軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

成長する王女

――サロヴァーラ王城にて(リリアン視点)

「……良かった」

ミヅキお姉様からのお手紙を読み、私は思わず呟いていました。

今回のお手紙の内容は勿論、アグノス様のこと。私達も彼女を気にかけていたからこそ、『個人的な手紙』という形で教えてくださったのでしょう。

思い浮かぶのは、サロヴァーラで数日を過ごした時のアグノス様。

ミヅキお姉様曰く『精神年齢幼女』とのことですが、サロヴァーラに来た直後のアグノス様はとてもそうは思えませんでした。

幼子のように純粋であれど、自分の意思を示すことがない。

聞き分けが良い子どころか、そう思えてしまったのです。以前はもっと違ったような……と。

私自身がこれまで、多くの我侭を言ってきたからでしょうか……何と言うか、実に奇妙に思えてしまったのです。

いっそ、完全に人形のようであれば、徹底的に自我を出すことを禁じられてきたのだと、納得できたかもしれません。

ですが……アグノス様は明らかに違いました。

その違和感を口に出した時、お姉様は『誰か』への蔑みを浮かべていらっしゃった。

思い出すのは、当時のお姉様との遣り取り。

※※※※※※※※

「彼女は自己を確立させる以前に、『誰か』の望む姿を演じることを覚えてしまったのでしょうね」

幼い頃のアグノス様は聡明だと言われていました。ならば、『【誰か】の望む姿を演じる』ことも不可能ではなかったはず。

ですが、私は疑問に思ったのです。

「お姉様。いくらアグノス様が優秀でいらしたとしても、周囲の者達……特に親しく接している者まで、それに気付かないものでしょうか?」

アグノス様がいくら優秀だったとしても、誰かに習うことなく、完璧に遣り遂げることは不可能ではないのでしょうか。

そもそも、その当時のアグノス様は齢一桁くらいのはず。

そういったことを教える者が居ない子供の演技など、ある程度の親しさがあれば、気付かれてしまうでしょう。

では、何故、誰もそのことを指摘してこなかったのか。

アグノス様がハーヴィス王陛下の愛娘である以上、放置されていたということは有り得ません。

だからこそ余計に……お父様やお姉様から守られ、慈しまれた私だからこそ、奇妙に思えてしまったのです。

「……本当の意味で、アグノスのことを想っていた者が居なかったのでしょうね」

「え?」

「アグノスの演じる姿が、その者達にとって都合が良かったのよ。だから、違和感を覚えたとしても、見て見ぬ振りをしてしまったんじゃないかしら」

苦々しく予想を語るお姉様の言葉に、私は絶句してしまいました。どう考えても、それは『愛される王女』や『愛娘』への接し方ではありません。

……ですが、それが正しいような気もしていたのです。

アグノス様があのようになってしまった元凶は、亡くなられたご側室……アグノス様のお母様だと、ミヅキお姉様は言っていらした。

只管、アグノス様の幸せを願っていた乳母とて、一番は自分の主たるアグノス様のお母様であったと。

アグノス様がご自分の意思でお母様や周囲の望む姿を演じる以上、彼らは口を噤んだ……ということでしょうか。

本当にアグノス様のためを思うのならば、そのようなことは絶対にしないでしょう。

アグノス様ご自身の意思を殺し、個性を損なわせたままにするなど……!

「ふふ……良い子ね、リリアン。アグノスのために怒ってくれるなんて」

お姉様は何故か、満足そうに微笑みました。

「それもアグノスの救いなのよ。それに、無自覚であろうと彼女を『そういう風にしてきた者達』は、これから嫌というほど思い知ることになるでしょう」

「これから……ですか?」

「ええ。だって、ミヅキは『アグノスはハーヴィスを出る時、特に悲しんでいなかった』と言っていたじゃない」

「あ……!」

「誰もアグノスに向かい合ってこなかったのならば、『誰も必要とされなくても不思議ではない』のよ」

お姉様の言葉に、私はハッとしました。

そう、そうです、『アグノス様は祖国を追放されても、全く悲しんでいなかった』!

不安を感じないのは『血の淀み』の影響だとしても、誰かに執着していらっしゃるならば幼子のように泣いて、引き離されることを嫌がるでしょう。

徐々にミヅキお姉様に懐きかけている現在のアグノス様を見ていれば、そんな姿がたやすく思い浮かびます。

随分とあっさり心を開くものだと思っていましたが、もしや、それは『ミヅキお姉様のように接してくれる者が皆無だったこと』が原因だったのでは。

「ミヅキはハーヴィスにこれ以上、何かをする気はないでしょう。だけど、アグノスが『ハーヴィスの者以外に懐くこと』は、これ以上ないほどの報復になるでしょうね」

「過ちに気付いて反省すれば、今後の関係改善は望めると思いますが……」

「無理よ。だって、ミヅキは『今後一切、アグノスに関わらない』と約束させているんですもの。『今後』なんて、ないのよ」

――どこまで考えていたのかしら、容赦がないわねぇ。

そう言いつつも、お姉様の顔に浮かぶのは満足そうな笑みでした。

お姉様はミヅキお姉様を認めていらっしゃるから、仲の良い友人の鋭い一手を喜んでいたのかもしれません。

同時に、私は自分に与えられている過ぎるほどの愛情と幸運を痛感せざるを得ませんでした。

『遣り直すことができる』……それはきっと、とても幸運なことなのです。

『現在』はお父様やお姉様、亡くなったお母様方、王家への忠誠を持ってくれた者達、他国の皆様、そして……何よりミヅキお姉様が動いてくださったゆえのもの。

それは決して、当たり前のことではないのです。いえ、気付いてはいましたが、私が想像しているよりもずっと大きな『幸運』でした。今だからこそ、それが判ります。

アグノス様と接することで、私も多くのことに気付けるでしょう。何となくですが、そんな予感がしました。

※※※※※※※※

「良かったわね、リリアン」

「はい!」

私の呟きを聞き取ったお姉様とて、嬉しそうにされています。

お姉様も何だかんだとアグノス様を構っていらしたので、アグノス様が教会で幸せに暮らせていることに安堵したのでしょう。

同時に、私自身も反省すべき点に気付きました。

「……お姉様。私は自己満足で、ミヅキお姉様にとんでもない『お願い』をしていたのですね」

偽善者じみた願いである自覚はありました。ですが、そこまでもっていく道筋は『柵がなく、他国に交渉できる術を持つミヅキお姉様』だからこそ可能だったのです。

「他者の介入が望めず、一番の味方であるイルフェナとゼブレストが動くはずもない……ミヅキお姉様は一体、どのような交渉をされたのでしょうか」

「そうねぇ……私には思いつかないし、あの子も話さないでしょうね」

「……」

自分の至らなさに、落ち込んでしまいます。いくらミヅキお姉様が承諾してくださったと言っても、私は願うべきではありませんでした。

無理を通すならば当然、何らかの対価が必要になるはずです。ミヅキお姉様がそのことに気付かないはずはない。

叶えてしまうミヅキお姉様も凄いのですが、安易に引き受けて良いはずはありません。

あの時のお父様とお姉様の態度は、状況を正しく理解できているゆえのものだったのです。

……ですが、お姉様は上機嫌で私の頭を撫でました。

「偉いわ、自分でちゃんと気付けたのね」

「え?」

「ミヅキは貴女の教育も兼ねて、お願いを聞いてくれたと思うの。だって、今回の一件で当事者となるのはミヅキであって、リリアンじゃないでしょう?」

「はい……」

「だから、よ。貴女は今回、第三者という立場で物事を見て、安易に情に流された決断をしてはいけないと知った。もしもリリアンが当事者だったら、貴女自身に何らかの結果や評価をもたらしたでしょう。『傷を負うことなく学べた』のよ、今回は」

「……!」

お姉様の言葉に、私はミヅキお姉様が私のことも考えてくれたのだと悟りました。

ミヅキお姉様自身がサロヴァーラの立て直しに噛んでいる以上、私の成長は計画のうちです。

ですが、私自身が成長を望んでいるからこそ、このような機会をくださったのだと、お姉様は言いたいのでしょう。

私自身、お姉様の言葉に納得してしまいます。あの時のミヅキお姉様は、私自身が意見を口にするよう、促しているようでしたもの。

「本当に……私は恵まれていますね」

嬉しさと少しの情けなさ、それ以上の喜び……そういった感情を滲ませながらそれだけを口にすると、お姉様も頷いてくださいました。

「頑張りましょうね」

「はい!」

全ての柵から解かれたアグノス様と、私の道が交わることはほぼないでしょう。

ですが、私はアグノス様が気付かせてくれたものも含め、彼女との日々を覚えておきたいと思うのです。

それもまた、私にとっての『幸運な出来事』だったのですから。