がその責を負う覚悟があったことだ」

「責を、負う……」

「『そのように育てたのは乳母たる己であり、意図的に歪めた』と。見つかった日記にはそう記されていた。お前が少しでも現実のアグノス様に寄り添おうとしていたならば、直接、伝えられたのかもしれないな」

宰相様はそう言うと、私に哀れみの視線を向けました。ですが、私はそれどころではありません。

……やめて。

やめて、そんな視線を向けないで!

「お前を呼んだのは、現在のアグノス様の状況を見せたかったからだ。イルフェナから温情で送られた物だが、アグノス様が幸せに暮らしている様が収められている」

「嘘です!」

思わず、私はそう叫んでおりました。

「王女の身分を取り上げられ、この国を追放されて、各国から罪人として見られているのに! 幸せであるはずがありません!」

「……ほう?」

「私達のように、アグノス様を最優先に考える者達すら傍に居ないのです。きっと、そのように見せているだけですわ!」

アグノス様が追放された場に、私は居合わせませんでした。もしも居合わせていたら、何を捨てても付いて行って、お守りしたでしょう。

その気持ちに嘘はありません。もしも許されるならば、今からでもお傍に行きたいと思っているのです。

「……。まあ、これを見るがいい。少なくとも、安堵はできよう」

「……」

私の返事を待たず、宰相様は部屋に居た魔術師らしき人物に視線を向けました。その視線を受けて一つ頷くと、魔術師は魔道具を操作したのです。

――そして、その映像を見た私は。

「う……嘘……」

それだけを呟き、崩れ落ちておりました。

映像のアグノス様は質素な服を身に着け、どこか広い場所で子供達と遊んでいます。時には見守っている大人達にもじゃれつき、頭を撫でられては、嬉しそうにしていらっしゃいました。

……ですが、私が崩れ落ちるほどの敗北を感じたのは、その笑顔。

幼い頃からお仕えしてきたというのに、私はアグノス様のそんな笑顔は見たことがありませんでした。

子供のように無邪気で、幸せそうな、その笑顔。

いいえ、それだけではありません。私は……アグノス様のお傍にお仕えしてきた者達は、誰もそんな笑顔を向けられたことなどないでしょう。

何故? 何故なのです、アグノス様!

私達はずっと、誠心誠意、お仕えしてきたではありませんか……!

「何故、憤るのだ」

「……」

「裏切られたとでも感じたか? 自分の忠誠が独り善がりであったことを知って、悔しいか」

「……っ……何も、知らないくせに……っ」

向けられた言葉の鋭さに、私は思わず、宰相様を睨み付けておりました。

……ですが、宰相様の次の言葉に、私はその通りだと自覚せざるを得ませんでした。

「何故、喜ばぬ。何より大事な主が、幸せに暮らしているというのに」

「……っ」

「お前は自分がその場に居ないことが悔しいのだろう。『何故、自分達が居ないのに、そのように笑っていられるのか?』と言ったところだろうな」

その通りでした。どう取り繕っても、私の心を占めるのはアグノス様への憤り。

「亡くなった乳母ならば、自分が傍に居らずとも、アグノス様が笑顔で過ごされていることに安堵しただろう。喜び、周囲に居る者達へと感謝すらしたやもしれん。それがお前達との一番の違いだ」

――お前達は『理想の姫君に仕える自分に酔っていただけ』なのだよ。

「あ……あああああ……っ!」

映像を見なければ、私はこれまでの自分の在り方を信じていられたでしょう。

ですが、今となっては、それはもう不可能だと悟ります。

私は……私達はアグノス様への接し方を間違った。理想を押し付け、現実のアグノス様を見なかった代償は、アグノス様からの心からの信頼。

「アグノス様はハーヴィスを追放される時ですら、涙一つ零さなかった。……特定のものに強い拘りを持ち、癇癪さえ起こすアグノス様を知っているお前ならば、その意味が判るだろう?」

「アグノス様は……ハーヴィスの誰にも執着していなかった……」

「そういうことだ。乳母が生きていたならば、まだ違ったかもしれないがね」

自分で口にしながらも、その事実に傷つきます。のろのろと顔を上げた先には、アグノス様が幸せそうに過ごす映像。

アグノス様。私は貴女の特別にはなれなかったのですね。

その事実に、母のことを何一つ理解していなかったことへの後悔に、私は静かに涙を流しました。

ただただ、従順なだけの侍女など、あの方が心を向ける存在には成り得なかった。

その事実が、酷く胸に痛かったのです。